突撃 今夜は魔王城

 人々のいろんな思いを乗せて、ニーミアは飛ぶ。


 僕たちは、いつもお世話になっている父や義父ぎふに楽しんでもらおうと。

 王様は、これからの旅に心を踊らせ。

 マドリーヌ様は、錫杖奪還という使命を心に。


 ニーミアは心躍らせる人々と共に、何者にも邪魔されない翼の羽ばたきで大空を飛び、ヨルテニトス王国とアームアード王国の王都間をたった一日で結んだ。

 この日は、僕の家族や父親連合の他のみんなも一緒に実家へ滞在してもらい、翌日はまた空へ。

 父さんたちは、旅の前から大盛り上がり。夜遅くまで宴席えんせきは続いた。


 翌日は、気持ちのいい晴天に恵まれた。

 竜峰にかかる雲も少なく、絶好の飛行日和ひこうびよりだ。


 古代種のニーミアとリリィは僕たちを乗せると、雲を突き破ってそびえる竜峰を易々やすやすと飛び越え、ミストラルの村へ。そこでミストラルのお父さん、アスクレスさんを回収すると、さらに西へ向けて翼を羽ばたかせた。


「ときに、エルネアよ。随分と西に向かって飛んでいるようだが?」

「王妃たちはたしか、竜峰を歩いて旅したのであったか」


 父親連合と僕は、全員でリリィの背中に乗っていた。

 そのなかの二人の王様が、眼下に広がる竜峰の壮大な景色に目を奪われながら、僕に何気なく質問してくる。


「はい。なので、同じ旅は面白くないと思いまして」

「そうでしたか。では、妻たちから聞いた冒険とはまた違う旅を楽しめるのですね?」

「そうですよ。なので、期待しておいてくださいね」


 聖職者ということもあって、少しひかえめに興奮しているルイセイネのお父さんに、僕は笑顔で応えた。


「しかし、これよりもさらに西へ向かうと、竜峰を出てしまうよ?」

「いやだなぁ、アスクレスさん。それはきっと気のせいですよ?」

「エルネアよ、どこへ向かっているかくらいは教えなさい」

「父さん、それを言ってしまうと楽しみが半減しちゃうよ。どこへ向かっているのかわからない、気の向くまま風の吹くままの旅って素敵なんだよ」

「そうなのか」


 なんて会話をしているうちにも、竜峰の景色は流れていく。

 空からこうして見下ろしている景色は美しく壮大だけど、歩くと絶望を覚えるほど過酷なんだ、と僕が竜峰の自然を説明すると、アスクレスさんが大きく頷いていた。


「エルネア君は、立派な竜峰の民だね」

「まだ訪れたことのない場所もいっぱいあるから、僕もまだまだ旅をしますよ!」

うらやましいのう。わしなんて、王妃どもにせっつかれながら毎日を過ごすばかりだ」

「儂も、息子たちがもう少し成長してくれねば、おちおち引退なんぞできん」

「陛下たちは大変なのでございますね」


 空を移動しているので、お酒を片手に語り合うということはできないけど、父さんたちは心から楽しそうに空の旅を満喫していた。


 隣を飛ぶニーミアの背中でも、女性陣が賑やいでいる。

 どうやら、早速のようにユフィーリアとニーナとマドリーヌ様が騒ぎを起こしたようだね。

 僕も男なんだからと、リリィに騎乗した父親連合のお世話を任されたけど、こっちに来ていて良かったのかもしれない。


「にゃんの背中が汚れたにゃん」

「目的地に到着したら、お風呂に入らなきゃね」

「んにゃん」

「リリィも入りたいですよねー」

「禁領に温泉の湖を見つけたから、そこだとゆったり入れるね」


 女性は話し始めると永遠に口が止まらない、なんていうけどさ。男だって、楽しいときは饒舌じょうぜつになる。

 父さんたちは身分や立場や種族を超えて、わいわいと楽しんでいた。


 だけど、なぜかアスクレスさんの表情が曇り始めた。


「エルネア君、エルネア君。気のせいかな。竜峰の西の果てが見えてきたよ?」

「ははは、気のせいですよ。もしかして、お酒でも飲んだんじゃないでしょうね?」

「いや、それはないんだけどね……」


 むむむ。さすがは竜峰に暮らす竜人族だ。徐々に嫌な予感を覚え始めているみたい。

 とはいえ、一度空に舞い上がった現場から逃げ出す方法はない。

 いざとなれば翼を出せるアスクレスさんでも、雲の上からだと飛べないからね。


 くっくっくっ。楽しみはこれからですよ。


 リリィとニーミアは、アスクレスさんの不安をよそになおも翼を羽ばたかせる。

 すると、あっという間に竜峰を通り越した。


「エ、エルネア君……?」

「はははっ、気のせいですよ」


 いや、気のせいなんかではない。

 眼下に映る景色は、竜峰の壮大な自然から魔族の営みに変わっています。


「アスクレス殿、いかがなされたかな?」

「ふむ、儂らは竜峰を越えたのか。ということは、その西の国は……」


 偉丈夫いじょうぶらしい豪快ごうかいさで、心配顔のアスクレスさんの肩を叩くアームアード王国の王様。その表情が、次第にアスクレスさんと同じものになっていく。

 ヨルテニトス王国の王様も、最初はアスクレスさんの不安げな表情を笑い飛ばしていたけど、次第に違和感を覚え始めたみたいだ。


「エルネア君、もしや私たちは、魔族の……?」

「ははは。エルネアよ、さては目的地を通り過ぎたのだな?」


 ルイセイネのお父さんと僕のお父さんも、徐々に顔を引きつらせ始めた。


 無理もない。

 人族にとって、魔族とは未だに恐ろしい種族なんだ。

 過去に人族の国を救う手助けをしてくれたこともあったけど、それは「善良ぜんりょうなる魔族」という稀有けうな存在の気まぐれなのだと、誰もが理解している。

 なので、本来の魔族はやはり恐ろしく、人族にとっては脅威でしかない存在だということには変わりはない。


 魔族よりも強い竜人族であるアスクレスさんであっても、たったひとりで魔族の真っ只中に降り立つほど無謀むぼうでもおろかでもない。

 それで、地上の風景を見て、父親連合は顔を強張こわばらせ始めていた。


 だけど、ニーミアとリリィは止まりません。


「突っ切りますよー」

「にゃーん」


 わざとらしく高度を下げて飛ぶニーミアとリリィ。

 地上の魔族たちは、東の空から飛来した二体の巨竜に大騒ぎだ。


「さあさあ、空の旅を満喫してくださいね。滅多にない体験なんですから!」


 笑顔で父親連合を導く僕。

 ほら、地上の景色を見ましょうよ、とうながす。

 だけど、父さんたちはそれどころじゃない。

 顔を青くして、大の男たちが肩を寄せ合って震えていた。


「いやだなぁ、大丈夫ですよ。ほら、魔族が襲ってきても、ニーミアとリリィの飛行速度には追いつけませんから」

「いや、そんな問題ではないような……?」


 竜族の飛来に、血気盛んな魔族が地上から魔法を放ってきたり、空を飛べる者は追いすがろうとしていた。

 だけど、高速で飛ぶニーミアとリリィの前では、全てが無意味になっちゃう。

 なにやら叫ぶ魔族たちを尻目に、僕たちはさらに西へと進んだ。


 瞬く間に流れていく景色は、急激に変化していく。

 地方の閑散かんさんとした田舎のそれから、街道や道沿いに広がる村や町の風景へ。ときおり、巨大な都市が見えたりもする。


「ほら、見てください。これが魔族の国ですよ」


 僕は、特に二人の王様を促して、景色を見てもらう。

 僕の指差す都市や街並みを見て、最初は怖がってばかりだった王様たちが、徐々に目を見開き始めた。


 なにも、僕は意地悪だけで父親連合を魔族の国へ招待したわけじゃない。

 見せたかったんだ。王様たちに、魔族という国を。


「これは……」

「信じられん……」


 王都かと見まごうばかりに発展した大きな都市でも、地方の都でしかない。

 だけど、その地方都市から延びる街道でさえ、どこまでも整地され、多くの人々が活気をあふれさせながら往来している。

 それだけじゃない。街道から枝分かれした道や細い農道に至るまで道沿いには建物が並び集落を生み、それが山の奥まで続く。


 人族の国なんて、魔族から見れば辺境よりも田舎なんじゃないかな。そう思えるほどに、眼下に広がる景色は発展していた。


「これが、何百年と治世ちせいを安定させてきた巨人きょじん魔王まおうの国です。すごいですよね」


 北へ進路をとれば、いずれはクシャリラが支配していた領国にたどり着く。

 現在は無法地帯と化している北の国が繁栄していた時期を、僕は僅かに知っている。だけど、巨人の魔王の国ほどは繁栄していなかった。


 こうして改めて見ると、やはり巨人の魔王はすごいんだ。

 ちょっと支配者が不在になるだけで全てを破壊し尽くす邪悪な魔族たちを、何百年も支配してきた。その実力と手腕は、たとえ種族が違っても認めることができるはず。

 そして、平和に繁栄することがどれだけ大切なのかを語らずに示す。


 二人の王様は、まさか邪悪な魔族がこれほど素晴らしく繁栄していたとは、と流れる風景に見入る。


「わしらは、これほどの国を治める王に助力してもらっていたのか」

「まさか、魔族がこうも繁栄していようとは」

「すごいですよね! たしかに奴隷制度とか人族が許せない文化はありますけど、これが巨人の魔王の支配する国なんです」

「わしらの国の、なんとちっぽけなことか」

「ここまで発展させるのに、いったいどれほどの苦労があったか」


 国を栄えさせたい。国民を幸せにし、豊かにしたい。国を治める者であれば、誰もがそう心に秘めているに違いない。

 僕は、王様だけじゃなく父親連合のみんなに、これから会いにいく巨人の魔王がどんな人であるのかを、もっと正確に知ってもらいたかったんだ。

 地上の風景は、僕が伝えたいことを如実にょじつに表していた。


「繁栄の仕方は、種族によって違う。わしらはわしらの方法で、よそから視察に来た種族を驚かせねばならんな」

「人族だけで繁栄するのが難しいのなら。竜族や巨人族や耳長族と協力をするのもいい。魔族には負けてられんな」

「竜人族や獣人族もいますし、気のいい魔獣だっていますよ。あと、やんちゃな精霊や動物たちだって、心を通わせればきっといい友達になれます。みんなで力を合わせれば、きっと素敵な国になりますよ」

「いやいや、さすがに魔獣や精霊といった者と仲良くなるのはエルネア君くらいだと思うよ?」


 アスクレスさんの突っ込みに、男衆おとこしゅう全員から「そうだ、そうだ」と頷かれた。

 しくしく。可能性を最初から無いものと断定するなんて、もったいないのになぁ。


 なにはともあれ、僕の見せたかった風景と伝えたかった意味を、王様たちはきちんと理解してくれたようだ。


「良かったですねー。善良な人を魔族の国へ拉致らちした極悪な竜王という評価にならなくってー」

「こらっ、リリィ。なんてことを言うんだい」


 だけど、リリィが口にした評価を、僕はこれから受けるのかもしれない。

 なにせ、目的地は魔王城ですから!


 魔族の国に入ってからはリリィが先導して、ニーミアが追従している。

 そして父親連合のみなさんは、魔族の国の風景に見入っていた。


「あの、城は?」

「城じゃなくて、貴族の屋敷ですよぉー」

「では、あちらも魔族の屋敷なのか!?」

「あっちはお城ですねー」

「ふむ、さっぱりわからん!」


 王様たちが首をひねるのも無理はない。

 なにせ、繁栄した街並みのなかにあっても目立つほど大きな建物は、お城と呼ぶにはぽつりぽつりといくつも点在するし、どれもが重厚な造りをしているんだから。


「大きな建物は、たぶん貴族とか上級魔族の住居だと思いますよ。あと、どこも厳重な警備が敷かれているのは、襲撃を受けないようにかな?」

「エルネア君、ご名答ですよー」

「貴族や上級魔族といえども、襲撃される可能性があるのか」

「魔族は弱肉強食ですからね。どんなに強くても、油断していると足もとをすくわれちゃうんです。たとえそれが平和に統治されている国でもね」


 文明を謳歌おうかしているからといって、魔族が本性を失うわけがないよね。

 巨人の魔王が平和に統治しているというのは、内乱がない、他国から攻められない、という大規模な厄災やくさいを防いでいる、というだけに過ぎない。

 なので、局所的に見れば魔族同士の争いはどこにでもあるんだ。


 繁栄を象徴する街並みと魔族の本性との差異に、父さんたちは驚いていた。


「しかし、それにしても大きな屋敷や城が多くはないかな?」


 たしかに、多いかもしれない。

 国が長く繁栄していれば、それだけ富を手にする者は増えるだろうけど、こうも大きなお屋敷が各所に点在するなんて、普通はありえないよね。

 そんな王様の疑問に、リリィが軽い口調で答えた。


魔都まとに入りまーす」

「えっ!?」


 巨人の魔王の拠点である魔都の近郊だから、身分の高い魔族のお屋敷や守護のお城が多かったんですね!

 という解答は、父親連合の耳に届いただろうか。


 確認すると、父親連合の皆さんの目が点になっていました。


「あちらに見えるのが、魔王城になりますよー」

「なっ!?」


 大きく口を開ける男たち。


「魔王陛下がお待ちですよー。魔族の皆さんが手ぐすねを引いて、待ち構えてますよー」

「ななななっ!!」


 こらこら、リリィよ。あまり物騒な言い方をしちゃいけませんよ。

 たしかに、魔王や魔族軍や宰相さいしょうが父親連合の到着を待っているけど、なにも悪巧わるだくみをしているんじゃないんですからね。


 見てきたどこよりも繁栄した風景を見せる地上の都市と、前方に広がる巨大な魔王城に、父親連合のみなさんは硬直してしまっていた。


「そんなに緊張しないでいいのに。父さんだって、巨人の魔王とはお酒をみ交わしたなかじゃないか」

「い、いや……それとこれとは話が違うぞ?」

「周りが全て魔族……」

「わしらは生きて帰ることができるのか……」

「まさか、生贄いけにえなのか!?」

「ああ、女神様よ。どうか私たちに加護をお与えください」


 竜峰の景色に興奮し、魔族の国を見て感動し、魔王城を前にして絶望する父親連合のみなさん。

 たった一日で、いろんな体験ができましたね!

 だけど、お楽しみはこれからですよー。


 リリィとニーミアは、意気揚々いきようようと魔王城の中庭に降り立った。

 二体の巨竜を包囲するように、魔族たちが集結する。


「人族の代表よ、よく来た。今宵こよいは魔族が十分にもてなそう」


 そして、青い豪奢ごうしゃな衣装を身に纏った絶世の美女が現れて、微笑む。

 でも、なぜだろうね。それは歓迎の笑みではなく、邪悪な微笑みに見えた。とは口が裂けても言えません!


「言わずとも、私には届いているがな?」

「しまった!」


 巨人の魔王に睨まれて、僕も父さんたちと同じように固まるのだった。

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