敵も 味方も 人形も

 大樹のみきよりも太い根や枝が、まるで意思を持っているかのようにうごめく。そして、武器を持つ魔族たちを薙ぎ払い、炎を払おうと暴れ回る。

 武器を手に立ち向かっているのは、恐らくカディスに忠誠を誓う魔族軍だろうね。

 だけど、全く相手になっていない。

 剣を振り下ろしても、魔法を放っても、根や枝は全てを弾く。

 唯一抵抗できているのは、カディスが放っていると思われる炎の魔法だけだ。


 炎の魔法は、暴れ狂う根や枝を焼き尽くす。

 だけど、手加減などはしていられないのか、炎は枝や根だけでなく魔都を呑み込み、周辺の深い樹海にまで及んでいた。


「これは、いったいどういうことかな!? カディスや反乱軍に襲い掛かっているということは、深緑の魔王は生存している?」

「ふふ。ふふふ。それはどうでございましょう? 深緑の魔王の魔力の残滓ざんしが暴走しているだけの可能性もございますよ? ほら、彼方あちらでは一般の方々が区別なく襲われています」

「助けなきゃ!」


 燃え崩れる家々の間、つたが逃げ惑う人々に襲い掛かる!

 逃げ場をなくした住民が悲鳴をあげていた!


 僕は竜槍りゅうそうを放つ。

 人々に襲い掛かる蔦を爆散させて、衝撃波で炎を消し飛ばす。

 寸前で助かった人々が、救われたことに歓声を上げる。でも、竜槍の軌跡きせきを追って上空を見上げて、空を飛ぶ二体の巨大な竜にこれまで以上の悲鳴をあげて逃げ惑い始めた。


「はわわっ。ニーミアちゃんとレヴァリア様の姿を見慣れていない魔族には、こちらが恐ろしく映っていますわっ」

「くっ。余計な混乱をこれ以上広めるわけにはいかないね?」


 ニーミアが僕の心を読み取って、高度を下げていく。

 するとそこへ、容赦なく根や枝が襲い掛かってきた。


「本当に見境なく攻撃してくるね!」

「にゃん」


 ニーミアが可愛く鳴く。根と枝が一瞬で白い灰に変わり散った隙に、一気に高度を下げる。


「ライラ、行くよ!」

「はいですわっ」

「私も行きます!」

「ふふ。ふふふふ。楽しくなってきましたね?」

「わたしは絶対に、ニーミアちゃんから降りないからなっ!」

「アステルは安全な場所に居てね?」


 アステルだけは、混乱と激戦の中で自分の身を守る手段を持っていない。

 なにせ、身体能力も魔法も、下級魔族以下の能力しかないからね。

 だから、僕たちはアステルだけを残して、地上に飛び降りた。


 急降下してきた巨大な翼竜。そこから降ってきた僕たち。

 なかでもひときわ巨大な魔力を持つ傀儡の王の気配に気づき、逃げ惑っていた魔族たちが一瞬だけ足を止める。だけど、すぐに悲鳴をあげて逃げ去っていく。

 力のない人々にとっては、現状は何もかもが恐ろしいんだ。

 だから、本能のままに悲鳴をあげて、計画性もなく逃げ回る。

 だけど、どこへ逃げても、炎の海と無差別に暴れ襲ってくる根と枝ばかり。


 せっかく助けようと僕たちが降りてきたというのに、人々は混乱していて統率も取れていない。

 このままでは、無意味に命が失われていくばかりだ!


「ふふふ。困りましたわね?」


 混乱におちいっている人々を、まるで喜劇きげきでも観ているかのように笑顔で見渡す傀儡の王。

 こういう感性は、やはり僕たちには理解できない魔族然としたものだね。

 でも、傀儡の王は僕たちの味方をしてくれた。


 ひゅるり、と傀儡の王の指先から何十本もの魔法の糸が伸びる。

 何十本もの極細の魔法の糸の先端が、秩序なく逃げ惑い悲鳴をあげる人々を絡め取った。

 その瞬間。見渡す限りの全員が、動きを一斉に止めた。


「エルネア様。この者たちを大神殿へお連れすればよろしいですか?」

「うん、そうだね! エリンちゃんは、傀儡の魔法で片っ端からみんなを操って!」


 しのごの言っている場合ではない。

 どんな手段であっても、人命救助が最優先の場面だ!


「大神殿は、どっちの方角かな? 遠いようだったら、分社とか末社の方に避難させることも考えよう!」

「エルネア様、私が空から大神殿の方角を確認しています。彼方あちらです!」


 メジーナさんは、燃え上がる魔王城の方角を指差した。

 魔王城の手前に、大神殿は在るらしい。


「近いね。よし、全員、住民を保護しながら移動だよ!」


 僕が先頭に立つ。メジーナさんが続き、傀儡の王と側近の人形が並ぶ。そして、殿しんがりはライラだ。

 傀儡の王が操った人々は、悲鳴もあげずに僕たちの後を追ってくる。

 完全に操られているね。でも、今はそれが有難い。

 色々と説明したり納得してもらう暇なんてないからね!


 空では、レヴァリアが暴れ始めていた。

 迫る根や枝を焼き払い、恐ろしい咆哮を放って魔族たちを怯えさせる。


「レヴァリア、炎の被害を最小限にね? 樹海まで燃やしたら駄目だからね?」

『注文の多い奴め』


 それでもレヴァリアは僕のお願いを聞いてくれて、無差別的な攻撃はしない。

 上空に現れたレヴァリアを難敵と認識したのか、数多くの根や枝が空へ向かって伸びていく。そのどれもが、巨樹の幹よりも太い。


「にゃーん!」


 ニーミアの鳴き声が燃え盛る魔都に降る。

 上空へ向かって伸びた根や枝が白い灰となって、雪のように地上に降り注ぐ。

 かすかにアステルの悲鳴が聞こえたような気がしたけど、それはきっと気のせいだ。

 ニーミアの背中の上が一番安全だからね。


 僕たちは、炎の海の中を走る。

 幸いに、魔都に張り巡らされた道はどれもが太く、両脇に並ぶ建物が激しく燃えていても、進路が阻害されることはない。

 巨大な根や枝も、上空のレヴァリアやニーミア、それに炎の魔法を今も放ち続けているカディスの方に向かっていて、こちらには殆ど襲ってこない。


「今のうちだ!」


 大通りらしき太い道を走っていると、更に多くの人々に出会う。

 傀儡の王が魔法を放つ。

 説明している暇はない。

 視界に入った人々、炎の海の先で逃げ遅れた者の気配、感じ取った生存者を片っ端から傀儡の王に操ってもらい、僕たちは走る!


「すっごい人数になっちゃってますね!」


 メジーナさんが驚いている。

 もちろん、僕とライラも驚いていた。


 深緑の魔王の支配していた魔都には、一体どれだけの住民が住んでいるんだろう?

 数万、もしかすると数十万人もの魔族や奴隷の人たちが暮らしているかもしれない。

 その全てを操ってしまいそうな勢いで、傀儡の王は魔法の糸を放つ。

 しかも、そうして全てを操りながら、自身は苦労している様子もなく平然としている。


 まだまだ、魔力には余裕があるようだ。

 これが、傀儡の王の本当の能力。

 僕たちにちょっかいを出していたときは、本当にお遊び程度の魔法だったんだね。


「ふふふ。燃えている枝や蔦などの排除は、エルネア様たちにお願いいたしますよ? カディスの炎は私の糸も燃やしてしまいますので、操れませんから」

「カディスの炎は、深緑の魔王だけではなくてエリンちゃんにとっても天敵になるんだね!?」

「ふふ。ふふふ。天敵? 何かの間違いでございましょう? カディスごとき、私の敵ではありませんよ?」

「うわぁ、聞きたくないお話だね……」


 魔法の糸も燃やしてしまう。だから、カディスは傀儡の王に対しても見下して不遜な態度を示していた。

 でも、当の傀儡の王は、カディスなんて眼中にないみたいだ。

 もしかして、傀儡の王がお城に戻っていたら、カディスは返り討ちにあっていたんじゃないかな?


 でもそうすると、疑問が浮かんでくる。

 傀儡の王がカディスよりも強いのなら。巨人の魔王は傀儡の王をかくまうために国内に招かなかったはずだ。

 僕を巻き込ませるため、という以前に、カディスが返り討ちになったら、反乱さえ終わってしまうからね。

 では、なぜ傀儡の王を匿うような手間をかけて、カディスの反乱を助長させたのか。

 まだ僕の知らない思惑が隠されているのかもしれないね。


 だけど、それを探っている暇なんてない!


 街道を塞ぐように蠢く樹の根が、地中から湧き出す。

 僕は全力で竜槍を放ち、障害物を爆散させた。

 そして、ひたすらに走る!


 地面から更に湧き出した樹の根を排除し、大通りを大集団で走り抜ける。

 すると、炎上する魔都には相応ふさわししくないような、清浄な輝きが前方に見えてきた。


「大神殿です! 結界法術『泡月ほうげつじん』で守護されていますね!」


 メジーナさんの言葉に、目的地が近いことを知る。

 そして、僕たち以外にも大神殿へと逃げ込む大勢の人々の姿が見えてきた。

 魔族も、奴隷も、等しく逃げ走る。

 大神殿とその周囲を覆う結界法術の輝きの内側へと、住民が駆け込んでいく。

 僕たちも迷うことなく、結界の内側へと飛び込んだ!


「はわわっ。不思議な気配に満たされていますわ?」

「神聖な空気に包まれているね? でも、この程度の結界法術で、魔王の魔法やカディスの炎は防げるのかな?」


 僕たちの知っている最大の結界法術は、大法術「満月まんげつじん」だ。でも、この「泡月の陣」は外部の悪意を完全に排除するような強力な遮断能力はないように思える。泡のような結界の被膜が何かの衝撃で弾け飛んだら、あっけなく結界を破られそうな脆弱さを感じる。

 ここに、あの根や枝が襲い掛かってきたら、弾くことも防ぐこともできないんじゃないかな?

 僕の疑問は、法術の玄人くろうとでもあるメジーナさんも感じたようだ。


「奇妙ですね? これだけの騒ぎになっているといのに、泡月の陣だけでしのごうとしているだなんて? もしかして、魔族の支配する国では、高位の法術は伝わっていないのでしょうか?」


 疑問を浮かべる僕たち。

 するとそこへ、大神殿の方から複数の人影が走り寄ってきた。


「皆様、どうか落ち着いてください! 大神殿は魔王陛下により守護されています。ここにいれば、助かりますので!」


 結界の外から混乱状態で逃げてきた人々に向かって、巫女装束の女性や神官装束の男性が声をかけて回っている。


「深緑の魔王の加護があるから、平気みたいだね? ということは、魔王は生存している? それとも、樹の根や枝に襲われないというだけの意味かな?」


 巫女様や神官様たちに声を掛けられて、少しずつ人々にも落ち着きが戻り始めていた。

 そして、住民たちに声を掛けながら、ひとりの巫女様がこちらへとやって来た。


「皆様方は……不思議でございますね? 皆様と一緒に避難されて来た方々は、全員が統率されたように落ち着いています?」

「こんにちは、巫女様。僕たちの方は、傀儡の王が全員を操っているのでそういう風に見えるんですよ」


 そう僕が説明をすると。巫女様は両目を全力で見開いて、僕の背後に佇む傀儡の王に視線を向けた。

 どうやら、傀儡の王の容姿を知っている人みたいだ。

 だけど、この様子だと、絶対に怯えている反応だよね。


「安心してください。魔都が大混乱に陥っている状況に、僕たちも加勢したくてやって来たんです!」


 敵ではないですよ、と両手を広げて無害さを示す。

 そこへ、メジーナさんが一歩前に出た。


「今は一刻を争う事態です。驚いてばかりいないで、己の職責を全うしなさい!」

「あ、貴女様は……!? は、はい!」


 メジーナさんの特殊な巫女装束を見た巫女様が、我に返る。そして、素早くきびすを返すと、また人々に声を掛けて回り始めた。


「さすがはメジーナさんですね。流れ星さまって、巫女装束で判別できるんですよね?」

「はい。どうやって判別しているのかは、実は秘密ですけどね?」

「衣装が違うだけじゃない?」

「そうですよ。流れ星の装束だけでは、その者がどういった身分かなどまではわからないですからね?」

「なるほど!」


 さっきの巫女様は、メジーナさんの巫女装束に秘められた身分を読み取って、かしこまったわけだね。

 そして、外部から突然来たにも関わらず、素直にメジーナさんの指示に従ったわけだ。


「メジーナさんって、本当は偉い巫女様?」

「違いますよ。普通の特位戦巫女なだけです」

「特位って時点で、普通じゃないような? ルイセイネやマドリーヌから、特位なんて官位は聞いたことがないからね」


 いったい、メジーナさんたち流れ星は何処どこから流れて来たのか。

 まあ、なんとなく予想はしているし、きっと当たっていると思うんだけど。

 でも、それはまだ追求すべきことではない。

 そして、現在はもっと別のことに意識を向けなきゃいけない!


「住民の避難も大切だけど。僕たちには、もっと他にすべき事があるよね!」

「はいですわ!」


 結界法術「泡月の陣」の外では、現在も凄惨な事態が続いている。

 家々は見る影もなく焼け落ち、木の根や枝や蔦が、燃えながら暴れ回っている。

 そして、魔都を破壊し尽くすように、炎の魔法が絶えず放たれていた。


「カディスは、この国の魔王になりたかったんじゃないの!? なんで自分が支配しようとする魔都で無差別に暴れているのさ!」


 意味がわかりません!

 老衰した深緑の魔王を討ち、自ら新たな魔王として君臨しようしている者が、支配下に置くべき人々や魔都を破壊し尽くそうと暴れている。

 それとも、カディスが手加減できないほど、深緑の魔王の魔法が厄介なのかな!?

 もしもそうだとしたら。深緑の魔王は、まだ存命なのかもしれないね。


「とにかく、この騒動を鎮めよう!」


 僕の気合いに応えて、アレスちゃんが顕現してきた。

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