今年最後の来訪者

「夜はお祖父じいさんの家に行きますからね」


 夕食の後片付けを手伝っていると、母さんが言ってきた。


 毎年恒例だね。

 お祖父ちゃんは、父さんの家も母さんの家でも健在なんだ。だから年越しはいつも、どちらかのお祖父ちゃんのところで迎える。

 もちろん、両家のお祖母ばあちゃんも元気だよ。


 二組のお祖父ちゃんとお祖母ちゃんは両方とも王都に住んでいて、近所でもある。つまり、父さんと母さんは同じ学校区の出身で、小さい時からの顔見知りってことだね。


 もう少し夜が更ければ、年越しを大神殿で迎える人たちが大勢、家を出だす。

 そのころに僕たちも家を出て、お祖父ちゃんの家に行くんだ。

 お祖父ちゃんとお祖母ちゃんはとても優しい人で、僕が行くといつもにこにこと笑顔が絶えない。陽だまりのような人たちなんだ。


 お祖父ちゃんの家に行くことを楽しみにしながら後片付けの続きをしてていると、家の玄関を誰かが小さく叩く。


 誰だろう。年越しの時には来客も少なからずあるので、父さんか母さんの知り合いが訪ねて来たのかと思い、僕は玄関に向かう。


 小さく玄関の扉を叩く音に、父さんと母さんは気づかなかったようだ。

 森の営みに耳を澄ますことの多い僕だから、気づけたみたい。


「はい、今開けますね」


 言って僕はかんぬきを外し、扉を開けた。


「んんっと、んんっと」

「んなっ!?」


 玄関の先に立っていたのは、プリシアちゃんだった。

 もじもじと落ち着きなく足踏みしている。

 大きく暖かそうな帽子で耳を隠し、洋服ももこもこで暖かい格好をしている。

 そして帽子の上には、まだ少し元気のなさそうなニーミアが仮装して乗っていた。


「ななな、なんでプリシアちゃんがここにいるの?」


 どういうことですか。

 夜にプリシアちゃんが僕の家に訪ねてくるなんて、聞いていませんよ。

 というか、なんで僕の家を知っているの?


「んんっと」


 プリシアちゃんは困ったように僕を見上げて、何か言いたげだ。


「どうしたんだい?」


 玄関先で慌てふためく僕を訝しんで、母さんがやって来る。


「おやまあ、可愛い子。どうしたんだい、この子?」

「ええっと……」


 僕も状況がよくわかりません。だから説明のしようもない。

 プリシアちゃんは家の中から現れた僕の母さんに驚いて、僕に抱きついてきた。


「知り合いかい?」


 母さんは、プリシアちゃんを怯えさせないようにしゃがんで、にっこりと笑う。


「ええっと、この子は竜の森でよく会う人の娘さんなんだ」


 僕は咄嗟に嘘をつく。


「この子を親御さんの所に連れて行ってくるね」

「すぐに帰ってくるの?」

「わからない、戻ってこない時には先にお祖父ちゃんのところに行ってて」


 僕は急いで出かける準備をすると、プリシアちゃんを抱きかかえて家を飛び出した。

 家の前の道に出ると、僕は辺りの気配を伺う。

 すると、近くに見知った気配を感じ取ることができた。


「ミストラル!」


 僕は気配のもとに駆け寄る。


 そう、ミストラルは僕の家の近くに隠れて様子を伺っていたんだ。

 プリシアちゃんがひとりで来るなんて考えられないからね。だから絶対、近くにミストラルがいると思ったんだ。

そしてプリシアちゃんを餌に、僕を誘い出したに違いない。


 僕が駆け寄ると、ミストラルは困ったような表情で出迎えてくれた。


「ど、どういうこと?」


 僕は状況がわからずに混乱中だよ。


 ミストラルは村に帰ると言っていた。プリシアちゃんも村で年越しするはずなんだよね。

 なのになんで、夜も更けた頃に僕の家にやって来たのかな。


「んんっと、プリシアはお兄ちゃんと年越しするの」

「にゃあ」


 今まで大人しく僕に抱っこされていたプリシアちゃんが言う。


「ごめんなさい、どうしても聞かなくって」


 ミストラルの大変困った表情を見ると、そうとう駄々をねたんじゃないのかな。


「貴方が帰ってきて、またすぐに離れるのが嫌だったみたい」

「そうだったのかぁ。プリシアちゃんは僕と一緒に居たいの?」

「うんっ」

「にゃん」


 元気よく頷くプリシアちゃんとニーミア。


「そうか。それじゃあ今年はみんなで年を越そうか」


 お祖父ちゃんのところに行かないと、と思ったけど、僕はプリシアちゃんを優先させることにした。

 せっかくここまで来てくれたんだ。それを追い返すわけにはいかないよね。


「もちろん、ミストラルも一緒だよね」

「迷惑じゃないかしら」

「僕は全然迷惑じゃないよ。それよりも、プリシアちゃんとミストラルは大丈夫なの?」

「プリシアの方は、村に行って許可を貰ってきたわ。わたしも大丈夫」

「なら、問題ないね」


 僕の同意に、プリシアちゃんは跳ねて喜ぶ。


「本当にごめんなさい」


 悪びれた様子のミストラルなんて珍しいね。


「ううん、僕もみんなで年越しできるなんて嬉しいよ」


 思ってもみない事だよ。だからこそ、余計に嬉しく思える。

 家族みんなで年越しを迎えるのもいいけど、こうして大切な人たちと共に過ごすのも良いよね。


「んんっと、お腹空いた」

「あらま」


 ぐるる、と鳴り渡ったプリシアちゃんのお腹の音に、僕とミストラルは笑ってしまう。

 プリシアちゃんは顔を真っ赤にして僕に抱きついてきた。


「ごめんごめん。それじゃあ、何か食べながら神殿に行く?」

「神殿に何かあるのかしら」


 そうか。ミストラルは竜人族だから、人族の習慣なんて知らないんだよね。


「ええっとね、一年でこの日だけしか見られない貴重なものがあるから、行ってみて損はないと思うんだ」


 まあ、ミストラルが人族の習慣に興味を示せばなんだけどね。


「ふうん、それじゃあ見てみようかしら」

「んんっと、プリシアは食べるところがいい」


 花より団子ですか。僕とミストラルはまた笑いあった。


「ええっとね、さすがにもう食堂は開いてないと思うんだ。でも大通りに出れば出店がいっぱいあるから、そこで美味しいものが食べられるよ」

「やった、やった。早く行こう」


 早速、僕の手を引っ張って進みだしたプリシアちゃんに連れられて、僕とミストラルは暗い夜の道を歩く。

 普通なら夜道なんて怖いはずなのに、ミストラルもプリシアちゃんも怖がる気配さえない。森や竜峰なんかよりは怖くないとは、僕も思うけどね。


 僕の家まで来られたのなら、大通りの場所なんてとっくに知っているよね。

 プリシアちゃんは、迷うことなく大通りを目指す。


 すると徐々に行き交う人が多くなり。

 大通りに出た頃には、沢山の人でごった返していた。


「副都の時も人が多かったけれど、こちらも凄いわね」


 流れ行き交う人々を見て、ミストラルが感嘆のため息を吐く。


「今夜は尚更じゃないかな。みんな神殿で年を越したいんだよ」

「珍しいものが観れるから?」

「それもあるけど、やっぱり僕たちは敬虔けいけんな信者だからね」


 きっと、宗教観のないミストラルやプリシアちゃんには理解できないことかもしれない。

 だけど、僕たち人族にとって、創造の女神様をあがたてまつる宗教は大切なものなんだ。

 だから、大切な日、特別な日は神殿に行こうと思うのは、自然な考えなんだよね。


「宗教については、今度ルイセイネに聴いたほうがいいわね」

「うん、きっと熱心に教えてくれると思うよ」

「お手柔らかにお願いしたいわ」


 苦笑するミストラル。


「んんっと、お肉の匂い」


 プリシアちゃんは人混みをかき分けて、一目散に出店に向かう。


 どれだけお腹が空いてるんですか。

 僕とミストラルは慌ててプリシアちゃんの手を取り、串肉が売っている店に向かった。


 その後、何軒かの美味しそうな匂いを漂わせる出店に足を向けながら、僕たちは王都の大神殿へと向かう。

 プリシアちゃんは両手に肉や焼きとうもろこし、芋などを持って満足そうについてきた。


「さすがに時間が早かったのかな」


 大通りは人で溢れかえっていたけど、神殿前の広場にはそれほど多くの人は未だ集まってきていない。

 それでも、神殿入り口に作られた特設の舞台前には多くの人集りが出来ていた。


「これが、エルネアの言っていた珍しいもの?」


 ミストラルは感動したように目を見開いて僕に尋ねてきた。


「ふふふ、どうかな」

「んんっと、綺麗」


 プリシアちゃんも食べる手を止めていた。


 ミストラルとプリシアちゃんが見つめる先。

 神殿前の舞台では、巫女や神官たちによる夜神楽よかぐらが舞われていた。


 ルイセイネたちのような巫女が普段着ている服装をずっと豪華に美しくしたものを着込み、舞う巫女様。

 鈴や太鼓を敲き、演奏する神官様。


 美しくも不思議な音色に合わせ、巫女様が緩やかな動きで舞い踊っていた。


「んんっと、ルイセイネは?」


 巫女様の衣装を見て、ルイセイネを思い出したんだね。プリシアちゃんはルイセイネの姿を探して辺りを見回した。


「あらあらまあまあ、皆様お揃いで」


 すると、人混みの中からルイセイネが現れた。


「ルイセイネだ」


 飛びつこうとしたプリシアちゃんを、僕は慌てて捕まえる。

 その両手に持った食べ物で抱きついたら、ルイセイネが悲鳴をあげちゃうよ。


「はい、ルイセイネですよ」


 ルイセイネは微笑む。


「今日は薙刀じゃないのね」


 ミストラルは、ルイセイネが持つ長物がいつもとは違うことに目ざとく気づいていた。


「はい、今夜は錫杖しゃくじょうですね」


 しゃらん、とルイセイネは手にした錫杖を鳴らしてみせる。

 錫杖には、美しい装飾の先に無数の鈴が取り付けられていて、涼やかな音を出していた。


「んんっと、ルイセイネは踊らないの?」

「ふふふ、わたくしは戦巫女ですので、巡回が職務なのですよ」

「あそこで舞いを披露している人は、それ専門なのかしら」

「いいえ。神楽を奉納ほうのうしている巫女は、上級巫女様達です。上級巫女様の夜神楽は今日と明日しか見られませんので、貴重ですよ」

「ちなみに、これって今から三日三晩踊り続けるんだよ」


 僕の補足に、ミストラルは驚く。


「あ、勿論途中で舞手は交代するよ」

「……でしょうね、じゃなきゃ体力が保たないもの」

「ふふふ、楽しそうで羨ましい」

「ううう、ごめんよ」


 ルイセイネだけお仕事で一緒に居られないのに、浮かれている自分に反省する。


「今夜はわたくしがお仕事ですし、仕方ありません。ですが、今度穴埋めしてくださいね?」

「うん、必ずね」

「んんっと、プリシアもね?」

「いやいや、プリシアちゃんは今夜は一緒だから違うでしょ」

「それじゃあ、わたしも追加で」

「あらあらまあまあ、それじゃあわたくしだけ損をしている気がします」


 ルイセイネは困った顔で僕を見る。


 ううう、こんな時はどうすれば良いのさ。


「さあ、貴女は仕事に戻りなさい」


 言って急にルイセイネを追い立てるミストラル。


「ああ、ミストさん酷いっ」


 ミストラルに強引に押しやられて、ルイセイネは人混みの中へと消えていった。


「よし、これで邪魔者は……」


 何か不穏な事を呟くミストラルに、僕は苦笑してしまった。


 僕たちが話し込んでいるうちに、神殿前の広場には大勢の人々が集まり出していた。

 これは、先に来た僕たちが正解だったかもしれない。

 最初は早く来すぎたと思ったんだけど、そのおかげで舞台の近くに陣取ることができたよ。


「もう少し見ていく?」


 飽きちゃったりしないかな。と心配で聞いてみる。

 特に、プリシアちゃんは飽きて何か始めそうだと思ったんだけど、二人は真剣に夜神楽を観ていた。


 竜人族の村にも耳長族の村にもない風習と行事だから、興味を惹かれたのかな。

 僕も、みんなと一緒に夜神楽をじっくりと見ることにした。

 僕の竜剣舞とは違い、優しくゆっくりとした動きで舞う巫女様たち。

 鈴や笛、太鼓のかなでる音楽は今風のものではなく、遥か古代から受け継がれてきたという独特のもので、聴いていて不思議な気持ちになる。


 プリシアちゃんは食べ物の存在を思い出したのか、途中からもぐもぐと食べながら、しかし興味深そうに夜神楽を観ていた。

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