戦う乙女たち

 耳長族の村に帰り着くと、僕とミストラルはカーリーさんたちに別れの挨拶を告げて、急いでおばあちゃんの家に向かう。そしてまた、お付きの人に家の奥に案内される。

 おばあちゃんは、狒々退治の前に訪れた時と同じように座り、僕たちを迎え入れてくれた。


 僕とミストラルが、こちらの一方的な要望と、来て早々に出かけていった非礼を謝ると、おばあちゃんは慈愛に満ちた笑みを浮かべて、逆に僕たちをねぎらってくれた。


「協力してくれて、ありがとうねぇ。それと、若いんだから、そう生き急いではだめよ。人生は楽しまなくちゃねぇ」


 千二百年以上も生きてきたおばあちゃんに言われると、納得するしかないね。

 僕とミストラルは、出されたお茶で喉を潤しながら、ひと息つく。


 生き急いでいるつもりはないんだけど、おばあちゃんから見たら、僕もミストラルも忙しそうに見えるのかな。

 僕も本当は、のんびりと日向ひなたぼっこをしながら雲を眺めるのが好きだったりするんだけど。ここ最近はいろいろとありすぎて、忙しさが行動から漏れ出していたのかもしれない。


 お茶を飲みつつミストラルと相談して、少し休んでから苔の広場に戻ることに決めた。


「プリシアは迷惑をかけていないかしらねえ?」

「ううん、そんなことはないですよ。プリシアちゃんの明るさに、僕たちはいつも癒されているんです」

「ごめんなさい。預かりっぱなしになってしまっています」

「ふふふ。謝るのは、こちらのほうね。あの子のわがままにつきあってくれて、ありがとう」


 プリシアちゃんは、当初ミストラルの村には数日滞在するだけのはずだったんだよね。ミストラルともそう約束をしていた。

 でも実際は、僕たちと一緒にいるのがよほど楽しいのか、村にはなかなか帰ろうとしないんだ。そして、無理に連れて帰ろうとすると、ぐずるんだよね。

 きっと、僕のそばにいると、同じくらいの見た目で絶えず一緒に遊んでくれるアレスちゃんが居るからなのかな。


 だから僕たちは、プリシアちゃんの母親とユーリィおばあちゃんと相談して、いっとき預かることに決めたんだ。

 けっして、僕がミストラルの村に到着する前に、プリシアちゃんとミストラルとルイセイネが賭けをしていて、プリシアちゃんが勝ったから、なんて理由じゃありません。しかもその内容が、僕が村に無事に到着するか、無理か、という内容でルイセイネとミストラルが賭け、プリシアちゃんが空を飛んでくるという突飛な予想を立て、実際にそうなってしまったからだなんて、僕のせいじゃないんだからねっ。


 村にたどり着いた時に、ミストラルに貴方のせいよ、と睨まれた。それはプリシアちゃんの突飛な予想がもしも的中したら、好きなだけ滞在してもいいよ、とミストラルが安請け合いをしていたからだなんて、僕は知りません。


 ほらやっぱり、僕のせいじゃない。


「わたしの顔に、何か付いているかしら。エルネア君?」

「うひっ、なんでもないです」


 恐るべし、ミストラル。僕の心でも読めるんですか。


「貴方は表情豊かだから、何を思っているかすぐに顔に出るのよ」

「あはは、そういうことか」


 墓穴を掘っていたのは、自分でした。


「あの子のやんちゃぶりを見ていると、若い時の自分を見ているようでねぇ。叱ろうにもなかなか叱れないのよね」


 と言って微笑むおばあちゃん。きっとおばあちゃんは、プリシアちゃんが何をしても絶対に怒らなさそう。


「おばあちゃんも、若い時には色んなことをしたの?」

「いっぱいしたわね。魔女まじょと世界中を周ったわ。わたしもあの時、たくさん魔女にわがままを言って、迷惑をかけたわ」

「魔女?」


 にこやかな会話の内容には相応しくない、物騒な単語が出てきましたよ。

 ミストラルを振り返って見ると、彼女も知らない人物らしく、首を傾げて僕の方を見ていた。


「ふふふ、貴方たちもいつか、魔女と出会うかしらねぇ」

「その人って、魔族ですか?」


 魔の女性なら、やっぱり魔族なのかな。


「いいえ、違いますよ。貴方と同じ、人族のはずよ」

「はず?」

「そう言い伝わっているからね。わたしも本当のことは、わからないのよねえ」

「でも耳長族も竜人族も、見ただけで相手の種族はわかりますよね?」

「そうねぇ。普通の相手ならね」


 と言うことは、普通じゃないのかな。まぁ、おばあちゃんが数百年前の若い時に一緒に旅をして、今の僕たちでも会える人族なんて、普通じゃないよね。だって人族の平均寿命は、五十年くらいなんだし。


 おばあちゃんは、会えたらその時のお楽しみ、と言って詳しい内容は教えてくれなかった。でも、僕たちがこのまま竜峰のため、森や人や、世界のために頑張っていれば、きっといつか巡り会う人物なのだ、とだけ教えてくれた。


 世界に関わる人なのかな。少しだけもやっとする心残りと、どういった人なんだろうという期待を胸に、僕とミストラルはその後、耳長族の村を後にした。






 そして夕方前、僕たちは無事に、苔の広場に帰り着く。


「遅いですわ!」

「ミストさん、長時間はずるいですよっ」


 戻ってきて早々、ミストラルはルイセイネとライラに詰め寄られる。たじろぎ、はぐらかそうとするミストラルの姿は、珍しいね。


「んんっと、お土産は?」

「にゃんも欲しいにゃん」

「いやいや、プリシアちゃんの村に行っただけだよ。お土産はありません。今夜帰れば、美味しいご飯が待っているよ」

「いやいやん。お菓子が食べたいの」

「お腹空いたにゃん」

「ミストラルの村から、いっぱいおやつは持ってきたでしょ」

「もう食べたよ」

「おじいちゃんと食べたから、無くなったにゃん」

「おじいちゃん、食べ過ぎです」

「はっはっはっ、仕方ない。我はこの巨体だ。あれっぽっちでは足らぬ」


 帰ってきた僕たちを、いつもの場所でいつものように横たわり出迎えたスレイグスタ老は、目を細めて笑う。


 優しいなぁ。スレイグスタ老がおやつを無くなるまで食べるわけはないんだよね。プリシアちゃんとニーミアの言い訳に使われたのに、気を害することなく僕たちを見守るスレイグスタ老は、やっぱり偉大だ。


「魔獣は無事に討伐できたか」


 そして、ミストラルたち女性陣の攻防と僕たちのやり取りが落ち着くのを待って、スレイグスタ老が聞いてくる。

 僕は出先でのことを、ルイセイネとライラも交えて説明する。今後の課題も含めてね。


「ふむ。汝は次の段階に進むべきか」

「次の段階?」

「左様。汝の竜剣舞は、まだ未完成である。型を上手く舞えるようになっただけなり」


 確かにその通り。型通りには舞えるけど、今回のように型に嵌め込めない相手には、竜剣舞が全く役に立たないことを思い知らされた。


「相手を選ぶような技術が、竜気と竜術と剣術を極めた者の奥義であるはずがなかろう。汝は次に進む必要がある。竜術と組み合わせた先にこそ、竜剣舞の本来の姿がある」


 今までも、竜剣舞と竜術を別々に使ってきたわけじゃない。身体能力上昇しかり、空間跳躍しかり。組み合わせつつ、僕は全力で戦ってきた。

 でも、まだこれは真髄しんずいではないらしい。


「これからも、よろしくお願いします」


 僕が頭を下げると、スレイグスタ老は満足そうに目を細めて、頷いた。


「次の修行もいいけど、まずは戦いの疲れを癒さなきゃね。きちんと休息をとって疲れを取ることも、戦士の大切な努めよ」

「うん、そうだね」

「わかったなら良いわ。では、早速帰りましょうか」

「ちょっ、ちょっとミストさん!」

「それは卑怯ですわ、ミストラル様っ」


 せっかく落ち着いていた女の戦いが、再開される。


「まだ時間があるんですよ。そんなに早く帰って、どうするのですか」

「そうですわ。私はまだ、エルネア様のお側に居たいんです」


 ルイセイネが僕の左手をとり、ライラが右手をお胸様に埋める。


「ちょっと、ライラ。貴女は何をしているのっ」

「はわわっ、これは不可抗力ですわ」


 ミストラルに指摘され、顔を真っ赤にして、慌てて僕の右手を離すライラ。


「ライラさん、どさくさに紛れてエルネア君を誘惑しないでください」

「誤解ですわ。手を引っ張ったら、つい胸に当たっただけですわ」

「それは私たちに対する挑戦かしら」

「はわわっ、ミストラル様、落ち着いてくださいませ。私にはそのような気は……」

「ルイセイネも、手を離しなさい。エルネアが困っているわ」

「あらあらまあまあ、エルネア君は喜んでますよ。ほら、胸がこんなに弾んでます」


 言ってルイセイネは、僕の胸に手を当てる。


 違います。ライラとルイセイネに密着されているのと、ミストラルの殺気に緊張しているだけです。


「エルネア、わたしと腕を組んでいた時と、どっちが嬉しいのかしら」

「んなっ!?」

「エルネア君、どういうことですか。耳長族の村に向かって、狒々を退治してきただけじゃないんですか!?」

「あ、逢いびきですわ。こっそりと、卑怯ですわ!」


 何やら言い争いに巻き込まれた僕は、その後、いつの間にか女性陣に「平等に接して」とか「もっと積極的に行動しなさい」だとか、説教される羽目になる。


 なんでこうなった!

 とんだとばっちりです。


 僕は堪らず、女性陣の包囲網を突破して逃げ出す。


「鬼ごっこ?」

「違うよっ」


 逃げる僕と追いかけるミストラルたちの様子を見て、プリシアちゃんが顔を輝かせる。

 でも、これが鬼ごっこなわけなんてないでしょう。

 普通はみんなが逃げて、鬼はひとりだよ。なのに今の状況は、逃げているのは僕ひとりで、追いかけてくるのはミストラルとルイセイネとライラなんだ。鬼の方が圧倒的に多い鬼ごっこなんて、聞いたことありません!


 だけど僕の心の叫びなんて聞こえないプリシアちゃんは、嬉しそうに参戦する。


「にゃんも面白そうだから加わるにゃん」

「いやいや、加わらなくていいからねっ」


 ニーミアめ。君は僕の心の叫びが聞こえていたでしょう。それなのに参戦してくるってどういうことですか。


「ニーミア、助けてくれたら、今度おやつをあげるよ!」


 逃げ回りながら、ニーミアを味方に引き込む。


「にゃ!?」


 良い反応です。お菓子に釣られて、ニーミアが巨大化する。ニーミアの背中に乗って空に逃げれば、さすがにミストラルたちも追ってこれないからね。僕は勝利を確信し、ニーミアの下へ駆け寄る。

 恐ろしい速さでミストラルが迫るのを、空間跳躍を駆使して回避する。ルイセイネが呪縛法術を飛ばし、ライラが身体能力上昇の竜術を使って、僕の前に先回りしようとする。


 ニーミアまであと少し。この追撃を逃れれば、僕は晴れて自由の身になれるんだ!


「ニーミア!」


 その時、僕の後方でミストラルが叫んだ。


「おやつを作るのは、わたしたちよっ。言っている意味はわかるわね?」

「んにゃっ!!」


 あと一歩。もう一度空間跳躍をすれば、ニーミアの背中に乗って輝く未来に羽ばたける。希望に満ちた僕の未来を潰したのは、裏切り者のニーミアの巨大な手だった。


 ばしんっ、とニーミアの手が僕に振り下ろされる。そして僕は、呆気なくニーミアに捕まった。


「ぐわっ、ニーミア、裏切り者っ!」


 ニーミアのてのひらの中で、僕は悲痛な叫びを上げた。巨大化したニーミアの質量ごと、空間跳躍はできない。そして今のニーミアは暴君よりも遥かに大きく、力も強い。僕は完全に捕まってしまった。


「ごめんにゃん。甘い誘惑には勝てないのにゃん」

「ぐうう。酷いよ」


 ニーミアの掌の中で、ぐったりと項垂れる僕。


「よくやったわ、ニーミア」


 ミストラルが微笑み、近づいてくる。普段なら見惚れるはずなのに、今の僕には恐怖の象徴でしかなかった。

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