それぞれの役目

「下がりなさいですわ」


 飛竜とフィレル王子の間に割り込んだライラは、瞳を青く輝かせながら飛竜を睨む。飛竜は憎々しげに喉を鳴らしつつも、ライラの命令に従って後退した。


「ライラ……さん?」


 ルイセイネとライラの背後で、フィレル王子が困惑した声をあげる。


「まったくもう、今回はこれで終了ですわ」


 困った表情でふり返ったライラの表情は、手のやける弟を心配する姉の姿に、僕には見えた。


「ライラさんの言う通り。今回は退きましょう」


 ルイセイネは油断なく地上と上空の飛竜を監視したまま、提案する。


 二人の言う通りだね。ライラが能力を発動させてしまった今、もうフィレル王子が努力をする余地はない。

 攻撃的だった飛竜が大人しくなった様子を、顔を合わせて不思議そうにしている双子王女様に、ライラの能力を大まかに伝える。


「凄いわ。そんな能力があるなんて」

「驚きだわ。彼女の能力なら、簡単に竜族を従えさせられるわ」

「だけど、それじゃあ彼の努力ではないし、わたしたちは認められないわね」


 ミストラルの指摘に、それはそうね、と同意を示す双子王女様。


「怖いにゃん」


 プリシアちゃんの頭の上で様子を伺っていたニーミアが、ふるふると頭を振って僕の懐の中に逃げ込んできた。


「どういうことですか?」


 ライラの能力を知らず、現状を理解できていないフィレル王子は、飛竜とライラたちを交互に見つつ、訝しがる。


 フィレル王子の脚は震えでおぼつかないけど、飛竜と対峙しようとしている意志だけは見ている僕たちにも伝わってきていた。


 今回は失敗だけど、フィレル王子の強い意志を確認できたことだけは、良かったのかな。

 これで怯えて岩陰から出てこられないようだったら、諦めてもらうことも選択肢にはあった。厳しいようだけど、最低でも心くらいはやる気を見せてもらわないとね。竜峰も竜族も、わかりました手伝いましょう、上手くいきましたね、と簡単な世界ではないからね。


『貴様たちは何者だ』


 地上の飛竜がフィレル王子ではなくライラを睨みながら、唸る。飛竜からしてみれば、怯えて脚を震わせているフィレル王子よりも、支配の能力を持っているライラの方が断然脅威なんだろう。


「あの、僕たちは……」


 飛竜の唸りに反応したのは、フィレル王子。


 ルイセイネとライラは顔を見合わせて、驚いたようにフィレル王子を見た。


「も、もしかして。王子様は竜心がお有りなのでしょうか」

「殿下は、飛竜の言葉がわかりますの?」

「竜心?」


 だけどフィレル王子には、どうやら自覚がなかったみたい。逆に不思議そうにルイセイネとライラを見ている。


「説明は後ですわ。とりあえず、飛竜の言葉を通訳してくださいませ」


 ライラの言葉に、疑問符を頭に浮かべつつもフィレル王子は頷く。


『何用で貴様らはこの場にやってきた』


 飛竜の方は人の言葉が理解できる。三人のやり取りから、後方のフィレル王子が竜心持ちだとわかったみたい。

 飛竜には驚いた様子はなかったけど、僕とミストラルは十分に驚いていた。最初の飛竜の脅しに反応したからもしや、と思ったんだけど。まさか本当に、フィレル王子が竜心を持っていただなんてね。


「ええっと、わたくしたちは……」


 フィレル王子の通訳を受けて、ルイセイネが困った表情で飛竜を見る。素直に狩りに来ました、なんて言えないからね。

 ライラも困った様子で、僕たちがいる方を見ている。ただし、彼女たちから僕たちは見えないので、正確な方角を向いているわけじゃないけど。


 こうなったら、介入すべきかな。と同意を求めてミストラルを見る。だけど彼女は、険しい表情で山脈の一点を凝視していた。


「どうしたの?」


 ミストラルが警戒心を露わにするなんて珍しい。僕もミストラルが見つめる先を凝視した。


 極薄っすらと白い肌を残す遠い山脈。中腹あたりに薄霧のような雲を纏わらせ、泰然たいぜんと連なる景観がどこまでも続いている。その山々の間の深い渓谷の先。深い緑と渓谷に沿って流れる一本の細い川の奥に、黒い点が幾つか見えたような気がした。


 僕は竜気を瞳に宿し、視力を上げる。そして渓谷の先を凝視して、一気に緊張する。


「霊樹の結界を解いて。全員、臨戦態勢を!」


 ミストラルの合図で、僕は結界を解く。

 突然現れた僕たちに地上の飛竜は驚き、上空の三体の飛竜は咆哮をあげた。


「みんな、注意して! ルイセイネはフィレル様を連れて岩陰で結界を張って!」


 僕は凝視していた先、遠く離れた深い渓谷を指差しながら、指示を出す。

 全員が僕の指先をたどり、渓谷を見る。


 太陽の光を反射させ、眩くも深い緑を湛える渓谷沿いの森。その上空を縫うようにしてこちらへと向かってくる黒い影。


「呪われた飛竜ですわ!!」


 ライラが叫ぶ。ルイセイネはすぐさま行動に移っていた。フィレル王子の手を引き、最初の岩陰に戻ると、法術の結界を展開させる。

 僕たちの緊張を敏感に感じ取った双子王女様も真剣な表情に変わり、近づいてくる黒い点を注意深く見る。


 ライラの叫び通り、近づいて来ているのは、五体の呪われた黒飛竜だった。禍々しい竜気を撒き散らしながら、低空を飛行している。おそらく、低空からこちらに奇襲をかける気だったに違いない。


「んんっと、危ないから逃げるね?」


 プリシアちゃんは王女様の腕から抜け出すと、空間跳躍で一瞬にして、ルイセイネの結界の場所まで移動する。風と土の精霊が姿を現し、結界を更に二重に張り巡らせた。


禍々まがまがしき気配。噂に聞くちた竜か』


 地上の飛竜は荒々しく飛び立ち、上空の三体の飛竜と合流する。見れば僕たちのいる場所の先からも、何体もの飛竜が飛び立ち出していた。


「待って、あれは危険だよ!」


 上空に向けて、僕は叫ぶ。


 暴君と居た時や戦士の試練の際に遭遇した呪われた黒飛竜と同じなら、警戒しないといけない。

 戦士の試練の際は手練の竜人族の護衛がいたし、地竜の活躍で撃退できた。でも今回は僕たちと飛竜だけ。


 戦力的にはミストラルも居るし、飛竜の数も圧倒している。でも、油断はできない。


『平地の人族の動きに紛れて、我らを呪いにでも来たか!』


 上空を旋回する飛竜は十体を超えている。竜気を漲らせ、迎撃態勢を整える飛竜たち。

 呪われた黒飛竜からもこちらの様子は見えているはずなのに、撤退せずにどんどんと近づいてくる。


 数的に有利な飛竜は咆哮をあげて、黒飛竜を挑発する。


「油断しないで!」


 僕の声は届いただろうか。とにかく、こちらも何が起きてもいいように、臨戦態勢を整えなければ。


 ミストラルはすでに漆黒の片手棍を抜き放っている。双子王女様は互いに手を繋ぎ、竜気を練っている。姉のユフィーリア様からの強い竜気が妹のニーナ様へと流れ、凝縮し、錬成される気配を、隣にいて強く感じる。

 僕も白剣と霊樹の木刀を抜き、竜宝玉の力を解放した。


『その竜力、竜姫と竜王か。噂には聞いている。しかし、手出し無用。堕ちた同族など、恥でしかない。同族の恥は同族で晴らす。汝らはただそこで、見ていればいい!』


 一体の飛竜が降下してきてそれだけを言うと、また上昇していく。


そして、こちらに向かって速度を上げた黒飛竜五体は、接近すると一気に上昇して飛竜たちとの空中戦になる。

 先制で飛竜たちが火炎や火の玉を飛ばす。黒飛竜は迎撃しつつ、飛竜たちに肉薄した。

 上下左右、縦横無尽に入り乱れて上空で戦う飛竜と黒飛竜の戦いを、僕は注意深く観察する。


 数で圧倒する飛竜の方が有利に見える。黒飛竜は背後を取られないように飛び回るけど、後方にばかりに気を向けていれば、上空や別方角からの攻撃を受ける。

 そして呪われているせいか、飛竜よりも格段に動きが悪い。黒飛竜は竜術で防御しつつ、飛竜の攻撃を回避するので精一杯に見えた。


 なぜか、呪われた黒飛竜の背中には、今回は黒甲冑くろかっちゅうの魔剣使いは騎乗していない。魔剣使いなしでも、黒飛竜は活動できるみたいだ。


 だけど、油断はできない。


 黒飛竜は呪われているとはいっても、馬鹿じゃない。見つかって奇襲は失敗したとわかっていたはずなのに、接近してきた。何かしらの勝算がなければ、戦いは挑まないはず。


 黒飛竜の襲来目的も気になるけど、どんな戦術をとるのかも気になった。


 一体の飛竜が、黒飛竜に組みついた。上空から急降下し、黒飛竜の背中に鋭い爪を立てる。そしてそのまま組みつき、背後から火炎を放とうと、喉の奥を真っ赤に輝かせる。


 しかし、悲鳴をあげたのは飛竜の方だった。爪を立て、組みついた足もとがどす黒く変色している。そして、禍々しい闇は飛竜を瞬く間に侵食していく。


 地上で僕たちが呆然と見つめる中、一体の飛竜が瞬く間に呪われた。断末魔に似た咆哮をあげた後、飛竜だった者は全身から邪悪な竜気を放ち、今し方まで仲間だった飛竜へと襲いかかる。


 一瞬で呪われてしまった様子を見ていた仲間の飛竜が悲鳴をあげた。仲間を失った悲しみと、呪いを振りまく黒飛竜への怒り。


「呪われた飛竜には触れちゃ駄目だ! 触れた場所から自分も呪われるから!!」


 僕の警告は、呪われる様子を見ていなかった飛竜たちをおののかせる。組みつこうとしていた飛竜は、慌てたように黒飛竜から距離をとる。


 だけど、呪いはそれだけではなかった。


 黒飛竜の口から放たれた黒い霧が、空で雲のように漂う。火炎のような威力もなく、ただ停滞するだけの黒い霧。飛竜も一応は警戒している様子だけど、上空を目紛めまぐるしく飛び交い戦闘するうちに、一体の飛竜が黒い霧の中に勢い良く突っ込んだ。そして反対側から突入した勢いそのままで抜け出す。


 しかし、無事ではなかった。飛竜は黒い霧を抜けた直後、断末魔のような悲鳴をあげる。そして見る間に全身をどす黒く変色させ、呪われた。


「そんなっ!?」

「これは、飛竜には不利だわっ」


 双子王女様は愕然とする。僕なんて、驚愕で声も出ない。

 まさか、直接触れただけではなくて、黒い霧でも呪われるなんて!


 黒い霧は、黒飛竜の口から放たれる。それは飛竜が火炎や火の玉を吐くのと同じように、竜気が続く限り吐き続けられる。

 でも、火炎と黒い霧は性質に圧倒的な違いがあった。火炎は吐き終わると消える。だけど黒い霧は吐き終わっても、上空に漂い続けるんだ。黒飛竜が吐けば吐くほど、空は黒い霧で満ちていく。

 そして黒い霧に触れれば、一瞬で飛竜は呪われてしまう。


 黒飛竜の戦術の本命はこれだ!

 数は関係ない。飛竜と接敵し、逃げ続けながら黒い霧を吐き続ければ、飛竜は上空で行き場を失う。


 今更、黒飛竜や黒い霧から距離を取っても遅い。飛竜たちが気づいた時にはすでに、数体の仲間が呪いへと堕ちていた。


「あの黒飛竜たちは、仲間を増やしに来たのね」


 ミストラルが悔しそうに呟く。


 地上の僕たちには、上空の惨劇を見ているだけしかできない。飛竜と連携のとれていない僕たちが無闇に遠距離攻撃を行うと、下手をすれば飛竜の方に当たってしまう可能性がある。黒飛竜もそれを承知で、乱戦へと持って行ったのかもしれない。


 でも、ただ手をこまねいているだけではいけないはずだよ。どうにかして打開しないと、飛竜が更に呪われてしまう。


「ライラ!」


 ルイセイネのそばで空を見上げていたライラに向かって、僕は叫ぶ。そして僕の意図を汲んだライラは、上空に向かって叫んだ。


「飛竜たち、退避しなさいですわ!!」


 ライラの能力が発動した。

 同族が呪いに堕ちたことに対して怒り狂っていた飛竜たちが、一斉に退避しだす。

 黒い霧が漂う上空から飛竜が離れ、それを追うようにして黒飛竜が移動する。


「ミストさん、エルネア君、あの飛竜が親玉です!」


 ルイセイネが一体の黒飛竜を指差した。僕には黒飛竜の個体識別はつかなかったけど、竜眼持ちのルイセイネには、はっきりと違いが見えているらしい。


「あの飛竜から指示が出ています」


 呪われて、知性を失っているはずの黒飛竜が統率なんてとれるわけがない。絶対に指示を出す群のかしらがいるはず。ルイセイネは的確に親玉を探り出していた。


「任せなさい」


 ミストラルが呟く。

 そしてぐっと体を沈み込ませ。

 竜眼で強化されている僕の目にも止まらない速さで跳躍し、一瞬で上空の親玉黒飛竜の眼前に迫る。


 突然目の前に姿を現したミストラルに驚き、親玉黒飛竜は身悶みもだえする。だけど、上空。急な回避はできない。

 ミストラルには、一瞬で十分だった。上空でも態勢を崩すことなく漆黒の片手棍を振りかぶり。

 そして勢い良く振り下ろす。


 あまりの威力に、衝撃波が空に広がった。


 親玉黒飛竜は頭部を跡形もなく吹き飛ばされただけでなく、恐ろしい勢いで地表へと落下する。爆音がとどろき、地表を陥没させた親玉飛竜は見るも無惨な肉塊へと変わり果てた。


 親玉が討たれたことで、残りの黒飛竜の動きが一瞬停滞する。


「今です!」


 僕は、今度は双子王女様に声をかけた。


「任せてね。ユフィーリアと」

「ニーナの」

「「竜槍乱舞りゅうそうらんぶ!!」」


 極限まで練りこまれていた双子王女様の竜気が解放される。

 無数の竜槍が空一杯にばら撒かれた。


 飛竜は慌てて逃げる。だけど、動きの鈍くなっていた黒飛竜たちは回避が遅れ、何本もの竜槍が突き刺さった。

 黒飛竜は悲鳴をあげて、落ちていった。


「ちょっ、ちょっと!」


 気のせいか、親玉飛竜を倒して降下してきているミストラルにも、多くの竜槍が飛んで行ってます。ミストラルは飛来する竜槍を片手混で弾きながら苦情を叫ぶけど、双子王女様は知らないふりで竜槍乱舞を続ける。

 そしてミストラルが着地するのと同時くらいに、呪われた黒飛竜を一掃し終えた。

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