竜剣舞と竜気

「改めまして。アームアード王国第一王女のユフィーリアと申します」

「改めまして。アームアード王国第二王女のニーナと申します」


 双子王女様は深々と、スレイグスタ老にお辞儀をした。


 みんなで長い夜を語り明かした翌朝。僕たちは双子王女様も含めて、全員一緒に苔の広場へとやって来た。


 空間転移の竜術と、苔の広場の幻想的な世界。そして小山のような巨体のスレイグスタ老に、双子王女様は改めて驚きつつも、挨拶をした。

 昨日は慌ただしく帰ったから、きちんと自己紹介をしていなかったんだよね。


「うむ。アームアードの子孫であるな。我は二千年間この森と霊樹を護りし古代種の竜。名をスレイグスタと言う」


 スレイグスタ老と苔の広場や竜の森のことは、昨晩すでに話してある。

 スレイグスタ老自身が双子王女様を苔の広場に導いたのだし、秘密を明かしても問題ない、というミストラルの判断だった。


「はい。お噂はかねがね、聞き及んでおります」

「はい。私ども王族には、竜様のことはいい伝わっております」

「えっ!? 知ってたの?」


 双子王女様の予想外の返事に、僕は素っ頓狂な声を上げる。


 昨晩、僕が竜の森のことや苔の広場、スレイグスタ老のことを話している時には、神妙に聞いていたのに。

 知っていたのなら、僕はなんて恥ずかしいことをしていたんだろう。


「ふふふ。伝承と実体験の話は違うわ」

「ふふふ。噂は噂。尾ひれがつくし、省略されていることもあるわ」

「ぐうう。それでも知っているなら教えてほしかったよ」

「だって、熱弁するエルネア君は可愛かったもの」

「とっても嬉しそうに話すのに、水を差すのは悪いわ」


 普段は自由勝手気儘なのに、変なところで気を使うんですね。

 僕が少し顔を赤めていると、ミストラルに頭を撫でられた。


「いい伝わっていると言うのなら、王族は全員、竜の森のことを知っているのかしら?」


 ミストラルの疑問に、少しだけ考える双子王女様。


「程度の差はあると思うけど、きっと知っているわ」

「知っているから、竜の森を厳重に保護してきたのよ」


 言われてみるとそうだね。竜の森には伝説の竜が住んでいる、という伝承だけで、建国以来ずっと森を守り続けるなんて、普通に考えると変だ。

 市井しせいの間では、多くの人がある事無い事言って伝承は噂へと格が下がり、次第に眉唾な話として薄まっていった。

 だけど、スレイグスタ老と共に腐龍ふりゅうの王と戦った王族の子孫は、脈々と竜の森やスレイグスタ老のことを語り継いできたんだ。


「それじゃあ、セリース様も知っていたのかな?」


 そして王族が語り継いできたということは、勇者のリステアの正妻候補でありアームアード王国第四王女のセリース様も、当然知っているということかな。


「もちろん、小さい頃から父王様から語り受けているわ」

「もちろん、竜の森と竜様のことは知っているわ」

「ええっと、それじゃあなんで、僕に対して突っ込みがなかったんだろう?」


 僕が竜気を扱い、竜術が使えることは、立春前の宣告の儀式の際にセリース様には露見してしまっている。

 でもあの時、竜の森のことなんかは何も聞かれなかったよね。


「ふふふ。だって竜の森とエルネア君を繋ぐ接点なんてなかったもの」

「ふふふ。だってさすがのエルネア君でも、まさか竜様に師事しているなんて想像つかないもの」

「ああ、そうか」


 宣告の儀式の際のわずかな情報だけで、竜の森とスレイグスタ老を僕に結び付けられるわけがないよね。

 そんなことができるのは、推理小説に出てくるような名探偵くらいだね。


「今だと、エルネア君が竜王という話はキーリとイネアからリステア君たちにも伝わっていると思いますし、前よりももっと、竜の森と関連があるとは思わないですね」


 とはルイセイネの意見。


「そうね。竜王であり、貴方が春先に竜峰へと向かう決意をしていたことを知っているのなら、ここよりも竜峰や竜人族を結び付けて考えているでしょうね」


 なるほど、なるほど。

 みんなの考察に頷く僕。


 双子王女様だけではなく、アームアード王国の王族であれば、伝承で竜の森のことを知っている。だけど、それはやっぱり身近な話ではなく、そういい伝わっているからこれからも竜の森は大切にしなさいね、という家訓のようなものになっているのかも。


「三百年間、語り継いできたことは褒めるべきことであるな」


 スレイグスタ老にとっての三百年間は長いのかな、短いのかな。

 人族だと何世代も前の、遥か昔のお話なんだけどね。


「二千年間護り続けてきた間に、ここにこれほどの人が出入りするのは初めてである」


 言ってスレイグスタ老は、僕たちを静かに見下ろした。


 眼前には双子王女様が居て。後方に僕。両脇をミストラルとルイセイネが挟むように立ち、さらに背後にはプリシアちゃんを抱っこしたライラ。

 そして今はまだ来ていないけど、ジルドさんも来る。


 神聖な場所。秘匿ひとくし守らなければならない場所に、こんなにも多くの人が集っている。


「全ては汝が繋いだ縁。汝が一番最初にここへと迷い込まねば、今でも我はミストラルと代わり映えのせぬ毎日を送っていたことだろう」


 今は色々と刺激的すぎる部分もあると思うけど。

 スレイグスタ老は満足そうに瞳を閉じた。


 僕が繋いだ縁か。というか、ジルドさんとプリシアちゃん以外は僕のお嫁さん……

 気づけば、リステアよりも大所帯になっていました。なんという運命!


「みんな、これからもよろしくね」

「何をしみじみと言っているの。当たり前じゃない」


 なんか急に感慨深いものがこみ上げてきたんだけど、女性陣に笑われてしまった。


「汝はこれからも、竜剣舞の習得に励め」

「はい、頑張ります!」


 いつの間にか双子王女様の自己紹介は終わっていた。というか、僕が口を挟んだから終わっちゃったんだね。


「竜剣舞?」

「エルネア君は舞踊を習っているの?」

「違います!」


 確かに言葉だけ聞くと、演舞と勘違いしそうだけどね。


「エルネア、この二人にも見せてあげたら?」

「わたくしも久々に、エルネア君の舞が見てみたいです」

「そうですわ。最近はいつも別々に修行していますもの。たまにはエルネア様の美しい舞が見てみたいですわ」

「んんっと、プリシアも見たいよ」

「みたいみたい」

「にゃん」


 みんなにさあ舞え、と促されると、なんだか恥ずかしい。でも双子王女様の期待に満ちた眼差しもあり、僕は両腰の剣を抜き放つ。そして、構える。


 この後は、また魔獣との追いかけっこが待っているけど、その前に竜剣舞の型を舞うのも悪くない。


 出だしはゆっくりと。

 剣先にまで気を巡らし、両手を高く上げる。流れる動きで宙に弧を描く。滑らかに足を滑らし、軽やかに跳ねる。


 何度となく繰り返した舞の型。もう自然と身体が次の動きを導くように反応する。


 時には激しく、たまには静止。緩急をつけた舞は相手の動きに合わせ、無限の組み合わせで成り立つ。


 竜剣舞はひとりで舞うものではない。必ず相手を想定して舞う。でなければ実戦演舞なんて絵空事。僕の目の前では、仮想の相手が僕の動きに合わせて剣を振るっていた。


 見えない剣戟を薙ぎ、軽やかな足さばきで相手の懐に潜り込む。流れる斬撃で相手を翻弄し、斬り刻む。


 舞い始めた僕には、周りで見つめられているという羞恥の感情はなくなっていた。ただひたすら、真剣に舞う。


 そして型の最後。仮想の相手を斬り伏せ、僕は天高く双剣を掲げた。


 舞い終わってみると、いつもあそこが駄目だとかあの部分が上手くいかなかった、と今でも反省してばかり。

 だけど、苔の広場に鳴り響いた拍手に、僕は反省も忘れてはにかんでしまう。


「エルネア君、すごいわ」

「エルネア君、感動したわ」


 駆け寄ってきた双子王女様が、僕を抱きしめる。


「うわっぷ。剣を持ってるから危ないでぶぶぶ……」


 僕はいつものように、お胸様へと沈む。


「ちょっと、なにをしてるの!」

破廉恥はれんちですよ!」

「抜け駆けですわっ」


 竜剣舞を鑑賞した人たちの余韻よいんは何処へやら。鳴り響いた拍手は空耳なんじゃないかと思える喧騒に、僕は双子王女様の胸の中でため息を吐いた。


 そしてその後、僕を奪取したミストラルが、さっさと森に修行へ行きなさい、と促す。

 きっとこれから、苔の広場では乙女戦争が繰り広げられるのでしょう。


 巻き込まれたら大変です。慌ただしく準備をする僕。

 すると、ルイセイネが何かを考えながらやって来た。


「エルネア君」

「うん? どうしたの」


 手を顎に当てて難しい表情をするルイセイネは珍しい。


「エルネア君は今、連携や不意打ちへの対処。そして竜剣舞が通用しない相手への戦い方を修行しているのですよね?」

「うん。連携はまだだけどね」


 どうしたんだろう。ルイセイネが思い悩んでいる様子は、本当に珍しい。


「わたくし、先ほどのエルネア君の竜剣舞を見ていて思ったのですが……」


 言うべきか、どうするか。という雰囲気だったので、遠慮なくどうぞ、と促す。


 竜剣舞は綺麗に舞える。だけど、まだまだなのだという自覚はある。だってミストラルにはまだ手も足も出ないし、ルイセイネには先読みされちゃう。そして通用しない相手が居る時点で、まだ未熟なんだ。

 だから、今の舞を見てルイセイネに思うところがあるのなら、はっきりと言ってもらったほうが良い。


「その……最初は。昔に遺跡で助けてもらった時や、その後からずっとエルネア君の竜剣舞を見てきました」


 うん、と頷く僕。


「舞は日に日に上達していると、わたくしは思います。そして、エルネア君が竜剣舞を舞うと、わたくしの眼には地表から緑色のもやが湧き上がって、エルネア君にまとわりついているのが見えるのです」

「それは竜気だね。僕は舞いながら、竜脈から力を汲み取って自分の力にしているんだ。その余波だと思うよ」

「はい。あれは竜気ですね」


 頷くルイセイネ。


 竜眼をもつルイセイネだからこそ、見えるものなんだろうね。僕も湧き上がってくる気配は感じるけど、可視化するほど濃い竜気じゃなければ見えない。


「最初は、その湧き上がる竜気、エルネア君の舞に合わせて乱舞する緑色の霞も綺麗だと思っていたのですが」


 ルイセイネはじっと僕の瞳を見る。


「今思えば、もったいない気がするのです」

「もったいない?」

「はい。せっかくエルネア君が汲み取った竜脈の力だというのに、今はエルネア君の周りで乱舞しているだけです」

「あっ!」


 ルイセイネのここまでの言葉だけで、僕にはひらめくものがあった。


 そうか。今までは汲み上げた竜気はもっぱら、身体能力向上や空間跳躍へと当てがっていた。でも、僕はそれでも有り余るほどの力を竜脈から汲み上げて、無駄にしていたのか。


 今現在、無駄にしてしまっている竜気。これをもっと上手く活用できれば、僕は色々と次に進めるかもしれない。


「ルイセイネ、ありがとう!」


 僕はぎゅっとルイセイネの手を掴み、お礼を言う。

 少し顔を赤らめるルイセイネ。だけど僕が何かを掴んだことを感じ取ったのか、後はいってらっしゃいとだけ言葉を発し、僕を送り出してくれた。

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