ゆく年くる年
ミストラルは不思議な舞だと言って、興味深く夜神楽を観賞している。
プリシアちゃんも両手の食べ物を一生懸命口に運びつつ、真剣に観ていた。
ちなみに、僕たちは立ち見で夜神楽を見ていたので、小さいプリシアちゃんは僕とミストラルが交互に抱きかかえて、見せてあげていた。
思っていた以上の二人の食いつきに、僕は驚いたよ。
文化も風習も違うから、もしかしたら興味を示してくれないかもしれないと危惧していたんだ。
もしも興味外だったら、僕は違うところに案内しなきゃいけなくなると焦っていた。
年の瀬に案内できるようなところは、何処があるだろう。
噴水のある公園も、商人の人たちが賑わう繁華街も、年越し前の夜に案内するような場所じゃないよね。
王城はどうだろう。普段は無骨な石造りの王城は今頃美しい装飾が施され、光に照らされて輝いているんだろうね。
神殿に集まらない人たちの中には、王城に向かう人も多くいる。
王城の前広場までが民衆に解放され、年が明けると王族の方々がお城の展望室から顔を出すので、それを目的に王城に向かう人もいるんだよね。
そういえば、今年はリステアも顔を出すと言っていたね。
そうすると、王城前の広場は例年になく混雑しているのかもしれない。
そう考えると、王城の見学もお勧めできないことになるね。
ミストラルだけならまだしも、プリシアちゃんは人混みの中でも自由気ままだから、絶対に迷子になると思うんだ。
リステアは今頃何をしているのかな。
場内で貴族の人たちと豪華な舞踏会をしているのかな。
スラットンとクリーシオ、それにネイミーも参加しているんだろうね。
もちろん、第四王女のセリース様は居るだろう。
巫女のキーリとイネアは、神殿の行事が最優先だから王城には行ってないはず。
彼女たちが本当にリステアとずっと一緒になれるのは、来年の旅立ちの一年を無事に終えて、正式に結婚してからなんだよね。
旅立ちの年が過ぎないと結婚できないのは、僕も一緒か。
僕もルイセイネとは再来年以降じゃないと正式に結婚できないんだね。
ミストラルはどうなんだろう。
竜人族にも結婚に関する仕来たりとかはあるのかな。
僕はちらりと、ミストラルを見る。
僕の視線に気づいたのか、ミストラルもこちらを見て、そして微笑んだ。
「素敵な舞ね。わたしたちも賑やかに踊ったりすることはあるけれど、これは全然違う。とても
「うん。この舞は何千年も前から伝わるものなんだって。創造の女神様に捧げる舞だから、とても神聖なんだよ」
「エルネアはこれをわたしたちに観せたかったのね」
「ふふふ、残念。本命はこれじゃないんだ。もちろん、これも素晴らしいものなんだけどね」
僕はにやりと笑い、夜神楽に視線を戻した。
ミストラルは答えを示さない僕に首を傾げつつも、僕につられてまた舞台の方に視線を戻す。
すると丁度良く、舞が終わり演奏が止む。
と同時に、広場に喧騒が戻り出した。
「終わり?」
「ううん、舞台の方を観ていて」
「んんっと、食べ終わった」
「はい、お口拭いてね。もうすぐ年越しだよ」
舞がいち段落したということは、年越しが近い証拠なんだ。
僕はプリシアちゃんの口を拭いてあげて、塵を受け取る。
「んんっと、抱っこ。みんなであんまり見えないの」
目一杯背伸びをするプリシアちゃん。
夜神楽が一旦終了したのでミストラルが下にプリシアちゃんを下ろしたんだけど、顔を綺麗にしてもらったらすぐに抱っこの催促だよ。
抱っこが好きなのか、夜神楽にとても興味を持ってくれたのか。
「はいはい」
ミストラルは苦笑して、再度抱きかかえる。
でもね、それはすぐに必要なくなるよ。
僕は内心で微笑む。
舞台では、舞が終わった巫女様と神官の人たちが、一度神殿に戻って行っていた。
そして、代わりに神殿から現れたのは。
舞っていた巫女様よりも一層清廉な装いで、ルイセイネが持っていたものよりも遥かに大きく美しい装飾の施された大錫杖を持った巫女様だった。
長くまっすぐ伸びた黒髪は、膝裏までありそう。
長い裾を引きながら、黒髪の巫女様は舞台に上がる。
続いて同じように清らかな巫女装束、神官服に身を包んだ男女が現れ、舞台に上がって黒髪の巫女様の後ろに並んで行く。
巫女様は、全員が錫杖を持っていた。
「あれは?」
ミストラルの質問に、今度はちゃんと答える。
「最前列の黒髪の巫女様が、この国の神殿の代表である
舞台に巫女様と神官の方々が並んでいく間に、誰ともなく広場にいた人たちは座りだした。
「さあ、座ろう。これからのものは座って身を正して見るんだよ」
僕に促され、ミストラルはプリシアちゃんを下ろして座る。
僕も、もちろん座る。
見れば、中には広場の石畳の上に正座をしている人、手を合わせて拝んでいる人もいた。
厳かな空気に包まれる神殿前広場。
座る人々と共に喧騒も収まり、いつの間にか神殿前広場には静寂が訪れていた。
「あ、ルイセイネだ」
プリシアちゃんもさすがに空気を読んだのか、小さな声で呟いた。
僕たちの近くには、ルイセイネが立っていた。
ミストラルに追い出されたけど、近くに居たんだね。
「ふふふ、わたくしの担当はここなので」
ルイセイネはプリシアちゃんに微笑みかける。
広場には、ルイセイネ以外にも多くの巫女様が配置されていて、全員がルイセイネと同じ錫杖を持っていた。
今や、広場で立っているのは巫女様だけなので、目立つね。
舞台では巫女頭様を筆頭に、いかにも身分が高そうな巫女様や神官の方々が整列を終えていた。
巫女様の中には、キーリとイネアが居た。
二人は僕には気づいていない様子だ。
真剣な表情で何かを待っている。
僕も固唾を飲んでそれを待った。
静寂が神殿前広場を包んで
遠く王城の方から、鐘の音が何重にも聞こえてきた。
「年が明けたんだ」
僕は隣のミストラルとプリシアちゃんにだけ聞こえるように教えてあげる。
年明けと同時に、王城に備え付けられた鐘が鳴り響き、王都全域に新年を知らせる。
しかし広場に集まった人々はお祝いで騒ぐこともなく、静かに固唾を飲んであるものを待っていた。
しゃりん。
鐘の音が消えると、巫女頭様が大錫杖の
すると大錫杖に付けられた鈴が鳴る。
しゃりん。しゃりん。と清らかな鈴の音が広場に広がる。
広場の至るところに配置された巫女様が。舞台に並んだ巫女様が。
同じように錫杖で地を叩き、鈴の音を鳴り響かせ始めた。
そして。
神殿前広場では、大奏上が始まった。
巫女頭様が明朗な声で
続いて神官様たちの低い声が重なり。
巫女様たちの透明な声が重なる。
広場の巫女様たちも声を合わせ、祝詞を奏上し始めた。
創造の女神様を讃え。
新しい一年に祝福をもたらし。
人々が。国が。そして世界が平穏であるようにと、神職の方たちが祈りを捧げる。
祝詞は朗読のようであり、詩のようであり、不思議な旋律と音階であげられる。
僕には巫女様たちがとても神々しいように見えた。
神聖だ。清く美しい。
ミストラルとプリシアちゃんも、きっと祝詞の意味なんて理解出来ていないはずなのに神妙な面持ちで聴き入っていた。
鈴の音が響き。聖職者の祝福が行き渡り、人々の祈りが広場を満たした。
最後は巫女頭様の新年の挨拶で閉められ、そしてようやく、広場にいた民衆は明けましておめでとう、と喜びあった。
誰もが立ち上がり、周りの人たちと肩を抱き合い、新年の挨拶を交わす。
どさくさに紛れてお馬鹿な人がミストラルの肩に触れようとして、殺気の篭った視線を向けられていた。
「あけましておめでとう」
「こんな素敵な新年の迎え方は初めてよ。明けましておめでとう」
「んんっと、凄かった!」
「二人に満足してもらえたみたいで、良かったよ」
僕たちはお互いに挨拶を交わす。
舞台では巫女頭様たちが戻り、夜神楽が再開していた。
僕が本当に見せたかったものは見せ切れた。
ミストラルとプリシアちゃんに満足してもらえたみたいだし、大成功かな。
年明け早々、幸先がいいぞ。
この流れで、旅立ちの時も無事過ぎると良いな。
「さあ、それじゃあそろそろ帰ろうかしらね」
神楽の真似をして踊るプリシアちゃんを捕まえ、ミストラルは言う。
「いやいやん。今夜はお兄ちゃんと寝るの」
「いやいやいや、流石にそれは無理だよ」
僕は今からだよお祖父ちゃんの家に行かなきゃいけないんだよ。
プリシアちゃんを連れて行ったら、何て説明すればいいのさ。
「これ以上の我儘を言っていると、もう村から出してあげませんよ」
「ううう、ミストの意地悪」
「はいはい、意地悪で結構です。さあ、帰りましょう」
じたばたと暴れるプリシアちゃん。
でもミストラルから逃げ出せるわけないよね。
ミストラルはがっちりとプリシアちゃんを抱きとめて、僕に帰りの挨拶をする。
「年明け落ち着いたら、また苔の広場に行くね」
「ええ、みんなで待っているわ」
「うん、今年も色々と宜しくね」
「こちらこそ」
「んんっと、お土産ね?」
「はいはい、お肉持って行くからね」
「やったぁ!」
年明けの大奏上の余韻で、まだミストラルたちと一緒に居たい気持ちもあったけど、さすがにこのまま朝を迎えるわけにはいかないよね。
「それじゃあ、またね」
「またね」
手を振りあう僕たち。
「あ、ちなみに帰りは森の方に?」
「ふふふ、そうよ」
「気をつけてね」
「ご心配なく」
ミストラルは美人だし、プリシアちゃんは可愛いから、変な人には気をつけてね。それと竜の森の方へ今の時間から向かうと、目撃者がいると変な目で見られるよ。という「気をつけてね」だったんだけど、ミストラルはちゃんと理解してくれたみたい。
腰の片手棍に触れながら、僕に微笑み返してくれた。
うん、心配ないね。
僕はもう一度手を振って、ミストラルとプリシアちゃんと別れの挨拶をした。
広場にはまだまだ人が多く、ミストセルとプリシアちゃんはすぐに人混みの中に消えていった。
あああ。
森の入り口まで、僕も付き添えばよかったよ。
ここで別れる必要なんてないんだもんね。
心配なら、なるべく一緒に居てあげれば良かったんだよ。
今更ながらに気づいて、僕はがっくりと肩を落とした。
こういうところが、僕はまだまだなんだよね。
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