燃ゆる高原

 思わぬ展開になった。ザンには動きを見てもらって助言を求めたのは確かなんだけど、まさか手ほどきまでしてもらえるなんて。


 僕は今でも竜人族との手合わせを禁止されていたので、思ってもみなかったよ。


 でも、これは良い機会だね。

 僕は快くザンの申し出を受け入れると、武器を構える。とその瞬間、ザンの姿がかき消えた。

 一瞬で懐に入られ、拳を繰り出される。だけど僕は冷静に身をかわし、お返しとばかりに蹴りを繰り出す。


「ほう、不意打ちに対する動きは良いな。だが、甘い蹴りだ」


 武器は構えたけど、まさか直後に迫られるとは思っていなかった。完全に不意をつかれた形になったけど、魔獣たちとの修行の成果かな、無意識に身体が反応してくれた。

 少し前の僕だったら、慌てて一発で倒されていたね。


 だけど、反撃の蹴りはザンの片腕で軽く受け止められてしまう。

 それでも、回避行動の流れに合わせた動きで、ここから竜剣舞の流れに持っていく僕の第一撃に変わりはない。両手に持った剣を演舞のように振り、ザンに続けざまの攻撃を仕掛ける。

 だけどザンはあっさりと僕から距離を取り、にやりといつもの笑みを零した。


「なんでわざわざお前の手の内で戦わないといけない」

「えっ!?」


 手合わせてしてくれるんじゃなかったの?

 呆ける僕に、ザンは肩をすくめる。


「戦いというものは、いかに自分の領分で戦況を支配するかだ。相手の得意とする動きにいちいち合わせるのは馬鹿だろう」


 たしかに!


「お前の竜剣舞は、近接戦において流れる動きからの絶え間ない攻撃と手数こそが売りだ。ならば、近づかなければ良い」


 まさに、その通り!


 でも、それじゃあザンが相手をしてくれると言った意味がわからないよ?

 僕の疑問を感じたのか、ザンはもう一度拳を構える。


「お前は言ったな。舞えない時の対処方法を修行したいと。ならば、まずは間合いにいない相手への対処を覚えろ」


 言ってザンは、気合いとともに拳を突き出した。

 ザンの拳から烈火のごとく炎が吹き出すと、こちらに迫る。

 僕は回避しつつ、ザンに迫ろうと前に出る。だけど僕が進んだ分、ザンは後退する。

 広い草原で、ザンの逃げ場はいくらでもある。そして、動きはザンの方が圧倒的に速い。


 正攻法では、間合いに入るどころか近づくこともできない。

 僕は飛来した火炎を竜術で派手に爆散させる。弾け散る炎で、一瞬だけ視界が埋め尽くされた。その瞬間に、空間跳躍で一瞬のうちにザンの背後に回り込む。

 だけど、跳んだ感覚の直後に勢い良く剣を振ろうとしたら、目の前にザンがいない。


「次の一手が見え見えだ」


 ザンは先ほどまで僕がいた場所に立っていた。丁度二人の位置が入れ替わっただけ。


「俺はお前の手の内を知っているのだぞ。もう少し頭を使え」


 むむむ。そうだね。僕の動きは馬鹿正直すぎるんだ。もっと相手を惑わさないと、ザンのような手練れには何も通用しない。


 ザンの遠隔攻撃。飛んでくる火炎を回避しつつ、模索する。

 こちらからも竜術を放ってみたり、空間跳躍をするふりをしたり。思いつく手を色々と試すけど、ことごとくザンに読まれて、防がれてしまう。


 平原で繰り広げられる激しい遠距離戦に、鹿や猪たちは逃げ出してしまった。

 そして、たまにわらわらと地表から湧き出る土人形は、ザンの炎で一瞬にして焼き払われる。

 ザンは僕の相手をしつつ、土人形を駆除するだけの余裕があるんだ。


 竜力に歴然とした差があるわけではない。むしろ、竜宝玉を内包した僕の方が優れているはず。動きも、たしかに僕よりもザンの方が速いけど、全くついていけないわけじゃない。それでも歯が立たなく、ザンに余裕があるのは、戦いにおいての修練の差、経験の差なのかもしれない。


「少し飽きてきたな」


 ぐう、なんたる暴言。手も足も出ない僕に対して、容赦ない一言ですよ、それは。


 ザンは一度大きく後方に跳ぶ。僕も間合いを広げられまいと、力強く地面を蹴る。

 だけどその直後。後方に跳躍したはずのザンが恐ろしい速度で僕に迫った。


 しまった、罠だ!


 地を蹴り、滞空していた僕はうまく反応できない。そこへザンが迫り、僕を殴りつける。

 危ういところで腕を使い防いだけど、鈍く重い衝撃が腕から胴に伝わり、吹き飛ばされた。

 地面を二転三転と転がる。吹き飛ばされた勢いが弱くなったところで急いで立ち上がり、ザンを確認する。

 すると、ザンはまた遠隔から炎を飛ばしてきた。


 回避する僕。とそこへ、またザンが迫る。今度は隙なく待ち構え、剣を振るう。

 ザンは右手の手甲で剣戟を受け止めると、左拳で殴りつけてくる。僕は身体を捻ってかわし、捻った勢いを乗せてもう一度剣を振るった。


 しかし、その場にはもう、ザンの姿はなかった。


 火炎を繰り出しつつ、僕の隙を見て一撃離脱。また遠い間合いから僕をなぶる。

 ザンの戦術に、僕は翻弄される。


 これは、置き換えれば僕にも可能な戦術だった。同じように竜術を放ちながら相手の隙を伺い、動きが乱れたところへ空間跳躍で一瞬にして迫る。

 だけど、これはザンの戦術の真似事。僕が見よう見真似でやっても、ザンには全て読まれてしまう。


 ザンの戦い方を参考にしつつ、僕は僕なりの戦術を見つけださなきゃいけない!


 いつの間にか防戦一方になってしまった僕は、それでも状況を打開しようと模索し、試す。だけど何をしても上手くいかない。

 自分の領分で戦えないことがこれほど苦しいだなんて、今更ながらに気付かされる。もしもこれが実戦だったら、僕は何もできずに殺されている。そう思うと、全身から嫌な汗が噴き出した。


「少し休むか」


 僕が手詰まりだと感じたザンは、拳を下ろす。

 息ひとつ乱れていないザン。それにひきかえ、僕は肉体的にも精神的にも、疲弊しきっていた。


 張っていた気を抜き、ザンが歩み寄ってくる。


「お前はけっして弱いわけじゃない。経験が足りないだけだ」


 僕って悲壮な顔でもしていたのかな。ザンは苦笑して、僕の頭をぐりぐりと撫でてくれた。

 女性陣のような気持ち良さはなかったけど、優しさは十分に伝わってくる。


「間合いって大事だね」


 ぽつりと呟いた僕の言葉に、ザンが反応する。


「お前は、豊富な竜力を無駄にしている」

「むむむ、どういうこと?」


 首を傾げる僕。


「お前は竜王だ。そしてジルド様から受け継いだ竜宝玉を身体に宿しているのだろう?」


 頷く僕。


「本来であれば、俺なんかは足もとにも及ばないほどの竜力を持っているはずなんだよ、お前は。それなのに、戦いが地味すぎる」

「地味?」

「そうだ。遠隔の竜術にしても、身体能力向上にしても、地味だ」


 派手とか地味とか、意識したことはなかったな。その場その場で使える術、有効な術を選んで使用してはきたけど、それ以外の要素は考えたことがなかったよ。

 そもそも戦いにおいて、特別な派手さは必要なんだろうか。もちろん威力の高い術は低い術よりも見た目は派手だけど、そこに演出はない。大爆発だったり巨大な火柱だったりという、あくまでも結果から来た派手さなんだよね。


 疑問を口にすると、そうじゃないと言われた。


「お前は目の前のことにしか力を使っていない。それでは簡単に動きを読まれてしまう」

「もっと、無駄でもいいから騙すために技や術を使えってこと?」

「それもあるが……お前は、ジルド様にいろんな術を学んでいるのだろう」

「うん」


 身体能力から、結界術や遠隔攻撃まで、色々と習っている。


「だがな。本来竜術とは、己の能力と発想によって無限に術は組めるんだ。例えば、お前の使う空間跳躍のようにな」


 竜槍や身体能力向上なんかは、その有効な効果から最も有名で、誰もが覚えるものらしい。だけどその先。戦いの中で、自分に合った術は自分自身で開発し、磨きをかけていくものだ、とザンは言う。


 僕の空間跳躍。ザンの炎。どちらも本人固有の竜術。僕はもっと沢山の、自分に合った術を開発していかなきゃいけないみたい。


「派手さというのは、まぁ、言ってみれば個性溢れる術ということだ。見慣れぬ術は効果も不明で、相手には派手に見えるものだ」

「なるほど」


 ザンか言いたかったのは、それか。もっと固有の術を使い、相手を惑わせろ。自分に合った術で戦況を掴み取れ、ということだね。


 地味が悪いわけじゃないけど、もっと先に進むためには、今までとは違うことにも挑戦していかないといけないんだ。


「俺の見た限り、お前の弱点は固有竜術の少なさと現存する術の応用の悪さだ。これを解決できれば、お前は誰よりも強くなれる。攻撃が効かない相手? 間合い外の相手? そんなもの、お前の桁違いの竜力があればどうとでもなるだろう」


 竜剣舞の真価に必要なもののひとつ。それは竜術。これを極める、ということは、自分の戦い方にあった固有の術を開発して、使いこなす、ということなんだね。


 竜剣舞の型は古来より変わらない。初代の人が剣聖様に教わったものがそのまま伝わっているという。でも、使い手は様々。僕のように小柄な人から大柄で体格に恵まれた人までいただろうし、力自慢、速さ優先と得意な戦術も違う。その中で、竜剣舞の基本となる型を踏まえつつ自分のものとするためには、自分の戦術に合った固有の術の開発が必要不可欠なんだ。


 ようし、俄然がぜんやる気が出てきました!

 握り拳を作って気合いを入れる。そしてもう一戦、ザンにお願いする。


「断る!」

「はっ!?」


 断固拒否されて、僕の気合いは空回り。


「助言はした。あとは自分でどうにかしてみろ」


 言ってザンは、僕の返答も待たずに帰り出しす。


「ちょっ、ちょっと待ってよぉ」


 慌てて後を追う僕。

 練習は続けたいけど、独りは寂しいよ。どうせ独りでするなら、こんな草原じゃなくて苔の広場でします!


 それにしても、ザンは優しいんだか冷たいんだか、よくわからないね。でもまぁ、ここまで付き合ってくれたんだし、感謝はしている。


 ザンの後ろを歩きながらお礼を言うと、ごつんと頭を叩かれた。


「今度からは、俺じゃなくてミストラルに相談しろ」

「でも、女の子に戦いの相談だなんて格好悪いじゃないか」

「阿呆め。女よりも弱いことの方が格好悪いわ」

「むむむ。それを言うなら、竜人族は全員、竜姫より弱いから格好悪いことになっちゃうよ」

「言ってくれるな」


 ザンは口の片方だけをあげて、にやりと笑った。


 よく考えるまでもないんだけど、竜人族で最強なのはミストラルなんだよね。竜王より強いから竜姫なわけだし。

 あ。でも、強いから竜王、というわけでもないのかな。実力があっても資質がなければ竜王とは認められないんだよね。


 もしかして、ミストラルよりも強い竜人族もいたりするのかな。

 ザンに聞くと、いない、と短く返答された。


 そうか、やっぱりミストラルが最強なのか。


 僕の目標は、ミストラルを超えて、彼女に頼られる存在になることなんだけど、そうすると、僕は竜人族を超えて最強になっちゃうんだね。


「何をにやにやしている。気持ち悪い」


 ふり返っていたザンに、ごつんとまた叩かれた。

 酷い、叩くことないじゃないか。頬を膨らませて抗議する僕を無視して、ザンは歩いていった。

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