イース家の人々

 臨時の宮殿を後にして、見晴らしの良い王都に戻る。外では相変わらず、同い年の少年少女たちが帰還の報告で長い行列を作っていた。それを遠目に南へ進むと、端は竜の森に続く、南北を貫く大通りに出る。

 親切なお役人さんが地図を描いてくれたおかげで、建物がまばらで違和感のある王都でも迷うことなく進むことができた。

 宮殿周辺は貴族の邸宅が建つ予定なのか、広い敷地で多くの職人さんたちが忙しそうに働いている。

 そして大通り沿いには、仮設でも既に大きめの建物があったりして、目印になっている。なかにはお金をかけたのかな、既に立派な商店や住宅が建っているところもあった。


 幾つかの目立つ建物を過ぎて、目印の建物の角を曲がる。そこからは枝道が細かく書かれた地図と睨めっこをしながら、道を間違わないように歩く。


 教えてもらった通り、向かう先は僕が元々住んでいた地区なのかな。建物は真新しくて記憶にないけど、道は少しだけ知っているような気がする。

 あっ、朝方通ったからか! なんてことを考えながら。きょろきょろと周りを見渡しながら、午後の王都を歩く。


「この辺……。なんだけど」


 地図と周りの風景を照らし合わせながら歩き、実家があった区画を過ぎてたどり着いた先。そこで僕は道に迷ったのか、立ち止まってしまう。


「お兄ちゃん、迷子になったんだね」

「まいごまいご」

「くっ……。というか、なんで君たちはついて来たのかな?」


 立ち止まった僕の下半身に抱きついてきたのは、陽気な幼女たちだった。


「あら、わたしたちは貴方のご両親に挨拶をしてはいけないのかしら?」

「ううん、そうじゃないんだけど……」


 振り返ると、幼女だけではなく女性陣もいた!


 そんな馬鹿な……


 僕は、心配して帰りを待っているだろう両親を安心させるために、急いで帰りたかった。だけど、そこにみんなをともなってとは考えていなかったんだよね。

 みんなにはあのまま宮殿に残ってもらい、後日引き合わせようと考えていた。

 だって、父さんと母さんの心の負担を考えると、その方が良いと思ったんだ。まずは僕が説明しておいてさ。


「父さん、こちらがアームアード王国の第一王女のユフィで、第二王女のニーナ。それと戦巫女のルイセイネ。母さん、こっちが竜峰の代表的な存在の女性のミストラルと、ヨルテニトス王国が背後に控えているライラと、耳長族のプリシアちゃん。あっ、この子は子猫じゃないよ。古代種の竜族なんだ」


 はい。こんな説明を受けて、両親は正気でいられるでしょうか。胆力たんりょくのある母さんはあわを吹きながらも、なんとか耐えるかもしれない。だけど、父さんは寝込んじゃって、次の日から仕事に行けなくなるね。


 それに、自分の都合ばかりではない。

 僕は本日、とうとう王様とセーラ様にも正式な挨拶を済ませることができた。

 だけど、あとひとり。ルイセイネのご両親と神殿への挨拶を済ませていないんだよね。

 残されたルイセイネだけを正式に紹介できないなんて、彼女に申し訳ない。だから、顔合わせは神殿の許可を得て、胸を張った状態で行いたかった。


「いや、エルネア。ルイセイネへの配慮は確かにわかるが、お前は先に全員の顔通しをしておくべきだ」

「エルネア君、わたくしは構いません。信じていますので。ですので、よろしければ先にご両親様をわたくしたちにご紹介してください」


 宮殿を出るとき。リステアとルイセイネにそう言われてしまった。

 どうも、ルイセイネの両親と神殿への挨拶は一筋縄ではいかないみたい。あのリステアでさえ終わらせていないと言うし。

 ルイセイネは先に僕の両親と会っておきたいみたいで、ならいっそのこと全員で行こう、ということになったんだ。


 父さん、母さん、覚悟しておいてね!


「エルネア様のご両親様への挨拶だなんて、緊張しますわ」

「楽しみだわ」

「嬉しいわ」


 既に緊張で顔だけじゃなく全身を真っ赤にしたライラと、いつもの冒険者衣装に着替えたユフィーリアとニーナも、もちろんついて来ていた。


「それでエルネア。家はどこなのかしら?」


 自然な仕草で僕の隣に並び、手元の地図を覗き込むミストラル。清潔な髪の匂いが鼻腔びこうをくすぐる。

 だけど、ミストラルはお胸様連合によって、すぐさま僕から引き剥がされた。


「貴女たち、なにをするのっ」

「ふっ。ミスト、甘いわ。何気なくエルネア君へ近づいても許さないんだから」

「ふっ。ミスト、ずるいわ。自然なふりをしてエルネア君の隣に立つなんて許さないわ」

「抜け駆けは禁止ですわっ」


 そこの四人。道端で女の戦いを始めないようにね。

 ぐぬぬ、と睨み合う四人をよそに、ルイセイネが隣に来た。


「道順は間違えていないのですよね?」

「そうなんだよ。地図ではこの辺のはずなんだけど」


 ルイセイネと一緒に、地図に視線を落とす。

 彼女からも清潔な香りがして、胸がどきりとする。


 目印になる建物を正確に曲がり、正しく進んできた。そして地図では、すぐ近くに両親が住む仮設の実家があるはずなんだけど……


「エルネア君、迷うもなにも、この辺りに建物は目の前の家しかありませんよ?」

「そうなんだよね。だから地図自体が間違えているのかも?」

「ですが、お役人様が描いてくださった地図ですよね? 間違いはないと思うのですが」

「じゃあ、ルイセイネはこの目の前の建物が僕の実家だと思う?」

「それは……」


 二人して、目の前の敷地に建つ家を見た。

 見上げた……


「エ、エルネア君は貴族様でしたでしょうか?」

「ううん、裕福じゃなかったよ……」

「あらあらまあまあ……」


 僕とルイセイネが見上げる先。

 そこには、見渡す敷地に別邸が幾つあるんだと呆気に取られる豪邸がそびえ建っていた。


 区画まるごと?

 そう思ってしまっても仕方がない。

 立派に手入れされた、敷地の境界を示す庭木。奥は芝が広がり、正門から豪邸までは不揃いの石を敷き詰めて綺麗に慣らした道が続いていた。


「お兄ちゃんの家?」

「おかねもち」

「にゃあ」


 幼女たちは目の前の豪邸に興味津々で、僕から離れて正門の前でぴょこぴょこと跳ねていた。


「もしかして、集合住宅ではありませんか?」

「ああ、そうか! 親切な貴族の人が先んじて建てた住まいを、住民に開放しているのかもね」

「その可能性はありますね」

「……でも、仮設住宅住まいって聞いたよ?」

「ほら、エルネア君。宮殿もあの立派さで仮設でしたし」

「そうか、庶民の僕たちには立派に見えても、王侯貴族の人にとっては仮設なんだね」


 二人で納得していると、背後から複数の殺気を感じて、慌てて振り返る。


「エルネア?」

「エルネア様?」

「ルイセイネ?」

「あなた達は、なにをしているのかしら?」


 ルイセイネは四人の殺気に小さく悲鳴をあげて、僕の背後に隠れる。


「こらっ、ルイセイネ。なにをしているのっ」


 そして、ミストラルが襲いかかる。

 第二次お嫁さん紛争が勃発した瞬間だった。


「プリシアちゃん、行こうか」

「はい、行きましょうね」

「にげてにげて」


 プリシアちゃん、その言葉遣いはどこで覚えたんだい。なんて突っ込みながら、僕はプリシアちゃんとアレスちゃんの手を取って正門をくぐる。

 ニーミアは尻尾を振って僕の頭に乗り、寛ぐ。


「ああっ、エルネア。待ちなさい! 貴方だけ知らん振りなんて許さないわよっ」

「しまった、ミストラルに目をつけられた。逃げろー!」


 紛争中だった女性陣は講和条約を結び、平和だった僕たちに襲いかかってきた。

 幼女たちを引き連れて、豪華なお屋敷の前庭を逃げる。

 石畳の道を駆け、一気に豪邸の玄関前にたどり着く。


「くうっ、逃げきれなかった……」

「当たり前よ。目的地がここなら、逃げるのにも限界があるでしょう」


 捕まり、首根っこを掴まれた僕は、それでもミストラルから逃げようと抵抗してみる。いつまでも尻に敷かれている場合ではない。これから両親に会うというのに、情けない姿は見せられないからね。

 すると、珍しく抵抗する僕に他のみんなが襲いかかってきた。


 なぜだ!

 なぜ、みんなはそんなに元気なんだ!

 僕の両親に挨拶をするというのに、緊張とかしないのかな?


 わしゃわしゃと揉みくちゃにされていると、重厚な扉が開いた。


「どちら様でしょうか?」


 そして豪邸の玄関から出てきたのは、見るからに貴族に仕える召使めしつかいさん的な女性。

 きりりとした風貌と、折り目正しく制服を着こなした美人さんだった。


「エルネア君がカレンに見惚れているわ」

「エルネア君がカレンに目をつけたわ」

「えっ?」

「エルネア様、そして皆様でしたか。お帰りなさいませ。いますぐ奥様をお呼びいたします」


 んん?

 どういうこと?

 カレン? エルネア様? 奥様?

 意味不明な言葉に首を傾げる僕を残して、美人さんは豪邸の奥へと引っ込む。代わりに別の召使さんがすぐに来て、僕たちを屋内へと案内してくれる。

 戸惑う僕とミストラルとルイセイネとライラ。だけどユフィーリアとニーナだけは、当たり前のように召使さんの案内する後について行く。それで僕たちも仕方なく、豪邸のなかへと足を踏み入れた。


「ユフィ、カレンってなに?」


 先を行く三人の後を追いながら、疑問を口にしてみる。


「さっき、玄関に出てきた召使の名前だわ」

「ニーナ、なんでこの邸宅の召使さんの名前を知っているの?」

「もともと、私たちの召使だったわ」

「はい?」


 余計に混乱する僕たち。

 なんで二人に仕える召使さんがこの豪邸でお仕事をしているのでしょうか?

 そして、王宮に支えている召使さんが奥様と呼ぶ人物は……。もしかして、セーラ様?


 いやいや、セーラ様は宮殿で会ったばかりだよね。別れ際はなにも言っていなかったし、セーラ様がわざわざここに先回りして、僕たちを待っている理由がわからない。

 じゃあ、奥様ってだれ?


 宮殿ほどではないけど、立派な内装のお屋敷内を移動して、応接間的な場所に案内される。

 僕たちはそこで、不思議そうに顔を見合わせながら「奥様」を待つ。

 ユフィーリアとニーナに聞いても、召使さんたちの素性は知っていても奥様の正体は知らなかった。

 それと、この豪邸に入って応接間に案内されるまで、そして案内されてからも多くの召使さんを目にしたけど、集合住宅という予想を裏切り、住民の人はひとりも見かけなかった。


 意味がわかりません。

 集合住宅ではない豪邸。元王宮で働いていたらしい召使さんたち。そして、謎の奥様。

 全ての鍵は奥様が握っているに違いない。

 奥様とは何者なのか、緊張しながら待っていると、応接間の扉が叩かれて、さっきのカレンさんに連れられてひとりの女性が現れた。


「母さん!」


 そして僕は驚きのあまり、ってしまった。


「エルネア……」


 部屋に入ってきたのはまぎれもなく、僕の母親だった。ただし、着古したいつもの服ではなくて、貴族のような豪華な衣装で。とても違和感がある。

 だけど、僕に向ける表情は母さんそのもので、一瞬の驚きのあと、僕は駆け出していた。

 そして、母さんに抱きつく。


「ただいま!」

「ああ、エルネア。お帰りなさい」


 母さんも、僕を強く抱きしめてくれた。


「心配かけてごめんね。でも元気に帰ってきたよ」

「ええ、とても心配したわ。こうしてあんたを抱きしめるまでは、カレンさんから帰ってきたと言われても信じられなかったくらいよ」

「うん。僕も母さんがなんだか別人に思えちゃうよ」

「それはやっぱり、この衣装かしらねえ?」

「そうだね!」


 抱き合って一年ぶりの再会を喜び合いながら、お互いの姿を確認する。

 やっぱり、豪華な衣装を着た母さんはなんだか変に見える。似合っていないのかな?

 母さんは僕をじっと見つめて、瞳に涙を浮かべていた。


「あんたは、全然変わってないね」

「そうかな?」

「ええ、昨日別れたんじゃないかと思うくらい変わってないわ」

「そんなあ……。いっぱい冒険して、成長したつもりなんだけどな」


 なんて軽く言葉を交わす。


 どんな再会になるんだろう、と色々と想いを巡らせてきた。だけど、実際に母さんと一年ぶりに顔を合わせると、これまで思っていた言葉なんかは全部吹き飛び、結局単純な再会になっちゃった。

 母さんもそれは同じのようで、抱き合ったまま涙を浮かべたり笑ったりするだけで、特別な再会にはならなかった。


「それで、母さん。その衣装はなんなの?」

「ああ、これかい」


 母さんは困った表情になり、自分の衣装を見下ろす。


「あんたのせいだよ」

「えっ?」

「まったく。竜峰に行くってだけでもわたしと父さんは驚いたのに……。あんたがこの一年間、というか冬に活躍してくれたおかげさね」

「もしかして……?」

「国の英雄様の親だからって、半強制的にさ」

「この豪邸は?」

「あんたの実家に相応しいように、って復興から真っ先に建てられたのさ。これでも仮設らしいよ」

「召使さんたちは?」

「王城で働いていた人たちを今は全員迎えられないからって、強制的にここに送られて働いているんだよ」

「召使さんたちのお給金は?」

「建物も含めて全額、お国持ちだよ。あんたは、まったく……」


 あはは、と笑うしかない。

 僕自身は貴族とか豪華な暮らしをまったく望んでいないんだけど、どうもこちらが帰ってくる前に、両親へと押し付けられていたらしい。

 乾いた笑いの僕と、心底迷惑顔の母さん。


「んんっと、みんなが困っているよ?」


 すると、僕と母さんの服のすそをプリシアちゃんが引っ張ってきた。


「ごめんね。忘れていたわけじゃないんだよ」

「良いんだよ。再会は大切だってミストが言ってた」

「そうなんだね。ありがとう」


 僕はプリシアちゃんにお礼を言って、振り返る。

 みんなは、僕と母さんの再会を邪魔をしないように、部屋の隅で待機してくれていた。


「母さん……」


 みんなを紹介しようと声をかけると、母さんはふいっと視線を明後日あさっての方向へ逸らした。


 さすがは僕の母さんだ!

 これから大変なことになると勘付いたに違いない。

 僕は母さんの仕草に、つい笑ってしまう。

 そして、みんなを順番に紹介していった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る