疲れも忘れて
最初に出逢ったのはミストラル。
竜の森で、半分強制的な縁談から始まったんだよね。
そうそう、僕はようやく、母さんに竜の森で何をしていたのか真実を話すときが来た。竜の森の守護竜スレイグスタ老と出逢い、竜人族の秘伝と呼べる竜剣舞を習っていた。それがきっかけで、今の僕がある。
毎日、竜の森の恵みを集めてくれていたのはミストラルなんだとようやく打ち明けると、母さんは深く感謝していた。
次にルイセイネ。
彼女は、一緒の学校に通っていた同級生徒で、お使いは彼女の依頼だった。お使い中の諸々、つまりあられもない姿を見てしまって責任を取る形で、という部分はぼかして話した。
もちろん竜眼のことを言っても母さんは意味不明だろうから、不要な部分は
うちの子が巫女様をお嫁さんにするなんて、と瞳を
ライラの説明は大変だった。
竜峰に単独で入った彼女は、色々とあって僕を
ライラの過去は複雑で、王女様ではないんだけど、背後にはヨルテニトス王国の王様がいること。そしてその為に、なにかあるときはヨルテニトス王国が動くことをきちんと伝えておく。
なにかあるときってそれはつまり、結婚式とか、
ユフィーリアとニーナのことは、母さんも知るところだった。
母さんと父さんが住んでいる豪邸で働いている召使さんたちは、王城でも双子王女様の世話をしている人たちで構成されているらしい。国側から、僕の活躍とユフィーリアとニーナとの関係を伝えられて、知っていたのだとか。そしてそのせいで、こんな生活になったのだと母さんはため息を吐いていた。
事が事なだけに、断れなかったんだね。相手が王女様ということで母さんは
どうも、召使さんたちが前もって色々と吹き込んでいてくれたらしい。陽気な双子と聞いているのか、明るい感じで挨拶を交わすことができていた。
「あのね。プリシアのことも説明してほしいよ?」
「アレスもね」
「にゃんもにゃん」
「そうだね」
まずはお嫁さんたちから。ということで、ひとりひとり母さんに説明していった。
母さんは説明するたびに驚きつつも、ある程度は覚悟をしていたのか、最後まで正気を保って僕の話を聞き、女性陣の挨拶を受けていた。
それが終わると、お嫁さんじゃないけど家族の一員である幼女組がねだってきました。
「驚いたよ。もうあんたにこんな大きな子供がいると勘違いしたよ」
「いやいや、どう考えても年齢が釣り合わないよね!」
「でも、あんたのことだしねえ……」
「母さん、僕の評価って……」
しかも、プリシアちゃんは耳長族ですよ。部屋では帽子を脱いでいたので、見ただけで正体がわかるよね。
「この子が竜族なんだね。可愛い子猫ちゃんにしか見えないよ」
「んんっと、プリシアも撫でてほしいの」
「ほしいほしい」
母さんがニーミアを撫でていると、プリシアちゃんとアレスちゃんも頭を出してきて、みんなで笑う。
どうも、緊張した紹介と挨拶は無難に過ぎたみたい。愛らしい幼女の姿に癒されて笑うみんなを見ると、どことなく緊張から解放されてほっとした表情をしていた。
感動的な再会?
大騒動のお嫁さん紹介?
いろんなことを予想していたけど、現実ってこんなものだよね。
ミストラルたちもあまり大事にならないように、言葉を選びながら
僕の一年間の旅を詳しく話したり、みんなと仲を深めてもらうのは、これから少しずつでも良いと思う。
まずは最初の問題を乗り越えることができて、僕はほっと胸を撫で下ろす。
と思ったら、父さんがひっくり返った!
「ほ、本当に王女様!?」
どうも
そりゃあそうか。王族って身近でありながら雲の上の存在って感じだもんね。
夜になって仕事から帰ってきた父さんは、みんなの挨拶で倒れてしまい、召使さんたちに連れて行かれた。
明日の仕事は大丈夫なのかな……
母さんは女性らしく召使さんたちとよく話し、ユフィーリアとニーナのことについては耐性ができていた。だけど、無口な父さんは二人のことを召使さんたちから直接聞く機会が少なくて、刺激が強すぎたみたい。
反省です。
僕たちは、豪邸に
なんか変だ。
実家なのに「過ごすことになった」だなんて。
宮殿に戻ったり神殿に行くわけにも行かなかったので、実家に寝泊まりすることになったんだよね。
ヨルテニトス王国で受けたような豪華な接待でもてなされて、僕は実家なのに落ち着かない。見れば、ユフィーリアとニーナ以外は困惑した様子で夕食を食べていた。
母さんまでもが慣れない手つきで食事している。
ごめんね、母さん……
母さんと父さんは僕と一緒で、今まで通りの質素な生活を望んでいるに違いない。
落ち着いたら、王様に相談しよう。このままの生活を続けていたら、父さんと母さんの寿命が縮んじゃう。
そういえば、これだけの豪邸なんだから、お爺ちゃんや近所だった人たちは一緒に住まないのかな、と聞いてみると、この豪邸を見て逃げ出したらしい。
ごめんね、お爺ちゃん、お婆ちゃん。そして近所のおじちゃん、おばちゃん。
食事を済ませて、部屋に案内される。
そして案内された部屋をちらっと覗き、僕は逃げ出した。
いやいや、あんな部屋じゃ寝られません!
ヨルテニトス王国では客人として、豪華な部屋でも我慢して過ごすことができた。でもね。同じように豪華な部屋が自室だなんて、落ち着きません。
召使さんを振り切り、ミストラルの部屋へと逃げ込む。
「エルネアも来たのね」
「そういうみんなも、逃げてきたんだね」
ミストラルの部屋には、全員が集合していた。
さすがは、国から
豪華さが逆に居心地悪く、ユフィーリアとニーナ以外は困った感じでミストラルの部屋に集まっていた。王女の二人は慣れている様子だけど、とりあえず集まったみたい。
ミストラルの部屋に集まった僕たちは、思いもしない豪華さに顔を見合わせて笑いあう。
「みんな、今日はありがとう」
「なにに対してのお礼かしら。感謝したいのはわたし達の方よ。素敵なご両親を紹介してくれて、ありがとう」
「私もお礼だわ。母様の試練を乗り越えてくれてありがとう」
「私も感謝だわ。父様への挨拶は立派だったわ」
「試練があることだけは知っていたから、本当に緊張したんだ。無事に乗り越えられて良かったよ」
「残りは、ルイセイネ様だけですわ」
「思うのですが、わたくしの両親と神殿への挨拶が一番の難関のような感じがします」
「じゃあ怖いから、ルイセイネの挨拶はしない?」
「プリシアちゃん、なんてことを言うんだ。ちゃんと挨拶するんだからね!」
ルイセイネに、挨拶が遅れていることを
「なんで驚くのかな?」
「いえ、急に決断するから」
「でも、後回しにはできないし、ずるずると後に引っ張るのも悪いしね。今は勢いがあると思うんだ。だから、こういう時は攻めの一手だよ!」
「豪邸が苦手だから、神殿に逃げる気にゃん」
「あっ、ニーミア。なんてことを言うんだ」
ニーミアが相変わらず僕の思考を読んで口に出すものだから、みんなに「なるほどねぇ」と笑いながら見られた。
「お風呂の用意ができましたが、いかがいたしますか?」
談笑していると、カレンさんが部屋に来て知らせてくれた。
「プリシアはお兄ちゃんと入りたいよ?」
「申し訳ございません。浴槽は私どもも利用させていただいていますので、男女別になっております」
この豪邸で働くカレンさんたちのような召使さんは、泊まり込みで働いているらしい。彼女たちも帰る家を失っているので、むしろ泊まり込みの方が有難いと喜んでいた。そして召使さんは、女性ばかりじゃないんだよね。もちろん力仕事の男性もいる。
全員で三十人ほどが住み込みで働いているらしいので、お風呂も共同で使っているのだとか。
「プリシアはわたしたちとね」
「うう、ミストのいじわる」
「はいはい、意地悪で結構です」
「あはは。じゃあ、お風呂に入ってくるね。またあとで」
僕たちが先に入らないと、召使さんたちは利用できないらしいからね。急いでお風呂に入ってこよう。
部屋を出ようとしたら、当たり前のように足下にはニーミアがついて来た。
「抜け駆けは許しませんわ」
「んにゃっ」
しかし、ライラに見つかってあえなく御用となる。
そして、カレンさんに案内されてたどり着いた浴場は、昔の実家くらいの大きさだった……
なんだか、格差社会を感じるよね。なんて思いながら服を脱ごうとして、カレンさんが退出していないことに気づく。
「お背中をお流しいたします」
「いやいや、そんなご奉仕は必要ないですからね!」
慌ててカレンさんを脱衣所から追い出す。気のせいかな、カレンさんは笑っていた。
もともとユフィーリアとニーナの召使さんだし、一筋縄ではいかない人なのかもしれない。気をつけておこう。
脱衣所に誰もいないことを確認して、服を脱ぐ。そしてお風呂場へ。
お風呂場には、先客がいた。
「エルネア、背中を流してやろう」
「うん。お願いしようかな」
湯船に気持ちよさそうに沈んでいたのは、父さんだった。父さんはお湯から上がり、僕の頭から容赦なくお湯をかける。
僕は大人しく床に腰を下ろして、父さんにお任せする。
上質な
頭を洗い流し終わると、柔らかな布で背中を力強く洗ってくれる。
「お前の背中は、相変わらず小さいな」
「そうかな? これでもいっぱい冒険して、男らしくなったつもりなんだけど」
一年の旅を経験し、僕も立派な大人になった気でいた。だけど、家庭を支え続けてきた父さんから見れば、まだまだ子供なのかもね。
これは、早く孫の顔でも見せてお爺ちゃんという立場にしてあげなきゃいけないね。
僕と父さんは、言葉少なく一緒のお風呂を楽しんだ。
男同士、言葉なんて必要ないんだ。
昔の実家は本当に小さくて、お風呂もひとりずつしか入れなかった。こうして一緒にお風呂に入れるだけでも、僕と父さんには十分だった。
熱めのお湯でしっかりと温まり、父さんと上がる。そして、頭から湯気を出しながら居間へと行くと、母さんが
なんだか急に、たくさん話をしたくなってきちゃった。
帰ってきてから、食事中も、たくさん話していたような気がする。だけど、話し足りない。
「お茶を
母さんは僕と父さんの湯呑みを準備する。
「あっ。みんなとまた合流するって話してたんだ」
「あの子たちは、今日は疲れたから先に休ませてもらうとお風呂で言っていたわ」
「そうなんだね」
どうも、ミストラルが気を使ってくれたみたい。
家族全員で仲良く話す機会は、これから幾らでも機会がある。今夜は、僕と両親の一年ぶりの再会に時間を割いてくれたみたい。
明日、お礼を言おう。
「あのね。僕は本当に素敵な冒険をしてきたんだよ」
そして、母さんの淹れてくれたお茶を片手に、僕はいろんなことを話した。
父さんは、僕の冒険話に少年のように瞳を輝かせてくれていた。母さんは、みんなとの
居間にいつまでも響く父さんと母さんの笑い声に、ああ帰ってきたんだな、とようやく実感を持つことができた。
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