更地から始めましょう
「エルネア君、まずは王城に行くべきだわ」
「エルネア君、まずはお父様に挨拶をすべきだわ」
「ううん、まず最初に王城に行くべきなのはユフィとニーナだよ。無事なことをきちんと報告しなきゃね」
「エルネア様、ヨルテニトス王国の陛下に新年のご挨拶が必要ですわ」
「そうだね。できたら挨拶に行きたいけど、今はもう少し待ってね」
「それで、汝は向かうべき場所の順だてを済ませたのか?」
「はい。まずはやっぱり、両親に戻ってきたと挨拶をしようと思うんです。父さんと母さんには一番心配をかけていると思うから」
「ふむ、それで問題はなかろう。
「じゃあ、そういうことで。これから帰りますね!」
「んんっと、さようなら」
「お母さん、さようならにゃん」
「ひどい娘たちだね。まだ帰らないわよ。誰に似たのかしら」
「いやいや、アシェルさん。僕を睨むのは間違いだと思うんです」
『貴様が諸悪の根源だろう』
「暴君に悪だと言われた! ひどいよね」
『ひどいのはエルネアだよっ』
『また置いてけぼりだよぉ』
「ううう、ごめんね。もう少し落ち着いたら、必ず招待してあげるからね」
『うわんっ。本当?』
『本当かなぁ』
「本当だとも!」
「エルネア君が王都に騒ぎを呼び込もうとしているわ」
「エルネア君が王都でも暴れる気でいるわ」
「いやいやいや、暴れる気も騒動を起こす気もないからね。ちゃんと、ちびっ子を呼べる土壌を作ってから招待するんだからね?」
「フィレル殿下や竜騎士様を
「ライラ、名案だね! フィレルは今年が旅立ちの一年だろうから、こっちに来ないかな?」
『おじいちゃんが帰ってくるの? 怖いっ』
『
『ええい、フィオとリームは騒ぐな。大人しくしていろ』
「朝から騒がしいわね。レヴァリア、きちんと子供を
「アシェルさん、貴女の娘さんも一緒に騒いでいますよ……」
「汝の小娘が一番のじゃじゃ馬であろう。なにせひとりで家出をし、ここまで来たのだからな」
「ぐぬぬ……」
「くくく。言い返せぬか。残念であるな。さあ、エルネアよ。あまり無駄話に花を咲かせている場合ではないのではないか?」
「そうでした! それじゃあ、出発します」
危ない危ない。危うく今日も出発できないところでした。なにせ、こうやって話が違う方向へと外れていき、かれこれ二日ほど出発が延びてしまっているからね。
今日こそは本当に帰らなきゃいけないよね。
そんなわけで、フィオリーナとリームが悲しく見守るなか、僕たち人組は王都へ向けて出発した。
苔の広場から古木の森へと入り、竜の森に移動する。
古木の森も竜の森の一部なんだけど、なんとなく区別しちゃう。そんな竜の森を楽しく進んでいると、いつの間にか出口付近へとたどり着いていた。
「あのね、人がいっぱいだよ」
「そうだね。みんな冒険者かな?」
竜の森の入り口付近では、冒険者風の人たちが野営している姿を多く見かけるようになった。
「森が荒らされないか不安ですわ」
「粗相をしたら容赦しないよね。でも、大丈夫だと思うよ。見た感じ、あくまでも寝泊まりに利用しているだけで、森を傷つけている様子には見えないからね」
まだ朝ということもあり、朝食の準備をしている人や準備運動をしている冒険者の人たちを横目に、竜の森を抜ける。
抜けた先は、学校に通う十四歳の生徒たちが利用していた古代遺跡の近くだった。
古代遺跡は現在、冒険者たちの脚光を浴びている。なにせ、プリシアちゃんとアレスちゃんの手によって、大迷宮化されてしまっているからね。そして
お宝は巨人の魔王が遊びで設置したもので、最深部を攻略した冒険者には、結構なお宝がご褒美として準備されているらしい。
ただし、深く潜ると死霊が残っていたり強い魔物が出たりと、危険と隣り合わせ。
そういうわけで、一攫千金を狙う冒険者や腕自慢の冒険者が国内外から集まってきていた。
「迷宮へ挑む者は、こちらで登録を。迷宮を調べた地図と発見した財宝は報告を必ず入れるように!」
「お
古代遺跡改め迷宮の入り口付近では、兵士の
そして、詰所横には仮設の神殿が作られて、神職の人がお布施を
もしも迷宮の奥で迷子になったり負傷したりしたら命に関わるので、救出に来てもらうためにも登録をするのはよくわかる。そして、傷を癒してくれる神殿宗教にもお布施を忘れない。
詰所前には、すでに朝の準備を覚ませた冒険者の長い列ができていた。なかには、朝だというのに迷宮から出てくる人たちもいて、帰還の報告をしている姿も見て取れる。
「一度、迷宮に入ってみたいわ」
「冒険者の血が騒ぐわ」
「こらこら、二人の血は王族の血だからね」
でも、ちょうど良い。
僕は詰所へと足を向ける。みんなは不思議そうにしながらも、僕についてくる。
「双子様だ……」
「まさか、挑まれるのか」
「双子様が森から……?」
「き、危険だ……」
「逃げろっ」
冒険者の列に近づくと、何組かの人たちが双子王女様に気づいて騒ぎ出した。
凄腕の冒険者でもある双子王女様は元々、冒険者の間では有名なんだよね。それに加えて、今では去年の騒動での活躍も噂になっているはずだ。
すると、徐々に双子王女様の周りにいる僕たちにも視線が集まりだした。
並んでいた冒険者が騒ぎ出したので、何事かと兵士の人が詰所から出てくる。僕はその兵士のひとりを捕まえた。
「おはようございます。早速なんですが、二人をお預けしますね」
「ああっ、エルネア君に裏切られたわ」
「ああっ、エルネア君が裏切ったわ」
「いやいや、ユフィとニーナは
というわけで、兵士さんにユフィーリアとニーナを引き渡す。
知っています。この二人はこうやって強引に放さないと、絶対にお
兵士の人や冒険者たちは驚いたり戸惑っていたけど、ここは強気で行く。
「ちゃんと後から迎えに行くから。新年の挨拶もさせずに二人を連れ回しているようじゃあ、僕が挨拶に行くときに心証が悪くなっちゃうからね。二人には協力して欲しいんだ」
「エルネア君が計算高くなっているわ」
「エルネア君が策略を巡らせているわ」
「そんなことないよ、誤解だよ。でも、やっぱりこういうことは正しく行いたいからね」
「仕方ないわ。先に行ってお父様を調略しておくわ」
「仕方ないわ。先に行って臣下を丸め込んでおくわ」
「お願いします!」
半分渋々、といった感じだったけど。双子王女様は兵士の人に連れられて馬車に乗り込むと、王都の方へと去って行った。
残った僕たちは、騒ぐ冒険者の人たちを無視して、徒歩で王都の方角へと進む。
本当は、迷宮がある場所からでも目を凝らせば王都の街並みが見えるはずなんだけど、今はその風景はない。
「じゃまものはきえたね」
「アレスちゃん、なんてことを言うんだ」
「ユフィとニーナは邪魔?」
「プリシアちゃん、それは違うよ」
「二人は目立つから危険にゃん」
「どういうことかわかりませんわ?」
右手はプリシアちゃん、左手はアレスちゃんと手を繋いで歩くライラが、不思議そうに小首を傾げる。
ちなみに、ニーミアは僕の頭の上で子猫のふりをしています。
「二人は王女で冒険者だからね。王都で一緒に行動をしていると目立っちゃうんだ。そうすると、お役人が飛んでくるでしょ?」
「双子様を連れ戻しにでしょうか?」
「そう。だって、あの二人は結局、去年から
「それは……。ご両親も心配なさっていますわ」
「うんうん。だから、王都で二人を捕まえに近衛兵が来て目立つと、色々と大変でしょ?」
「確かにそうですわ。エルネア様は危険を排除されたのですわ」
「きけんきけん」
「ライラはまた抜け駆けできるね」
「まあ、プリシアちゃん。名案ですわ」
なんて話しながら歩く。すると、王都らしき領域に足を踏み入れた。
なんだろうね。境界線なんてないし、建物も疎らなのに「王都に入った」という感覚が沸き起こる。
多分、風景はもう存在しないけど、身体が王都の位置を覚えているんじゃないのかな。
渡り鳥が元の場所に戻ってくるのと一緒で、正しい場所に戻ってきたのだと身体が認識していた。
僕は、自然と深呼吸をしていた。
竜峰や竜の森とは違う、人の気配に満ちた空気が胸一杯に広がる。
見ると、ライラたちも僕の真似をして深呼吸をしていた。
「ただいま」
ぽつり、と自然に言葉が
一年間、たくさん冒険をしてきた。つい一年前まで王都で生活をしていたのに、ずっと長い間留守にしていたように感じる。
「んんっと、おかえり?」
「おかえりおかえり」
「でも、建物はないにゃん」
「ニーミアよ、それは言っちゃいけないんだよ」
「でも、エルネア様。ぽつぽつとではありますが、建物がありますわ」
残念ながら、王都は一度消失してしまった。でもライラの言う通り、疎らではあるけど建物が建っていた。
多くは仮設の建物だけど、着実に復興していることがうかがえる。
王都を進むと、人も多くなってきた。
建物はまだまだ少ないんだけど、区画はしっかりと整備されている。道と敷地の境界がきっちりと分けられていた。
まずは区画整理と道路の整備から始まっているのかな。そして、敷地には誰それの土地、とか売り地、貸し土地、国管理、といった立て札が立てられていた。
王都を行き交う人々は、建物がなくとも他人の敷地へと無闇に入るようなことはせずに、新しく整備された道路を歩いていた。
僕たちもそれに
「それで、エルネア様。まずはどちらへ?」
ライラの質問に、周囲を見渡してみる。
「うん。まずはやっぱり、両親に挨拶をしたいな」
母さんは元気だろうか。父さんは今日も仕事を頑張っているのかな。
一年ぶりだよ。早く両親に会いたい。そして、元気な僕の姿を見せたい。
だけど、周囲は見慣れない景色。
建物がなくなっただけで、こんなにも風景というか雰囲気が変わるものなのか。
実家から古代遺跡まで、学校に通っている間は研修で何回も往復した。目印にしていた角の帽子屋さん。並木道や民家。そういったものが消え去り、自分がどこに立っているのかさえよくわからない。
ぐるりと周囲を見渡して、あっちかな、と実家の方角を確認する。
そして、知っているような知らないような道を進む。
僕の後ろを、ライラと手を繋いだ幼女たちがるんるんでついてくる。
「人が多いですわ」
「うん。プリシアちゃん、はぐれないようにね」
「んんっと、アレスちゃん。はぐれちゃ駄目だよ」
アレスちゃんは僕の側に必ず居るから、心配なのは君だけなんだよ。とみんなで可笑しく笑う。そうしながら、記憶と現在の道を照らし合わせて歩く。
そしてライラの言う通り、多くの人たちを目にした。
王都の建物が消え去り、生活するには不自由な土地になってしまったと思う。それなのに、こうして多くの人たちが建物も疎らな場所を往来している風景を見ると、人族のたくましさを感じるね。
王都が完全に復興するのは、まだあと何年も先だと思う。
きっとそれまで、まともな住居で生活できない人も大勢いるんだろうね。
それでも王都に残り、復興に携わる人たちに僕は頭が上がらないよ。
ごめんなさい。
「たぶん、この辺なんだけどな……?」
そして、たどり着いた空き地。
知らない風景。
無理もない。記憶を頼りに来てはみたものの、周囲には一軒の家も立っていない場所に、実家の面影なんて全く感じない。
僕の家は裕福ではなかったので、民家がひしめき合う区画に家があった。だけど、いま僕たちが立つ場所には、一軒の家も建っていない。地面を見ると、大きなひとくくりの区画に「国有地」という立て札が刺さっているだけだった。
「ここがエルネア様のご実家があった場所ですか?」
「うん、たぶんね。でも、区画整理をされちゃったみたい。母さんたちはどこに行ったんだろう? お爺ちゃんの方かなあ」
ここからお爺ちゃんの家まで、どういう道順だったかな? と思考を巡らせていると、親切そうなおじさんが近づいてきた。
「なんだ、お前さん。もしかしてこの辺に住んでいたのか?」
「あ、はい。たぶん……」
「ははは。建物がきれいさっぱり消えちまったからな。この風景に
「そうなんです」
「なら、神殿か王城跡地に行ってみな」
「というと?」
「帰還の報告をしなきゃいけねえだろう? 本来は通っていた学校なんかでも受付するんだが、この有様だからな。お前さんのように戻ってきた奴らは神殿か王城跡地でまとめて受付してんのさ。そしてそこで、親や家のことも調べてもらえるようになっている」
「ああ、なるほど。親切にありがとうございます」
「良いってことよ」
親切なおじさんにお礼を言い、言われた通りに神殿へと向かう。たぶん、神殿とは分社のことではなくて大神殿のことだろうね。というわけで、大通りを目指す。そして南へ下れば、迷うことなく大神殿にたどり着けるはずだ。
大神殿には、ミストラルとルイセイネがいるのかな?
二人には随分と会っていない。早く顔が見たいな。
歩き疲れたのか、プリシアちゃんはライラの背中、アレスちゃんは僕の背中におんぶされていた。
行き交う人々が可愛い幼女二人を見て微笑んでいる。
可愛いよね、暴れなければ……
大通りらしき場所にたどり着くと、それこそごった返すような人混みに遭遇した。
これぞ王都、といった人の多さにくらくらと
竜人族のゆったりとした村や生活に浸っていたせいか、久々の人混みに酔ってしまいそう。
はぐれないようにライラと手を繋いだら、恥ずかしそうに顔を赤らめられた。
大通り沿いには幾つもの露店が出ていて、活気に満ちた人たちは昔のまんまだね。
「それにしても、なんだか西に向かっている人が多いような?」
「言われてみると、そうですわ」
行き交う人々。その多くが西に向かって歩いて行っているような気がする。建物がない分、人の流れがよく見える。
「なんだろう、気になるから行ってみる?」
「エルネア様、神殿に行くのが怖いのですわね」
「どきっ」
き、気のせいですよ、ライラさん。
神殿に行けばミストラルとルイセイネに会えるんですよ。怖くないです。早く二人に会いたいな。
「にゃあ」
「私は構いませんわ。さあ、二人で逃げますわっ」
「逃げるんじゃない。気になるだけだよっ」
「んんっと、ライラはミストが怖いの?」
「ルイセイネのりょうしん……」
「「あはははは」」
僕とライラは乾いた笑いを浮かべながら、手を強く握って西へと向かった。
帰還の報告は後ででも良いよね。まだ午前中だし、王都を満喫してからでも遅くはない。
どうも、人の流れは西の砦があった場所に向かっているみたい。
西の砦でなにかが行われているのかな?。
ああ、そうか。竜峰から春の隊商が降りてきてるんだよね。
そういうことか、と納得して西に向かう。
そして、人だかりへと到着した。
「すごい人ですわ」
「うん。これじゃあ、ここからは竜人族の人たちなんて見えないね」
幾ら何でも多すぎます。
王都中の人たちが集まっているんじゃないかと思えるほどの人だかり。僕たちの後ろからも次から次に人がやって来る。
これじゃあ、隊商に参加した竜人族の人たちも大変だろうね、とライラと話をしていると、近くのおばちゃんが不思議そうに僕たちを見てきた。
「あんたら、なにを言っているんだい?」
「えっ。これって、竜人族の人を見に集まっているんですよね?」
「はあ? 竜人族の隊商のなら、数日前にとっくに王城の方へ行っちまったよ」
「ええっと……。それじゃあ、この人たちはなんでしょうか?」
首を傾げる僕たちを、周りの人たちが笑う。
「ははぁん。さてはお前さん、旅立ちの一年で王都に居なかったんだろう。なら、教えておいてやろう。もうすぐ竜峰から、人族を救った英雄様が下山なさるんだ」
「えっ……」
「竜峰に入っていた冒険者が、下山してる途中の英雄様と出会ったらしいのさ」
「少し寄り道するって話だったから、そろそろ降りてくる頃じゃねえかと俺たちは待っているのさ」
「お前、驚くなよ。その英雄様ってのは、お前みたいなちっこい少年らしいぞ」
「数万の竜族を使役する竜王だと俺は聞いたぞ」
「竜人族の王だと聞いたぞ」
「炎帝さえも使役する、恐ろしい少年なのだとか」
「俺は見たぜ。炎帝? あんなのは小物だ。竜の森の伝説の守護竜。お前、おとぎ話なんかで聞いたことがあるだろう? なんでも、守護竜に育てられた古の子どもらしいぞ」
「え、えへへ……」
しまった。ここに来るんじゃなかった。
英雄様の噂話を始めた周囲の人たちに顔を引きつらせながら、僕とライラはそっとその場を抜け出す。
そして
良かった、竜峰から普通に降りてこなくて!
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