間話 天空の王子
天高く、遥か雲の上に飛び去っていく巨大な白い竜を、僕はただ
白い竜の背中では、ずっと昔から知っているのに知らない少女と、ここ数ヶ月の間に知り合えた数少ない言葉を交わせる友人がいつまでも手を振っている。
友人?
瓜二つの容姿をした双子の女性と、竜峰に入って知り合った彼らは友人と呼んでいい人たちなのだろうか。
双子の女性は、親身になって僕の世話をしてくれた。頼りない僕にあれやこれやと気を使ってくれる。いつも笑わせてくれる楽しい冗談と、たまに行き過ぎる突飛な行動が印象的な、美しい二人。
でも根は本当に優しく、危険だと止められた竜峰にまで付いてきてくれた。
そして、昨日知り合えた人たち。幼い顔立ちで、同性から見ても可愛く思えるひとつ年上の少年と、彼のお嫁さんだという美しい女性が三人。そしてとても愛らしく、抱きしめたくなるほどの
子猫のような竜が、まさかあんなに巨大な竜になるなんて。
もう随分と遠くまで飛んで行った白い竜の後ろ姿を、僕はいつまでも見送る。
白い竜の背中に乗ったみんなの姿はもう確認できないほどの距離だけど、なぜか金髪の少女だけは最後まで僕に手を振ってくれている気がした。
金髪の少女。ずっと前から見知っているのに、何も知らない少女。
亡くなった、と祖国では扱われている自分の姉。ではない。
彼女はライラ、と名乗った。
僕はお姉ちゃんを救いたかった。救いたくて努力してきたつもりだった。
だけど、何もできないまま、何も変わらないまま、無駄に月日は流れてしまい、結局僕は、お姉ちゃんを失った。
だから、ライラさんには幸せになってほしい。そう、お姉ちゃんの分まで。
彼や彼女たちの姿は、僕には眩しく輝いて見えた。
絶えない笑顔。お互いを尊重しあい、仲睦まじく共に生きる姿は、今まで僕が見たことのない世界だった。
とはいっても、ほんの一晩だけしかあの人たちを見ていないのだけど。
でもその一晩だけで十分に、彼らの作る世界を僕は感じられた。そして本当に短い時間だったけど、僕もその世界の中に入れたことがとても嬉しかった。
僕が王子だとは、双子の女性からすでに伝わっていた。僕の目的、これから成したいこと。全てを彼らに伝えた。
馬鹿だ。無謀だ。無茶だ。きっとそう
祖国での
そんな充実した夜を共に過ごした彼らは、僕の友人だろうか。
ううん、友人で間違いないのだろう。
友人でもない、家来でもない人がこんなにも親身になって、僕のことを考え協力してくれるだろうか。
少なくとも、僕は彼らを友人と思いたい。
そして、友人の優しさと協力に
そのためには、自分の成すべきことを成し、胸を張って彼らの村に帰らなければならない。
すでに空の彼方へと消えた白い竜を目で追うことを止め、僕は背後を振り返る。
背後には、数体の恐ろしい姿をした飛竜が佇んでいた。
とっさに
なんて恐ろしい姿と気配なんだ。
竜族とは、祖国で何度か接してきた。でも、飼いならされた竜とは違い、野生の研ぎ澄まされた気配がひしひしと伝わってくる。
茶色のような、くすんだ赤のような色の鱗。ぎろりと鋭い瞳。裂けた口にはびっしりと鋭い歯が並び、今にも僕を噛み殺しそう。
『して、貴様はここで何をしたいのだ』
先ほど、可愛い顔立ちの少年、エルネアと意思を疎通させていた飛竜が僕に問いかける。
なぜか竜の言葉がわかる僕。
ずっと小さい頃から、竜の雰囲気、思っていそうなことがなんとなくわかることがあった。だけどこの竜峰に来てから。違う。この飛竜と相対した時から、なぜか竜の言葉、意思が明確に分かるようになっていた。
今も、飛竜は低く喉を鳴らしただけ。なのに僕には、はっきりとした言葉として認識できている。
エルネアも僕と同じように竜の意思が読めていたみたいだけど、他の女性たちは理解できていなかった。通訳していたくらいだし。
なので、この能力は特殊なものなのだろう。
戻ったら、彼に能力のことを聞いてみよう。
でもまずは、目先のことだ。
「何をしたいか……」
思案する。
僕はここで何をしたいのか。彼らはなぜ僕をここに置き去りにし、何をさせようとしているのか。
考えるまでもない。
彼らは僕に、期待をしているんだ。弱い僕がここで、飛竜と時間を共にし、成長することに。
僕の直近の目標は、竜騎士になることだった。大きな夢は他にあるけれど、まずは竜騎士になって一人前と認められないことには、何も始まらない。
竜騎士になる。そのためには竜を狩らなければならない。その一心で進んできた。
だけど、それが間違えなんだと、たった一晩で思い知らされた。
彼らは白い竜、名前はニーミアと言ったか、と仲良く生活していた。
ニーミアは古代種の竜族だという。とても特殊な竜で、人の言葉を話す。
そしてニーミアと彼らは、意思を疎通させて互いを尊重しあい生活していた。
ああ、違うのだ、と彼らを見て気づいた。
竜を狩り、何度となく痛めつけ、調教して命令に従わせている祖国のあり方は間違えなのだと、彼らを見ていて気付かされた。
竜も知性ある生き物なのだ。いいや、むしろ本来は、人など及びもつかぬほどの
狩るとか調教する、命令するなんておこがましい。
少なくとも、知性ある者同士、お互いを尊重し合わなければいけない。
祖国では、奴隷は禁止されている。なのに、僕たちは竜を奴隷のように扱う。
違う。間違えている。言っていることと、やっていることが噛み合っていない。
僕は最初、お姉ちゃんのために国を変えようと思っていた。お姉ちゃんの存在を認めてくれる国。幸せになれる国にしたい、という目標があった。
でもそれじゃあ駄目なんだ。
個人的な願望を
僕が王子であるというのなら、王子にしかできないことをすべきだ。
人と竜との関係が間違えているというのなら、それを是正すべく動く必要がある。
どんなに困難でも、やり遂げることができれば、将来の、これから先の子孫に大切なものを残せると思う。
人と竜との歪な関係。まずはこれを変えなければいけない。
そしてその為に先ずすべきことは、僕たち人が竜族のことをもっとよく知ることではないのだろうか。
竜の生態をもっと詳しく知り、どう考えどう動くのかを学ぶ。そして人族がどう在りたいのかを説き、協力してもらう。
命令や脅しでは駄目なんだ。互いに認め合い、協力し合うことこそが本来の関係ではないだろうか。とエルネアたちとニーミアの関係を見ていて思った。
幸いにも、僕は竜族と意思疎通できる特殊な能力を得た。祖国やこれまでの竜騎士は竜との意思疎通ができない為に、こちらの意思だけを一方的に飛ばしてきた。
でも、僕は違う。せっかく竜と意思疎通することのできる能力があるのなら、活用しない手はない。
誰もが持てる能力ではないかもしれないけれど、それでも僕がきっかけを作り、竜に対する見識を深めることができれば、きっと祖国を変えていくことができる。
信じよう。僕の目指す道を。そして、たどり着く未来を。
そのためにはまず……
「僕は、あなた達のことを知りたい。どんなに
『我らを知り、交友を深めて何とする』
「僕の国には、竜騎士がいます」
竜騎士、という言葉に、飛竜の目が鋭くなる。
「ひっ」
僕はつい悲鳴をあげて、後退ってしまう。
どんなに崇高な目標を立てて意気込んでいても、本来の僕は臆病者。
ちょっとしたことでも怯えてしまう。
情けない。
飛竜とは意思疎通ができるんだ。しかも彼らは敵意を表さず、僕と意思疎通をしようと試みている。なのに僕が及び腰でどうするんだ!
恐怖で力が抜けそうになった下半身にぐっと力を込めて、
「竜騎士と、従わされている竜族があなた達に不愉快を与えるのは承知しています。だけど、僕の国には竜の力が必要なんです」
西の隣国であるアームアード王国とは、建国以来友好な関係にある。そしてヨルテニトス王国には飛竜の狩場や竜峰といった危険な土地はなく、魔族や神族の国からも遠く離れている。
だけど、ヨルテニトス王国にはアームアード王国にはない危険があった。
東の国境。荒れた大地と山々には無数の魔物がはびこり、国土を脅かしている。学者は揃って首を傾げるという。なぜ魔物の群生地帯があるのか。そしてなぜ、
理由は判然としないけど、たしかにそこには危機がある。そして竜騎士団は、魔物の群から国土と民を守る役目を負っている。
竜騎士一騎で王国騎士百人分の能力があると云われている。
現在の竜騎士は、地空水を全て含めても二百人弱。
戦力換算すれば、二万人の王国騎士に匹敵することになる。
歪な仕組み、間違った関係だからといって、竜騎士団を解散させ、所属する竜たちをすぐに解放してしまえば、国が大きく傾く。
まぁ、その前に僕にはそんな権限はないのだけど。
「竜騎士はヨルテニトス王国には必要です。ですが、今の仕組みを変えていきたい。人族と竜族はもっと分かり合えるはず。もっと仲良くなれるはずなんです」
『竜を狩る国の王子である貴様がそれを言うのか』
「僕だからこそ、言うのです。一般市民が声をあげても、それは上へとなかなか届かない。でも、王子である僕が声をあげ、動けばきっと変わっていける。でもその為には、僕だけの努力じゃ足りない。竜族の協力も必要なんです。機会をください。あなた達を知る機会、仲良くなる機会、共に歩むことのできる未来を作る為の機会をください。そしてその為に、まずはあなた達のことを知りたい。どうか、僕にあなた達のこと、竜族のことを教えてください」
僕は深々と頭を下げた。
人族と竜族が仲良く暮らす世界だなんて、
そんなことはやってみないとわからない。そしてやってみる為には、行動あるのみ。
怯えている場合じゃない。やるべきこと、やれることをひとつずつこなして行くしかないんだ。
「僕たちのことを知ってもらいたいです。あなた達のことが知りたいです。どうか、教えてください」
深く頭を下げ、飛竜の返答を待つ。
『……貴様の決意と望みはわかった。救われた恩もある。竜王との約束もある。ならば、我らは貴様に出来る限りの事はしよう』
「あ、ありがとうございます!」
まずは第一歩。目の前の飛竜と交友を深めて、彼らのことを知る。
僕は少しだけ、前に進み始ることができた気がした。
「改めて。僕の名前はフィレル・ライラスト・アネルセン。ヨルテニトスの第四王子です。よろしくお願いします!」
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