迎えに行こう

 ルイセイネの言葉で、閃くものがあった。とはいっても、そうそう物事は簡単には進まない。

 今現在、無駄にしてしまっている、竜剣舞を舞っている際の溢れ出る竜気。そして僕がもつ桁違いの竜力と、アレスちゃんと融合した際の力。その全てを、閃きだけですぐさまものに出来るほど、容易いものじゃない。


 僕はこれまで通り、日中は魔獣たちと追いかけっこをする日々になる。魔獣の連携と不意打ちは相変わらず巧みで、竜の森を一日中駆け回る。

 そして僕は、魔獣相手に試行錯誤。自分に合う竜術とは何か。どうすればもっと竜剣舞の長所を伸ばし、短所をなくせるのか。僕だけの竜術を開発すべく、努力した。


 そうそう。努力をしているといえば、フィレル王子だね。

 彼を飛竜の巣へと置いて来て、数日が経つ。プリシアちゃんの使役する風と土の精霊からは何も緊急連絡は入っていないので無事だとは思うんだけど、無事だから放置し続けてもいい、というわけじゃない。

 特に、ライラが日に日にフィレル王子のことを心配がり、そわそわと落ち着かない。


 いきなり長期間、フィレル王子を飛竜に預けるのもどうかということになり、そろそろ一度迎えに行こう、ということになった。


「行くなら明日ね」

「今から向かうと、ニーミアの速さでも夜になっちゃうからね」

「にゃん」


 いつものように魔獣と夕方前まで追いかけっこをしていた僕は、ミストラルの言葉に頷く。


「ふむ、ヨルテニトスの子孫か」


 苔の広場では、僕の帰りを待っていたみんなが寛いでいた。

 そして広場の中央にこれまたいつものように鎮座するスレイグスタ老が、思案気に頷く。


 双子王女様の紹介と同時に、彼女たちが竜峰に入った理由、フィレル王子とその目的もスレイグスタ老には伝えてある。

 ライラと同じように竜族と上手く接することのできないフィレル王子。

 僕たちは最初、ライラと同じ能力で竜族が怯えているのでは、と予想してみた。

 だけど、巣での飛竜の態度などを思い出すと、ライラの初期とは随分と違う。


 スレイグスタ老も、フィレル王子を直接は見ていないので、なんとも言えないと現段階での明言は避けている。


「殿下は成長できたでしょうか」

「きっと立派になっていますわ」


 たった数日で人は変われるのか。自分に照らし合わせてみると、むむむと唸る部分はあるけど。それでもフィレル王子が少しでも何かを掴んでいることを期待したいね。


「変わっていなかったら、来年の旅立ちまで放置だわ」

「ついでだから、来年の旅立ちの一年間も放置だわ」

「ひ、ひどいですわっ」


 双子王女様の無責任な言葉に、慌てふためくライラ。明らかに双子王女様の冗談なんだけど、ライラの慌てる様子に僕たちは笑ってしまう。


 ヨルテニトス王国でも、アームアード王国と同じように、十五歳になると一年間は生まれ育った土地を離れないといけないらしい。

 僕のひとつ下になるフィレル王子は、来年が旅立ちの一年になるんだね。


 本来なら、フィレル王子も今頃は学校に通っているはずだけど、飛竜狩りのために学校生活を犠牲にしているみたい。


「ヨルテニトスの王族は、貴族と一緒の学校ね」

「学校に通っていないから、友達がいないわ。そして常識も薄いわ」


 ヨルテニトス王国は貴族だけの学校があるらしい。そしてアームアード王国よりも階級社会が進んでいて、平民と貴族ははっきりと区別されていると双子王女様に教わり、驚く。


 アームアード王国にも貴族はいるし、身分を鼻にかけるような人もいる。だけどそんな人はごくわずかで、平民が貴族に話しかけても問題にはならないし、貴族も平気で平民と結婚する。


 双子の国だけど、建国から三百年。風土や社会の仕組みに違いが出てきているみたいだね。


「身分ね。人族は国とか身分とか、しがらみが多いのね」


 感慨深く頷くミストラル。


 竜人族は部族単位で集まって生活をしている。部族内の絆は強いけど、だからといって他部族を排斥はいせきするとか支配する、なんて考えは持っていない。

 西の魔族とのいざこざで現在は結束しているけど、本来は部族ごとに自由に竜峰で生活しているんだとか。そして好きな場所に村を移すこともある。その際に近隣の村と争いになるようなことも滅多にないらしい。


 なので竜人族のミストラルには、すこし難しい話なのかもしれないね。

 まぁ、僕にとっても国の話などは難しくてついていけないんだけど。


「人族の身分といえば、ユグラを思い出すな」


 スレイグスタ老の言葉に、ミストラルがああ、と頷く。


はく、ですか?」

「はく?」


 そしてミストラルの言葉に、首を傾げる僕。


「そう。伯と呼ばれる翼竜よ」


 ユグラという翼竜と伯と言う呼び名。よくわからないと疑問符を頭の上に浮かべる僕とは違い、双子王女様がそういえば、と顔を見合う。


「聞いたことがあるわ。アームアード王国から伯爵はくしゃく位を受けた竜がいると」

「聞いたことがあるわ。ヨルテニトス王国から伯爵位を受けた竜がいると」

「えっ? それってどっちが正しいんですか!?」

「ふむ。両方正しい」


 僕の疑問に、スレイグスタ老が頷く。


 どういうこと?

 ただでさえ竜が人から爵位を受けるなんて初耳なのに、両国から同じ身分をもらうだなんて。

 しかも、伯爵位といえば、アームアード王国とヨルテニトス王国では王族に次ぐ身分だよ。言ってみれば、貴族の最高位なんだ。それが竜族に与えられるなんて意味不明です。


「わたくしたちの国には侯爵こうしゃく位と公爵こうしゃく位は存在しませんので、伯爵位が最高ですね。どうして翼竜のユグラというお方がそんな高位をさずかっているのでしょうか」


 ルイセイネも僕と同じ疑問を持ったらしく、双子王女様とスレイグスタ老を見る。


「理由までは知らないわ」

「貴族名鑑の序列一位に記されているけど、理由は知らないわ」


 竜の森や守護竜の伝承を正しく受け継いできた王族の双子王女様でも知らないこととは何だろう。そして知らないのに、序列一位で誰も文句や疑問は言わなかったのかな?


「ふむ。人の間ではもう薄れた歴史か」


 僕たちの疑問に答えてくれたのは、やはりスレイグスタ老だった。


「ユグラは、ヨルテニトスが騎乗しておった翼竜なり。腐龍の王を討伐した後も、ヨルテニトスに付き従い、彼の国の建国に尽力した。それを評して、アームアードとヨルテニトスはユグラに伯爵位を与えたのだ」


 おおお、なんと偉大な竜ですか。スレイグスタ老の説明に、僕たちは驚く。


 腐龍の王を討伐した時代の歴史は、当時の人や竜によって改ざんされている。人族の歴史書では「双子の建国王が討伐した」ということになっているけど、実際は竜族や竜人族も協力して、みんなで討伐したんだ。


 そして、アームアードは聖剣を使い、ヨルテニトスは竜族を使役した。現在の竜騎士の発端はヨルテニトス建国王なんだけど、彼が騎乗していた竜族がユグラという翼竜なんだね。


「ユグラは孫の代まではの国に居たが、その後は竜峰に戻ってきておる。汝らの国に名前と身分が未だに残っておるのは、先祖が気を利かせてのことだろう」


 貴族は、後継者がいなければ取り潰しになる。でもそもそも、当主がずっと生きていれば身分は残るよね。


 ん? ということは?


「もしかして、そのユグラ伯は存命しているんですか?」


 ご先祖様が気を利かせて、という理由もあるだろうけど、やはり死んでいないから除名されていないのかな?

 まぁ、竜峰に帰った竜族の生存確認なんて、人族には無理だろうけどね。

 だけど、スレイグスタ老とミストラルの口ぶりは、過去の者を話している感じではなかったよね。

ということは……?


「ふふふ、そうよ。伯は今現在も生きているわ。翼竜は五百年前後の寿命だし、竜峰で静かに暮らしているわ」

「うわっ、それって凄いね!」


 三百年前の出来事の当事者が、今も存命だなんて。と思ったけど、目の前のスレイグスタ老も当事者なのか。


「わたしたち竜人族にとっても三百年前の話なんてずっと過去の出来事に思えるけど、その時代の英雄であり人族にも認められたユグラ様を、みんなは敬意と親しみを込めてはくと呼んでいるのよ」

「うわぁ、英雄か。凄いね。おじいちゃん以外で三百年前に活躍した方に、ぜひ一度会ってみたいね」

「何を言っているの。ほぼ毎日会っているじゃない」

「えっ?」


 僕ってユグラ様に会っている?


「くくくっ。そうではない。三百年前の英雄に会いたいのだろう。ならば、ジルドもそのひとりである」

「えええっ!」


 思わぬ事実に、僕は目を大きく見開き驚く。


「貴方、もしかして知らなかったの? 八大竜王とは、三百年前に腐龍の王の討伐に参加した竜王を称えたものよ」


 し、知りませんでした……

 八大竜王って、過去にきっと凄い偉業をなした竜王なんだろうな、とはなんとなく思っていたけど。まさか、腐龍の王の討伐に参加した英雄だったとは。


 僕は歴史的にも凄いものを、ジルドさんから継承していたんだ。


「腐龍の王討伐に参加し、現在も生きておる竜族は幾らかはおる。しかし、当時活躍した竜人族はすでにジルドとラーザのみである。だが、ラーザは行方知れず」


 結局、ラーザ様の行方はわからないまま、捜索は打ち切られた。スレイグスタ老やジルドさんにとっては戦友なんだし、思うところがあるんだろうね。


「ジルド様が英雄だったなんて」

「ジルド様が竜人族だったなんて」


 双子王女様も驚いていた。彼女たちは過去に、王都でジルドさんから竜術を少し教わっているんだよね。そしてここ数日で、僕の居ない日中に苔の広場で再会しているはずだ。


「わたくしたちの周りには、知らないだけで実は偉大な方がたくさんいらっしゃるのですね」

「ジルド様は只者ではないと思っていましたわ。ですが英雄だったなんて」


 ルイセイネとライラも、神妙に頷いていた。


「ねえ。その伯が英雄で、昔のことを知っているのなら、フィレル王子に協力してくれないかな?」

「どういうこと?」


 僕を見るミストラル。


「僕はずっと思っていたんだ。飛竜狩りは何か間違えてるって。昔の、ヨルテニトス建国王は、伯を今のように狩って調教して、服従させていたわけじゃないんだよね」


 服従させていた相手に敬意を払って爵位を授けることはないだろうし、竜族にとって騎竜になることは不名誉だろうから、伯と呼ばれるのは嫌がるはず。なのに、そのどちらでもない。ということは、伯は自ら進んで、ヨルテニトスに協力していたことになる。


「フィレル王子も、今の国のあり方に疑問を持っていたし、伯なら何か助言なり協力をしてくれないかな」

「ふむ、奴は世話好きだ。過去に助成した国の末裔まつえいであれば、何かしら手伝ってくれるやもしれぬな」

「それでは、わたしはカルネラ様の一族に連絡を取ってみます」

「カルネラ様?」

「そうよ。伯とその一族をお世話している竜人族の一族ね。竜峰で一番気品にあふれ、戦闘力の強い一族と言われているわ」

「なるほどね。僕も行っていい? すごく興味があるよ」


 人族よりも遥かに優れた竜人族の中で、さらに一番強いという一族を見てみたい。純粋にそう思う。


「ええ。伯に会う時にはみんなでね」


 ミストラルの言葉に、僕たちは喜んだ。


「でしたら、明日はミストラルさんは別行動ですね」

「そうなるわね。貴女たち、問題を起こさないようにね」


 と言ってミストラルは、約三名を見る。


「はい!」


 そして一番心配なプリシアちゃんが、元気よく手を挙げた。

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