台本は必要ですか?

 僕たちは再び、空に舞い上がった。

 大きくなってくれたニーミア。その背中に、全員が乗る。


「ふふ。ふふふ。やはり傀儡の大鳥よりも高い空の景色は、素敵でございますね?」

「ふふふんっ。わたしのニーミアちゃんは最高だ」

「いやいや、ニーミアはアステルのものじゃないからね? そんなことを言っていると、シェリアーに嫉妬しっとされちゃうよ?」

うるさい、黙れ馬鹿竜王」

「しくしく。僕の扱いがひどい」


 どれだけ極悪な魔族だろうと、性格のじ曲がった悪魔だろうと、空の旅を経験すれば誰もが童心に戻って楽しめる。

 だけど、今の僕には素直に楽しめない事情があった。

 深刻な問題が、僕たちの前に立ち塞がっている。


「エルネア様、これからどうなさるのですわ?」


 アステルに暴言を吐かれた僕をはげましながら、ライラが尋ねてくる。

 僕はライラのお胸様に顔を埋めながら、むむむとうなった。


「そうだね。深緑の魔王がエリンちゃんのように危機を脱して生きているのなら、会った方が良いのかもしれないよね? でも、本当に深緑の魔王が討たれていたら……このままエリンちゃんのお城に戻っても、カディスが待ち構えているだけだよね? それに……」


 傀儡の王のお城は、カディスによって燃やされてしまった。

 今頃はもう軍隊が退却した後かもしれないけど。それでも、本物の傀儡の王が領地に戻ってくればカディスだってすぐに気づくだろうし、そうすればまた襲われる可能性が極めて高い。


 それだけじゃない、と僕は考え込んでしまう。

 僕たちの目的は、傀儡の王からグリヴァストの薙刀を取り戻すこと。でも、本当にそれだけで帰っても良いのかな?

 カディスの反乱は、僕たちには関係ない?

 深緑の魔王の安否は気にならない?


 余計な介入は、事態を引っ掻き回すだけだったり、場合によっては僕たちだけでなく関係者にまで迷惑が降り掛かってくる可能性だってある。

 そもそも、僕は魔族の社会には関わらないと決めているんだ。だから余計な面倒事に巻き込まれないように、太公の称号を受けたんだよね?


 そう考えると、やはり僕たちは大人しくしていた方が良いんだろうね。

 深緑の魔王が生き延びているのなら、彼に反乱のことは託せばいい。

 僕たちは傀儡の王のお城まで行って、約束通りに薙刀を返してもらう。

 そして、早めに国外へ脱出してしまう。

 そうすれば、僕たちはカディスの起こした騒乱に巻き込まれずに、薙刀も回収できて平和でいられる。


 ……本当に?


「戻ったらカディスが失脚していました。なんて都合の良い展開になっていれば嬉しいんだけど。でも、そう物事は上手くいかないよね? そうなると……」

「はわわっ。傀儡公爵様の領地が安定しませんと、薙刀をお返しいただけませんわ?」

「やっぱり、そうなっちゃうかな!? お城まで送り届けたら終わりじゃ駄目かな? まあ、そのお城は既に燃え落ちているんだけどね?」

「エルネア様が、いつになく消極的ですわ?」

「だってね、ライラ。僕たちがカディスの反乱に安易に首を突っ込んで良いと思う?」

「はわわっ。難しいですわ? 巨人の魔王陛下は、きっとエルネア様の介入を期待していますわ。ですが、ミスト様たちは不安だと思いますわ?」

「そうだよね?」


 眼下に流れる景色を楽しそうに見下ろしている傀儡の王を見る僕。

 少女のように無邪気に喜んでいる傀儡の王の腰には、きちんとニーミアの長い体毛が結ばれている。

 その傍には、側近だという人形が物静かに控えていた。そして、その人形を興味深そうに見たり触ったりしているメジーナさんが見える。


 メジーナさんって、本当に自由人だよね?

 魔族の造り出した傀儡人形を躊躇ためらいなく触ったり、油断すると服を脱がそうとしたり。

 相手が害意のない存在だとわかると、遠慮なく距離感を詰めてくる。そして、乗りと勢いで突っ走っていく。


 なるほど。

 双子として同じ視線で物事を見るヴィレッタさんとヴィエッタさん。

 清く正しく、真面目に世界を知ろうとするイザベルさんたち。そして今回は、より深く魔族という種族を知るために、好奇心旺盛で積極的なメジーナさんが選ばれたわけか。


 そのメジーナさんが、悩む僕とライラに迷いのない言葉を投げかけてきた。


「エルネア様は、あの大魔族が反乱を起こして困っている人々を見捨てたりしないと思います。ですので、微力ながら私も協力いたします」

「この人、首を突っ込む気満々ですよ!」

「はわわっ。メジーナ様の瞳がきらきらしていますわっ」


 驚く僕たちに、メジーナさんは言う。


「遠く離れた土地に住んでいるエルネア様たちにとっては、他人事かもしれませんね? 人族がなぜ魔族の騒乱に関わらないといけないのか、と思うかもしれませんね? ですが私が思うに、エルネア様はそうした現実的な部分なんてすっ飛ばして、人々を救う偉大な人だと思います」

「僕の評価がものすごく高いですね!」


 更に驚いてしまう僕。

 流れ星さまたちやメジーナさんとは、まだそれほど深い親交を深めていないと思っていた。

 イザベルさんたちからの報告で、僕たちのことを流れ星さまたちが共有していることは知っているけど。でもまさか、これほど短期間でそれほどの評価を受けているだなんてね?

 何でだろうね?


 でも、その評価には少し誤解があるし、やっぱり過大すぎると思うのです。


「僕って、意外と冷たいかもしれませんよ? だって、人族が飛竜狩りをすることを黙認しているし、獣人族と人族の交流だって、僕は勇者たちに任せて深くは干渉していませんから。それに、魔族の国の奴隷制度なんて、不干渉を貫いています。それって、人族の文化圏から流れてきた流れ星さまたちから見れば、薄情極まりないように見えませんか?」


 反論する僕。

 だけど、メジーナさんは首を横に振って、僕の言葉を否定した。


「違いますよ。それは冷たいのではなくて、人々を信頼しているあかしなのです。人や竜や獣たちのことを信頼していて、彼らならどのような困難にも立ち向かえる、絶対に大丈夫、とエルネア様が確信を持っているから突き放せるのです。それに、聞いていますよ? 竜王の都では、奴隷の人々もきちんと保護されていると。それって、エルネア様が人々を信頼しているのと同じように、周りの者たちもエルネア様を信頼しているという証ですよね? エルネア様の加護を受けていれば、きっと誰もが困難を克服できて、幸せになれると。ですから、エルネア様は冷たいのではなく、信頼というきずなもとに見守ってくださっているのです」

「何だか、僕の評価が凄いことに!?」

「はい。エルネア様たちが私たちを知ろうと意識を向けてくださっているのと同じように、私たち流れ星もエルネア様やご家族の方々を日々見ていますから」


 そうだよね。

 相手を知ろうとしているは、何も僕たちだけではないんだ。流れ星さまたちだって、僕たちのことや禁領のこと、そして魔族のことを知ろうと頑張っている。


「それに、いつもプリシアちゃんや他の方々がエルネア様のお話を楽しく話してくださっていますから、私たちは既にエルネア様のことを深く知っているのです」

「きゃーっ、なんか恥ずかしいっ」


 僕の知らないところで、僕が話題になっている。それを聞かされると、凄く恥ずかしいよっ。

 顔を赤くして、ライラのお胸様に顔を埋める僕。


「はわわっ。恥ずかしいですわっ」

「ぼ、僕も恥ずかしいよっ」


 ライラと乳繰ちちくり合っている姿にではなくて、実は既にメジーナさんたちに僕のことが深く知られていたということに!

 僕とライラの照れる姿を見て、アステルが露骨な舌打ちをして、傀儡の王が楽しそうに笑う。そして、メジーナさんは笑いながらも、確信を持った口調で言ってきた。


「そのエルネア様が、このまま困っている人々を見過ごすはずはないと、私は思っています。そこにはエルネア様の人々を想う『信頼』はなく、絶望に満ちた者たちの苦難しかありませんから」


 凄く真面目な意見だ。

 メジーナさんは、聖職者としてではなく、僕のことを知っていて僕を信頼しているひとりの女性として、意見を述べてくれている。

 乗りと勢いだけでなく、こういう正しい物事の進め方もできるんだね。


「ありがとうございます、メジーナさん」


 僕はライラから離れて、メジーナさんに深く頭を下げた。


「メジーナさんは、僕に正当性を与えてくださったんですね? 僕がこの騒乱に干渉するために必要な理由を与えてくれた」


 迷っていたのは事実だ。

 困っている人々を見捨てていたわけじゃない。

 でも、他種族の、他国の問題には、簡単には首を突っ込めない。

 そう思っていた僕の背中を押すために、メジーナさんが僕という人物の方向性を示してくれた。


 そうだよね。

 人族と竜族、そして獣人族や魔族。多くのことを深く知っていて、信頼しているから僕は見守る立場でいられる。

 でも、カディスの反乱によって困っている人々は、見守っているだけでは救われない。

 誰かが手を差し伸べなければいけない。本当は、それは僕以外の誰かでも良いのかもしれない。でも、僕が手を差し伸べられるのなら、僕だって良いじゃないか。


「これくらいしかお役に立てませんから、お安い御用ですよ? まあ、私は最初から疑っていませんでしたけどね? エルネア様がニーミアちゃんに指示を出した時点で、この反乱騒動に介入するって」

「どうして?」


 聞き返す僕に、メジーナさんはよどみなく言った。


「だって、薙刀を回収するだけで良いのなら、この人形から奪っているでしょう? エルネア様には、それだけの実力があるのですから。それに、飛んでいく方角が深緑の魔王の国の方角でしたから」

「あはははっ。そうだね。出発前から、僕の方針は決まっていたんだよね?」

「私は、そこに理由付けをしただけです。よし、これで思う存分に介入できますね! 打倒、魔王!」

「いやいやいや、魔王は倒しちゃ駄目だからね!? というか、それを魔族の前で言っちゃ……!」

「よし、倒そう。馬鹿竜王、巨人の魔王を倒して来い! もうき使われるのは嫌だっ」

「それでは、妖精魔王陛下をお願いいたしますね? あの方には私の魔法も人形も通用しませんので、困っていたのでございます」

「アステル? エリンちゃん!?」

「はわわっ。あとでミスト様に怒られますわっ」

「密告にゃん」

「ライラとニーミアまで悪乗りしてきた!」


 やれやれ、と笑ってしまう僕。

 でも、これでようやく僕が堂々と介入できる理由ができたぞ。

 流れ星さまに「人々を救ってください」とお願いされたら、敬虔けいけんな信徒は断れないからね!

 それに、領地持ちの傀儡公爵にもお願いされたんだ。これで、僕の正当性は確保できた!

 あとは、カディスの反乱をどうにかして……


「できれば、深緑の魔王が生存してくれていれば良いんだけど……?」


 傀儡の王が身代わり人形を使ってカディスの目を誤魔化したように、深緑の魔王も何かの仕掛けで生き延びていてくれたら、カディスの反乱は収まるか、収まらなくても深緑の魔王に人々のことをお願いできるかもしれない。


「ですが、カディスが魂霊の座を持っていましたわ?」


 そうだよね。魔王が、魂霊の座を手放すことはない。

 魔族の支配者に下賜かしされた魂霊の座こそが、魔王の証なのだから。

 その魔王の証は、現在はカディスの手に渡ってしまっている。

 そう考えると、やはり深緑の魔王の生存は絶望的だった。


「何はともあれ、先ずは傀儡の王のお城があった場所に戻ろう。レヴァリアとも合流しないとね!」


 忘れてはいけません。

 今現在、レヴァリアとははぐれてしまっているんだよね。

 早く合流して、僕たちの今後の方針を伝えなきゃ。


 ニーミアは、北へ向かい翼を羽ばたかせる。

 流れていく景色。

 だけど、その終局に見えた想像を絶する凄惨な光景に、僕たちは絶句する。


 焼け落ち、見るも無惨な廃墟と化した傀儡の王のお城。

 そして、深い樹海を呑み込み、どこまでも燃え広がる、炎の海。


 地上を炎の地獄と変えた、紅蓮色の飛竜。


「レヴァちゃんが暴走してるーっっ!!」


 傀儡の王の領地を灰燼かいじんへと変える恐ろしい飛竜、もといレヴァリアの怒りの咆哮が、大空に響いた。

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