エルネアの特訓
「殿下が心配ですわ」
「ライラ、何を言っているの。貴女が一番に彼を信用してあげていないといけないのよ」
「そ、そうですわね」
帰りの空の上で、ライラは何度も何度も不安そうに、飛竜の巣がある方角を振り返っていた。
「大丈夫よ、あの子ならきっと頑張れるわ」
「大丈夫よ、あの子ならやり遂げられるわ」
意外にも、双子王女様の方がフィレル王子を信頼して、評価しているみたいだね。春先から今まで一番近くに寄り添ってきたから、二人はフィレル王子の弱いところも強いところも見てきたはず。その二人が大丈夫、と太鼓判を押しているんだから、ライラも安心してほしい。
僕は、もとよりフィレル王子を信用している。なんだろう。同じ匂いがするというか、僕と似ている気がするんだよね。
考えがちょっと甘かったりするけど、目標に向かっての努力はきっと惜しまない。道筋を示してあげれば、フィレル王子は僕と同じように立ち止まらずに前に進めると思うんだ。
だから、今回は少し厳しい試練かもしれないけど、彼ならきっと乗り越えてくれると信じている。
「んんっと、大丈夫だよ。精霊さんが守ってくれるからね?」
プリシアちゃんが健気にもライラを励まそうと寄り添う。
「ふふふ、ありがとうですわ」
ライラはプリシアちゃんをぎゅっと抱きしめて、微笑んだ。
「さて、彼はあのまま頑張ってもらうとして」
言ってミストラルは、双子王女様を見る。
「貴女たちはこれからどうするのかしら」
フィレル王子には自力で頑張ってもらう。そうすると、双子王女様はお役目御免になるわけだけど、どうするんだろうね?
「決まっているわ。エルネア君と遊ぶのよ」
「決まっているわ。エルネア君と楽しいことするのよ」
「「「駄目です」」」
双子王女様の言葉に素早く反応する女性三人。なんでこういう時は綺麗に連携が決まるのかな。
「駄目と言われても駄目だわ」
「だって、暇だもの」
暇の相手をさせられる僕って……
「貴女たちは自分の国に帰って、フィレルが試練を乗り越える間の時間稼ぎをしなさい。エルネアは修行で忙しいのよ」
「いやよ。面白くないもの」
「いやよ。それじゃあ、私たちもエルネア君と修行するわ」
ニーミアの背中で睨み合う乙女たち。
はい、怖いです。
「私たちはきっと役に立つわ」
「いろいろとね」
意味ありげに一同を見渡す双子王女様。
先ほどの呪われた黒飛竜との戦いで、何かに勘付いたのかな。二人はもともと凄腕の冒険者なんだし、少しの出来事で敏感に状況を掴むのかもしれない。
「貴女たちには関係ないわ」
深入りしない方がいい、とミストラルの瞳が語っている。魔族とのいざこざに、魔剣使いやオルタ、竜人族同士の争いに、アームアード王国の王女を巻き込むわけにはいかない。
だけどなぜか、双子王女様は
「危険なのは承知の上だわ」
「それでもここで、生活してみたいわ」
「人族には、竜峰はあまりにも危険よ」
「エルネア君も人族だわ」
「エルネアは、わたしたち竜人族が認めた戦士だから良いのよ」
「それじゃあ、私たちも認められる戦士になるわ」
「貴女たちでは無理よ」
「最初から決めつけるのは駄目よ」
「こう見えても私たち、凄いわ」
双子王女様は自慢げにお胸様を張る。はち切れんばかりのお胸様が、一層強調されています。
「おっぱいにゃん」
「なっ、ニーミアっ」
僕の心を読んだニーミアが大変なことを口走る。
「エルネア?」
「ひいっ」
「まぁ、エルネア君は胸が好きなのね」
「まぁ、エルネア君は貧乳が嫌いなのね」
「うぷっ」
ミストラルに睨まれて顔を引きつらせ、そのまま双子王女様の胸に引き寄せられて沈む。
あああ、また天国のような地獄だよ。誰か助けて!
「エルネア様、今助け出しますわっ」
「ちょっとライラさん。それは助けるとは言わないですよ。参加しているだけじゃないですか!」
「んんっと、プリシアもぱふばふしたいよ?」
「んにゃあ! 背中で暴れられると、飛びにくいにゃん」
お胸様に沈んだ僕には、乙女たちの争いは見えません。だけど、この状況を作り出したのは、ニーミアだよ!
「にゃあ」
「それで、なぜ俺のところに来た?」
ニーミアの背中で散々もみくちゃにされた僕は、ミストラルの村に着いて早々に、ザンの家へと逃げてきた。
ミストラルの村に住む独身の人たちは、みんな家族と一緒の家で生活をする。ザンの実家はミストラルの家の近くにあり、今まで来たことはなかったけど、場所は把握していた。だから今回、勝手に避難場所にさせてもらいました。
たまたま休暇だったザンが居てくれて助かったよ。
「お前は、
ザンは呆れたように僕を見る。
「でもこれって、僕が悪いのかな?」
「悪くなくとも女の騒動に巻き込まれているから、女難の相があると言うのだろう」
「ああ、そうか」
がっくりと肩を落とす僕。そうだったのか……
「それで、お前たちは何をしてきたんだ」
僕の苦労なんて知らないとばかりに、ザンは話題を切り替えた。
ザンも村の人も、僕たちが何をしに出て行ったのか知っている。家の中にいたザンはフィレル王子が戻ってきていないことまでは知らないけど、出先でどうだったかを確認したいに違いない。
フィレル王子のことは、軽く説明する。ザンには呪われた黒飛竜のことの方が重要だと思ったので、こちらを詳しく伝えた。
「ほう、そんなことがあったのか」
感慨深く頷くザン。
「それで、お前は呪われた飛竜が襲来した時、何をしていたんだ」
「なにって?」
「どう戦ったのか、ということだ」
「ええっと」
僕は戦っていません。なにせ飛竜は空中で乱戦状態だったし、女性陣の活躍で黒飛竜は全部退治できた。僕はただ傍観していただけです。と説明すると、ザンからは頭を
「情けない奴だ。他が動いているのなら、自分は動かなくて良いとでも思ったのか」
「ううん、そんなつもりじゃないんだけど」
怠けたわけじゃない。あの状況では、僕に出来ることなんて本当になかったんだ。
「お前は何のために竜剣舞を習っているんだ」
「むむう」
「俺も伝承でしか知らないが、竜剣舞の使い手はどのような相手でも舞うように斬り伏せた、と伝わっているぞ」
「でも、空には僕の剣は届かないよ?」
いくらなんでも、間合いの遥か先の相手までは、竜剣舞では対応できないと思う。それとも、僕は何か間違えているのだろうか。何か勘違いをしているのかな。
ザンは僕の両腰の剣を見つめる。
「竜剣舞は、剣術とも違う。演舞とも違う。なぜ剣を振るうのに竜気を繊細に操り、竜術を極めなければいけないのか」
ぽつり、とザンは僕に言うわけでもなく言葉を漏らした。
スレイグスタ老も言っていた。竜剣舞は竜術と剣術を極めた先が真価なのだと。その当時は、不意打ちに対する耐性をつけるために別の修行をしたけど、僕はこのことについてもう少し考えなきゃいけなかったのかな。
いずれスレイグスタ老が教えてくれるだろう、と軽く考えていた。でも、これって甘えじゃないのかな。フィレル王子には厳しい態度を取っておきながら、自分は他者に甘えていた。
教えてもらうことを当たり前と思っていた。与えられた試練と修行さえこなしていれば、強くなれると簡単に考えていた。
でもこれって、やっぱりフィレル王子と同じで甘い考えじゃないんだろうか。と今更ながらに気づく。
スレイグスタ老もミストラルも、次に何が必要で、その為には何をすれば良いのか的確に教えてくれる。でも、それだけでは足りないんだ。教えてくれることは基本であって、応用は僕自身が努力して見つけ出さなくちゃいけないんじゃないのかな。
ザンの何気ない呟きで、僕自身も
呪われた黒飛竜が襲来した時。僕には何もできないから傍観していれば良い、いう考えは間違えていたんだ。何ができるかを必死で考えなきゃいけなかったんだね。
ひいては、竜剣舞で何ができるのかを、これからの僕は必死で考えなきゃいけない。
「ねえ、ザン」
「ん? なんだ」
思案にふけっていたザンは顔を上げて、僕を見る。
「ちょっと僕の修行に付き合ってくれない?」
僕の言葉に、ザンは口の片方だけを上げて、にやりと笑った。
「それで、何がしたい?」
村を二人で出た後に、ザンが聞く。
僕とザンはひとつ山を越え、痩せた樹木が
竜峰は山ごと、渓谷ごとに風景を変える。ミストラルの村の周りは荒く険しい岩場ばかりなのに、ひとつ山を越えただけで緑が増える。本当に不思議な場所だね。
草原では、鹿の群と猪の家族が平和そうに草を食べている。山豹や虎などの肉食動物の影も気配も近くにはない。
一見平和で、天気が良い日にはみんなでのんびり過ごしたい場所に思える。でも、ここは少し違うんだ。近くに土人形の魔物の巣があるらしく、うかつに昼寝も出来ない場所なんだよね。
「ええっとね。僕の竜剣舞って、舞の型を崩されると、威力が激減しちゃうんだ。あと、大物とか遠距離の相手には、今のところ全然歯が立たないんだよね」
白剣の斬れ味で強引に押し切れる相手ならまだ良い。だけど、白剣の威力も通じないような相手、例えば
「なら、土人形相手に舞ってみるか」
土人形の魔物は、岩人形の巨人よりかは柔らかい。でも、普通の魔物よりも強固なのは確かで、動きも重鈍だから練習相手にはもってこいなんだ。
「俺は竜剣舞どころか剣術にも疎いが、本当に俺で良かったのか」
「うん。竜剣舞は体術も含まれているんだ。ザンは体術が得意でしょ。だから身体さばきとかを見て欲しいんだよね」
スレイグスタ老は知識十分だし、ミストラルは戦闘技術が優れている。でも局所的な部分、体術だけとかなら、ザンのように専門で極めた人の方が優れている。
だからザンには、僕の身体さばきを見て欲しかった。
平原を少し彷徨うと、わらわらと地面から土人形の魔物が湧き出す。身体は人の倍ほどで、有り得ないくらいに腕や脚が太い。顔は能面で身体も土を
でもまぁ、鈍いから当たらなきゃどうということはないんだけどね。
現れた土人形に向かい、僕は武器を構えた。
白剣でも霊樹の木刀でもない。村から借りてきた単なる片手剣を。
練習には斬れ味も防御力もいらない。ザンに見て欲しいのは、太刀打ちできないような相手と対峙した時の身体さばきだからね。
ザンが見守るなか、僕は地面を蹴って土人形に迫った。
土人形の、重くとも鈍い拳を横跳びで軽く
背後から別の土人形が殴りかかってきたので、目の前の土人形の身体を踏み台にし、上へと跳躍する。身体をひねり、迫った土人形の背後へ。着地と同時に、流れる動作で斬りつける。
舞の型こそ崩されないけど、硬い粘土質の身体に剣が食い込むたびに、僕の動きが鈍る。それでも僕は何度となく土人形を斬りつけた。時には蹴りも入れるけど、僕の蹴りなんて土人形の硬い身体には通用しない。逆にこちらの方が体勢を崩してしまうこともある。
流れを意識しつつ、複数の土人形を相手に竜剣舞を舞う。
ザンは、僕の舞を少し離れた場所で、じっと観察していた。
「なるほど。とりあえず、一度離れろ」
ザンの指示に従い、空間跳躍で土人形の群から一気に距離を取る。
ザンが右手を引き、構えていた。
右手に紅蓮の炎が纏わりつく。そして気合いと共に、右手を突き出す。直線状に大地が
たった一撃で、土人形の群を跡形もなく吹き飛ばしたザンの技の威力に、僕はため息しか出ない。
「今の戦いを見て、なんとなくわかった。土人形では面白くなかろう。俺が相手をしてやる」
言ってザンは、僕に向かって構えた。
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