ユフィーリアとニーナ

 僕の即答に、ぴくりと片眉かたまゆを震わせるセーラ様。

 向き合う僕とセーラ様以外の人たちは身動きを取ることもなく、固唾かたずを飲んで様子をうかがっていた。


「なるほど。では、少しこの場で待っていてもらえますか?」


 しばしの見つめ合いの後。セーラ様は双子王女様を僕から引きがして、部屋から出て行った。

 セーラ様と双子王女様が退室した後も、部屋のなかは緊張に包まれていた。

 だれも僕に声をかけない。今の答えは正しかったのか。かんで答えたのか。口を開く者はいない。

 すると、一旦退室したセーラ様が、双子王女様を引き連れて戻ってきた。


「もう一度。どちらがユフィでどちらがニーナか答えていただきましょう」

「ええっと、セーラ様の右手を握っているのがユフィで、左がニーナです」


 もう一度、即答する。

 セーラ様は僕の答えを聞き、また双子王女様を連れて退出した。


 なにをしているのか。誰もなにも言わないけど、全員が知っている。

 セーラ様は、僕が勘で答えていないか確かめているんだ。確率は二分の一。適当に答えても半分の確率で正解してしまう問題。だからこそ、何度も同じ質問をして、確実に僕が見分けられているのかを見極めようとしている。


 今度は、退出してしばらく経って。セーラ様に連れられて入ってきた双子王女様は、先ほどとは違うで立ちの豪奢ごうしゃな衣装を身にまとっていた。


「今度は、左がユフィで右がニーナです」


 僕は躊躇ためらわずに断言する。


 セーラ様はなにも言わず、また退出する。もちろん、双子王女様を連れて。


 次も左がユフィ。その次とその次は片方だけが入室して、どちらもニーナだった。

 こうして僕は、セーラ様が何度も退出して再入室するたびに、かたわらに立つ双子王女様がどちらなのかを答えていった。


 何者も口出しをしない。これは、僕とセーラ様の真剣勝負。双子王女様を見極められるかの緊迫した試練で、王様やミストラルでさえも一言も口を挟めないでいた。

 きっと、誰もが聞きたいに違いない。僕は確信を持って答えているのだろうか。答えは合っているのか、間違っているのか。だけど、セーラ様は余計な言葉を一切発さずに、何度も双子王女様の衣装や髪型を変えて僕を試した。

 終いには、後ろ姿だけで答えるように言われた。背中だけを見せて入室した二人は、これまでになく奇抜な服装と髪型をしていた。

 似つかわしくない、派手派手で身体の輪郭に合っていない衣装。髪は片方は結いあげ、もう片方は長く背中に流している。


「ええっと……」


 言葉に詰まる僕を見て、セーラ様の瞳がきらりと光った。周りの人たちは、僕と部屋の入り口で背中を見せて立つ二人を交互に見て、息を詰まらせていた。


「申し訳ございません……」


 僕はじっと二人の後ろ姿を見つめ、セーラ様に言う。


「二人とも、ユフィでもニーナでもないですよね? この人たちは誰でしょうか……」


 そう。僕に背中を見せて立つ二人は、双子王女様のどちらでもなかった。銀髪と小麦色の肌は似ているけど、完全な別人だ。召使いか誰かで似た人を準備していたに違いない。いくら後ろ姿とはいえ、今更見間違わないよ?


 僕の答えに、鋭い視線を向けていたセーラ様の目尻が下がった。


「ふふ。ふふふ……」


 そして、なにが可笑おかしかったのか、口元に手を当てて愉快そうに笑い始めた。

 なぜか、ゆるんだ目元には大粒の涙が溜まっていた。


「セーラよ……。そろそろ、わしらにも答えを聞かせてくれ。いったい、試練の結果はどうなったのだ。エルネアはユフィとニーナをきちんと見分けられていたのか?」


 涙目で笑みをこぼすセーラ様に、王様がたまねて質問する。


「まさか……。まさか、私以外にあの子達を見分けられる者が現れてくれるとは……」


 セーラ様はとうとう涙を留めておけなくなり、ほろほろと大粒の涙を絨毯の上に落としながら崩れ落ちた。

 僕と王様が慌てて駆け寄る。


「まさか? 本当にエルネアはあの二人を見極めていたというのか?」

「はい、あなた。エルネア様は間違いなく、ユフィとニーナを識別しておりました」


 笑顔の涙は嗚咽おえつへと変わり、セーラ様は王様の胸で大泣きしていた。


 ばんっ、と部屋の扉が開き、ユフィーリアとニーナが飛び込んでくる


「エルネア君!」

「愛しております!」


 そして二人は僕に抱きつき、セーラ様と同じように泣き始めてしまう。


「いったいどうやって……?」

「産まれたときから一緒の私たちでさえ、区別できないのに……」

「エルネア君、どうやって見分けられたのか教えてくれないかしら?」


 ルドリアードさん、セフィーナさん、そしてセリース様が傍らに来て、僕に聞く。

 僕は、泣くユフィーリアとニーナの背中をさすりながら、小首を傾げる。そして答えた。


「ええっと、なんとなく?」

「は?」


 予想外の答えだったのか、僕の家族以外のみんなが目を点にしてほうけてしまう。


 でも、それ以外に答えようがないんだよね。本当に、なんとなくなんだ。ユフィーリアとニーナ、どちらかを見れば、なんとなくどちらかわかってしまう。

 髪型を変えても、仕草で誤魔化そうとしても、わかってしまう。衣装や言葉遣いに変化をつけても間違わない。

 でも、それを突き詰めて自分自身で考えても、答えは「なんとなくわかる」としか行き着かない。


 僕がそう返答すると、目を点にしていたみんなは唖然あぜんとしていた。だけど、セーラ様だけは泣きながら強く頷いてくれた。


「それでいいのです。私もなんとなく、でも確かにわかるのです。仕草や僅かな特徴で見分けているのだとしたら、私の試練は乗り越えられません。だって、その程度は幾らでも小細工できますし、それを見越して二人には何度もわざとらしい仕草や衣装の変化をつけていたのですから。それでも見極めたエルネア様は、本当にユフィとニーナを区別してくれているのです」


 セーラ様、僕を「様」付けで呼ばなくてもいいのに……

 涙ながらに、セーラ様は僕が正しいと言ってくれた。そして、ユフィーリアとニーナも「ありがとう」と何度も口にしながら泣いていた。


 セーラ様と双子王女様。彼女たちにとって、ユフィーリアとニーナが区別されないことの苦痛はどれほどのものだったんだろう。愛する夫や同じ妃様たち、腹違いの兄妹や身の周りの世話をする給仕たち。その全てが、ユフィーリアとニーナを見分けることができなかった。

 完璧に瓜二うりふたつな二人だから仕方がない、表面的にはそれで流していた問題でも、彼女たちの心の奥底ではぬぐえない悲しみとなって蓄積していたに違いない。


 たとえ、どんなに瓜二つな容姿性格の二人でも、本当は個人と個人なんだ。二人でひとりなのではない。ユフィーリアという女性。ニーナという女性。双子ではあっても、別々の命なんだよね。だから、心の奥底では、やはり「個人」として見てもらいたいという欲求は存在していたんだと思う。


「セーラ様」


 僕はそんなセーラ様の悲しみを払おうと、笑顔で声をかけた。


「僕だけじゃないですよ。僕の家族はみんな、ユフィとニーナを区別できますからね」

「ああぁ、あなた達は……」


 あれれ? 元気づかせようと言葉をかけたのに、セーラ様が更に大泣きし始めちゃった。


「母様、ユフィは幸せです」

「母様、ニーナは幸せです」


 そして、双子王女様までもが大泣きし始めた。

 どうしよう?

 助けを求めてミストラルたちを見たら、彼女たちも泣いていた。

 いやいや、なんでみんなまで泣いているのさ。


「エルネアよ、聞かせてくれ。いつからユフィとニーナを認識できるようになったのだ? もしや、出会ったときからか?」

「いいえ、王様。出会った直後に二人を識別していたのは、ルイセイネとニーミアだけですよ」

「んんっと、プリシアも知ってたよ?」

「プリシアちゃんの場合は、二人の裸を見たらでしょ」

「そっか!」


 プリシアちゃんとアレスちゃんだけは相変わらず場の空気を読まずに、もぐもぐとお芋を食べていた。

 そこの幼女たち、どこから黄金の芋を取り出したのかな!


「それで、エルネア君はいつから……?」


 セリース様の質問に、思考を巡らせる。


「どうでしょうか。ヨルテニトス王国での最初の騒動以降? 気づいたら、なんとなくなんで……」


 明確にいつから、という認識はない。ただ、ふとした瞬間に区別できることが何度かあって、気づけば完璧に認識できていた。

 他のみんなも、僕より少し遅れた時期から認識し始めていたような気がする。


 ミストラルは言ったよね。双子王女様を迎え入れる時に、自分たちの課題はユフィーリアとニーナを区別して認識することだって。僕たちはいつの間にか、その課題を克服していたわけだ。

 そして、完璧に二人を見分けられる僕にとって、今回のセーラ様の試練は難しくもなんともなかった。

 普段通りだね。


 セフィーナさんは、公正を期するために僕に試練の内容を伝えなかった。

 あれ? 僕自身が聞こうとしなかったのか。

 ユフィーリアとニーナはもちろん試練の内容を把握していたし、セーラ様に会えば出題されることを知っていた。だけど、ひと言も試練のことを口にしなかったのには理由があったんだね。二人は確信していたんだ。ユフィーリアとニーナを見分けることができるようになっていた僕たちなら、この試練は試練とは言えない。


 そして、僕は難なく試練を突破した。

 これでようやく、ユフィーリアとニーナを正式に迎えることができるのかな?

 大泣きするユフィーリアとニーナ、ついでにセーラ様を介抱しながら王様を見ると、強く頷かれた。


「双子をめとる条件は、セーラの試練を克服すること。エルネアは無事に試練を乗り越えた。アームアードの王として、其方と王女二人の婚約を認めよう」

「あああぁぁぁぁ……」


 王様の断言に、幾人かの貴族の人が崩れ落ちた。


 はっ!

 もしや、この場に居る人のなかには、お役人だけではなくて双子王女様に婚姻を申し込んでいた貴族がいたのだろうか。

 もしも僕が失敗した場合、次に名乗りを上げようとしていたのかもしれない。

 ごめんなさい、貴族の人たち。でも、ユフィーリアとニーナは渡さないからね!


「強欲にゃん」

「ふっふっふ。僕はお嫁さんには妥協しないのだ」


 はたはたと飛んで来て僕の頭に着地したニーミアにそう言ったら、じゃあ私も混ぜていただきたい! とセフィーナさんが飛びかかってきた。


「セフィーナ、何を言っているのかしら」

「セフィーナ、出直してきなさい」


 しかし、今しがたまで泣いていたと思った双子王女様ががばりと上半身を起こし、セフィーナさんを押し倒す。


 おおっ。あのセフィーナさんを易々と倒すとは!

 双子王女様の手によって絨毯の上に押さえ込まれたセフィーナさんは悔しそうにしていたけど、その姿も格好良かった。


「お前、いつの間にセフィーナ様まで……」


 少し離れた場所で、リステアが絶句していた。


 おお、勇者よ。君が空気のような存在になっているなんて、この場はとても異常だ。

 ネイミー、キーリ、イネアも傍にいるんだけど、完全に場の空気に飲まれてしまっていた。


「王様、そしてセーラ様。改めまして、ユフィーリア王女とニーナ王女との結婚を申し込ませていただきます」


 僕は立ち上がり、ユフィーリアとニーナのご両親に深く頭を下げた。


「言ったであろう。王として、父として其方らの婚約を認める」

「母として、是非二人をお願いしますね」


 王様とセーラ様も立ち上がり、僕たち三人は強く握手を交わす。その上から、ユフィーリアとニーナが手を重ねてきた。


「陛下。私はエルネア君のもとへと嫁ぎます」

「母様。私はエルネア君と共に生涯を過ごします」


 セーラ様やユフィーリアやニーナだけじゃなく、部屋に居た女性全員が泣いていた。

 王様も胸を張って威厳を示していたけど、瞳には薄っすらと涙を浮かべていた。

 僕までもらい泣きしそうになっちゃったよ。

 ぱちぱちといつもの数倍瞬きをして誤魔化した。

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