誘拐事件

 ザンと共に村に戻ると、すでに女性陣が夕食の準備を始めていた。

 ルイセイネとライラは本日もこちらの村に宿泊するらしく、竜人族の人たちに混じって忙しそうに料理を作っている。


 女性といえば。

 そういえば、双子王女様はどこに居るんだろう。夕食の準備をする女性陣の中に、彼女たちの姿は見えない。


 王女様が家事をする姿なんて想像がつかないから特に違和感は覚えないけど、よく考えてみると、フィレル王子と行動していた時の食事はどうしていたのかな。

 一応は凄腕の冒険者みたいだし、野外での食事は手慣れているはずだよね。きっと……


 僕はザンにお礼を言って、長屋に戻ろうと足を向ける。

 うっかりミストラルの実家に足が向きそうになったのは秘密です。


 汗が一杯出たし、夕食前にお風呂に入った方が良いのかな。女の子に臭いって言われたら悲しいもんね。

 夕食の準備をしていたライラと視線があったので、ただいま、と手を振りながら長屋へと入る。


 その時。


 部屋に入った直後、何者かが僕の背後から手を回して、口を塞ぐ。


「むぐぐっ」


 柔らかな手の感触。でも引き剥がせないほど力強く押さえ込まれる。そして背中に伝わる柔らかく大きな感触。

 これはもしや!? と思う間もなく目隠しをされて、体の自由を奪われる。


 力ではなく、術によって拘束されている!


 僕は目隠しをされたまま二人の人物にかつがれる。なんとなくの感覚で、長屋の出入り口ではなく裏の窓から抜け出した気がする。

 ひとりが僕の上半身を、もうひとりが脚を持ち、どこかに移動している。


「水竜ちゃん、出てきてね」

「水竜ちゃん、仕事の時間よ」


 聞き覚えのある声。そして水の音と共に、きゅう、という水竜の小さな声が聞こえてきた。


 ええっと……


 僕の身体の自由と視界を奪った二人は、おそらく水竜の上へと移動して、どこかに向かう。


 どこかに向かうというか、水竜に乗ったということは南の泉に居るということで、向かう先は多分ひとつしかない。


「水竜ちゃん、私たちがここに居るのは秘密よ」

「水竜ちゃん、誰にも教えちゃ駄目よ」


 同じ声音の二人の言葉に、水竜はきゅうきゅうと愛らしい鳴き声をあげる。


 貴女たち、いつの間に水竜を手懐けたんですか!


 その後、二人は僕を抱えたまま、また少しだけ移動する。

 何かの扉を開く音。そして四方を囲まれた空間に入る気配。また閉じられる扉の音。


「ここなら安心だわ」

「きっと誰も来ないわ」

「いやいや、きっとすぐに見つかると思いますよ?」


 竜廟の中に連れ込まれた僕は、ようやく解放される。そして誘拐犯、もちろん双子王女様をじと目で見返した。


「なんでこんなことをしているんですか」


 はうっ、とため息をもらす僕。


「酷いわ。せっかく三人だけになる機会をうかがっていたのに」

「酷いわ。エルネア君は私たちに構ってくれないのだもの」


 僕は手を額に当てて考えてみた。


 昨日。鶏竜の巣で、双子王女様と再会を果たした。彼女たちは最初の頃の僕と同じで、鶏竜を不用意に攻撃してしまい、危険だったんだよね。それをたまたま訪れた僕たちが救い出した。

 その後も、目まぐるしく色々とあって。

 昼食の時は、自己紹介と今後のことを話し合った。

 帰りのニーミアの背中の上では、双子王女様は初めての飛行体験で浮かれて楽しそうにはしゃいでいました。

 帰り着くと、コーアさんたちとお酒を飲んで、夜遅くに帰ってきたね。


 そして今朝。早朝からフィレル王子の為に竜峰を飛び回り、一悶着あった。

 僕は帰ってきてから、乙女の戦いから逃げるように、ザンと一緒に北の高原まで行ってきたんだ。


 さて、僕に双子王女様を構えるような暇はあっただろうか。


 ……ないよね?


「エルネア君は女心をわかっていないわ」

「エルネア君は私たちに愛が足りないわ」


 言って双子王女様は、ぐいっと僕を引き寄せて抱きついた。


 あわわ、この状況をミストラルたちに見られたら、また大変なことになっちゃうよ。


 抵抗しようとしたけど、双子王女様がいつもとは違い優しく抱きしめていることに気づき、躊躇ためらう。


「そろそろエルネア君の秘密を教えて欲しいわ」

「私たちは秘密を打ち明けあう仲だわ」


 そんな仲になった覚えはありません、と思ったけど。でもここで、ちゃんと二人と話しておいた方が良いのかもしれない。


 双子王女様は色々と知っている雰囲気だったけど、知っているから言わないのと知っていてもきちんとこちらから説明するのとは違うからね。

 でも、何を伝えれば良いんだろう。僕自身のこと。竜峰のこと。ミストラルたちのこと。そして竜の森のこと。

 伝えるべきことが多く、そして秘密にしなきゃいけないことも多い。


 僕は双子王女様の胸の中で、暫し考えあぐねる。


 勇者のリステアにも伝えていないことは秘密の方が良いのかな。逆に、キーリとイネアから伝わっていそうな話までは言って良いのかな。


 竜廟の中心で、双子王女様と僕が密着したまま沈黙が流れる。

 双子王女様も急かすことなく、僕の動きを待っていた。


 少し日が傾きだしたのか、竜廟の窓から差し込む日差しが黄昏色に変わってきていた。

 夕食の時間になれば、僕と双子王女様が来ないことにミストラルたちはすぐに気付くよね。


 さあ、どうしよう。と思った時。

 にわかに僕たちの周りが黄金色に輝きだした。


「ユフィ姉様、何かしら」

「ニーナ、気をつけて」

「あっ、これは!」


 双子王女様の緊張が、触れ合う部分を通して伝わってくる。

 そして緊張に体を強張らせる二人と僕の周りでは、さらに黄金の輝きが強くなっていく。


 浮かび上がる幾重いくえもの立体術式。


 大丈夫です、と僕がお胸様の中で言うと、双子王女様は驚きつつも抵抗しようとする気配を消した。


 まぁ、抵抗しようとしても、人程度じゃ絶対にあらがえないんだけどね。


 黄金の光は密度を増し、あまりの眩しさに僕たちは眼を閉じる。そして光が収まり、ゆっくりと眼を開けると。


「ユフィ姉様……」

「ニーナ……」


 双子王女様は絶句する。


 少し明度の落ちた夕方の空気。それでも緑豊かな輝きを見せる、敷き詰められた苔の絨毯。

 すでに暗闇を内包する古木の森と、夕方の日差しを遮るように広げられた天上の霊樹の枝葉の傘。


 僕にはもう見慣れた景色だったけど、双子王女様は初めて見る絶景に息を呑む。


 そして、苔の広場で泰然と横たわる、小山のような巨竜に腰を抜かす。


 小山のような大きさの巨竜、スレイグスタ老は、静かに僕たちを見ていた。


 黄金色の瞳が、空間転移の竜術の余韻よいんで微かに輝いている。

 双子王女様にはそれが恐ろしく見えるのか、僕の足もとで震え、しがみついていた。


 スレイグスタ老はなぜ、僕だけでなく双子王女様まで苔の広場に呼び寄せたんだろう。そもそもなぜ、夕方の時間帯に転移させてきたのかな?


 怯える双子王女様と、首を傾げる僕を、ただ静かに見つめ続けるスレイグスタ老。


「こんにちは」


 僕が挨拶をすると、スレイグスタ老はひとつ瞬きをした。


「エ、エルネア君、あれは何?」

「ニーミアちゃんよりも遥かに大きいわ」


 巨大化したニーミアでも、スレイグスタ老の前では小動物にしか見えない。あまりの大きさに双子王女様は圧倒されている。


「ええっとですね」


 ここまできたら、竜の森とスレイグスタ老のことは言った方が良いのかな。


 僕が口を開く前に、スレイグスタ老が動いた。

 長い首をもたげ、巨大な顔を僕の前まで持ってくる。双子王女様は無言のスレイグスタ老の迫力に完全に恐れ慄いて、悲鳴をあげて強く僕に抱きつき直す。

 もう双子王女様はスレイグスタ老を見ていられないと、硬く瞳を閉じて顔を背ける。


 何だろう。僕もスレイグスタ老のいつもとは少し違う雰囲気を感じ取り、緊張する。


 遥か頭上から黄金色の双眸そうぼうで僕たちを見下ろすスレイグスタ老。


 そして。


「ぶえっっくしょぉぉんっ!!」

「やっぱりかぁっ!」

「「きゃあぁぁぁっっ」」


 理解していたはずだった。スレイグスタ老はこういう性格なんだ!


 爆風と大量の鼻水の洪水に、僕たちは古木の森の手前まで飛ばされた。

 鼻水の濁流とくしゃみの暴風にもみくちゃにされた僕たち。頭の先から足先まで汚染された僕は、双子王女の手を取り鼻水溜まりからなんとか抜け出す。


「おじいちゃん、何てことをするんですか!」


 毎度毎度、よくもこんな悪戯をするものだね。僕はまだしも、双子王女様は突然の空間転移で状況についていけず、さらにスレイグスタ老の計り知れない存在感で怯えきっていたというのに。


「かかかっ、気にするでない」

「いやいや、気にしすぎます。あんまり悪戯しすぎていると、ミストラルに言いつけますよ?」

「ふふん、あのような小娘、怖くはない」


 と言いつつ、指先がそわそわしています。


「エ、エルネア君。どういうことなの?」

「知り合いなの?」


 僕に手を引かれても、なかなか苔の広場の中央には戻ろうとしない双子王女様。


「ええっと、本当に大丈夫ですよ。あの方が、僕の師匠なんです」

「「えええっ!」」


 驚愕に目を見開く双子王女様。申し合わせたわけじゃないのに、瓜二つの同じ顔と同じ仕草をする。


 正直、今現在どちらがユフィーリア様とニーナ様なのか区別がつきません。


「エルネア君は竜術に精通しているし、何か秘密を抱えているとは思っていたわ」

「エルネア君が竜王だと言われて、竜人族と深い関係にあることは窺い知れていたわ」

「でもまさか、こんなに巨大で恐ろしい竜族が師匠だったなんて」

「エルネア君はいったい、何者なの?」


 双子王女様は初めて、僕に畏怖いふの視線を向けた。

 でも、僕はそんなに怖い人物じゃないですよ。それは双子王女様が今まで実感してきているはずだよね。

 なにせ、双子王女様の自由奔放な行い対して、僕は一度も怒ったことはないでしょ?

 自分で言うのもなんだけど、双子王女様の言動に、僕は随分と寛容だったと思うよ。


 立ち止まり、優しく諭すように自分のことを伝える僕に、双子王女様はようやく笑みを零した。


「ユフィ姉様、やっぱり間違いなかったわ」

「ニーナ、エルネア君で決まりね」

「えっ、なにが!?」


 ぎゅっと僕に抱きつく双子王女様。


 嫌な予感がします。


「ふむ、小娘の予言通り、第三と第四であるな」


 何ですか、その番号は!

 僕は、この後の女性陣からの尋問を想像してしまい、お胸様に埋もれる喜びを忘れて恐怖に身体を震わせた。

 そしてそこへ、空間転移によりミストラルが姿を現わす。


「……エルネア?」


 ひいっ、ミストラルさんの瞳が恐ろしい色に輝いてます!


 スレイグスタ老、なんでこの状況でミストラルを転移させてくるんですか!


「ふむ。ちっぱい代表と、豊胸代表なり」

「んなっ!?」


 スレイグスタ老の暴言に、僕は更に身の危険を強く感じるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る