炎の舞台より殺意を込めて

「レヴァリア、落ち着いて! どうしたの?」


 竜心りゅうしんを乗せて、レヴァリアに声を掛ける。

 レヴァリアは四つの瞳に殺気を込めて、こちらをぎらりと睨んできた。


「ひいっ」


 悲鳴をあげるアステル。

 メジーナさんも、顔面蒼白で硬直してしまう。

 傀儡の王は、レヴァリアが暴れている姿を見た瞬間に、側近の人形の陰に隠れていた。


「僕たちが置き去りにしちゃったことを怒っているの? ごめんね?」

「ごめんなさいですわ、レヴァリア様」


 僕とライラは謝る。

 レヴァリアは怒りと殺気をはらんだ炎を纏ったまま、荒々しい羽ばたきでこちらに飛んできた。


『ふんっ。今更その程度で我は怒らぬ。だが、我に愚かしくも攻撃してきた魔族共には、見せしめに滅んでもろう』

「なるほど! 僕たちが退避した後に、レヴァリアもカディスに攻撃されたんだね?」

『何者だったかは知らん。知る必要もない。ただ我に敵意を向けて攻撃してきたことだけで、万死に値する!』

「レヴァちゃん、落ち着いて! そして、僕たちの今後の方針を聞いてね?」

『先ずは貴様から炭に変えてやろうか!』

「はわわわっ。レヴァリア様、今のはエルネア様の冗談ですわ?」


 良いじゃないか。僕だって親しみを込めて「レヴァちゃん」と呼びたいんだよ?

 でも、レヴァリアはお気に召さないらしい。

 レヴァちゃん呼ばわりされたことへの怒りなのか、魔族への制裁なのか、レヴァリアは炎の息吹いぶきを容赦なく地上に降らせた。

 燃え上がる樹海。

 あの、傀儡の王のお城が在った側のみずうみさえ、燃え上がっていた。


 これが、竜峰の元暴君。

 そして、元竜の王たるレヴァリアの本気だ。


 レヴァリアを見下す者。

 無謀に攻撃を仕掛ける者には、容赦をしない。

 あらゆる空を支配し、全ての者を屈服させる。それが例え竜だろうと、人だろうと。


 レヴァリアの恐ろしい一面をたりにして、メジーナさんは恐怖に取り憑かれてしまっている。

 でも、安心してね?

 レヴァリアは、味方には優しいんだよ?

 僕に暴言を吐いたり容赦なく殺気を振り撒いたりするけど、仲間にはけっして牙を向けないんだ。

 僕に向ける爪や牙は、愛情表現なんですよ!


 メジーナさんにそう説明すると、ニーミアに並んだレヴァリアが容赦なく咆哮を放った。


「ひいぃっ」


 アステルがまた悲鳴をあげる。

 アステルは、始祖族とはいっても強者ではないからね。レヴァリアのような存在は普通に怖いんだよね。

 傀儡の王だって、人形の陰に隠れてレヴァリアの方は見ようとしない。

 本気で怒っているレヴァリアは、上位の魔族でさえも怯える圧倒的な存在なんだ。



 だからなのか。

 火の海と化した地上には、魔族の気配はない。

 レヴァリアが全て焼き滅ぼした、というわけじゃないと思う。

 レヴァリアが空から襲ってきて、この地にとどまっていた魔族たちは一目散に逃げ出した後なんだと思う。


「よしよし、レヴァリア。もうそろそろ落ち着いてね? じゃないと、ライラが心配し過ぎてそっちに飛んでいっちゃうよ?」

「レヴァリア様、そちらに移っても良いでしょうか?」

『馬鹿者め。空での貴様の移動手段は、ニーミアから飛び降りるということだろう? 毎度捕まえる我の苦労を知れ』

「見捨てないところが、レヴァリアの優しいところだよね?」

『貴様であれば、地上に落ちていくさまを見届けよう』

「僕も助けてよ!」


 心を通わせていると、レヴァリアの怒りも随分と収まってきた。

 全身を覆っていた怒りの炎は消えて、殺気もなくなる。

 それでようやく、僕ライラとニーミア以外の人たちがほっと胸を撫で下ろした。


「これが、飛竜様の本当の力なのですね?」

「メジーナさん、誤解しないでくださいね? レヴァリアの本気は、こんなものじゃないですからね! 魔族や神族よりも恐ろしい竜族たちが、悲鳴をあげて逃げ出すほどの立派な竜なんですよ!」

「エルネア様、それは立派という表現が正しいのでしょうか?」

「間違えた! それは過去のお話! 今では、竜峰の竜族たちが口を揃えて自慢する、偉大な竜の王だよ!!」

「素晴らしい飛竜様なのですね! では、ニーミアちゃんよりも……?」

「ああ、それは……。ニーミアは、これまた特別な古代種の竜族だから……その、あの……力比べは駄目だよね!」

『ライラ、その貧弱小僧を空に放り投げろ。我の実力を思い知らせてやる!』

「にゃんの毛が焼けない場所でお願いするにゃん?」

「はわわわわっ」


 こらこらっ。

 僕がせっかくレヴァリアの偉大さをメジーナさんに教えてあげたのに、なんて扱いなんですか!

 それに、レヴァリアとニーミアが本気で力比べをしたら、今はどちらが強いかわからないよ?

 なにせ、ニーミアの体毛は燃えやすいからね?

 湖さえ燃え上がらせるレヴァリアの炎なら尚更なおさらだ。


「にゃんは戦いたくないにゃん。だからレヴァリアの方が強いにゃん」


 おお、ニーミアよ。大人な対応だね。勝ちを譲ってくれるなんてね!

 ニーミアの敗北宣言に、ふんっ、と鼻を鳴らすレヴアリア。

 意外と嬉しいらしい。竜心が伝わってくるよ?


『貴様は後で焼き殺す』

「そ、そんなぁ」


 逆に僕はしょんぼりと項垂うなだれた。


「はわわっ。エルネア様、元気を出してくださいですわ。レヴァリア様にも協力していただきませんと、これから大変ですわ?」

「うん、そうだね」


 あまり悠長ゆうちょうに滞空している場合ではなかったね。

 レヴァリアとこうして合流できたのは重畳ちょうじょうだ。

 後は、深緑の魔王の安否を確認して、カディスの反乱を鎮めて、人々に平和が訪れたら僕たちの任務は完了です!


 僕はレヴァリアに、これまでの経緯いきさつを話す。

 レヴァリアが飛び立った後に、カディスの襲撃を受けたこと。戦うよりも退避を選択し、賢老魔王の領国まで撤退した先で、傀儡の王と合流したこと。

 そして、困っている人たちを見過ごせないので、カディスの起こした反乱に介入した方が良いと決断したこと。


『貴様は、また竜姫りゅうきに怒られるぞ?』

「その時は、レヴァリアも一緒に謝ってね?」

『断る!』


 レヴァリアも、僕たちと逸れた後のことを教えてくれた。

 少し離れた山でいのしし鹿しかを獲って食べた後。

 戻ってきたら、僕たちがいた場所が炎で焼き尽くされていた。そして、地上から魔族たちに攻撃を受けた。

 レヴァリアは、もちろん反撃をした。

 すると地上の魔族たちはすぐに逃げ出した。

 だけど、それでレヴァリアの怒りが収まるわけがない。

 魔族といえば、傀儡の王のお城の周辺に集まっていた大軍を思い出す。ということで、レヴァリアはここまで飛んできて、魔族軍を蹴散らしたらしい。


「それじゃあ、ここに駐屯していた魔族軍は?」

『北の方へ撤退していった』


 レヴァリアの言葉をみんなに通訳する。


「北でございますか。指揮官がカディスでしたら、撤退した先は魔都でございましょう」

「エリンちゃん、この国の魔都は近くなの?」


 僕の質問に、傀儡の王はようやく人形の陰から姿を出して、教えてくれる。


「いいえ。この国の魔都は、北の先ですわ。ですが、反乱を起こしたばかりのカディスの軍勢が態勢を立て直すためには、安心できる場所が必要でございましょう? それでしたら、深緑の魔王を倒して支配権を奪っているはずの魔都が一番最適な場所かと?」


 カディスは言っていた。

 深緑の魔王と傀儡の王を討ったものの、この国にはまだ深緑の魔王に忠誠を尽くしている魔族たちが大勢残っていると。

 きっと、魔都から傀儡の王の領地までの間だと、敗走した軍勢を安心して立て直せる場所がないんだろうね。

 だから、レヴァリアに襲われて撤退した魔族軍は、敗走しながら魔都を目指すはず。そして、そこで再編成を行うんだろうね。


「ということはさ!」


 僕は、ある事に気づく。


「今は、魔都が無防備なのかな? カディスは、傀儡の王を討伐するために持てる兵力を惜しみなく注ぎ込んだはずだよね?」


 魔都にも、一応は守備軍を置いているはずだ。

 でも、こちらに数万の軍勢を向けていた今、魔都の守備は最低限になっている可能性が高い。

 そして、レヴァリアやニーミアとは違い、地上を移動する魔族軍の移動速度は鈍足どんそくだ。


「このまま魔都に強襲を仕掛けたら、深緑の魔王の安否に関わる情報を奪取だっしゅできないかな!?」


 僕の提案に、傀儡の王が炎の海と化した樹海の先を遠く見つめながら、うなずく。


「森が、まだ死んでいませんわ。でしたら、可能性が残されています。カディスよりも先に深緑の魔王の安否を正確に掴めれば、上手く立ち回れるかも知れませんわね?」

「森が死んでいない?」


 どう言う意味だろう?

 だけど、僕の疑問に傀儡の王が応えてくれることはなかった。

 代わりに、メジーナさんが言う。


「この国の大神殿に協力を要請いたしましょう。そうすれば、困っている多くの人々も救われるはずですから」

「そうですね。この国の人々を助ける役目は、この国の人たちに任せるのが一番ですよね。僕たちは、そのお手伝いをすれば良いわけか!」


 出兵しているカディスを出し抜き、魔都で深緑の魔王の安否に繋がる情報を手に入れる。ついでに大神殿に協力を要請して、人々を救ってもらう。

 これは良い案ですね!


 具体的な目的が決まれば、あとは一気に事態を進めるだけだ!


「レヴァリア、ニーミア、行こう!」


 僕の号令で、二体の巨竜は北へ進路を定めて、翼を羽ばたかせた。






 そして、僕たちはまたしても絶句する光景を目の当たりにする。


「あらまあ、魔都が大炎上していますわ?」

「なな、なんだろう、この状況は!?」


 全速力で、魔都を目指した僕たち。

 だけど、僕たちが北の果ての魔都にたどり着いた時。そこはもう、戦場と化していた。


 燃え上がる、魔都。

 逃げ惑う人々。

 悲鳴と怒号が、地上から激しく届いてくる。


 燃えているのは、魔都だけではない。

 魔都を覆う大樹海。魔王城に枝や幹や根を広げる巨樹。見渡す限りが炎の海に沈み、逃げ場を失った地上の人々が絶望している。


 そして、逃げ惑う人々を嘲笑あざわらうかのように、化け物同士が熾烈しれつな戦いを繰り広げていた!


 燃え残ったの根がまるで生き物のようにうねり、武器を持つ魔族たちに襲い掛かる。

 どの根や枝も、全て巨樹の幹のように太く、物によってはその先端が空にまで届く。

 応戦する魔族たち。だけど、縦横無尽に振り回される根や枝に蹂躙じゅうりんされていく。

 それだけではない。荒ぶり、手に武器を持つ魔族たちを薙ぎ倒していく根や枝からは、魔法が放たれる。

 烈風の刃が、魔族を両断する。地上が砕け、人々を地の底へと呑み込んでいく。

 魔族たちは、応戦しているというよりも、一方的に狩られるばかり。


 だけど、そこに炎の柱が上がった。

 空にまで伸びた炎が猛然と振られると、縦横無尽に暴れ回っていた根や枝が燃えていく。そして、あっという間にすみとなり、崩れ落ちる。


「むっ。カディス卿の魔法だな? 奴め、もう魔都まで戻ってきていたのか」


 アステルの言葉に、僕たちは驚く。

 南の国境付近でカディスと遭遇したのは、前日のことだ。だというのに、地上を移動するカディスがもう、魔都まで戻ってきているなんて!?


「カディスは、炎が熱を伝える速さで移動できると聞きますわ」

「炎が熱を伝える速さ? それってどんな速さかな?」

「さあ? ですが、一日で国土を縦断できるくらいには速いようでございますね」


 謎の移動手段を持っているカディス。

 僕たちの思惑を裏切り、既に魔都に戻ってきていた反乱の首謀者の存在に、僕たちは計画が潰れたことを確信する。

 そして、新たな問題に直面していた。


「んにゃん。こっちにまで攻撃してきたにゃん」

『ちっ。植物如きが!』


 ニーミアが咆哮を放つと、空に向かって伸びてきた枝が白い灰になって散る。

 レヴァリアの炎で、地上でうごめく根が燃え上がった。


「この巨大で不気味な樹の根や枝は何かな!? まさか、カディスの炎に精霊たちが怒って自然を暴走させている!?」


 でも、精神を研ぎ澄ませても精霊たちの怒りの心や暴走は感じられない。

 では、カディスと戦い、魔法を放ちながら魔族たちを襲うこの根や枝はなんなのか!?


「馬鹿竜王め! これが、深緑の魔王の魔法だ! 自然を操る大魔法。この国を覆う樹海全てが、深緑の魔王の魔法なんたぞ!」

「んなっ!?」


 今度こそ絶句する僕たち。


 深緑の魔王の国に入って目にした光景は、どこも深い森や樹海だった。

 その全てが、深緑の魔王の魔法にるものなの!?

 想像を絶する大魔法を目の当たりにした僕たちは、空の上から茫然ぼうぜんと地上の激戦を見下ろした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る