王子と飛竜
手加減なしの竜槍乱舞は、桁違いの威力だった。黒飛竜の鱗を容易く貫通し、致死に至らしめた。
飛竜に被弾しなくて良かったよ。当たっていたら、飛竜も敵に回さなくちゃいけなくなるところだった。
でも、これを防ぎきったミストラルはやっぱり凄い。着地し、不満そうに戻ってくるミストラル。だけど怒っている様子はなく、
「まったくもう。油断も隙もない」
ミストラルが双子王女を睨むけど、二人は知らん振り。上空の呪われた黒飛竜が全て退治されたことを確認して、ルイセイネたちも近づいてきた。
「凄い威力でしたね」
「これがアームアード王国の王女様の実力なのですわね」
ルイセイネとライラも感心している。
フィレル王子は未だおぼつかない足取りで、プリシアちゃんに手を引かれて戻ってきた。
「大丈夫ですか」
僕が声をかけると、フィレル王子は弱く、でも心配させないようにと微笑んだ。
黒飛竜が倒されると、上空の黒く禍々しい霧も晴れていく。
あの黒い霧は厄介だね。触れただけで呪われるなんて、防ぎようがない気がする。もしかして、西の村の竜人族たちもこの霧で呪われてしまったんじゃないだろうか。黒い霧を初見で防げるとは思えない。
「これって、危険だね。黒い霧の効果を広めなきゃ」
「そうね。急いで戻りたいところだけど……」
言ってミストラルは、上空を見上げた。みんなも吊られて、空を見上げる。
黒い霧が晴れた空には、飛竜が戻ってきていた。ただし、数は半分にまで減っていた。
「あの状況で、全滅しなかっただけでも大きな成果よ」
「そうだね。あのままだったら、飛竜は全滅していたはずだから」
これまで、魔剣を手にしたわけでもない飛竜が、どのようにして呪われたのかは謎だった。オルタの竜術か、もしくは魔族の呪いの魔法だと思っていたんだけど。
ううん、一番最初は確かにどちらかの仕業に間違いはないはずだ。でもそれ以降は、ああして黒飛竜自身が呪いを振り撒き、仲間を増やしていたんだね。
ひとつの巣を丸々呪いにかければ、手口は知られない。そしてそれを遂行できるだけの呪いの力と初見殺しの威力は、襲撃してきた黒飛竜たちには十分にあった。
たまたま僕たちがいて対応できたから防げたにすぎない。
上空の飛竜たちも、僕たちが居なければ危なかったことを理解している様子で、困ったように上空を旋回している。
あ、理由はそれだけじゃないか。
「ライラ、命令を解かなきゃ」
「そうでしたわ!」
ライラが命令を解くと、飛竜から少し緊張の気配が薄れる。
そして一体の飛竜が降下してきた。
『今更、貴様たちの来訪の目的は聞くまい。救ってくれたことは感謝する』
着地した飛竜が喉を鳴らす。
健気にもフィレル王子が通訳をしてくれた。
あらら、僕の仕事を取られちゃった。
飛竜は今、複雑な心境だろうね。僕たちが友好的にやって来たわけじゃないことは、最初に気づいているはずだ。でも黒飛竜を退治し、助けた。だけどその黒飛竜の中には、つい先ほどまで仲間だった一族の者も含まれている。
義理堅く、恩には誠意を示す竜族だからこそ、より一層複雑な心境なのだと理解できる。
「一族の竜も殺すことになってしまいました。ごめんなさい」
僕が頭を下げると、飛竜はいたたまれない表情で頭を振る。
『いや、竜王のその気持ちだけで、我らは救われる。ここは素直に、感謝をしよう』
そして「ついて来い」と言い放ち、飛竜は巣の方へと飛び立つ。上空の飛竜も続いて巣の方へと飛び去った。
「来い、と言ってました」
フィレル王子が通訳する。
「それじゃあ、行きますか」
僕の合図で、いつものみんなは歩き出す。だけど、双子王女様とフィレル王子は困ったように顔を見合わせたきり、動こうとしない。
どうしたの? とミストラルがふり返って心配そうに三人を見つめる。
「よくわからないけど、危険だわ」
「飛竜は恐ろしいのよ、油断は禁物だわ」
なるほど。双子王女様とフィレル王子は、竜族には慣れていないからね。王国内で教わった知識。竜族は恐ろしく、危険だ、という潜在意識と、飛竜の狩場での体験、それに竜峰での体験から、竜族に強い警戒心を持っているんだね。
ニーミアや子竜のリーム、それに暴君と鶏竜たちと接してはきたけど、それでもやはり、飛竜は怖い存在という意識が抜けないんだ。
「大丈夫ですよ。竜族は確かに恐ろしい存在ですけど、知的でもあります。感謝すると言った以上、襲ってくることはありませんから」
さあ、と僕が双子王女様の手を引き、ライラがフィレル王子の手を取る。
半信半疑な三人の手を引き、僕たちは岩肌むき出しの険しい山の斜面を歩く。
そして程なく歩くと、前方に飛竜の巣が見えてきた。
先をもう少し進むと、急斜面の山肌を一部くり抜いた場所に、砂利が敷き詰められた場所がある。地上に沿ってたどり着くのは極めて困難な場所で、獣や魔獣から身を守るにはもってこいの場所に、飛竜の巣はあった。
「これはさすがに徒歩では無理ね」
ミストラルがため息を吐く。
仕方なくニーミアに大きくなってもらうと、僕たちは飛竜の巣までニーミアの背中に乗って移動した。
驚く飛竜たち。無理もないよね。来いとは言ったけど、まさか巨体の古代種の竜族の背中に乗って移動してくるなんて、絶対に予想していなかったはずだから。
ニーミアは飛竜たちが開けた場所に、静かに着地する。
僕たちが降りると、ニーミアはすぐさま小さくなって、定位置へと飛んで行った。
改めて飛竜の巣を見渡す。
遠目からは砂利が敷き詰められているように見えたけど、実際は結構幅のある石や岩で荒れている。でも、硬い鱗の飛竜には些細なことなのかもね。
広めの巣には、成竜が七体と、子竜が二体居た。早速プリシアちゃんがもぞもぞしだすのを、ミストラルが押さえる。
本来は十数体の飛竜が暮らす巣は、今の戦いで成竜が減って少しもの悲しく感じた。
『貴様が噂の竜王か』
一体の飛竜が僕たちに近づいてきた。
あああ、どんな噂ですか。僕ははにかみつつ、挨拶をする。
そして、そこでようやく、僕が普通に飛竜と会話をしている姿を見て、フィレル王子は僕も竜族と会話ができることを知ったみたい。
今まで少しだけ自慢げに通訳をしていたフィレル王子は顔を赤くして、俯いてしまった。
ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったんですけど。結果的に王子様に恥をかかせてしまい、僕の方が恐縮してしまう。
「照れ合いはいいから。飛竜に集中しなさい」
ミストラルが苦笑している。僕も苦笑して、飛竜と再び向き合った。
『我らは汝に、どう
僕が向き直るのを待って、飛竜が喉を鳴らす。
「報いるだなんて。僕たちの方こそ、お騒がせしていまい申し訳ありません」
『いや、汝には感謝せねばなるまい。今回の件もだが、暴君を改心させたことは賞賛に値する。我も先日、奴に平地で助けられた』
おお、暴君に救われた命が、ここに在るということに、感動する。
暴君は少しずつだけど、竜峰に住む者たちに認められ始めているのかな。
「暴君の件は、僕は切っ掛けを作っただけですよ。あとは暴君が自ら頑張って、悔い改めようと行動しているんです。だから、感謝はできれば、暴君に直接言ってください」
そうか、と飛竜は僕の言葉を聞き、頷いた。
『それで、我らは今回の件で、汝たちにどう報いれば良い』
あ、話は戻るんですね。
飛竜は、
どうすれば良いんだろう。
相談しようかとミストラルを見ようとしたら、視界にフィレル王子が入った。
フィレル王子は、今の飛竜と僕とのやりとりを理解している。瞳を輝かせて、僕を見ているフィレル王子。
あああ、王子様の熱い眼差しが痛い。何を期待しているのかが露骨に伝わってきます。
「わかりました。それではひとつ、お願いがあります」
僕はフィレル王子から飛竜へと視線を移す。そして、続けて言葉を発した。
「この方を預かって欲しいんです。彼に竜峰のこと、竜族のことを教えていただけませんか」
「ふぁふぇえっ!?」
僕が指差す人、つまりフィレル王子は、声にならない悲鳴をあげた。
「僕たちはこの方に、竜峰のことを教えていたんです。だけど、僕なんかよりも、貴方たちの方が適任じゃないかな、と思います」
「あふぇふぁ!?」
絶賛混乱中のフィレル王子は無視無視。
『なぜ、我らが適任だと?』
「だって、この方が僕たちと一緒にいたら、つい甘やかしてしまいそうで。なにせこの方は、ヨルテニトス王国の王子様ですから」
僕の暴露に、双子王女様とライラが背後で息を呑むのがわかった。
竜峰に住む竜族でも、人族の国の事情くらいは知っている。そしてヨルテニトス王国で竜族を使役していることは
フィレル王子がヨルテニトス王国の王子だと暴露することは、危険極まりない行為だと思ったに違いない。でも、違うかな。一度でも感謝し認めた相手を簡単には邪険にしないのが竜族の誠意であり、
現に、飛竜は僕の言葉でフィレル王子を繁々と見つめているけど、そこに敵意はない。
『ふふん、そういうことか』
僕の言葉の裏まで読んだのかな。飛竜は得心がいった様子で頷く。
フィレル王子の面倒をみて欲しい。それは、彼を鍛え上げ、立派な竜騎士になれるように指導して欲しい、と暗に伝えていることになる。
『だが、それで良いのか。最初の様子を見るに、汝らはこの者に自力で目標を達成させようとしていたのではないのか』
「はい。勿論、自力で達成してもらいます。だから騎竜になってくださいとは言いません。あくまでも鍛えてもらうだけ。その後は王子様の頑張り次第だと思っています」
『甘いのか厳しいのか、わからぬ奴だ』
僕も自分でそう思う。飛竜の恩を利用して、フィレル王子を鍛えようとしている。他人任せな気もする。でも今の王子には、甘えは邪魔なんじゃないかな。
双子王女様も鍛えてあげていたみたいだけど、王子に対する甘さがたまに垣間見えていた。でも、フィレル王子には
現在、アームアード王国では消えた双子王女様とフィレル王子で騒ぎになっているはずだ。時間を置かずして大規模な捜索隊が編成されるかもしれない。
足手まといで飛竜狩りには参加できなかったけど、三人が国の最重要人物なのは間違いない。
だから、
時間がない。ならば少し荒く厳しい方法だけど、フィレル王子には頑張ってもらわなきゃね。そして、厳しいけど有効な方法は、村から遠く離れたこの地で、飛竜と共に生活をしてもらいながら、環境に慣れてもらうのが一番たと思うんだ。
都合よくフィレル王子は竜心もあるみたいだし、意思疎通はできるよね。
竜騎士になるということは竜族と共に人生を歩むということだし、今から飛竜の生態を知っておくのも悪くない。
うん、僕の決断は間違っていない。発狂しそうなフィレル王子を
「大胆な発想ね。でも悪くないわ」
「フィレル、頑張りなさい」
「フィレル、今度迎えに来るわね」
「あ、あのう。私も残りますわ。おひとりだと不安でしょうし」
「あらあらまあまあ、ライラさん。甘えを排除するためのエルネア君の判断ですよ。だからライラさんも帰るんです」
フィレル王子に付き添おうとしたライラを、ルイセイネが素早く制する。
「ですが、おひとりだなんて危険ですわ。飛竜が信用できないというわけではなくて……」
「ライラ、貴女の心配はわかるわ。でもね、これくらいはやってもらわなきゃ。危険は百も承知で竜峰に入ったのでしょう。そこで自分が至らずに怪我を負ったり命を落とすことは仕方のないことよ。逆にその程度の覚悟もないようなら、夢も希望も諦めなさい」
ミストラルは、こういった部分は厳しいね。でも、決して厳しいだけではない。
「プリシア。精霊をここに待機させることはできるかしら?」
ミストラルに問われて、小首を傾げて少し考えるプリシアちゃん。
「んんっと、大丈夫」
そして、こくこくと頷いた。
緊急事態や、何かあった時には精霊からプリシアちゃんへ連絡が入り、そこから僕たちに伝わるように手配するミストラル。
これで、本当に万が一が起きても、僕たちは知ることができるわけだ。
僕たちの準備が整ったのを確認すると、飛竜は一度大きく喉を鳴らした。
『汝への報いに誠意を持って応えよう』
「ありがとうございます。そして、よろしくお願いします」
フィレル王子を除いた全員で頭を下げた。
フィレル王子は未だに目を白黒させて混乱している最中だったけど、ここは愛の
ニーミアに巨大化してもらうと、僕たちはそそくさと背中に移動した。
「あふぁふぇ!?」
「殿下、気をしっかり持ってくださいですわ」
ライラだけが優しくフィレル王子の肩に手をかける。そして瞳を覗き込み、優しく微笑んだ。
「殿下であれば、きっとやり遂げられますわ。私は信じています」
ライラの優しくもしっかりとした言葉に、ようやくフィレル王子の焦点が合う。
「どうか、どうか頑張ってくださいませ」
いつの間にかきつく肩を握りしめていたライラの手の上から、フィレル王子が手を添える。
「は、はい。頑張ります」
しばし見つめ合う二人。そしてライラは後ろ髪を引かれる様子だったけど、ミストラルに促されてニーミアの背中に移動する。
僕たちは飛竜に「よろしくお願いします」とまた頭を下げて、フィレル王子を励ましつつ空へと飛び上がった。
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