若者たちの一年

 六頭立ての豪華な馬車は、大通りの中央を人の流れをかき分けながら進む。周囲には、これまた立派な鎧を着込んだ近衛騎士が厳重に警備をしているせいで、過ぎ去る人々が何事かと振り返る。

 僕とライラは恥ずかしくて隠れていたけど、プリシアちゃんとアレスちゃんはきゃっきゃと騒ぎながら、窓から顔を出して流れる風景を楽しんでいた。

 重々しい雰囲気の馬車から顔を覗かせるのが幼く可愛い幼女なので、振り返った人たちに笑みがこぼれる。

 どこぞの貴族の娘さんかしら、と思われているかもしれないね。


「ねえねえ。白いお山があるよ」

「どれどれ?」


 プリシアちゃんが指差す方角を、隠れながら覗く。すると、確かに白い小山が遠くに見えた。


「あれは、アシェルさんが灰に変えた残滓ざんしだね」

「集めているということは、なにかに使うのでしょうか?」

「それか、まとめてどこかに捨てるとか?」


 レヴァリアに乗ってセフィーナさんを王都に送り届けたときにも、空から見えたね。これはいったいどんな目的で集めているんだろう?

 気になったので、馬車の前方にある小窓を開けて、御者役の兵士さんに聞いてみた。


「あれかい? あの白く美しい灰は、王城の再建に使われるんだよ。なんでも、高い防御性能があると魔族の美人様が言っていてね。最初は煉瓦れんがに練り込んで使おうとしたんだが、加工が難しいようで。漆喰しっくいに利用するらしいよ」

「へええ、灰にそんな効果があるなんて知らなかったです。あれを利用するなら、お城は真っ白になるのかな?」

「そうだろうね。白く美しいお城になるさ。君のおかげで竜族の脅威は随分と軽減された。白い王城が長い年月を彩ることを願うね」

「そうですね」


 無骨で実用性重視だった前王城は、白く美しいアームアード王国を象徴するお城に生まれ変わるのかも。早く完成を見たいけど、あと何年後かな。

 もしも灰が足りないようだったら、アシェルさんにお願いしよう。


「にゃんもいるにゃん」

「そうだね。ニーミアにも頑張ってもらおうね」


 馬車のなかで人目がなくなり、ようやくのびのびと出来るようになったニーミアが背伸びをしていた。

 近衛兵の人たちにはニーミアの存在を隠す必要もないし、そもそも優秀な彼らなら知っているに違いない。ということで、ニーミアも僕たちも遠慮なく寛がせてもらっている。

 捕まったなら、もう観念するしかないからね。


「あ、遠くに見えるあれは、学校じゃないかな?」


 興味心に負けてこっそりと外を見ていると、大通りを少し奥に行った場所に、少し立派な平屋の建物が見えた。建物の前では、少年少女が元気よく運動をしている。

 きっとあそこは再建された学校で、運動をしているのは旅立ち直前の子供たちだろうね。


「君や勇者の影響かね。王都から旅立つ連中は、去年にも増して冒険者志望の者たちが多いんだ。親たちは悲鳴をあげていたよ」

「あはは、困りましたね」


 リステアはともかく、僕の活躍なんて冬だったんだから、そこから冒険者志望に切り替えるなんて無謀すぎじゃない?

 そりゃあ、ご両親は悲鳴をあげちゃうよね。


「学校は、授業のないときには近隣住民の仮設住まいになっているんだ。だから周りよりも早く復旧したし、きちんと作られている」

「まだまだ、住む場所には不自由しているんですね」

「それは仕方がない。だが、誰も不満は言わんさ。王都の連中は誰もが知っている。魔族に襲われてこの程度の被害なら御の字だ。命があっただけで奇跡なんだよ」

「それでも、ちょっと心苦しいです」

「はっはっはっ。君は英雄様だ。どんと胸を張っていれば、だれも文句は言わん。文句を言うような不届き者がいれば、片っ端から捕まえてやる。遠慮なく言ってくれよな」

「いやいや、それは駄目でしょう!」


 やっぱりルドリアードさんの部下だ。考えが飛んでいますよ。

 御座の人に観光案内的なことをしてもらいながら、王城跡地へと向かう。

 本来であれば、大通りをまっすぐ進むと王城の城壁に突き当たる。だけど、馬車が向かう先には、まだ基礎部分を掘り下げただけの広い土地が広がっていた。

 城壁と同時進行で、敷地の奥ではお城の基礎工事も始まっているように見える。でも、全然お城の形は見えないので、ここが王城跡地だと説明を受けなければ、多分わからないかな。


 馬車は城門地点を通過し、広い敷地を進む。進む先には、仮設でも立派な建物が建設されていた。


「いんや、あれは仮設ではないよ。いまは王都の中枢機関になっている。陛下もあそこに住まわれているんだ。王城が完成すれば、あれは改修されて外宮になる予定だ」

「そういえば、王様が滞在されているんですか?」

「ああ。王都の者たちが復興に立ち上がっている今、自分だけが副都アンビスでのうのうと生活はできんとおっしゃられてな。副都は王太子殿下に任せて、陛下は王都にとどまり続けるらしい」


 王様は、王都と副都を一定期間ごとに移り住んで、行政を執り行っていたんだよね。でも、王都と王城が完成するまでは長期滞在するらしい。

 そして、御者役の人に何気なく言われるまで失念していました。

 双子王女様の件で挨拶に行こうとしていたけど、王都に王様と王妃様が都合よく滞在しているとは限らなかったんだよね。


 唯一完成している大きな建物に近づくと、僕くらいの少年少女が長い行列を作っていることに気づく。


「あれは、君と同じだよ。一年間の旅を終えて、帰還の報告をする子供たちだ。今年は大神殿とここしか報告をする場所がないからな。連日大混雑だ」

「あっ。僕も報告をしなきゃいけないんだ」

「それなら、先に報告するかい? 君なら融通できると思うよ。それか、落ち着いてからでも帰還の報告は遅くないと思うが」

「いいえ、これから長く忙しそうだし、先に報告してきます。それと、特別扱いは必要ないですよ。僕もきちんと並びます」

「だが、双子様がお待ちだぞ。ルドリアード殿下も待っている」

「いやいや、あの人たちには待ってもらいましょう!」


 僕をめた双子王女様と、加担したルドリアードさんは後回しです。

 最初に僕が双子王女様を罠にかけたという突っ込みは必要ないんだからね。


「にゃあ」


 御者の人は、周りの騎馬隊に進路変更を伝える。そして、長い行列の後ろへと着けてくれた。


「じゃあ、行ってきます」

「ライラ様や少女たちはこちらでお預かりしておくよ」

「えっ」

「私たちも行きたいですわ」

「行きたいよ」

「いこういこう」

「はっはっはっ。ただでさえ人が多いんだ。先に双子様のところに行って、寛いでいようよ。美味しいお菓子や飲み物もあるぞ?」


 くうっ!

 御者役の人は笑顔でライラたちを懐柔かいじゅうしようとしているけど、本心は見え見えだよ。

 人質なんだね。僕が逃げないように!


 お菓子もあるよ、という甘い言葉に、プリシアちゃんとニーミアは簡単に籠絡ろうらくされてしまった。ライラは最後まで僕と来たがっていたけど、豪華な馬車が着いたことで並んでいた少年少女の注目を浴び、羞恥心しゅうちしんに負けて引き下がってしまった。


 アレスちゃんだけは裏切り者で、ぽんっと姿を消した。

 プリシアちゃん、アレスちゃんを取られたと僕を恨めしそうに見ても駄目だからね。お菓子の誘惑に負けたのは君自身です。


 御者役の人は、目の前でアレスちゃんが消えても特に反応は示さなかった。

 こういった超常的な現象に慣れているのか、僕の周りで起きることはこれくらい当たり前だと思っているのか……

 前者であることを願います!


 僕はみんなと一時の別れをすると、馬車の扉を開いて降りる。


 ううっ。

 さらに注目を浴びて、居心地が悪い。

 ライラは来なくて正解だったね。


 近衛騎士が周囲を囲み、王家の豪奢な馬車から降りてきたのが、普通の格好をした僕。

 帰還の報告をするために並んでいた少年少女の奇異きいな視線に、恥ずかしさのあまり逃げ出したい気持ちになる。


「なんだ、あいつ?」

「王族か?」

「いや、違うだろう。同年代の王子とか聞いたことないぞ」

「貴族かしら?」

「それにしては服装が地味じゃない?」

「何者だ」

「よく見たら可愛いっ」

「うわっ、ほんとだ」

「同年代には見えないわね」


 なんて会話は耳に入っていませんよ。と平常心を装いながら、列の最後尾に並ぶ。並んだ後も注目を集めていたけど、騎馬隊と馬車が過ぎ去って幾分かすると、徐々に落ち着きを取り戻し始めた。

 ライラとプリシアちゃんたちを乗せた馬車は、建物の違う場所に入っていった。僕も報告が終わったら、あそこに行かなくちゃいけないのかな。


 ふう、とため息を吐く。

 それにしても、変な騒ぎが続かなくてよかったよ。

 だけど、これだけ注目を浴びて僕に気づく人がいないというのも、ちょっと悲しい。

 やっぱり、僕の名前や騒動は伝わっていても、顔は広まっていないんだね。版画絵とかって、どうなっているのかな? ヨルテニトスのときみたいに、天女姿だったらどうしよう。まあ、そのときはルドリアードさんに文句を言えばいいか!

 というか、一緒の学校に通っていたみんなはいないのかな?


 きょろきょろと辺りを見回して、同級だった友達を探してみる。だけど、見知ったような顔は見当たらなかった。

 知らない少年少女ばかりなのに、この人の多さ。王都には本当にたくさんの人が住んでいるんだね。


「よおうっ! このちっこくて可愛い後ろ姿は、エルネアじゃないか?」

「うわっ」


 すると突然、背後から誰かに抱きつかれた。

 こんなことをするのは、スラットンしかいない。と思ったけど、声が違う?

 誰だろう、と首を巡らせて振り返り、懐かしい顔に破顔する。


「やあ、キジルムじゃないか。おかえり」

「おいおいっ。お帰りって挨拶はないだろうよ。お前も帰ってきたところだろう?」

「そうでした」


 同級生徒のなかでも結構な腕前だったキジルムが、僕に後ろから抱きついていた。


「懐かしいね。キジルムは冒険者志望だったよね? いっぱい冒険できた?」

「はははっ、聞いて驚くなよ。俺はもう一流の冒険者だ!」

「ええっ、すごい! 大出世じゃないか」

「……とは言っても、実は俺自身はまだまだなんだけどな」

「それって、どういうことさ?」


 自分で一流と威張っておきながら、自分で否定するってなにさ?

 自慢顔だったキジルムの顔が急に苦笑に変わり、意味がわからずに小首を傾げる僕。


「お前、スタイラー一家っていう有名な冒険者一族を知っているか?」

「……うん、知ってるかな?」


 なんだろう。急に嫌な予感がしてきました。キジルムの言葉の続きを聞きたくない。


「いやあ、実はな。俺ってこう見えて、もう子供が生まれるんだ」

「……」

「副都でな。スタイラー一家の末妹まつまいと運命的な出会いがあってな……」

「あああっ! 貴様かっ。あの兄弟の妹をたらし込んだのは、貴様かぁぁぁぁっっ!」


 僕は咄嗟とっさに、鬼の形相でキジルムの首を絞めていた。

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