竜狩り御一行様

「それでさ。なんで結局、僕とミストラルは、フィレル様たちに同行しているのかな?」

「何を言っているの。わたしたちは干渉も手出しもしないとは言ったけれど、見守らないとは言ってないわ」

「……そうですね」


 たしかに、見守るだけなら干渉していることにはならないよね。でもね。僕とミストラルが居れば、ほぼ竜族は何もでき

ないと思うんですが……


 僕とミストラルの同行は、誰も予想していなかった。フィレル王子とライラ、それとルイセイネだけでいってらっしゃい、となるものだと、僕自身も思っていたよ。だけど蓋を開けてみれば、結局はいつものみんなで竜狩りに来ていた。


 僕たちは今、竜峰のとある場所に来ている。険しく切り立った岩肌がむき出しの、荒れた山岳地帯。そしてこの先に、飛竜が巣を作っている。


 フィレル王子に協力することになった翌日。早速僕たちは、竜狩りへとおもむいてきた。

 ニーミアに乗り、飛竜の巣がある場所を探し、たどり着いた。そして今から、いきなりの挑戦!


 ミストラルさん、行動に移させるのが早すぎです。と思ったけど、彼女からすれば、今から狩りの準備をしないといけないようであれば、準備不足だから人族の国に帰って出直しなさい。ということみたいだね。で、準備できているのなら、すぐに初めても問題ないでしょう、ということらしい。


 まさにその通りなんだけど、フィレル王子は大丈夫なのかな。ミストラルに、この先をもう少し進めば飛竜の巣がある、と教えられて、すでに顔面蒼白になっています。

 ライラとルイセイネが応援しているけど、きっと耳には入ってないね。


 これで本当に、凶暴な飛竜を狩れるのかな。ライラとルイセイネが協力するとはいっても、彼女たちが仕留めるわけじゃない。あくまでもフィレル王子の補佐をするだけで、飛竜と正面から対峙するのは彼なんだ。


「顔色が悪いわ」

「諦める?」


 僕とミストラル同様に、手出しはしないけど見守る、という選択をした双子王女様は、困ったようにフィレル王子を見ていた。


 昨夜遅く。部族長のコーアさんたちと打ち解けた双子王女様は、僕たちの話し合いの後に部屋へ入ってきた。


 ちなみに、双子王女様にもフィレル王子にも、今のところは、詳しく僕たちのことを伝えてはいない。

 フィレル王子の手伝いに、こちらの事情の説明は不要だろう、という判断。なにせ伝えてしまうと、ヨルテニトス王国にまで規模が及んでいるかもしれない魔族とのいざこざに、彼を巻き込んでしまう可能性があるからね。

 フィレル王子も、竜狩りに協力してくれる、ということだけで十分感謝してくれて、今は僕たちに深く入り込もうとはしなかった。


 そして双子王女様は、僕が春先に竜峰に向かう際に、何かしらの目的があり、それはあまり人には言えないことと認識してくれていた。だから、合流してもあえて彼女たちから事情などを聞こうとはしてこない雰囲気がある。

 言うなら聞くけど、言いたくないなら聞かない、という立場を取ってくれている。双子王女様の気遣いに、感謝だね。


「いいわね? 危険と感じたら、すぐに退きなさい。無理だと思ったら、諦めなさい。貴方の行動いかんによって、ルイセイネとライラの命に危険が迫るのだということを深く心に刻んでおいて」

「はい、わかりました!」


 ミストラルの最後の忠告に、フィレル王子は気合を入れ直す。そして、元気よく返事をする。でもやっぱり、顔色は悪い。


 本当に大丈夫なのかな。不安になって双子王女様を見たら、視線が合った。そして困ったように苦笑された。


 双子王女様は春先から今まで、フィレル王子にずっと付き添ってきたんだ。だから彼のことを二人はよくわかっているはずだよね。その双子王女様が困った表情ということは、やはり厳しいんだろうね。


 そもそも、飛竜狩りに参加させてもらえなかった時点で、実力なし、と評価されているはず。


 やっぱり無謀なのかな。


 今いる場所の先に、飛竜の巣があるという。険しく荒れた岩場を慎重に歩き出したフィレル王子。続いてルイセイネとライラが進む。その後に、双子王女様がプリシアちゃんとアレスちゃんを抱きかかえたまま続き、最後に僕とミストラル。ニーミアはいつも通り、プリシアちゃんの頭の上だね。


 フィレル王子の足取りは、むき出しの岩場や険しく切り立った崖せいでおぼつかない。女の子のルイセイネとライラの方が、しっかりとした足取りだよ。


「飛竜です、隠れてください!」


 突然、ルイセイネの警告が飛ぶ。

 先行する三人は、岩陰に身を隠す。空から見えない場所は、入り組んだ荒い岩肌には幾つもある。だけど、身を隠すだけでは駄目だ。気配を同時に消さなければ、鋭い感覚を持つ竜族にはすぐに見つかってしまう。


 僕たち見守り後発組は、霊樹の幼木の力を使い、姿と気配を消す。一瞬、緑の膜が僕たちを覆うように広がり、すぐに透明になる。双子王女様が興味深そうに僕を見たので、術の効果を知らせて、無闇に動かないようにお願いする。

 僕たちからは普通に周りの景色が見渡せるけど、結界の外からでは、気配も姿も消えてしまっているはずだ。


 崖の先から、一体の飛竜が青空に向かって飛び立つ姿が見える。巣自体は視線を遮る岩や土砂で見えないけど、確かに先には飛竜たちが居る。竜脈を辿ると、強い気配が幾つも確認できた。


 岩陰で息を殺すルイセイネとライラと、フィレル王子。

 少女二人は、竜族の恐ろしさをよく知っている。だけどそれと同じくらい、どう対処をすれば良いのか理解している。

 緊張はしても、怯えの気配は感じられない。


 だけど、フィレル王子は違った。

 飛び立った飛竜の咆哮に身体を小さく丸め、離れた場所から見守る僕たちでもわかるくらいに、緊張で身体を硬くしていた。


「これは、予想以上に厳しいわね」


 ミストラルが僕の隣で呟く。


「覚悟はあっても、心がついていけてないわ」

「身体を鍛える前に、心を鍛える修行が足りないわ」


 双子王女様は同じ仕草で首を傾げて、困った表情でフィレル王子を見つめていた。


 飛竜は周囲の違和感を覚えているのか、最初に飛び立った一体以外にも、後から三体が飛び立ってきた。そして上空を旋回しつつ、地上を注意深く見ている。


 ルイセイネとライラは不測の自体に備えて、何が起きても動けるように体勢を整えている。

 だけど、フィレル王子はどうも駄目みたい。恐怖で混乱、という最悪の事態にはおちいっていないけど、身体を強張こわばらせ過ぎていて、動けそうにない。


 これは失敗だね。

 どれほどフィレル王子に強い意志と願いがあっても、実力が伴わなければ達成できない。

 ミストラルも同じ考えなのか、事態を打開しようと、一歩前に足を踏み出した。


 だけど、双子王女様は違った。


「おまちなさい。まだ結論を出すのは早いわ」

「あの子はまだ、何もしていないわ。止めるのは時期尚早だわ」


 予想外の二人の言葉に、僕とミストラルは顔を見合わせる。


「だけど、結果は待たずとも明らかよ」

「厳しい人。でも、もう少しだけ待ってあげて」

「強い人。貴女なら、少し手遅れな状態になっても打開できる力があるでしょう。だから、少し待って欲しいわ」


 霊樹の結界の中で、双子王女様とミストラルが対峙する。折れたのはミストラルの方。ため息を吐きつつも、あともう少しだけ見守る選択をする。


 飛竜はやはり、地上に違和感を覚えているようだね。高度を下げ、警戒心も露わに旋回している。


 僕たち側が見つかる可能性はない。それは自信がある。だけど、ルイセイネたちの方はどうだろう。ルイセイネは巧く気配を消せている。ライラはもともと気配が希薄。だけど、緊張しすぎているフィレル王子は、巧く気配を消せていない。そもそも、気配を消すことが出来ないんじゃないだろうか。


 こうなると、見つかるのは時間の問題だ。

 ルイセイネとライラは、緊張した面持ちで上空の飛竜の気配を探る。


 そして上空では、飛竜が鳴き叫んだ。


「いけない、見つかったわ!」


 僕とミストラルは、いつでも動けるように身構える。


 飛竜はルイセイネたちが隠れている岩陰に向かい、急降下する。

 見つかってしまっては、隠れていても意味がない。ルイセイネとライラは岩陰から素早く抜け出すと、飛竜の気を引きつけるように動く。


 足場の悪い険しい岩肌を駆け上がり、飛竜に対して優位になれる位置を探す。飛竜は、姿を現した少女二人を威嚇するように雄叫びをあげて、迫り飛来してきた。


 急接近してきた飛竜の一体を回避するように、二人は近くの溝に逃げ込む。飛竜は崖すれすれを撫でるようにかすめ飛び、また大空へ。


 今のは威嚇だ。

 人族がここへ何用だ、と僕の竜心は飛竜の意志を読み取っていた。


 飛竜が離れると、ルイセイネとライラは溝から抜け出し、また崖を疾駆しっくする。

 二人から先に飛竜へは手出しできない。彼女たちはあくまでもフィレル王子の補佐であり、進んで飛竜と対峙するわけにはいかないんだ。


 現在、緊張で固まってしまい、身動きの取れないフィレル王子。彼が持ち直すまで、ルイセイネとライラは逃げ回る選択をした。

 もしくは、駄目だと僕たちが判断して間に入るまでは、かな。


 飛竜たちも、突然やって来た人族の目的を探るように、威嚇的に襲撃はしてきても、火炎や竜術までは使用してこない。


 逃げる少女二人と、追いかけ回す飛竜四体。

 今のうちに、フィレル王子に立ち直って欲しい。

 僕たちが固唾を呑んで見守る中、ようやくフィレル王子に動きがあった。


 岩陰で固まってしまった自身の身体を叩き、気合いを入れ直す。そして、おぼつかないけど、それでも岩陰から出ようと、一歩前へ踏み出した。


「今の彼の状態で出て行って、何か出来ると思う?」


 ミストラルは僕に呟く。


「わからない。でも、王子様の今回の勇気は、きっと先に繋がると思うよ」


 今回は失敗するだろうね。だけど、飛竜と対峙する、という勇気を今回の失敗経験の中で手に入れることができれば、次は更に前へと進めると思った。

 だから、何も出来ないのに隠れている場所から出るなんて、と無謀な行動にしか見えないとしても、僕には止めることはできない。

 きっと、双子王女様も同じ考えなのかな。がんばれ、と小さく呟き続け、応援していた。


 岩陰から現れた三人目を、飛竜はすぐさま見つける。そして急降下。


「殿下、逃げてっ!」


 ライラの悲鳴が竜峰に響いた。


 フィレル王子は上空を見上げ。


 急降下してくる飛竜に悲鳴をあげ、転びながら逃げた。


 飛竜は激突する勢いで、岩肌に着地する。振動が僕たちのいる場所まで伝わり、轟音がライラの悲鳴をかき消す。そして崩れた大小の岩や石が、切り立った崖の下へと落ちていった。


『人族がなぜ、このような場所にいる。よもや平地だけでは飽き足らず、竜峰でも蛮勇ばんゆうを振おうというのか」


 飛竜の着地で揺れた足場に腰を抜かしたフィレル王子を睨み、飛竜は咆哮をあげた。


『貴様ら全員、食ろうてやろうかっ!』


 フィレル王子を威嚇するように、飛竜は口を大きく開け、喉の奥に炎を宿す。


「ほ、他の人は関係ない。食らうなら、僕だけにしろ!」


 えっ!?


 震えつつも、叫ぶフィレル王子。


「王子様っ!」

「殿下、今助けますわっ」


 崖上から、ルイセイネとライラが駆け下りてくる。だけど、上空にいた残りの三体の飛竜が、邪魔をするように降下してきた。


「邪魔しないでですわ! 下がりなさいっ!!」


 ライラの能力が発動した。

 ライラに睨まれた飛竜三体は、慌てて上空へ舞い上がる。

 仲間の飛竜の動きに異変を感じた地上の飛竜が、崖から駆け下りてくるルイセイネとライラの方を振り返る。


「王子殿下から離れなさいですわ!」


 ライラの命令に息を詰まらせ、飛竜は後退する。そして少女二人は、フィレル王子と飛竜の間へと割り込んだ。

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