ある日 森の中

 それぞれの状況を把握はあくしたなら、あとは行動あるのみだ。


「あとのことは私とエルネア君に任せて、巫女と神官はここに残りなさい」

「はい。マドリーヌ様のおおせのままに」


 地竜に追い回されて疲弊ひへいしている聖職者の人たちを連れて行くことはできない。

 すると、フィレルが国軍の兵士さんたちに命令を与える。


「それでは、兵士のみなさんもこの場に残り、聖職者の方々の護衛をお願いします」

「殿下の命令に従います。こちらの守りはお任せください」


 兵士さんたちはフィレルの前に片膝をついて叩頭こうとうし、命令に従う。

 こういう様子を見ると、フィレルも王子様なんだよね、と改めて思っちゃう。

 出会った当初から身長も伸びて、体格も随分とたくましくなったフィレルは、もう立派な王子様だ。

 きっと、王都に戻ったら女性たちが我れ先にと集まってくるんだろうね。


 あっ。だけど、フィレルは結婚間近なんだったね。

 王子として立派に成長したフィレルの心を射止めた女性は、きっと素敵な人に違いない。

 まあ、その女性とは、僕たちもよく知っている、あの人なんだけどね!


 とまあ、浮ついた話はこの騒動が終わったあとに、ゆっくりとフィレルから聞き出しましょう。


 聖職者の方々と国軍の兵士さんたちが居残るということで、森に入る面子めんつしぼられた。


「みんな、にゃんに乗っていくにゃん?」


 すると、優しいニーミアが進んで協力を申し出てくれた。

 だけど、今回はニーミアにはお休みしていただきましょう。


「ユグラ様の件もあるし、空からの捜索は控えた方が良いかもね」

「んんっとぉ、精霊さんたちの仕業しわざだとしたら、ニーミアちゃんも狙われる可能性があるからね」

「にゃん」


 アリシアちゃんも、どうやら僕と同じ考えだったみたい。

 南の賢者が言うんだから、空を飛んでいたら間違いなくユグラ様と同じ状況になっていただろうね。


「それじゃあ、地上から捜索ですね? ですが、それだと時間がかかりそうな気がしますが……?」


 地竜に追われ、散り散りに逃げた聖職者の人たちの安否が気がかりな現状で、果たしてちまちまと地上を移動していても良いものか。フィレルの意見は最もだ。

 だけど、急がば回れ、とも言うしね。

 それに、僕たちには頼もしい仲間の協力があります。


 僕は、セフィーナさんへと振り返った。

 すると、期待されていることを知って、にこりと格好良くセフィーナさんが微笑む。


「任せて。エルネア君たちが状況確認をしている間に、森の気配を探ってみたわ。ユグラ様らしき大きな気配の他に、暴れている竜族の気配もとらえているわ。それと、こそこそと動き回る複数の怪しい気配もね」

「おお、すごい!」


 実は、セフィーナさんが竜脈を探って森の様子を伺っていたことは把握していた。だけど、こうも詳しくいろんな気配を把握できていたなんて驚きだ。


 ずっと昔に、スレイグスタ老は竜脈を通じて、僕が危機に陥った状況を察知してくれた。

 もしかすると、セフィーナさんは鍛え上げれば、そうした遠くの状況を竜脈を通じて察知する能力を会得えとくできるかもしれない。

 本当に、セフィーナさんは竜脈とか気の流れを掴むのが上手いね。


 竜人族のお付きの三人も、セフィーナさんの索敵能力さくてきのうりょくには舌を巻いている様子だ。


「それじゃあ、セフィーナさんの案内で聖職者の人たちの救出に向かおう!」


 先導役は、セフィーナさん。

 僕たちはセフィーナさんを先頭に、森に突入する。

 しげみをかき分け、森の奥へと踏み入る。


 すると突然、視界がぱっと拓けた。


「っ!?」


 先頭を走っていたセフィーナさんが、僕たちの先です。

 僕たちも、足を止めて驚く。ううん、苦笑した。


「あのう、皆さま。なにかお忘れ物でも?」


 そんな僕たちに、声をかける人がいた。

 というか、それは直前に別れたはずの、国軍の兵士さんだった。


まいったわね。森の奥に進んでいたはずなんだけど?」

「ははは。どうやら、精霊さんたちに先制攻撃をされたみたいだね」


 そう。僕たちは森に入った瞬間に、森から追い出されたわけです。

 精霊さんたちの張った、迷いの罠にかかってね。


「んんっと、しょぱなからやられちゃったわね。それじゃあ、お姉ちゃんが実力を見せてあげましょうか」

「おわおっ。お姉ちゃんの出番だね」


 精霊の悪戯には慣れっこのアリシアちゃんやプリシアちゃんは、この状況でもにこにこと楽しそう。

 どうやって精霊さんたちが張り巡らせた迷いの術を破ろうかしらと、姉妹で仲良く案を出し合う。

 だけど、セフィーナさんが待ったをかけた。


「もう一度、私に機会をちょうだい。次こそは、迷わずに進んでみせるわ」

「だけど、セフィーナさん。これが精霊さんたちの悪戯なら、精霊術が使えない人は厳しいんじゃない?」


 この状況を打開する方法は、悪戯をしている精霊を使役して迷いの術を解かせるか、もしくは、精霊さんたちにお願いをして障害を取り除いてもらうかしか方法はないよね。

 そして、精霊を使役できるのは耳長族のアリシアちゃんかプリシアちゃんだけだし、お願いできるのは僕かアレスちゃんくらいだ。

 そうすると、セフィーナさんには難しい話なんじゃないかな?


 だけど、僕やアリシアちゃんたちの心配をよそに、セフィーナさんは自信満々な様子で森に足を向けた。


「今度も失敗したら、次はアリシアちゃんに任せるわ。まあ、失敗する気はないんだけどね」


 と言うと、改めて森に飛び込むセフィーナさん。

 こうなると、僕たちはセフィーナさんを信じて追いかけるしかない。

 セフィーナさんを先頭に、僕たちはもう一度、森の奥へと入った。


 泉の周囲に広がった森は、竜の森や竜峰に広がる密林とは違って樹々の間隔は広く、下草もそこまで生い茂っていない。

 とはいえ、人の手の入っていない自然は移動するのもひと苦労だ。

 そんな森を、セフィーナさんは残像を残しそうなほどの速さで駆ける。

 あっという間に引き離された僕たちは、慌てて全力を出す。


 空間跳躍を駆使しても、全力で疾走するセフィーナさんを追うのは至難しなんわざだ。

 見失わないように、必死に追いかける。

 すると、いきなりフィレルが後方で悲鳴をあげた。


「しまった、フィレルは高速移動ができないのかな!?」


 ヨルテニトス王国の王族は、竜族を使役する能力を持っていても、竜気は持っていない。そうすると、竜気で強化した僕やセフィーナさんやお付きの三人や、法術の「星渡ほしわたり」で高速移動のできるマドリーヌ様、それに空間跳躍が使えるアリシアちゃんやプリシアちゃんとは違い、身体強化のすべがない。


「まったく、仕方のない奴だ」


 すると、お付きの三人がフィレルに手を差し伸べた。

 フィレルを担ぎ、僕たちに遅れないように全速力で走りだす。

 フィレルは竜人族に担がれて、とてもずかしそう。

 うん、こういう姿を見ちゃうと、さっきの素敵な王子様的な思考は取り消さざるを得ませんね。

 それと、将来のお嫁さんにも見せられない姿です。


「この騒ぎが収まったら、伯に相談すべきだろうな。結婚の儀までには、もう少し立派に成長してもらわねば、修行を見ている俺たちの面目も丸潰れだ」

「は、はい。頑張ります」


 頑張れ、フィレル!


 なんて手間取っている間にも、セフィーナさんはずんずんと森の奥へ進んでいく。

 不思議なことに、精霊さんたちの迷いの罠にかかっている様子がない。

 いったい、セフィーナさんはどんな方法で精霊さんたちの悪戯を回避しているんだろう?


 疑問に思ったら、聞けば良いのです。

 連続空間跳躍で、一気にセフィーナさんに並ぶ。


「んもう。そう簡単に追いつかれたら、私の面目めんつも丸潰れだわ」


 どうやら、走りながらも後方の状況は把握していたみたい。


「いやいや、僕はともかく、竜人族の人たちは必死っぽいよ? まあ、あっちの耳長族の二人はまだ余裕みたいけどね」


 僕だって、プリシアちゃんやアリシアちゃんよりも上手く空間跳躍を使うことはできないよ。

 だけど、セフィーナさんの速さは、竜人族の戦士が本気になって追わなきゃいけないくらいの速度だ。

 だから、不満に思う必要はないと思うのです。


 ちなみに、マドリーヌ様も遅れることなくついてきている。

 こういうところは、さすがは巫女頭様、とめるべきなのかな?

 マドリーヌ様は最後尾ながらも、法術「星渡り」でなめらかに平行移動しながら、遅れる気配もなく僕たちを追ってきていた。


「それで、セフィーナさん。どうやって精霊さんたちの迷いの罠を潜り抜けてるの?」


 僕の質問に、セフィーナさんはふふふ、と微笑む。


「きっと、教えればエルネア君だって簡単にできるわ。要は、目印を見失わなければ迷わないってことよ」

「ふむふむ? だけど、景色を目印にしていても迷っちゃうのが、精霊さんや耳長族の迷いの術だよ?」

「そうね、目に見える景色に頼っていたらね」


 森を疾走しながら、僕はセフィーナさんの言葉に耳を傾ける。


 周囲の景色が流れていく。

 迷うことなく走るセフィーナさんの案内で、僕たちは精霊さんの罠を破り、確実に目的地へと向かっていた。


「ほら、絶対に迷わない道標みちしるべが、ここにあるじゃない」


 走りながら、セフィーナさんは足下を指差した。


「地面?」

「いいえ、違うわ。もっと深い場所よ」

「……もしかして、竜脈?」

「そう!」


 にこっと微笑んだセフィーナさんは、相変わらず格好良い。


「ほら、迷いの術って、空間を別の空間に繋げてしまうってことよね? でもそれって、言い換えれば、私たちが空間を移動するってことに依存しているから罠にはまってしまうのだと思わない?」

「セフィーナさん、言っている意味がわかりません!」

「ふふふ。だから、私は空間を移動しているのではなくて、竜脈の上を走っているのよ」

「は?」


 さっぱり、理解できません!


 セフィーナさんの足は、地面を蹴っている。

 でも、セフィーナさん自身は地面じゃなくて、竜脈の上を走っているという。

 つまり、どういうこと?


「んんっと、こういうことかしら?」


 すると、アリシアちゃんが寄ってきて、教えてくれた。


「精霊の術って、この空間には作用しているけど、霊脈には影響を及ぼしていないのよね。だから、セフィーナさんは迷いの術に影響されていない霊脈と繋がって走ることで、迷いの術を打ち破っているわけね?」

「ああ、そういうことか!」


 セフィーナさんの気配を探ってみる。

 すると、理解できた。

 一歩一歩、セフィーナさんが地面を踏みしめるたびに、彼女の足の裏と竜脈がしっかりと結びついている。

 揺るぎない竜脈の流れを道しるべにすることによって、空間のねじれに翻弄ほんろうされることなく進むことができているんだね。


「こういう破り方があるとはね。驚いちゃった。森に帰ったら、もっと複雑な迷いの術の研究をしなきゃ」

「お姉ちゃん、完成したらプリシアにも教えてね?」

「きゃーっ。プリシアちゃんに教えたら、帰らずの森とかできちゃいそうで怖い!」


 どうか、新しい迷いの術が完成しませんように。と僕とセフィーナさんは心の底から願った。


「エルネア君、雑談はそろそろ終わりみたい。この先に……。でも、変ね? 巫女様たちを追いかけ回していたはずの地竜たちが、なにか騒いでいるわ。それも、切羽詰せっぱつまったような?」

「まさか、盗賊団でしょうか!?」


 警戒するように速度を落としたセフィーナさんに、竜人族のお付きの三人が追いついてきた。

 そして、フィレルが不安そうな顔で、森の奥を見つめる。


「いや、これは……」


 セフィーナさんの指摘で、森の奥の気配を探った僕は、フィレルとは違う不安を覚える。


「とにかく、先に進もう」


 ここから先は、僕が先頭に立つ。

 すぐ側のセフィーナさんが竜脈と繋がっているおかげで、僕が先頭に立っても迷わない。

 森の茂みを掻き分け、僕たちは前進する。


 すると、竜族の咆哮が森に響き渡った。

 咄嗟とっさに足を止め、警戒するお付きの三人。

 だけど、僕は足を止めるどころか、歩調を速める。


「急がなきゃ!」


 危険な状況だ!


『ぐがあああっっっ!!』


 またもや、竜族の咆哮が響き渡る。

 だけど、雄々おおしく威嚇するような咆哮じゃない。これは、竜族の悲鳴だ!


「そこまでだよっ!」


 僕は勢いよく、草むらを飛び出す。

 そして、僕たちは見た。


おろか者め。雑魚ざこが我に挑むなど、片腹痛い。命をもって後悔こうかいするがいい』

『ひいいぃぃっ。お助けを。悪かった、我らが悪かった……』


 紅蓮色ぐれんいろの鱗をした四つ目、四枚翼の飛竜が、地竜を追い詰めていた。


「レヴァちゃん!」

『ええい、我をそのように気安い名前で呼ぶなっ!』


 草むらから現れた僕たちに向かい、紅蓮色の飛竜、すなわちレヴァリアが牙をむき出しにして威嚇いかくしてくる。

 ひぃっ、と地竜のように悲鳴をあげて怯えるお付きの三人。

 だけど、僕は平気です。


「それで、レヴァリア。何をしているのかな!?」


 セフィーナさんは、散り散りに逃げた聖職者の人を追いかけ回す地竜を追っていたはずだ。

 なのに、到着してみれば、その地竜がレヴァリアにいじめられていました。


『うわんっ。エルネアお兄ちゃん』

「フィオ!」

『わーい、プリシアも一緒なんだねぇ』

「リーム!」


 すると、木陰こかげの方から子竜のフィオリーナとリームが姿を現した。

 そして、二体の子竜の背後から、巫女様と神官様が出てくる。


『ふふん、我らに感謝することだ。地竜どもに追われていたこいつらを保護してやっていたところだ』

『フィオが最初に見つけたんだよっ』

『リームが助けようって提案したんだよぉー』

「ああ、そういうことだったんだね。ありがとう!」


 どうやら、ヨルテニトス王国に着いてからすぐに行方をくらませたレヴァリアたちは、こんなところで遊んでいたようです。

 そして、たまたま楽園の上空を通りかかったレヴァリアたちが、巫女様たちを助けてくれたらしい。


『ルイセイネお姉ちゃんと同じ服を着ていたから、い人たちだってすぐにわかったんだよっ』

『褒めて褒めてぇ』


 ぐりぐりと頭を押し付けてくるフィオリーナとリームを、僕はねぎらう。

 巫女様たちも、レヴァリアたちが自分たちを守ってくれていると気付いていたようで、おびえることなく木陰から抜け出してきた。

 そして、マドリーヌ様の姿を見ると、目に涙を浮かべて感謝の言葉を口にする。


「全ては、女神様のご慈悲じひです」


 なんてマドリーヌ様が言うと、とうとう感極まったように泣き崩れてしまった。


「ええっと、それじゃあ……」


 巫女様たちのことはマドリーヌ様にお任せすることにして。

 僕は、レヴァリアにぎらりと睨まれて怯える地竜たちに向き直った。


 戦巫女様の情報通り、成体の地竜が二体。それと、子竜にしては大きめな地竜が一体。

 竜族らしからぬほどちぢこまり、がくがくと震える地竜の親子。


「レヴァリア、もう許してあげてね?」

『ふんっ。雑魚すぎて、相手にする気も起きん』


 そりゃあ、竜峰に住む全ての者たちから「暴君」として恐れられたレヴァリアからしてみれば、他の竜族は雑魚かもしれない。だけど、やりすぎはいけません。


「地竜さん、ごめんなさい。本当は、僕たち人族が貴方たちの縄張りに入っちゃったのがいけないんですよね」

『いいえ、いいえ。人族だと馬鹿にした我らが悪いのです。どうか、お許しを……』

「それじゃあ、今回はお互い様ということで。でも、どうか今後は、人族と仲良くしてほしいです」

『はい。恐ろしい飛竜様を抑制するほどのお方が仰るのなら』

『我はこ奴に抑制なんぞされていない!』

『ひいっ。お許しをっ』

「こらこら、レヴァリア」


 地竜の親子は、レヴァリアに怯えきっていた。

 そして、そんなレヴァリアにおくすることなく話しかける僕を、どうやらすごい奴だとでも思ってくれたみたい。


「それじゃあ、八大竜王エルネア・イースの名のもとに、この件は終わりということでいいですね?」

『おお、八大竜王様。仰せのままに』

『ふんっ。我はもとより、どうでもいい』


 レヴァリアは地竜たちを威嚇することにも飽きてしまったのか、意識を逸らしてくれる。それでようやく、地竜の親子は恐怖の呪縛じゅばくから解放されたようだ。

 何度も僕にお礼を言いながら、森の奥へと戻ろうとする。

 それを、僕は少しだけ引き止めた。


「竜族を狙った盗賊団が、森に入っているようです。盗賊団には気をつけてくださいね。もしもの場合は、僕たちを呼んでくれれば飛んでいきますので」

『はい。気をつけておきます。他の竜族たちにも、注意喚起しておきますね』

「ありがとう!」


 今度こそ、地竜たちは森の奥へと帰っていった。

 見届けた僕たちは、地竜の姿が見えなくなると、ほっと息を吐く。


 レヴァリアという思わぬ助けによって、聖職者の人たちを安全に保護することができた。

 もしかすると、こういう偶然や運命の交わりというものが、女神様の慈悲の賜物たまものなのかもね。


 よし。それなら、女神様の慈悲を受けている間に、盗賊団の討伐とうばつとユグラ様の救出を済ませちゃおう!

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