舞台役者の役割

 魔都を燃やす、カディスの豪炎魔法。兵士も住民も区別なく襲いかかる、大樹の根や枝。

 混乱の只中にある都を、僕たちは走る。


 泡月の陣まで避難民を誘導した後。僕たちはすぐさまきびすを返して、結界の外に出た。そして、この騒動の起点ともいうべき激戦地区へと進路を定めて駆ける。


「メジーナさんは、大神殿の方に残っていても良かったんですよ?」


 全速力で走る僕に並走するメジーナさんへ声を掛けると、首を横に振られた。


「いいえ。私の役目は、エルネア様たちと共にこの騒動を鎮めることだと思います。住民の方々の避難や守護は、この都市の聖職者たちの役目でしょうから」


 それに、逃げ遅れている人たちも大勢いるだろうからと、僕たちに同行の意志を示すメジーナさん。


「それじゃあ、メジーナさんの力もお借りしますね!」


 僕たちに協力してくれるというのなら、有り難く力を借りよう。

 今の僕たちには、遠慮なんてしている余裕はないのだから!


 石畳で舗装された地面がえぐれ、大樹の幹ほどもありそうな巨大な根が何本も地中から出現する。

 うねうねと不気味にうごめいた根は、大通りを駆ける僕たちを見つけると、勢い良く襲ってきた!


「はわっ!」


 ライラが両手棍に竜気をみなぎらせて、一閃いっせんさせる。

 両手棍に弾かれて、巨大な根が何本も吹き飛ぶ。


「ふふ。ふふふ。とてもたくましい技でございますね?」

「はわわっ。恥ずかしいですわ」

「ライラ、恥ずかしがることなんてないよ? ライラの力は、ちゃんと僕たちの助けになってくれているからね!」

「はいですわ!」


 先行するライラ。

 迫る巨大な根や枝を、両手棍で弾いて道を作ってくれる。

 そして、僕たちと一緒に走っている、というか、側近の人形にお姫様抱っこをされて追走してくるのは、傀儡の王だ。


「エリンちゃんは大丈夫なの?」

「と仰いますと?」

「だって、ほら。この先には……」


 ライラが弾いた枝が、遠くに吹き飛んでいく。すると、その枝が唐突に炎をあげて燃え始めた。

 周囲の住宅や、今も尚地中から出現する根、それに頭上から襲いかかってくる枝が、至る所で燃えている。


 僕たちが向かう先。それは、深緑の魔王の大樹の魔法を燃やし尽くそうと容赦なく炎の魔法を放つ、カディスのいる場所だった。


「エリンちゃんは、カディスの炎の魔法は苦手じゃないの?」


 カディスの魔法は、深緑の魔王の自然を操る魔法以外にも、傀儡の王の繰り出す魔法の糸までをも焼く、厄介極まりない威力を持っている。

 そのおかげで、傀儡の王の身代わり人形は、傀儡城と一緒に焼かれてしまったわけだけど。

 傀儡の王本人がカディスと相対しても大丈夫なのかな?


 僕の疑問に、傀儡の王は側近の人形にお姫様抱っこをされたまま、可笑おかしそうに微笑む。


「ふふふ。私が危険になりましたら、どうかお護りくださいませね? そうでないと、グリヴァストの薙刀はお返ししませんよ?」

「えええっ! 遊びに来たら返してくれるって約束だったよね!?」

「はい。私のお城まで遊びに来てくださったなら。ですが、残念でございます。お城は焼け落ちてしまいましたので、条件が成立しません。どういたしましょうか?」

「そんな理不尽な!」


 というか、危険なら大神殿の結界内に避難してほしかったよね!

 わざわざ身の安全が脅かされる場所まで出向いておいて、危なかったら護ってほしいだなんて、本当にわがままです!

 これなら、ニーミアの背中の上で大人しく待機してくれているアステルの方が、何倍も素直で良い魔族です。

 とはいえ、傀儡の王だって本当に危険だったら僕たちに同行していないはずなので、これも「人形劇」の一幕として考えているんだろうね。

 迷惑だけど!


「と、とにかく急ごう!」


 魔都を破壊へと導く大騒乱の元凶は、カディスの炎の魔法と、深緑の魔王の大樹の魔法だ。

 だけど、どれだけ気配を探っても、魔都内で深緑の魔王の気配は読み取れない。

 だから、僕たちはカディスの圧倒的な気配が存在する場所を目指しているんだ!


「気になりますわ。深緑の魔王陛下は、どちらにいらっしゃるのでしょうか? ご存命でしたら良いのですが……」


 ライラの言う通り。

 僕たちは当初、これだけ派手にカディスと戦っているのだから、深緑の魔王も生きているのでは、と考えだ。

 だけど、気配がないんだ!


 魔都どころか、読み取れる最大の範囲を超えて、深緑の魔王の魔力が自然の中に浸透している。

 深緑の魔王の魔法は、恐るべきものだった。

 魔都だけでなく、国土を覆う深い樹海や森や林の全てに魔力を通し、国内の自然を完全に支配していた。

 だからなんだろうね。カディスがどれだけ目の前の自然を燃やし尽くそうとも、次から次に深緑の魔王の魔法が襲いかかってくる。

 深緑の魔王の魔法を根絶させようと思ったら、それこそ国土の全ての樹々を燃やし尽くさないといけないのでは、と思わせるほどだ。


 これが、魔族の文化圏が広がる領域の北西を支配する「深緑の魔王」の、魔王たる恐ろしさなのだと、僕たちは走りながら痛感している。


 だけど、国の全ての自然を己の魔法へと変えた恐るべき深緑の魔王の気配が、何処どこを探しても読み取れないんだ!


 僕たちはてっきり、カディスと相対しているものだとばかり思っていた。

 でも、魔都を襲う大樹の根や枝を炎の魔法で焼き払うカディスの近くにも、深緑の魔王の気配はない。

 いったい、深緑の魔王は何処にいるのか。

 カディスが言ったように、本当に倒されてしまった後なのかな?

 では、深緑の魔王の魔法の残滓ざんしだけで、魔都が破壊されようとしている!?

 それこそ、恐るべき魔法だよね。そして、魔王の残滓が暴れ回っているのなら、人々のためにも鎮めなきゃいけない。


 もしくは。

 深緑の魔王は何処かで存命していて、謀反を起こしたカディスと争っている?

 そのために魔都を犠牲にしてでもカディスを倒そうとしているのであれば、僕たちは別の選択肢を迫られる可能性がある。


 どちらにせよ、カディスと向き合わないことには、この騒乱を鎮めることはできないんだ!


 カディスの気配は、魔王城付近に移動していた。

 それに併せて、軍隊の気配も魔王城周辺に多く存在している。


 迫る根や枝を払い除けながら走る僕たちの周りに、命懸けで戦う魔族の兵士たちの姿が各所で見られるようになった。

 だけど、どの兵士も目の前の戦いが必死なようで、疾駆する僕たちに意識を向けたり、いぶかしんで声を掛けるような者はいない。

 むしろ、兵士たちは完全に押され気味だ。


 上空から、数え切れない程の枝が降り注ぐ。

 魔族軍は魔法を放って応戦するけど、枝に弾かれて通用していない。

 炎や爆発系の魔法を繰り出す魔族もいるけど、葉っぱ一枚さえ燃えずに、迫る枝の攻撃を防げない。そして、魔族たちは無数の枝に蹂躙されて、悲鳴を上げる。


 助けるべきか、見捨てるべきか。


 魔都に残って戦っている魔族軍は、いったいどちらの軍勢なんだろうね?

 反乱を起こしたカディスに服従した軍隊かな?

 それとも、深緑の魔王に忠誠を尽くし、カディスに抗っている勢力かな?

 なんて、考えるだけ無駄だよね!


「エリンちゃん?」


 僕が意味深に傀儡の王へ視線を向けると、可愛く微笑まれた。


「エルネア様、貸しでございますよ?」

「出世払いでお願いします!」


 僕の意図を読み取った傀儡の王が、指先を動かす。

 すると、魔族たちに頭上から襲い掛かっていた数え切れない程の枝が、一斉に明後日あさっての方角へと曲がっていく。

 地上を蠢く根も、魔族たちから遠のいていく。


 突然、自分たちから離れるように逸れだした枝や根の動きに、魔族たちは困惑する。

 でも、彼らに事情を説明している暇はないからね!


 僕たちは、全速力で走る。


「ところで、エルネア様は戦わないのでございますか?」


 こちらに迫る根や枝まで魔法の糸で操って遠ざけながら、傀儡の王が僕に質問してきた。

 だから、僕は正直に言う!


「本当のことを言うと、僕は深緑の魔王ともカディスとも戦いたくはないんだ。だから、なるべくなら僕自身は手を出したくないんだよね?」


 今回の騒動は、何が正義なのか、誰が正しくて、間違いが何なのか、実はよくわかっていない。

 だって、そうだよね?


 魔族は弱肉強食の厳しい社会だと、僕も深く知っている。

 だから、力の弱った魔王が謀反を起こされて魔王位を奪われる、という下剋上げこくじょうも理解できる。

 その際に、騒乱で多くの人々が苦しむ、という部分であれば、僕は躊躇ためらわずに助けの手を差し伸べるだろうね。

 でも、争っている当事者、つまり深緑の魔王と反乱者カディスの間に割って入るのは、慎重な判断が必要だと思うんだ。


 弱ってすきを見せた深緑の魔王にえて加勢をして、反乱の首謀者たるカディスを討つべきなのか。

 それとも、新たな支配力を示そうとしているカディスに協力して、新魔王を擁立ようりつすべきなのか。


 深緑の魔王が、本当に倒されていたとしたら。

 目先の平穏のためだけにカディスを討つと、かつてのクシャリラの領国のように、荒れ果てた世界となって、そこに住む人々が余計に苦しむ結果になるかもしれない。

 逆に、カディスに協力してこの騒乱を早期に収めたとして。

 果たして、彼が真っ当な魔王として支配力を示せるのか、正直に言って僕にはわからない。


 だから、僕は慎重になるべきなんだと思う。


 大神殿まで避難民を誘導する際は、竜術を使うことも仕方がない状況だった。僕も頑張らないと、大勢の被害者が出ていただろうからね。

 でも、現在は違う。

 自分たちの身の安全だけなら、ライラだけで十分にまかなえる。

 ライラだけが手を出しているなら、深緑の魔王にもカディスにも幾らでも言い訳が通せるからね。

 でも、僕が本格的に手を出した状態だと、カディスにも深緑の魔王にも言い訳できなくなる可能性がある。


 まあ、深緑の魔王は「生きていれば」という前提だけど。

 そういうわけで、現在の僕は、不用意には手出しができない。

 だからライラが奮戦してくれているし、傀儡の王にお願いもする。


 周囲で戦っている魔族軍がどの勢力の軍勢かは不明だけど、無意に失われていく命を見捨てるわけにはいかないからね!


 それでも、見えている範囲、気配を読み取れる範囲でしか人々を救うことはできない。

 だから、根本的にこの騒動を鎮める必要がある。

 そして、そのためには、カディスに接触しないといけない。


 深緑の魔王とカディス。どちらに魔族としての正義があるのかはわからないけど、少なくともカディスに接触をして炎の魔法を止めることができれば、魔都が炎に沈むことはなくなるのだから。

 もしも、それでも深緑の魔王の魔法が止まらないのなら。その時は不本意ながら、融合したアレスちゃんと力を合わせて、この騒乱を強制的に鎮めよう!


「そういうわけで、来たよ、カディス!!」


 炎の海を抜け、魔王城を呑み込むような超巨大な大樹の根もとまで走ってきた僕たちは、ようやくカディスの姿をその目で捉えた。


 全身を炎で包み、灼熱色に熱された炎の魔剣を手にしたカディスは、真っ赤な瞳で僕たちを見据える。


「太公エルネア・イース。よもや、このような場所で再び相まみえるとはな。それで、貴様が俺に何用だ?」


 魔力を完全開放させたカディスの気配は、圧倒的だった。

 上級魔族以上。まさに、魔王然とした存在感と魔力。

 それでも僕は臆することなく、カディスに言った。


「無関係な住民を巻き込む騒ぎは辞めてほしい。貴方だって、魔王になっても都市が破壊し尽くされて住民が誰もいなくなった魔都を支配しても意味がないでしょう?」


 僕の言葉に、だけどカディスは残忍な笑みを返した。

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