選ぶべき道

「翁、いま何か言いましたか?」


 顔を引きつらせてスレイグスタ老を見るミストラル。額に青筋が浮いています。


 僕は今すぐ走って逃げ出したい気持ちでいっぱいだよ!


「ふむ。聞こえなんだか。ちっぱ……」

「ああぁぁっっ!」


 だけど、逃げてもきっと何も変わらないし、そもそも逃げ切れる自信もない。


 だから。


 僕は双子王女様の手を離し、ミストラルの側に空間跳躍をする。そしてスレイグスタ老が暴言を吐く前に、彼女の耳を両手で塞いだ!


 間一髪、間に合った。


 耳を塞ぎ、ミストラルの顔の側で大声を出した僕。きっとミストラルには聞こえていない!


 そう信じよう……


 今度は、ミストラルが冷たい視線を僕に向ける。


「エルネア、正直に言いなさい。わたしとあの双子のどちらを取るの?」


 うっ!

 来ました、修羅場!


 ここで選択肢を間違えると、僕はすべてを失ってしまう。


「エルネア君、無いものよりも大きな方がお得よ」

「ひとりよりも二人の方がお得よ」


 ここぞとばかりに、双子王女様が僕の側に駆け寄ってきてしがみつく。ミストラルはそれを冷めた瞳で見つめ、僕に回答を迫る。


 ちなみに、全身の鼻水はすでに僕も双子王女様も乾ききっている。身体に触れると、なぜか速乾性があるんだよね。なんて無駄なことを考えている余裕はありません。


 両耳を僕に塞がれたまま、冷たい視線を飛ばすミストラル。そして僕にぐいぐいと身体、というかお胸様を押し付けて誘惑してくる双子王女様。その光景を静かに見つめるスレイグスタ老。


 ことの発端だと思うスレイグスタ老が傍観だなんて、卑怯だ! 今度必ず復讐してやるんだ、と恨み言を思い浮かべつつ、今の修羅場をどう解決しようかと思案する。


 そもそも、双子王女様はなぜ僕に興味を持っているんだろうね?

 そりゃあ、僕は竜術を使える。

 昨年、離宮で初めて対面した時には、双子王女様は既に僕のことについて少なからず知っていたよね。確か、兄王子様に聞いたんだっけ。僕はその王子様と面識はないから、多分どこかで目撃されてしまっていたんだろうね。


 でも、それだけで僕にこれ程までに興味を示すものだろうか。双子王女様は、一応は王族なんだよね。そんな高貴な人が、自身と同じように竜術が使える、という理由だけでこんなに興味を示すものなのかな。


 僕は、双子王女様には何か思惑があるんじゃないのかと勘ぐってしまう。だって、そう思えるほど不自然なんだもの。

 双子王女様には思惑が有るのか無いのか。多分あるだろうね。だけど、なぜかそこに悪意を感じない。どす黒い陰謀だとか、いびつよこしまな気配は全くといっていいほど感じないんだよね。


 これは、ミストラルたちもきっと同意見だと思う。出会い当初に、もしくは今までにそんな気配を微かにでも出していれば、ミストラルは容赦なく対処していたと思うんだ。


 思惑はあるけど、邪悪ではない。

 ……謎だね。


 そして、思惑云々を別にして、純粋に双子王女様を見た時。


 正直、この二人は凄い美人さんだと思う。銀髪はとても美しく、鋭い顔立ちと気品さが両立した、整った顔立ち。お胸様は申し分ない。それなのに腰はきゅっと締まり、程よいお尻。さすがは王女様。一般市民の美からはかけ離れた存在に感じる。しかも、同等の美が二人分なんです。


 きっとこの二人をお嫁さんにできたら、鼻高々だろうね。


 ちょっと自由奔放だったり破天荒だったりするのは、大目に見ても良いとさえ思える程の魅力はある。

 それに、ちゃんと優しかったり気遣いができたりする部分もあるんだよね。

 嫌々と言いつつも、しっかりとフィレル王子の面倒を春先から見てきた。それだけでなく、竜狩りまで協力し、危険な竜峰に一緒に入ってきた。


 双子王女様は凄腕の冒険者という一面を持っている。ということは、竜峰がいかに危険で、竜族がどれほど恐ろしい存在なのかは十分に知っていたはずだ。それなのに、頑張るフィレル王子に付き添って協力してあげていた。

 もしかして、国王様も双子王女様の面倒見の良さと優しさ、そして強さを買って、フィレル王子の面倒を見るように言ったのかな。


「エルネア君、私たちを捨てないで」

「エルネア君、私たちには貴方しかいないわ」


 すがるような瞳で僕を見る双子王女様。


 ミストラルとルイセイネ、それにライラが既にいるというのに、揺れる僕の心。男だから、とか浮気心が、という言い訳はしない。それくらい双子王女様は魅力的なんだ。


 僕はそっとミストラルの両耳から手を離した。


 そして、しっかりとした言葉で三人に伝える。


「僕は」


 三人を見つめる。


「絶対にミストラルを裏切らないよ。どんなに魅力的な誘惑でも、どちらかを選べと言われれば、迷いなくミストラルを選ぶ」


 僕の真摯しんしな眼差しを受けて、双子王女様は息を呑む。


「ユフィーリア様とニーナ様に好意を持ってもらえたのは、正直にすごく嬉しいです。でも、やっぱりミストラルなんです。だから、彼女は裏切れない。ごめんなさい」


 僕はミストラルの手を強く握りしめた。彼女は少しだけ、震えていた。


 変なの。自分からどっちか選べだなんて言っておきながら、不安を感じていたのかな。

 ああ、違うよね。不安を与えてしまった僕が悪いのか。


 僕がミストラルに微笑むと、微かな笑いで応えてくれた。


「というわけで、申し訳ないですが、お二方のご好意を受け取ることはできません!」


 ミストラルの手を強く握りしめたまま、宣言する僕。

 双子王女様は互いに顔を見合い。

 片方は悲しそうに微笑んだ。もうひとりは満面の笑みを浮かべた。


 初めて、それぞれが違う表情をしたのを見た。


 そして。


「こうもはっきりとふられたのは悲しいわ」

「でも、だからこそ素敵だわ」

「やっぱり、エルネア君しかいない」

「絶対に、エルネア君しかいない」

「「えっ!?」」


 それぞれに違う表情を浮かべた後。今度は全く同じ、満面の笑みで僕に振り返った双子王女様に、ミストラルと声を揃えて聞き返してしまう。


「軽い男は嫌いだわ」

「一夫多妻は構わないけど、手当たり次第は嫌だわ」

「でも、エルネア君は違う」

「ちゃんとお嫁さんを愛してる」

「誘惑に屈しない」

「誰でも良いわけじゃない」

「そんなところが、やっぱり素敵だわ」

「そんなところが、やっぱり愛おしいわ」

「ちょっ、ちょっと貴女たち。何を言っているの!?」


 ミストラルが困惑した声をあげる。


 無理もないよね。きっぱりと断ったつもりなのに、二人は全然聞いていない。それどころか、今まで以上に僕にお胸様を押し付けてくる双子王女様。


「私たちは出遅れたもの」

「現在お嫁さん確定のミストちゃんとルイセイネちゃん。それにライラちゃんよりも下で構わないわ」

「プリシアちゃんの下でも」

「ニーミアちゃんの下でも問題ないわ」

「「だから、私たちもお嫁さんにしてね」」

「んなっ!?」


 なんて前向きな心をしているんでしょう!

 不屈の精神とは、まさにこのことだ。


 末席でも良いから、自分たちも嫁の仲間に入れてちょうだい、とぐいぐい迫る双子王女様に、僕もミストラルもたじろぐ。


「エルネア、どうにかしなさい」

「どうにかって……」


 ミストラルに言われて、僕は困惑した表情をスレイグスタ老に向ける。


 助けて! こんなとき、どうすれば良いかわかりません。


「笑えばよかろう」


 ぐぬぬ、スレイグスタ老に聞いた僕が馬鹿でした。

 ことの成り行きをじっと黙って見守っているスレイグスタ老が、今更に介入なんてしないよね。と諦めかけたとき、予想外に言葉を挟んできた。


「エルネアよ、汝はこの二人が嫁に加わることが嬉しくないのか。正直に言うが良い」


 スレイグスタ老の低い声に、僕たち四人の動きは止まる。


「正直……嬉しいか嬉しくないかと問われれば、嬉しいと思います。だけど、僕はミストラルを選びますよ」


 握っていたミストラルの手が微かに動いた。


「ふむ。それではミストラルよ。汝はこの二人が嫁に加入することが嫌か」


 スレイグスタ老に問われ、ミストラルは双子王女様を見る。


うらやまましい、と思います」


 ミストラルが言葉をつむぐ。


「自分で言うのもなんですが、わたしもルイセイネもライラも、真面目です。だから、この二人の自由奔放さを見ていると羨ましく思える、と先ほども三人で話していました。そして、真面目ばかりの三人が妻で、エルネアは窮屈に感じないだろうか、と。だから、この二人のように陽気に振る舞えることが、とても羨ましい。でも、きっとわたしたちはそうすることができない」


 ミストラルは瞳を閉じる。


「もしもこの二人がエルネアの妻の列に加われば、きっと騒がしくも楽しい家庭になるでしょう。わたしたちが持っていない賑やかさを、二人は家庭に持ち込んでくれる」


 僕も想像してみる。たしかに双子王女様がいれば、きっと毎日が賑やかで楽しくなるね。でも、問題も頻発しそうです。


 ミストラルは閉じていた眼を開き、双子王女様をもう一度じっと見る。


「だけど、和を乱されては困る。エルネアはひとりしかいないの。だから抜け駆けは駄目。独占は駄目。自由勝手気儘な二人に、このおきてが守れるかしら?」

「守れるわ」

「誓えるわ」


 即答する双子王女様。


「……もしもその言葉が真実であるのなら、わたしは受け入れても良いと思います」


 言ってミストラルは、スレイグスタ老を見た。


「ふむ」


 しばし見つめ合うミストラルとスレイグスタ老。


「汝の懸念はよくわかった。しかしこの双子ならば問題なかろう。我が保証する」

「根拠は?」

「心を全て読んだ。それだけで良かろう」


 スレイグスタ老の言葉に、ミストラルは困った顔で苦笑する。


「何を読んだかは知りませんが、信じて良いんですね」

「構わぬ」


 スレイグスタ老は双子王女様の何を読み取ったんだろう。でも、スレイグスタ老が保証するとまで言うんだし、双子王女様は信用できるんだろうね。


「双子の力はこれから先、役に立つ。何よりも、汝らの為になる」


 双子王女様の竜術は竜人族の戦士も舌を巻くほど強力だと、ミストラルが言っていた。

 これからひと騒動ありそうな竜峰で、双子王女様の力は大いに役立つということだと思う。

 そしてこれから先、家庭を築いていく中で、ミストラルが言ったように、この二人の陽気さで盛り上げていってくれるのかもしれない。

 もちろん僕も楽しい家庭を築く努力はするけどね。


「竜様の気遣いに感謝します」

「竜様の優しさに感謝します」


 双子王女様は僕から離れ、極めて礼儀正しくスレイグスタ老にお辞儀をした。


「まったく、仕方がないわね」


 ミストラルが苦笑したので、僕もあはは、とから笑いをしたら、握っていた手を思い切り握りつぶされました。


「痛たたたっ」

「貴方は、これからは自重しなさい」

「は、はい。気をつけます!」


 こうして、双子王女様はとりあえず、お嫁さん代表のミストラルに認められた。

 これから先にまだまだ一悶着ありそうだけど、どうやら苔の広場の修羅場は収まったみたいだね。


 思わぬ展開でお嫁さんが増えたけど、僕は浮かれていてはいけない。スレイグスタ老の手引きで決まったようなものだけど、ルイセイネとライラへの説明責任は僕が果たさなきゃね。


 気づけば、苔の広場はもう薄暗くなっていた。


「帰りましょうか」


 疲れた様子のミストラルの言葉に、僕と双子王女様は素直に従った。

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