ちゃんと話しましょう

「さあ、エルネア様。飲み物をどうぞ。それと、こちらの果物はいかが?」

「あ、ありがとうございます、セーラ様」

「もうっ、お母様。エルネア君は私たちのものだわ」

「もうっ、お母様。エルネア君を取らないでほしいわ」


 僕の「帰ってきました」という報告と、ユフィーリアとニーナの両親への挨拶が終わると、立食式の昼食会になった。

 僕がセーラ様の試練を乗り越えたことを確認して、部屋にいた半数の貴族の人たちはがっくりと項垂うなだれながら帰って行ったので、人数は減っている。残った人たちは、身内や見知った人ばかりだ。

 そして、なぜか終始セーラ様に構われている。

 困りました。セーラ様は僕にべったりで、王様があきれています。実子のユフィーリアとニーナまで近づけないって、どういうことでしょうか。


「エルネア様、聞いてね。あの子たちったら、小さいときに……」


 セーラ様は上機嫌で、僕にユフィーリアとニーナのことを色々と話す。娘の二人は顔を真っ赤にしながら、セーラ様と僕の周りを右往左往していた。

 こんなユフィーリアとニーナ、見たことない!

 僕も勧められるままに食事をいただきながら、美味しい飲み物を飲んでセーラ様に付き合う。

 そうしながら、会場を観察する。


 ミストラルは、会場に溢れるお肉に目をきらきらさせているプリシアちゃんとアレスちゃんを制御するのに必死で、こちらに気を使う余裕はないみたい。

 ルイセイネは、キーリとイネアと一緒に会場の隅で話し込んでいる。巫女様は本来、こういう場には参加できないから遠慮しているのかな。

 リステアは、セリース様やネイミー、その他のお偉い様がたと談笑しているね。彼ら勇者様御一行はこういう場に慣れているようで、堂々としていた。

 勇者様御一行と真逆で怯えているのは、ライラです。

 恥ずかしがり屋? 過去の後遺症で華やいだ場にまだ慣れない? いやいや、全然違います。

 セーラ様以外のお妃様たちに囲まれて、悲鳴をあげていた。


「貴女、どこかで会いませんでした?」

「何かの面影が……」

「昔、どこかで見たような」

「ライラ、ライラ、ライラ……? 聞いたことのあるような名前ね」


 目にも華やかなお妃様たちは、ライラの容姿に首を傾げていた。

 もしかすると、お妃様たちは王族としてヨルテニトス王国を訪れたことがあるのかもしれない。そのときに、面識があるのかもしれないね。


 そういえば、ライラのことはどうすれば良いんだろう?

 ユフィーリアとニーナとライラは、アームアード王国とヨルテニトス王国にそれぞれ深い関係を持っている。

 ライラの場合は、ヨルテニトス王国の王様が個人的に、というおおやけの対応だけど、何かあるときには向こうの国も引かないと思うんだ。

 ライラは王女ではない、とは言っても、後ろにはヨルテニトス王国が付いているのは間違いない。

 さて、この先どういう対応をすれば良いのかな。


 はっ。

 よく考えたら、ミストラルはミストラルで、竜峰の代表的な存在なんだよね。

 そして、ルイセイネは神職で……


 結婚式?

 やっぱり必要なんだよね?

 開催場所が問題になりそうだと気付き、楽しいはずの昼食会で僕は頭を抱えてしまう。


「あら、エルネア様。どうかしましたか?」

「いえ、ご挨拶とか色々あって、緊張で疲れたみたいです」

「まあ、大変。あちらで少しお休みしましょうか」

「お母様、そろそろエルネア君を解放してあげないと、余計に疲れるわ」

「お母様、そろそろエルネア君を渡してくれないと、怒るわ」

「貴女たちはわがままばっかり、仕方ないわね」


 わがままなのかな?

 なにはともあれ、僕はセーラ様から解放されて、会場隅の椅子に座ることができた。


「エルネア君、立派だったわね」

「セフィーナ、隙を突いてエルネア君に近づこうとしても無駄だわ」

「セフィーナ、私たちに喧嘩を売る気かしら?」

「くっ、双子お姉様……」


 虎視眈眈こしたんたんと僕を狙っていた女豹めひょうは、恐ろしい悪魔と天使に両脇を抱えられて連れて行かれてしまった。

 セフィーナさんにはまた後で、平地での活動を労わなきゃいけないね。


「エルネア、大変だな」

「あっ、リステアとセリース様」


 そして次にこちらへとやって来たのは、勇者と第四王女様。どうも、ネイミーを生贄いけにえにして貴族や官僚の人たちの輪から抜け出してきたらしい。

 リステアは僕の左に座り、セリース様も右側に腰を下ろす。


「セーラ様の試練は驚いた。そして陛下への挨拶は立派だったな。俺も感動したよ」

「そうですよ。リステアのときよりも凄かったです」

「セリース様、リステアのときよりもって、そのときの主役は二人じゃないですか……」

「ははは。でも仕方がないよ。俺の場合はもともと許嫁で、陛下やお妃様たちとも親しかったわけで。今更って感じだったしな」

「ふふふ、そうね。リステアはお父様への挨拶よりもネイミーのご両親への挨拶のときの方が緊張していたわね」

「へええ。リステアはもうネイミーの家族へ挨拶を済ませているんだね」

「そういうエルネアはどうなんだ?」

「僕も今日で、残りはルイセイネだけになったよ」

「そうか。やはり神殿側への挨拶が最後になっているんだな」

「べつに計画的というわけじゃないんだけど、結果的にね」


 僕とリステアには、どうやら最後の難関が待ち構えているらしい。お互いに巫女様のご両親へ挨拶をしたあとは、神殿にも行かなきゃいけないんだね。

 こうなったら、いつまでも後回しにしているのはルイセイネにも悪い。近日中に、僕は動くことになるだろう。


「ところでエルネア君?」


 リステアと談笑していると、右側のセリース様がつんつんと肩をつついてきた。

 なにかな? と振り向くと、セリース様が頬を膨らませて睨んでいた。


 ええっ!

 なんで怒っているのかな?

 僕がなにかしたっけ?

 もしかして、リステアとばかり話していたからねちゃった?


「エルネア君」

「は、はい。セリース様、なんでしょうか?」


 緊張気味に聞き返す。


「エルネア君はどうして、私だけ様付けなのかしら?」

「えっ」


 予想外の言葉に、僕だけじゃなくてリステアも目が点になる。


「ユフィ姉様とニーナ姉様を呼び捨てにするのはわかるわ。でも、セフィーナ姉様やルドリアード兄様はさん付けで、なぜ一番長く付き合いのある私だけが様付けなのかしら?」

「言われてみると……?」


 今更の事実に、僕はリステアと顔を見合わせて苦笑する。


「だって、セリース様は王女様ですもん」

「姉様たちや兄様も王族よ」

「そうなんですけど。二年前に学校で初めてお会いしたときには、王族の人なんて雲の上の人だったんですよ」

「でも、今は隣にいるわ」

「そ、そうですね」

「エルネア、わかってやれ。セリースは自分だけ他人行儀で距離感があることが嫌なんだよ」

「だけど、今更言い慣れた様付けを取るのもなぁ」

「親しく呼んでくれないと、拗ねますよ?」

「いやいや、もう半分拗ねてますよね?」

「エルネア、気をつけるんだ。セリースは怒ると……」

「リステア?」

「い、いや。なんでもない」


 僕を挟んで夫婦喧嘩をしないでください。セリース様からにっこりと睨まれたリステアは、引きつった笑みを浮かべていた。


「エルネア君、私の名前はなんですか」

「セ、セリース様」

「んん?」


 口元は笑顔で、瞳だけで睨むなんて器用な真似はどこか見覚えがります。

 そうか、ミストラルか!

 つまり、セリース様を怒らせると、ミストラルのような感じになるのかな。

 そりゃあ怖い。


「エルネア君?」

「はい、セリースちゃん!」


 身の危険を感じた僕は、慌てたせいかとんでもないことを口走ってしまった。


「セ、セリース……ちゃん……!」


 そして、予想外の呼び方をされて顔を真っ赤にするセリース様。


「おわおっ、プリシアと一緒だね」

「いっしょいっしょ」


 すると、元祖ちゃん付けの幼女たちが飛びかかってきた。

 口や手を汚したまま、新たな「ちゃん」同盟のセリース様に抱きつく。

 セリース様の王女らしい豪奢な衣装は、一瞬で汚れてしまった。


「こらっ、貴女たちっ」

「あらあらまあまあ、困りました」


 慌てて駆け寄ったミストラルとルイセイネは、セリース様のお胸様に埋もれた幼女二人に呆れる。


「にゃんもちゃん付けがいいにゃん」

「いやいや、ニーミアは大きいからね」


 そして最後は、これまた長い毛を食べ物で汚したニーミアが、セリース様の頭の上に着地した。


 あああ、なんてこった。

 君たちは本当に恐れを知らないね。


 アームアード王国第四王女様の衣装を汚した幼女たちは、楽しそうに騒ぐ。

 セリース様は、空間跳躍で突然抱きついてきたプリシアちゃんとアレスちゃんに驚き、固まっていた。


「おわー、すごいねー。瞬間移動だよー」

「ルイセイネから聞いてはいましたが、本当にこんな小さな子が……」

「ぼくも瞬間移動したいっ。そしたら、おじさんたちの輪から一瞬で逃げられるのにっ」


 遅れてキーリとイネア、そして生贄にされていたネイミーが逃げてこちらへとやって来た。


 今後の悩みを抱えて休もうとした僕の周りは、一気に賑やかになる。

 プリシアちゃん、アレスちゃん、ニーミアは遠慮なくセリース様に抱きついて楽しそう。セリース様は服が汚れて困惑しているけど、リステアとネイミーはそんな彼女を見て笑っている。ミストラルとルイセイネは困りながらも、キーリとイネアに「大丈夫」と言われて、やれやれとお疲れ気味だよ。


「お前の家族は賑やかだな」

「うん、それはリステアの家族にも負けないよ。仲の良さもね」

「そうか、とうとうエルネアに越えられたか」

「越えたと言えば、キジルムがね……」


 午前中に会ったキジルムのことを話すと、みんなは悲鳴のような驚きをあげた。


「あいつ、凄いな……」

「うん、実はキジルムが一番凄い一年を送っていたんじゃないかな」


 僕たちは、この場にいないキジルムの話題で盛り上がる。ついでに、キジルムが加入することになったスタイラー一家との竜峰での出来事を話していると、リステアがうらやましそうに僕の話を聞いていた。


「やはり、俺もいつかは竜峰に入ってみたいな」

「どうぞ、いつでもいらっしゃい。歓迎するわ」


 ミストラルが歓迎の意思を示す。

 リステアと一緒に竜峰を冒険する日は近いのかもしれないね。


 みんなで楽しく談笑していると、時間はあっという間に過ぎていった。そして、今晩の宿泊をお偉い様に聞かれることになった。


「どうだろう、このままこの宮殿に泊まりますか? わたくしの住まいに来ていただいても嬉しいが?」

「コランタ様、お気遣いをありがとうございます。でも、僕には今日中に行きたい場所があるので」


 そう。僕は行かなきゃいけない。

 お嫁さんたちのご両親への挨拶や、国のお偉い様たちへの顔通し、リステアたちとの再会も大切だけど、もうひとつ重要なことが残っていた。


「僕は帰らなきゃいけないんです。僕のことを一番心配しているのは、きっと父さんと母さんなんです。だから、元気な顔を早く見せてあげたい」

「そうか、確かにそれは大切だな」


 宰相のコランタ様は優しく微笑み、僕が申し出を断ったことにも嫌な顔ひとつしなかった。


 帰還の報告の際に、両親が現在住んでいる場所は聞いた。本当はすぐにでも行きたかったけど、こちらを優先させちゃったからね。

 でも、もう後回しにはできない。


 長くなった昼食会を終わらせた僕は、いよいよ両親が待つ場所へと足を向けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る