肉食獣は背中を見せると追ってきます
絶体絶命の危機を脱した僕たちは、王都の中心へと戻った。
どうも、先に竜峰を下山したスタイラー一家が、僕に遭遇したことを広めちゃったらしい。
来た道を戻りながら、西の砦跡に向かう人々の会話に耳を傾けてみる。すると二日前くらいから、下山してくるはずの僕をああやって待ち構える人たちが増えていっているらしい。
「お兄ちゃんを待ってるの?」
「ううん、気のせいだよ」
「手を振って凱旋帰国をなさったら、きっと格好良いですわ」
「僕は目立ちたくないよ。そういった役目は勇者にお願いしたいね。そういえば、リステアはまだ帰ってきていないのかな?」
きっとリステアが帰って来れば、僕の流れから勇者の流れに移ってくれるはず。
確かに僕も有名になっちゃったけど、勇者のリステアよりも知名度や人気度は低いと思う。なにせ、向こうは根っからの英雄だからね。
こうして普通に歩いていると、周りの人たちのなかに溶け込んだ僕のことに気づく人がいないのが何よりの証拠だと思う。僕の名前と功績は広まっていても、人相なんかはリステアと比べられないくらいに認知度が低い。
プリシアちゃんとアレスちゃんは西に向かう人たちを興味深そうに見ながら、もぐもぐと串肉を頬張る。さっき、お腹を鳴らしたプリシアちゃんとアレスちゃんに買ってあげた甘辛味の牛肉の大きな串焼きだ。
結局、一年間お金儲けをしなかった僕は、旅立つ時に手渡されたお小遣いの額がほぼそのまま残っていた。それで購入しました。
振り返ってみると、いろんな街に行ったけど、そうしたときはほぼ誰かのお財布に頼っていたんだよね。ちょっと情けない。
口周りを汚しながら美味しそうに串肉を食べる幼女二人に微笑みながら、周囲を見渡す。
人が集まれば、いろんなお店が出店してくる。僕も去年に利用した、西へと続く大通り。そこを行き交う人々は、一度王都が消滅したとは思えない活気に溢れ、お祭りのような賑わいになっていた。
「さあ、そこの君。仕事はなにをしている? いまは大工職が人気だぞ。今年の旅立ちの少年少女が王都に流入してくる前に、良い職場は確保しておきなっ」
露店に紛れて、仕事を
王都復興の花形職業は、やっぱり大工だよね。建物が再建されると、目に見えた成果として復興を感じる。そして住居が増えると、生活が向上する。貴族や公共の建物なんかは建てるのに何年もかかるし、これから長い歳月が必要になる。魔族の侵攻で職を失った人にとって、大工職は将来に続く魅力的な職業なんだね。
そして、今年の立春が過ぎれば、そうした職に就こうと周囲の村や都市から十五歳になったばかりの少年少女が流入してくる。
なるべく条件の良い職に就くためには、早い者勝ちだ。立春前までが、僕たちのようなまだ手に職のない
だけど僕は今のところ、王都で職に就くつもりはないからね。
声をかけてきたおじさんに手を振ってお断りを入れながら通り過ぎた。
職業斡旋をする人はその後もあちこちで見かけた。建物の内装業、資材を運ぶ運搬業、生活家具の職人。どれも新しい生活に必要不可欠な職種が人気らしい。そしてどうも、職業斡旋という仕事も今の流行りらしい。
「エルネア様はどのようなお仕事に就くのですか?」
「うん、どうしようかとは迷っているんだけど」
僕の選択肢としては幾つかある。王都でしっかりと地に足のついた職業に就き、みんなを養うという男の
でも、どれも一長一短なんだよね。
王都というか、平地で仕事をしながら生活をしようとしたら。
僕の家族は種族も身分も多様なんだよね。ミストラルは竜人族だから、人族の文化に慣れないかもしれない。双子王女様は元々王族だから、僕が稼ぐ程度の金銭じゃ満足な生活を送れないかも。プリシアちゃんの正体を隠し続けることは難しいし、フィオリーナやリームはまだしも、レヴァリアやアシェルさんやリリィ、それどころかルイララや巨人の魔王が遊びに来たら大変なことになっちゃう。
「私たちが竜峰の生活に馴染めたように、きっとミスト様も平地の生活に慣れると思いますわ。それに双子様も冒険者の経験がございますし、質素な生活でも問題ないと思いますわ。私たちも仕事をしますので、エルネア様おひとりに負担はかけませんわ」
どうもルイセイネの影響なのか、女性陣はミストラルのことを「ミスト」と親しく呼ぶようになってきていた。ミストラルもあだ名みたいな感じで
でも、僕は「ミストラル」の方がしっくりくるかな。
「うん、ありがとう。でも、やっぱりみんなのことを考えると悩んじゃうね」
「んんっと、プリシアは大丈夫よ?」
「ふふ。プリシアちゃんが大丈夫でも、周りの人が困っちゃうんだよ」
「いっそのこと、双子王女様の夫として貴族になるのも手ですわ」
王族と結婚すれば、平民でも貴族になれる。それがアームアード王国。
女性でも王位継承権はある。優先順位は現国王の長男とその子供。次に次男とその子供。更に王様の男兄弟が続き、ユフィーリアとニーナはその後になる。随分と遠い継承権だけど、それでも女王様になる可能性はあるんだよね。だから、王女が結婚しても生活は保障されているわけだ。
僕も双子王女様と結婚すれば、そうした恩恵を受けることはできる。
でもね。やっぱり男としては、自分の稼ぎで家族を養いたい。
ライラの言うように、みんなもきっと働いてくれると思う。それも嬉しいけどね。
「では、ミスト様の村に戻って生活されますか? 私たちはどこでもエルネア様となら幸せですわ」
「平地での生活が恋しくならない?」
「私は全然恋しくならないですわ。だって、これまでの生活は……」
「うわっ。ごめんよ、ライラ。昔を思い出さなくて良いからね。そんなに暗い顔になっちゃ駄目だよ」
「お兄ちゃんがライラを泣かせたよ。ミストに報告しなきゃ」
「にゃあ」
「いやいや、泣いてないからね。報告はしちゃ駄目だからね」
ライラも、悲しんでいるふりをして僕に抱きついちゃ駄目だからね。右の二の腕がお胸様に埋まって大変です。
「にゃあ」
ニーミアが僕の頭の上で意地悪そうに鳴いた。串肉を貰えなかった恨みですか?
仕方がないじゃないか。君はいま、子猫のふりをしているんだから。それに、僕の頭の上で食べられたら、髪がべとべとになっちゃうよ。
「こうしていろいろ考えると、竜峰や竜の森に住む方が現実的に良いんだよね。一番はフィオやリームのことだし、ニーミアもそっちの方が生活しやすいだろうしね」
どうやら、一年間の旅が終わっても、僕の前には問題が山積みになっているらしい。
生活基盤をどうするのか。これは早急に答えを見つけ出しておかなきゃいけないよね。だって、厳格な家柄のルイセイネの両親に挨拶をするときや、双子王女様の両親、つまり王様と王妃様に挨拶へ行ったときに突っ込まれて答えられなかったら、絶対に認めてもらえないと思うから。
「エルネア様。将来のことも大切ですが、今からのことはどうなさいますか?」
「ああ、そうだよね。これからどこに向かうか決めなきゃいけないのか」
野次馬的に西へと行って、慌てて逃げてきたわけだけど。この後どこに行くのかを決定しておかなきゃいけない。
「まずはやっぱり、帰還報告だよね。王城跡地か大神殿か。そこで戻ったことを報告すれば、両親の所在も確認できるんだっけ」
「はい。親切なおじ様が仰っていましたわ」
「ここからだと……。王城の方が近いのかな? このまま進んで、王城跡地に行こうか」
「そのまま、陛下と王妃様にご挨拶でしょうか?」
「あはは。それはさすがに急すぎるかな。まずはお伺いを立てて、こちらもきちんと準備して……」
そうだよ。相手は王族のなかの王族。国王陛下と王妃様なんですからね。いくら双子王女様と親密だからといっても、僕はあくまでも平民で、身分の差がある。しっかりとした手順を踏まないと不敬になっちゃうんだ。
そう。僕の考えは絶対に間違えていない。
だから、前方からやって来る立派な鎧を着込んだ騎馬隊にはまだ、僕の所在は教えられないんだ!
「みんな、ちょっとそこの角を曲がろうか」
僕はみんなを連れて、露店の角を曲がる。建物は建っていないけど、整備された道が大通りから逸れた場所へと続いていた。
ライラはアレスちゃんを抱え、僕はプリシアちゃんを抱いて、遠くから近づいてくる騎馬隊の進路から逸れる。
なんだろう。嫌な予感しかしない。
ライラも、僕が突然進路変更したことに違和感を覚えたようで、緊張した面持ちでついてきた。
「おい、いたぞっ」
「待てっ!」
どきり。
背後からの叫びに、つい走り出してしまう僕たち。
「逃げたぞっ」
「追え、追えーっ!」
きゃー。なんで男の人たちの怒声が僕たちの後ろを追いかけてくるのでしょうか!
「おわおー。お馬さんが追いかけてくるよ」
「にげろにげろ」
「にゃあ」
振り返っちゃ駄目だ。でも、抱きかかえられたプリシアちゃんとアレスちゃんが背後の様子を知らせてくる。
そんな実況は必要ないよっ。
建物が建ち並んでいない脇道を全力で走る。十字路を曲がり、角を折れる。
だけど、背後から
「鬼ごっこ?」
「う、ううん……。そうなのかな? でも、空間跳躍は禁止なんだよ」
「どうして?」
「瞬間移動したら、大騒ぎになっちゃうからね」
騎馬隊に追われている時点で大騒ぎ、という突っ込みはしちゃいけない。
僕たちが追われているのは、きっと気のせいです。たまたま騎馬隊が進む方角と僕たちが走る方角が一緒なだけです。
「そこの者たち、待てぇぇっっ」
「逃げても無駄だぞっ」
くうっ。やはり馬の脚と僕たちじゃあ、速さが違うのかっ。というか、魔獣からでも逃げ切れる僕の足に追いついてくるなんて、よほどの
もうこうなったら、道なりになんて言っていられない。区画された敷地内に侵入し、横断する。だけど、騎馬隊も道通りには進まずに、問答無用で敷地へと侵入して追いかけてきた。
突然始まった
大通りを行き交う人々が、僕たちの方を見ていた。
「エルネア様、どうしましょう……」
「こうなったら、本気を出すしか……」
しかし、本気を出す前に騎馬隊に追いつかれてしまった。
なんてことだ。瞬く間に包囲されてしまった!
こうなれば……
「エ、エルネア君。逃げないでくれよ」
包囲した騎馬隊のなかから、ひとりの男性が出てきた。
なぜ、手練れの騎士が僕の顔と名前を知っているんだろう。
「俺だよ。覚えていないかな。君を副都まで馬車で送って行ったことがあるだろう?」
「……ああ、あのときの!」
なんとなく見覚えのある男の人の顔を記憶のなかから探しだし、ぽんっと手を打つ。
ルイセイネたちと初めてお使いに出たとき。偽勇者の騒動のあとに僕たちを送ってくれた
そして、魔族と戦っていたときに北の砦でも見かけたような気がする。
「な、なぜ逃げるんだ……」
「余計な騒動になってしまったではないか」
他の騎馬隊も、よく見ると知っているような気がした。
「もしかして、ルドリアードさんの部下の人たちですか?」
「そうだよ。殿下の近衛騎士だ」
「まったく。面識のある者の方が君が警戒しないだろうという配慮だったのに」
「なぜ逃げた!」
「いや、なんとなく? 身の危険を感じたもので」
あはは、と笑う僕に、包囲していた騎馬隊の人たちはがっくりと疲れた様子を見せる。
そして、周囲は大騒動になっていた。
「なんだ。近衛兵が少年少女を取り囲んでいるぞ」
「
「なんだ、なんの騒ぎだ?」
野次馬たちが騒ぎ、集まりだす。
「ほら見ろ。余計に騒ぎになっただろう」
「逃げなきゃ問題なかったのにな……」
「だ、だって。騎馬隊を見たら逃げろって教訓が」
「いや、そんな教訓は悪党にしかないからな!」
くうう。なんてこった。
勘に従って逃げたら、予想以上の大騒ぎになるとは。こんなことなら、力の出し惜しみをせずに全力で逃げておけば良かった。
いや待てよ。今からでも……
「おい、こらっ。逃げちゃ駄目だぞ。これ以上逃げたら、王国騎士総出で捕まえに行くからな」
「うっ」
こちらの動きを予想して、釘を刺してくる騎馬隊の人たち。さすがは
「素直にこちらの指示に従ってくれよ」
やれやれ、とため息をつく騎馬隊の後ろから、六頭立ての立派な馬車が現れた。
「わかっているとは思うが、双子の王女殿下がお待ちだ。王城へと案内しよう」
「ええいっ、これはユフィとニーナの策略だったのか!」
黒幕の正体に、僕は思わず叫んでしまった。
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