逃げも隠れもしません

「や、やはりお前があの……?」

「そうだよ。あの玉石は僕から妹さんへのご懐妊祝いなんだからね。大切にしてよね」

「エルネア、色々とありがとうな……」


 キジルムは目尻に涙を溜めながら、深く深く僕にお礼を言う。

 具体的なお礼の中身をお互いに口に出すことがなかったので、周りの人は感謝感激のキジルムを不思議そうに見ていた。

 キジルムは僕が竜峰に入っていたこと、そこでスタイラー一家と出会ったこと、更には「竜峰」と「エルネア」という鍵になる言葉から、昨冬に王都を襲った魔族の事件の中心にいた人物が僕と気づいていた。だけど、ここでそれを口にして騒ぎを広げるということは避けてくれたみたい。

 この辺は、スタイラー一家の新たな家族として、教育を受けているのかな?


 そんなわけで、僕は余計な騒ぎを起こすことなく、無事に帰還の報告を済ませた。

 受付の人は僕のことを深く知っているみたいで、報告の際になにかを期待するようなきらきらとした瞳を向けてきた。

 一年間の日記? なにそれ、僕は知りませんよ。


「おいおい、お前さん。まさかあれだけ騒いでおいて、戻った報告だけかよ?」


 キジルムが、あんぐりと口を開けて驚く。そういう彼は、分厚い報告書を受付の人に手渡していた。

 キジルムとスタイラー一家の末妹さんは、副都の冒険者組合で知り合ったらしい。威勢の良いキジルムに、妹さんが一目惚れしたのだとか……

 そこから兄弟を紹介されて、秋口まで一緒に多くの冒険をしていたとのこと。そこからは妹さんの妊娠が発覚したので、二人で副都に控えていたらしい。

 おのろけ混じりのキジルムの報告を、並んでいる間に聞かされた。


「僕はこれから直接報告をしなきゃいけないようなので、ここでの報告はいらないんだよ……」

「は? 誰に直接報告するってんだ?」


 報告を済ませ、キジルムは早速両親の元へと向かうらしい。途中まで妹さんが来ているらしくて、一緒に挨拶をするのだとか。


 旅立ちの一年で王都から離れていた少年少女の両親や家族の所在は、受付で確認することができた。住んでいた地区と学校を知らせると、事前に調べられていた情報を聞くことができた。

 僕の両親は、住んでいた地区の別の場所に仮設の住居を構えて、帰りを待っているらしい。早く父さんと母さんに顔を見せて、安心させてあげたい。

 だけど、その前にひとつ問題を解決しなきゃいけないみたいだ。


「双子王女様のこともあるし、これから王様に直接報告をしなきゃいけないみたいなんだよね……。人質も取られていることだし」

「は? 王様? 人質?」


 意味不明だ、と上半身ごと傾けて疑問符を浮かべるキジルムに「子供が産まれたら会わせてね」と手を振ってお別れの挨拶をする。

 帰還の報告をする場所の近くでは、近衛兵の人が待ち構えていた。

 僕はもう逃げないよ?

 やれやれ、といった感じで近衛兵の人に合流する僕を、キジルムだけじゃなくて後から並んでいた人たちもが不思議そうに見つめていた。


 僕は近衛兵の人に案内されて、建物の違う場所、多分正門から中に入る。

 御者の人が言っていたように、この建物は仮設というには豪華な造りだった。

 太い柱は綺麗に削られ、床は美しい模様の大理石。歩く場所には絨毯じゅうたんが敷かれ、花瓶や絵画の飾りが壁際を彩っている。

 これにもう少し手を加えれば、本当に離宮として利用できそうだね、とヨルテニトス王国の離宮を思い出しながら周囲を見渡す。


 前後だけじゃなく、両脇も近衛騎士に固められた僕は、きょろきょろと周りを見回しながら進む。すれ違うお役人さんや召使いさんらしき人は、僕を見ると深くお辞儀をする。それがなんだか恥ずかしいというかもぞかゆい気分で、なるべく視線を合わせないように歩く。

 すると、造園された庭が見渡せる廊下の先の扉に行き着いた。


 扉前に控えていた騎士が、室内の方へ声をかける。くぐもった返事が返ってきて、分厚い扉が開かれた。

 失礼します、と声をかけてから、一歩部屋へと足を踏み入れた。


「エルネア君、おかえり」

「エルネア君、待っていたわ」

「うわっ」


 半分くらい予想はしていたけど……

 部屋に入った途端、僕の視界は柔らかな障壁で塞がれてしまう。そして、人肌の温もりが僕の両端を挟み、強く抱きしめてくる。


「こらこら。ユフィとニーナ、いきなりなにをしているのさ」


 僕はもう、この程度では取り乱しませんよ。これは、双子王女様の挨拶のようなものなんだ。

 ぽんぽん、と二人の背中あたりを叩いて、離してもらうように促す。


「お姉様、家族の前でお尻を触られたわ」

「ニーナ、みんなの前で遠慮なく触られたわ」

「えっ」


 家族? みんな?

 嫌な予感がします……

 どうにかして、二人を引き離して周りを確認しなきゃ。と思ったけど、すでにがっちりと抱きつかれていて、振りほどくことができない。

 もぞもぞと顔を動かして、視界を確保しようとする。

 けっして、顔が埋まる柔らかな感触を楽しんでいるんじゃないんだからね!


「にゃあ」

「こほんっ」


 どきり。

 ニーミアの鳴き声と一緒に、恐ろしい咳払いが聞こえたような気がしますよ?


「エルネア君?」


 はっ。

 冷えた言葉が……


「ユフィ、ニーナ。大事おおごとになる前に離すんだっ」


 嫌な予感から身の危険に変わりつつある気配に、慌てて二人を引き剥がす。二人もそろそろ満足したのか、天国と地獄から僕を解放してくれた。


 そして、僕は凍りつく。


「いやあ、エルネア君は大胆だなあ」

「エルネア君、見せつけてくれるわね」


 そんな馬鹿な……!


 大きな部屋。そこにはミストラルやルイセイネたちだけではなく、王族の方々や、その他にも豪華な衣装を身にまとった貴族然とした人たち、更にはリステアたち勇者様御一行まで勢揃いしていた。

 なにこの大集合?


 ぎぎぎ、とび付いた歯車のような動きで、もう一度部屋のなかを確認してみる。

 きっとなにかの見間違いだ。僕は幻覚を見ているに違いない。そう自分に言い聞かせて、端から確認していく。


 右端や遠巻きに、貴族風の人たちが。多分、高官とかお役人の人たちじゃないのかな。見知った顔といえば、せた人と太った人が偉丈夫いじょうぶの近くに立っているくらい。痩せた人は宰相さいしょうのコランタさん。太った人は副宰相のナールさんだっけ。

 二人の側に立つ偉丈夫は……。灰色の髪の上に王冠をかぶっています。間違いなく、この国の王様のアームアード四世様です。王様の隣の美しい女性陣は、もしかしてお妃様たちでしょうか。おひとりだけ、僕に厳しい視線を向けている女性がいます。

 王族の端で、ルドリアードさんがにやにやと僕を見て、セフィーナさんが頬を膨らませて睨んでいる。さっきの声は、ルドリアードさんとセフィーナさんだった。

 王族の横には、勇者様御一行。リステアが顔に手を当てて困っている。セリース様は半笑いだ。あれ? スラットンとクリーシオの姿がない。どうやら、スラットンだけはまだ戻ってきていないようだね。クリーシオは、スラットンの帰りを待っているんだね。


 そして、勇者様御一行の横に、見慣れた家族の姿があった。あきれた様子のミストラルと、非難気味のルイセイネの姿を久々に見れました。ミストラルの足もとには、ライラが正座をさせられている。ああ、反省中なんですね。

 プリシアちゃんとニーミアは、お菓子や果物を美味しそうに頬張っていた。


「エルネア・イース、ここに無事帰還したことをご報告申し上げます」


 部屋を見渡しながら心をなんとか落ち着かせた僕は、この部屋の主役である王様に深く頭を下げた。


「英雄の帰還を、わしらは喜びをもって迎えよう」


 王様の言葉の後に、わっと拍手が鳴り響く。歓声もあがった。

 僕は驚いて顔を上げる。すると、部屋のみんなが笑顔で拍手をし、暖かく僕を迎えてくれた。


「さあさ、かしこまるな。わしらは君に感謝こそすれ、忠義の礼節は求めておらん。救国の英雄に畏まられては、わしらの方が申し訳なくなるぞ」

「エルネア君。まずは家族のみんなに挨拶をしたらどうだい? 君の帰りを一番、首を長くして待っていたのは彼女たちだ」


 自分らと僕は対等だ、とにこやかな笑みを見せる王様。ルドリアードさんも、部屋にいる面々への配慮はいりょよりも先に家族との再会を、と促してくれた。


 僕はお言葉に甘えて、まずは家族の元へと向かう。

 ライラの手をとって立ち上がらせて、ミストラルとルイセイネに久しぶりの挨拶を送る。


「貴方はいつまで待たせる気だったのかしら?」

「エルネア君、心配したんですよ」

「ごめんね。途中で色々あってさ」

「その辺はおいおい聞くわ。ライラとはずいぶん楽しい日々を過ごしたのね」

「うっ。なんで知っているのかな?」


 ライラさん。なぜみんなに抜け駆けの中身が暴露ばれているんでしょうね。視線を向けると、ふいっと目を逸らされた。

 そうですか。ルイセイネに詰め寄られて白状しちゃったんですね。それって、抜け駆けする意味がなくなっちゃうんじゃ……


「ところで、ミストラルとルイセイネは神殿に居たんじゃなかったの?」

「それは、ユフィとニーナから連絡が入ったからよ」

「近衛騎士様が迎えに来て、驚きました」

「なるほど、僕たちのように強引に連れてこられたんだね」

「いやいや、エルネア君はひどいなあ。俺の部下は強引になんて連れてきていないよ。逃げたのは君たちだけだ。それで仕方なく、強引な手段になったんだろう?」

「うっ」


 突っ込みを入れてきたのは、ルドリアードさんだった。

 家族との再会を優先に、と言っていた本人が割って入ってくるなんて。とは言えない。この場には他にも大勢の人たちがいるんだもんね。優先はしても、周りを放置していいわけじゃないよね。


 そして、なごやかな雰囲気の人々の中で唯一、僕に厳しい視線を送る女性をいつまでも放置するわけにはいかない。


 王様の隣で。きらびやかな衣装に身を包み、こちらに視線を向ける銀髪の女性。その人は、双子王女様によく似ていた。


 僕は一旦みんなと別れて、双子王女様だけを伴って王様のもとへと歩み寄る。


「エルネアよ、ありがとう」


 王様は僕の手を両手で掴み、深く感謝をしてくれた。

 気のせいかな。国を救ってくれた、ということよりも、双子王女様を引き取ってくれたことへの感謝の念を感じますよ……


 だけど、王様をやんわりと押し退けて、銀髪の女性が僕の前に立った。

 ごくり、と唾を飲み込んで緊張する。


「おい、セーラ。なにも今ここでなくとも良いのではないか」

「いいえ、陛下。今だからこそ、ここだからこそですよ」


 たしなめようとした王様に、ぴしゃりと言い張る女性。何者なのかは、言われなくてもわかる。この銀髪の女性こそが、双子王女様の産みの母親なんだね。名前はセーラ様らしい。


「初めまして。エルネア・イースと申します。ユフィーリア様とニーナ様には懇意こんいにさせていただいております」

「初めまして、エルネア。私はセーラ。ユフィとニーナの母親です」


 やっぱりか。と握手を交わしながら、改めてセーラ様を見つめる。銀髪は言うまでもなく、健康的な肌の色や、活発そうな気配、それに、お妃様のなかでも随一のお胸様は、まさに双子王女様の母親だった。


「不要な問答は省きます。貴方は本当に、二人を迎える気があるのね?」

「はい。僕は二人をお嫁さんにしたいです!」


 いずれは王族の方々にも挨拶をしなきゃいけないと覚悟をしていた。でもまさか、この場で唐突に挨拶をしなきゃいけなくなるとは思わなかったよ。だけど、僕は躊躇ためらいなく二人と結婚したいと宣言することができた。


 僕とセーラ様とのやり取りに、部屋に居た大勢の人が口を閉じて、緊張した面持ちで見つめていた。


「よろしい。では今ここで、試練を受けてもらいます。セフィーナから試練があることは聞いていましたね?」

「はい。中身までは伺っていませんが、試練があることは知っていました」


 僕の腕を片方ずつ握るユフィーリアとニーナから、緊張した気配が強く伝わってくる。

 僕も緊張で身体が強張こわばっていた。


 まさか挨拶だけではなくて、この場で試練が始まるなんて。

 いったい、どんな試練なんだろう。

 セフィーナさんは、これまで何人も試練を受けてきて、乗り越えられた人はひとりもいない、絶対に無理な試練だと言っていた。


「双子と結婚するためには、試練があったのね」

「知りませんでした」


 背後で、ミストラルとルイセイネが驚いたように言葉を交わしている。


「では、知っているとは思いますが、再度の確認です。もしもこの試練を達成できなければ、どのような者であっても結婚は認めません。いいですね?」

「はい。どんな試練でも、僕は絶対に乗り越えてみせます!」


 よどみなく返答する僕に、セーラ様は強く頷いた。


「いい心構えです。では、早速」


 一拍置き、セーラ様は試練の内容を口にした。


「それでは、今この場で、ユフィとニーナを見分けなさい。それが試練内容です」


 セーラ様の言葉に、部屋に居た人たちがどよめく。

 僕は息を飲み、両脇の二人を見つめた。


 よりにもよって、試練の内容が二人を見分けることだなんて。

 ユフィーリアとニーナは、僕をじっと見つめていた。


「突然でごめんなさいね。でも、試練を出した後に打ち合わせをされるのは困ります。それに見分けられるのなら、いきなりでも問題はないでしょう?」


 確かに、セーラ様の言う通り。もしも双子王女様を見分けられるとしたら、突然言われても反応できる。逆に見分けられない場合、試練内容を知って打ち合わせでもされたら困るよね。


「さあ、この場で二人を見分けなさい! でなければ、結婚は認めません。たとえ陛下が許可しようとも」


 双子王女様を見分けることができるのは、母親であるセーラ様だけ。竜気の有無や思考が読めるルイセイネとニーミアは別として、王様や兄妹でさえも見分けることができないという。

 それを課題に出すなんて……

 僕は、課題の困難さよりも、母親として双子王女様へ注ぐ愛の深さを感じた。


 セーラ様の深い愛を感じた僕は、もう一度両脇の二人を見つめる。


 そして。


「僕の右腕を握っているのがユフィで、左手を握っているのがニーナですね」


 と、断言した。

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