ユフィーリアとニーナ
僕とミストラルと双子王女様、それぞれが納得して、この日は苔の広場を後にする。
苔の広場が薄暗くなっているということは、竜峰の村ももう日暮れどきで。僕たちが戻ると、すでに村の人たちの夕食は進んでいた。
「おかえりなさいですわ」
広場に戻ると、早速ライラが駆け寄ってくる。見れば、ルイセイネはプリシアちゃんとニーミアの世話をしつつ、すでに夕食を食べ始めていた。
「うん、ただいま」
プリシアちゃんは待てなかったんだね。でも仕方がない。耳長族は、本来は太陽の動きに合わせて生活しているからね。夕暮れ時ということは、本来であればもう夕食を終えて、就寝に向けて寛ぐ時間なんだよね。
その耳長族のプリシアちゃんが、僕たちの帰りを待てずにひとりで夕食を食べるのは寂しくて可哀想だから、ニーミアとルイセイネも先に食べ始めたと、いうことは容易にわかる。
ルイセイネの場所に行くと、僕たちの分までちゃんと夕食を確保していてくれたので、お礼を言う。双子王女様の分まであるんだね。
いつものように輪になり、いただきます、と夕食を食べ始める僕たち。双子王女様は僕の横を奪いには来なく、プリシアちゃんの横に座って大人しくしている。
「エルネア様が部屋に入った後に姿を消したので、心配でしたわ」
ライラが僕の左横に座り、食べ物を取り分けてくれる。
「あはは、色々とあってね」
苦笑するしかない。あれからのひと騒動で遅くなったんだけど、ここで双子王女様を悪者にして言い訳するのもどうかと思うしね。
「それで、何があったのでしょうか」
プリシアちゃんの世話を甲斐甲斐しく始めた双子王女様のおかげで手が空いたルイセイネが、僕を見る。
「ええっとね、結論から言うと……」
ということで、僕は食事を摂りながら苔の広場でのやり取りをライラとルイセイネに説明した。
彼女たちはどう思うだろう、と少し不安だったけど、意外にも笑顔で話を聞いてくれたので、ほうっ、と胸を撫で下ろすことができた。
「正直に言いますと、絶対にこうなると思っていました」
「だって、王女様がたは強引ですわ」
「これでも妥協した方よ」
「これでも大人しい方よ」
ルイセイネとライラの言葉に、つんとそっぽを向く双子王女様。
ええっと、どこが大人しくて妥協した部分なんでしょうか……
双子王女様の真似をして、そっぽを向くふりをしたプリシアちゃんの口からかじりかけのお肉が勢い良く飛び出す。やれやれ、という笑いが僕たちの輪で起きた。
みんなにもきっと思うところはあるんだろうけど、楽しい食事の雰囲気は壊さないように気を遣い合っている。
ミストラルと双子王女様は苔の広場でこれからの折り合いをつけたけど、ルイセイネとライラにはもう一度あとで、しっかりと話しをしないといけないね。
夕食が遅れた僕たちは、他の住民よりも遅めに夕食を終えると、一旦長屋へと引き返す。そして男と女に分かれてお風呂へ。
と言うか、僕だけ別で男性湯へと向かう。
「んんっと、プリシアはお兄ちゃんと一緒に入りたいよ?」
と言って空間跳躍で僕に抱きついてきたプリシアちゃんに、苦笑する。
「駄目だよ。プリシアちゃんはルイセイネたちと一緒にね?」
「いやいやん」
ふるふると頭を振るプリシアちゃん。
そういえば、最近あんまりプリシアちゃんに構ってあげられていない。
最近は耳長族の村に帰っていたし、日中は僕が魔獣たちと訓練をしていたからね。
「お風呂上がりに遊ぶわ」
「お風呂で何をするか相談しましょ」
双子王女様がプリシアちゃんを捕まえに来る。ぱっと見は双子王女様が健気に働いているように見えるけど、あれは違うね。二人はプリシアちゃんを気に入っているんだ。
きっと、自分たちに似た気配をプリシアちゃんから感じ取っているに違いない……
恐ろしい……
プリシアちゃんも双子王女様のお胸様に埋まり、ふわふわっ、と喜びつつ、女湯の方へと行ってくれた。
「気のせいでしょうか。プリシアちゃんが強力な味方を手に入れたような気がします」
「はわわっ。あの三人を一緒にするのは危険ですわ」
ルイセイネとライラが慌ててプリシアちゃんたちの後を追う。
「また後でね」
慌ただしい様子を苦笑しつつ見守っていたミストラルも、自分の家のお風呂ではなくて共同風呂の方へと向かっていった。
「邪魔者は消えたにゃん」
「あらら、ニーミアは一緒に行かなかったんだね」
僕の脇にいつの間にか隠れていたニーミアが出てくる。
「ニーミアも女の子だから、あっちだよ?」
「にゃんは人じゃないから問題ないにゃん」
「たしかに」
去年のお使いの際にも、ニーミアとは一緒にお風呂に入っている。今更感もあるし、僕はニーミアをつれて一緒にお風呂に入った。
「もう、貴女たち。騒ぎすぎよ」
お風呂は、僕とニーミアの方が随分と先に上がった。髪を乾かしながら長屋で待っていると、疲弊したミストラルとルイセイネがまずは戻ってきて。きゃっきゃと浮かれる問題児三人が後に続く。そして最後に、これまた疲れた様子のライラが戻って来た。
「んんっと、楽しかった!」
「それは何よりです」
濡れたままの髪の毛でプリシアちゃんが抱きついてきたので、僕の上着は濡れ濡れです。
でもお風呂上がりでまだ火照っていた身体には、冷たい感触が気持ちいい。
それに、女性陣からほんのりと香る清潔な匂いに部屋が満たされて、深呼吸したい気分です。
僕はミストラルから頭拭き用の厚手の布を受け取ると、プリシアちゃんの髪を拭いてあげる。
プリシアちゃんは気持ちよさそうに瞳を閉じて、僕にされるがままになっていた。
「それで、何をしてきたのかな?」
「何もしてないわ。お風呂に入っただけ」
「何もしてないわ。ちょっと身体検査をしただけ」
「あ、あれのどこが身体検査よっ!」
あ、ミストラルが顔を真っ赤にして顔を引きつらせてます。
「あんな……女の人にああいうことをされると……」
ルイセイネも真っ赤になり、もじもじと身悶える。
「あれで何もしてませんは通用しないですわ」
ライラもお風呂でのやり取りを思い出したのか、部屋の隅で小さく丸まって恥ずかしがっていた。
ううむ、とても興味があります。何をしてきたんですか。でも、聞くことの興味と危険が隣り合わせのような気がして、躊躇われる。
「ミストラルはつるつるにゃん」
「んなっ!?」
誰の心を読んだのか、ニーミアが言わなくても良いようなことを口走る。すると一瞬でニーミアを捕縛したミストラルが顔を近づけて、真顔でニーミアを脅す。
「お風呂でのことをエルネアに言うのは禁止。わかったわね?」
「にゃ、にゃあ」
ミストラルの迫力に、激しく頭を縦に振るニーミア。
まぁ、去年のお使いの時にミストラルの裸を見てしまった僕には、何がつるつるなのかはわかるんだけど、これは聞かなかったことにしよう。
僕は何事もなかったように、プリシアちゃんの頭を拭いてあげる。
僕があえて追求してこないことに満足をしたミストラルとルイセイネ、それにライラも自分のことにかかり始める。
双子王女様は、鼻歌交じりにお互いの頭を拭きあっていた。
ええっと、どちらがユフィーリア様でニーナ様なんだろうね?
どんなに凝視しても、二人の違いが見つけられない。
「ふふ、熱い視線だわ」
「エルネア君が私たちを求めているわ」
「違います!」
慌てて否定する僕。
「あ、あのう。失礼ですが、お二方の区別がどうしても付かなくて」
これから一緒の家族になるなら、区別がつかないと失礼になるよね。
「ふふふ、それは無理」
「ふふふ、絶対無理」
「えっ」
気分を害するかな、と思ったけど、双子王女様は楽しそうに笑いあう。
「私たちを見分けられるのは、母様だけ」
「お父様もセリースも、他には誰も見分けられないわ」
双子王女様の言葉に、部屋にいた全員が二人を見る。
仲良く髪を拭き合う双子王女様。同じ体格で同じ顔。同じように肌は焼け、髪の長さまで全く一緒。たしかに、どうやっても見分けがつかない。
だけど、ルイセイネが手を挙げた。
「あらあらまあまあ。それでは、わたくしは見分けがつく二人目でしょうか」
「あら、すごい自信」
「なら、当ててみてね」
瓜二つの顔で不敵に笑う双子王女様。二人には絶対に見破られない自信があるんだね。
同じ家族の父親や兄妹たちでも見分けがつかないのに、出会ったばかりのルイセイネにはわかるはずがない、という自信。
「それでは。今わたくしの方から見て左が、姉姫のユフィーリア様で、右がニーナ様です」
だけど、断言するルイセイネ。
双子王女様は、一瞬目を見開いて驚く。
「二分の一の確率だわ」
「たまたまの正解だわ」
言って二人は、一度長屋から出る。そして再入室し、ルイセイネに聞く。
ルイセイネは躊躇うことなく、今度も断言する。
納得いかない、とその後何度か同じことを繰り返す。
「どうしてわかるのかしら?」
「巫女様の奇跡かしら?」
全く同じように首を傾げる双子王女様。
僕たちも最初は不思議だったけど、途中で気付いた。そうか、ルイセイネだからこそわかるのか、と。
ルイセイネは種明かしをしても良いかと、ミストラルに確認を取る。
「これから一緒になるんだし、良いんじゃないかしら。あの二人は意外と口も硬そうだしね」
ミストラルも
竜眼。
やはりこの能力はすごいね。
姉のユフィーリア様は、強力な竜力を持つ。そして妹のニーナ様は、全く竜力がない。この違いを、ルイセイネの竜眼は見抜いていた。
容姿も仕草も全く一緒だけど、ルイセイネにははっきりと気配の違いがわかるんだとか。
竜眼という特殊な能力に、双子王女様はとても驚いていた。
「まさか、王妃様も竜眼を持っていて区別していたなんてことはないよね?」
僕のふとした疑問に、それはない、とはっきりと否定を入れるミストラル。
「自分がお腹を痛めて産んだ子供よ。どんなに瓜二つでも、絶対に見分けられると思うわ」
なるほど。母の愛の力ってやつですね。根拠なんてないけど、確信できる説得力がそこにはある。
「んんっと、プリシアもわかるよ?」
ルイセイネの能力に沸いていたみんなが、驚いてプリシアちゃんを見る。
「お姉ちゃんはこっちにほくろがあるの。妹ちゃんはこっちにほくろがあるんだよ」
と言って、最初に自分の右内ももの付け根を指差し、次いで左の内ももの付け根を指差した。
「まあ、よく見ていたわね」
「お利口さんだわ」
微笑む双子王女様。きっと、さっきのお風呂で見たんだろうね。でもね、それは二人が裸にならないとわからないんだよ。しかも内股の付け根だなんて……
「エルネア君なら将来はわかるわ」
「なんなら、今から教えてあげるわ」
「「「こらっっ!」」」
暴走しそうになった双子王女様に、乙女連合が声を合わせる。
「にゃんもわかるにゃん」
僕の頭で寛いでいたニーミアが得意そうに言う。
「そうだね。ニーミアは心を読めるから、区別がつくんだね」
「でも、基本的にはいつも一緒の思考にゃん」
「じゃあ、たまにしかわからないじゃん」
「にゃあ」
僕の突っ込みに、へたりと項垂れるニーミア。
でも、心を読んで区別できるなんて、凄いことだよ。僕なんてどう頑張っても区別つかないんだからね。
ちょっと気落ちしたニーミアに、双子王女様はそれでも嬉しそうに微笑む。
「やっぱり、エルネア君と一緒になれて正解だわ」
「こんなにも、私たちを区別してくれる方がいるなんて」
気づけば、双子王女様は目尻に涙を溜めていた。
そうか。瓜二つでいつも一緒にいる仲の良い二人だけど、だからこそ誰もが二人でひとりという認識しか持たない。だけど、ユフィーリア様もニーナ様も、それぞれが個別の命。個人なんだ。区別して認識してくれる、ということに思うところがあるんだね。
「貴女たちは問題を起こさない、という課題があるわ。そしてわたしたちにも、貴女たち二人を見分けられるようになる、という課題があるわね」
「それは難しいわ」
「それは絶対に無理だわ」
ミストラルの言葉に、双子王女様は無理無理、と微笑んだ。
「今夜は、語り明かしますわ。たくさん話して、お互いの絆を深める必要がありますわ」
ぐっと胸の前で拳を固め、気合いを入れるライラ。
「プリシアは眠いよ」
「にゃんも眠いにゃん」
仕方ないわね、とミストラルはプリシアちゃんを寝かしつけ、ルイセイネはお茶請けになるお菓子や、みんなが好むような飲み物を調達へ。僕とライラと双子王女様は部屋の寝台を寄せて、場を作る。
今日は早朝から忙しかったけど、まだまだ続きそうだね。
きっと今頃、悪戦苦闘しているはずのフィレル王子には悪いとは思ったけど、仕方がないよね。
いっぱい話して、早く打ち解けて、ライラの言うように強い絆を築かなくちゃいけないんだから。
こうして僕たちは結局、朝方までいろんな話をしたのだった。
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