飛竜騎士団再び

 年が無事に明け、早速世間は動き出した。


 身近なところで言うと。


 気の早い同級生徒数人が、冒険者組合の新年の活動開始と共に登録をして、冒険者生活を始めたんだ。

 何も、立春から旅立ちの時を迎えなきゃいけないという決まりはないんだよね。

 遅いと駄目だけど、早い分にはいくら早くても問題にならないんだ。

 ただし、学校の卒業は立春に合わせてなので、彼らはリステアたちのように学校に通いながら、冒険者の活動をしていくことになる。


 そして国の中央では、年が明けて慌ただしさが出てきていた。

 まず姿を見せたのは、昨年の夏前以来になる飛竜騎士団。

 今回は数が十騎と、前回よりも多い。

 飛竜騎士団が編隊を組んで飛来するのも珍しいのに、数が多いね。


 飛竜騎士団の飛来に国民の間でいろんな噂が飛び交う中、更にヨルテニトス王国からやって来たのは、中規模で編成された王国騎士の軍隊だった。


 アームアード王国とヨルテニトス王国は仲が良いので、軍の往来があっても緊張が走ることはないんだけど、今回は違う。

 飛竜騎士団の飛来と同時に王国騎士の軍が来るということは。


「今年は飛竜狩りが行われるだろうな」


 リステアは緊張した面持ちでそう言った。


 飛竜狩り。


 そもそもヨルテニトス王国内には、飛竜はほとんど生息していないんだ。

 だけど、飛竜騎士団は存在している。

 つまり、飛竜騎士団の騎乗する飛竜は、アームアード王国で捕獲された飛竜ということになる。


 飛竜は竜峰に住む。

 巣を竜峰の険しい断崖に作り、王都の北部に広がる飛竜の狩場で餌を狩る。

 飛竜の餌場なので「飛竜の狩場」と呼ばれるけど、実はもうひとつの意味があった。


 それは飛竜を狩る為の場、という意味なんだ。


 ヨルテニトス王国で腕の立つ人、一旗あげようとする人たちが飛竜の狩場で飛竜を捕獲し、それをもって飛竜騎士になる。


 竜騎士団は、誉れ高い騎士団なのは言うまでもないよね。

 だから、地位や名声を求める人の中で出生に恵まれなかった人は、竜騎士になることを目指すんだ。

 竜を捕まえた人が竜騎士になれるのだから、そこに家系やお金は関係しないからね。


 でもやっぱり相手は竜族。

 ちょっとやそっとじゃ捕まえることはできない。

 だから、少人数で狩りに出かけて犠牲者ばかりを増やすのも困るので、数年に一回、ヨルテニトス王国とアームアード王国の主催で竜騎士希望者を募り、大規模に狩りを行うんだ。


 そしてそれが、今年のようだった。


 竜騎士希望者は今の時季から飛竜の狩場で訓練を行い、夏頃に本格的な狩りに乗り出す。

 勿論、その間に脱落する人や飛竜の餌食になる人もいるけど、約半年をかけて集まった人たちをふるいにかけ、精鋭中の精鋭で本番に挑むんだ。


 ちなみに、アームアード王国の民や冒険者も希望すれば参加することは出来る。


 ただし、数年に一回行われる飛竜狩りに参加する人が数百人いて、無事に生き残れるのは半数以下。

 そして目的を達成できるのはひとりか二人、居るか居ないかくらいの極めて厳しい難易度なのだと聞いたことがある。


「ねえねえ、それで竜騎士団の人員は確保できるの?」


 疑問に思って僕がリステアに質問すると、スラットンに笑われた。


「一度飛竜を捕まえて調教すれば、ずっと居るだろう。騎士は人族だから現役期間は短いけど、飛竜は三百年近く生きるんだぞ」

「ああ、そうか。現役を引退した人の竜を受け継げばいいんだね」

「そういうこった」


 とスラットンに馬鹿にされながら教えられた。


 言われてみるとそうだよね。

 乗り手が引退したら竜もお役目御免になんてならないよね。

 大勢の犠牲を払って捕まえた大切な竜なんだ。出来る限り使役したいよね。


 でも、受け継ぐ人はきっとお弟子さんや貴族の人なんだろうから、やっぱり一旗あげたいと思っている一般人は飛竜狩りに参加するしかないのか。


 今年も飛竜狩りで大勢の犠牲者が出るとわかっているせいか、神殿の関係者には緊張が走っていた。


 ところで、飛竜狩りのことを竜人族のミストラルはどのように思っているのだろうか。


 腐龍の一件で竜人族と竜族が必ずしも仲良く共存しているわけではないことを知った僕は、興味が湧いて苔の広場に今年初めて赴いた時に聞いてみた。


「人族の飛竜狩り?」

「うん、同じ竜峰に住む種族通し、思うところはあるのかなぁと」

「そうねぇ。別に何も思わないわよ」

「あれれ」


 予想外のミストラルの反応に、僕は拍子抜けする。


「一方的な虐殺や巣の破壊という事態になれば憂慮するけど、飛竜の狩場で行われるものであれば、わたしたちは関知しないわ」

「竜族のことだから竜人族は関係ない?」

「ううん、そうじゃなくて。人族は死力を尽くして飛竜を狩る。飛竜も抵抗するし、人族は餌にもなるわ」


 うわっ。人を食べる飛竜を想像して、僕は青ざめる。


「人族は飛竜を捕まえられれば竜騎士になれる。でも大勢の犠牲を出すわ。逆に飛竜は、豊富な餌にありつける代わりに、捕まれば人族に使役される。つまり両者共に得るものがあり、失うものがある。わたしたちはそれを平等と見るわ。だから飛竜の狩場での狩りは、竜人族は関知しない」

「なるほど、正々堂々と向き合う分には黙認します、ということだね」

「そのとおり」


 竜人族も竜族も弱肉強食。弱い者は強い者に淘汰とうたされる。

 そして相対する時、正々堂々の勝負であれば結果がどのような結末でも受け入れる、ということなのかもしれない。


 少しだけ竜人族の価値観を知ったような気がして、僕は満足した。


 ちなみに。


 今年初めて苔の広場に行った時に、僕は驚かされたことがあるんだ。


 年明け三が日は、お祖父ちゃんの家に行ったり親戚周りで、忙しくて苔の広場には行けなかった。

 でも四日目。

 学校も始まるし、その前に苔の広場に行かなきゃと思って訪れると、そこにはジルドさんが居たんだ。


「ななな、なんでジルドさんが苔の広場に居るんですか!?」


 親しくスレイグスタ老と談笑しているジルドさんを見て、僕は驚いたよ。


「ふむ。儂も昔、ここに出入りしていたと前に言っただろう。君を指導するにあたって、わざわざ王都の北に住む儂の家と南部の竜の森を行き来するのも大変だろうと思って、来てみた」

「来てみた。って軽く言いますけど……」


 ジルドさん、結構なお年じゃないんですか。

 ここまで来るのは大変なんじゃないのかな。


「くくく。ジルドは元は竜王。この程度の距離は息切れもせずにやって来る」


 な、なるほど。流石は元竜王なんですね。

 僕はジルドさんの見た目以上の元気さに納得した。


「これからは、スレイグスタ様に竜剣舞を習い、儂が竜術を教えよう」

「はい、是非よろしくお願いします」


 僕は思ってもみない提案に嬉しくなって、勢いよくお辞儀をした。


「そう。それじゃあ、わたしは用済みなのね」

「うわあっ、ミストラルは用済みなんかじゃないよ。居てくれるだけで僕は幸せなんだよ」

「でも、もう相手をしてくれないのでしょう」

「違うよっ。僕はジルドさんに教えを請うけど、ミストラルとも手合わせしたいんだ」


 いじけた様子のミストラルに、僕は慌てたよ。


 スレイグスタ老の教えてくれる竜剣舞は大切。ジルドさんから伝承する竜術や剣術を駆使した模擬戦も大切。

 でも、ミストラルと死力を尽くした対決も大切なんだよ。


 というか修行で疲れた僕を癒してくれるのは、ミストラルしかいないんだよ。

 不要だなんてこれっぽっちも思っていないんだ。

 誤解だよ。


 あわわと慌てだした僕を見て、広場の住人は笑っていた。


 ぐうう、新年早々にからかわれちゃったよ。


 落胆する僕の頭を撫でてくれるミストラル。


「冗談よ。わたしたち全員で貴方を鍛えてあげるわ」

「うん、頑張って一日でも早く竜王という称号に相応しい男になってみせるよ」

「がんばれがんばれ」


 いつの間にか現れた霊樹の精霊の少女が、ぴこぴこと跳ねて僕を応援してくれていた。


「そうだ。僕は君の名前を考えたんだよ」


 僕は少女に駆け寄り、手を取る。


「ほんとう?」

「本当だよ」


 僕の言葉に、嬉しそうに小躍りを始める精霊の少女。

 気のせいでしょうか、行いがプリシアちゃんに似てきてますよ。


「なまえなまえ」


 僕の周りを嬉しそうに飛び回る少女。


「ええっとね、君の名前は」


 僕は少女を抱きとめて、教えてあげる。


「君の名前は、アレス、で良いかな?」

「アレス?」

「うん、アレス」


 僕は頷く。


「ふむ、名の由来を聞こう」


 スレイグスタ老が興味深そうに聞いてきた。


「ええっと。アレス、というのは創造の女神様の名前の一部なんだ。君は、ジルドさんに勝てなくて切羽詰まっていた僕に、奇跡を与えてくれたんだよ。奇跡は女神様が起こしてくれるものなんだ。だから、君は僕の奇跡の女神様なんだ」


 霊樹の精霊の少女は、僕に奇跡を与えてくれた。

 いつも優しく見守っていてくれていた。

 計り知れない力を与えてくれた。

 この少女は、僕にとって女神様みたいなものなんだ。


 だから、創造の女神様の名前の一部を貰って、アレス。


 年越しの時に神殿前で夜神楽を観賞し、大奏上を聴いていた時に思いついたんだよね。


「ええっと、駄目かな?」


 僕をじっと見つめる少女に、不安な面持ちで聞いてみる。


「ううん、すてき。わたしはアレス。なまえをありがとう」


 少女、改めアレスは一転、嬉しそうに微笑んだ。


「アレス、良い名前ね」

「ふむ、汝にしてはよく思いついた」

「君らしい発想のいい名前じゃな」


 みんなに褒められて、僕はご満悦だ。


 ちなみに、僕は後日ルイセイネにアレスの名前を教えたんだ。

 そうしたら、とても不貞腐れられてしまった。


 理由は、年末に自分だけ仕事で一緒に居られなかったことと、命名の際に立ち会えなかったことらしい。


「わたくしだけ除け者なのです。エルネア君、酷い」

「あわわっ、そんなことないよ。埋め合わせはちゃんとするからさ」

「それでは、今度二人でお買い物に行きましょう」

「う、うん。良いよ。約束する」

「あらあらまあまあ、冗談でしたのに。でも約束をしたのですから、きちんと守ってくださいね」

「えええっ、冗談だったの!?」


 まんまとルイセイネの口車に乗せられた僕は、後日ルイセイネと王都の繁華街でお買い物をすることになる。

 そして、それをルイセイネがミストラルに何故か自慢そうに話して、今度はミストラルに脅迫されるのだった……


「んんっと、みんな酷い」


 正月のあれやこれやの蚊帳かやの外にいたプリシアちゃんは、泣いていた。


 いやいやいや、それは君が原因だよ。


 駄々をこねて村の年末の行事に参加せずに僕たちと年越しをしたプリシアちゃんは、お正月の間、外出禁止令が出されていたらしい。

 正月が明け、やっと苔の広場に来られるようになったプリシアちゃんは、落ち込んでいた。


「にゃあ」


 ニーミアはいつものようにプリシアちゃんの頭の上に乗って、こちらは元気を取り戻して久しぶりの僕たちに元気に鳴いて挨拶をしていた。

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