お茶会

「エルネア、お前に招待状だ」


 年が明けて学校が再開されて間もなく、そう言ってリステアは僕に一通の手紙を渡してくれた。


「招待状?」


 僕はリステアから招待状なる封筒を受け取ると、誰からだろうと宛名を探す。

 でも宛名なんて書いていなくて、封筒の後ろには見たことのある紋章が、封をしている蝋に押されてあった。


 二体の向き合った竜の尾が頭上で交差し、一本の剣に絡みついている紋章。


 王家の紋章ですよ。


 王様から招待されるようなことなんて、微塵も身に覚えがないですよ。


 昨年の魔剣使いでの一件で一度だけお会いさせてもらったことはあったけど、その後は音沙汰なんてなかったんだ。だから、今さら前回の件で招ばれるとは思えないし。

 僕は招待状の意味がわからなくて、そのまま疑問の視線をリステアに向ける。


「俺も詳しくは聞いてないんだ。ただ、何故かお前のことを知っている人が居てな。その人が会いたがっていて、招ばれたみたいだぜ」

「その人ってだれ?」

「さあ、知らないんだ」

「なんだよ、それ」

「本当に知らないんだよ。俺は王様からお前にお茶会の招待状を渡してくれと頼まれただけなんだって」


 リステアもお手上げの格好で困った様子だ。


 僕のことを知っている人が、お偉いさんの人の中にいるのかな。なんで知ったんだろう。僕の何を知って、興味を持ってくれたんだろう。そしてその人は、一体誰なんだろう。


 僕は首を傾げつつ、リステアに貰った招待状の封を切った。


 封筒の中には、紙が二枚。

 お茶会の招待状と、その日時、場所が書かれた紙が入っていた。


「差出人も書いてないよ」

「本当だな。まぁ、俺も参加するし、行ってみれば誰からまねかれたかわかるさ」


 僕が開封した招待状をリステアも覗きつつ言う。


「リステアも行くの?」

「ああ、俺だけじゃない。スラットンたちや貴族、この国やヨルテニトス王国の王国騎士様も参加する大規模なお茶会だ」

「ああ、そうだったのか。僕はてっきり、前回みたいな身内だけの少人数のお茶会だと思って緊張しちゃった」

「ははは、そういえばそんな事もあったな。でも今回は大勢の人たちが参加するし、緊張することはない。話に聞くところによると、お前以外にも冒険者や商人なんかも参加するみたいだしな」

「むむむ、それってどういう趣旨のお茶会なんだろうね?」


 王様主催で民間人も大勢参加できるお茶会?

 王家のまつりごとになんて全く詳しくない僕は、お茶会の意味を理解できなかった。


「恐らく今年行われる飛竜狩りに関することだとは思うんだけどな」


 なぜ飛竜狩りに関するお茶会に僕が招ばれるんだろう。

 アームアード王国とヨルテニトス王国の王国騎士様が招ばれるのはわかる。彼らが飛竜狩りの主役になるので、顔合わせも兼ねているのかもね。

 商人の人もわかる。飛竜狩りには多くの人たちが参加するから、資金と物資が必要だよね。商人の人も参加させて、そのあたりの融通を効かせるんだろうね。

 冒険者は、王国騎士様たちと一緒で、飛竜狩りに参加しそうな優秀な冒険者が招ばれているに違いない。


 じゃあ、僕はなんで招ばれたんだろう。

 僕のことを知っている人が、国のお偉い様の中にいるのかな?

 全く心当たりがありません。


 もしかして、竜の森でのあれやこれやに気づいている人がいるのかな。

 でも、それがなんでお茶会に招ばれるようなことに繋がるのかがわからないよね。

 それに、竜の森のことや僕自身のことはリステアにさえも話していない秘密ごとなんだ。

 それを他の誰かが気づくとは到底思えないよ。


 それだは、なぜ招ばれたのか。

 お茶会に僕を招待した人は、いったい僕の何に興味を持ったんだろうね。


 ま、まさか。


 ヨルテニトス王国の人が僕を招んだのかな。

 前回、僕はヨルテニトス王国の第一王子であり飛竜騎士団の団長であるグレイヴ様に随分と嫌な思いをさせられたんだよね。

 無理もないのはわかるんだ。魔剣使いに堕ちたとはいえ、自分の国の王国騎士が僕なんかに倒されたっていうのが癪に触ったんだろうね。


 僕は、ヨルテニトス王国の軍人さんには嫌われているのかもしれない。

 だからお茶会に招んで、グレイヴ様のように僕をさげすむつもりなんじゃないかな。


 ううう、嫌なことを思い出して、僕は顔色を悪くした。


「どうした、腹痛か」

「ううん、ちょっと前回の嫌なことを思い出して……」

「ああ……」


 リステアもすぐに思い至ったのか、複雑な表情になる。


「たしかに今回もグレイヴ様が来ているな。だがお前に興味があると言っているのはアームアード王国側の人なんだし、気にするなよ」

「えええっ、あの王子様が今回も来てるのか」


 一気に消沈する僕。


 行きたくないよ……


「ええっと、ほら。僕って小市民でお茶会に参加出来るような立派な服も持っていないし、今回は参加を見送ろうかな?」

「えへへ、王様の招待状を断るわけだな。それは私服でお茶会に参加することよりも勇気がいる事のように俺は思うぞ」

「うっ」


 リステアの指摘に、僕は顔を引きつらせた。


「服は俺のをやるよ。裾丈は違うけど、今から新調するよりも有るもので調整すれば早い」

「えええっ、そんなの悪いよ」


 リステアが公式の場で着るような服を僕が着ても、絶対似合わないと思うんだ。

 いくら裾丈を調整しても、似合わないことは想像し易い。


「仕方ないだろ。今回は俺ので我慢しろ。必要があれば、今度俺が一緒に仕立てに付き合ってやるから」

「ううう、貴族様たちが集まるような場所には、あまり招ばれたくないよ。緊張で心が変になっちゃいそう。それに僕の家にはそういう場所に行くための服なんて仕立てるだけの余裕は無いよ」

「じゃあ、尚更俺のお下がりで我慢しとけ」

「ううう」


 なんでこうなった。


 お茶会に招待した誰かを、僕は恨めしく思ってしまう。

 何者かも明かさず、詳しい目的も教えてくれないまま僕を呼び寄せるなんて、ひどい人だよ。


 僕はいまいち乗り気じゃなかったけど、断ることもできずに仕方なくお茶会に参加することになった。

 お茶会は次の休みの日に合わせて行われることになっているらしい。


 後日、お茶会当日は苔の広場に行くことができないことをスレイグスタ老に伝えた。そして、そのお茶会本番の前に、僕はリステアの招きで彼の住む邸宅に呼ばれた。


 僕はてっきり、リステアは今も王城に住んでいるのだと思ったけど、違った。

 ううん、半分は当たっていたんだけどね。

 リステアは昨年の秋頃、今後お嫁さんたちと住むことになる邸宅を王様から貰って、そこにお城から移り、住み始めていたらしい。


 王様から豪華な家を貰えるなんて、さすが勇者のリステア様だね!

 と言ったら、正妻が第四王女のセリース様だから、正確には彼女の為に与えられたものだと教えられた。

 邸宅には既に多くの使用人が仕え、豪華な装飾品や美しい庭が整えられていた。


 僕はセリース様とスラットンたちに迎えられ、邸宅にお邪魔する。

 来た目的は、リステアからお茶会用の服を貰って、裾の丈なんかを調整するためだ。

 僕は、案内された部屋でリステアたちが品定めする中、着せ替え人形のように色んな服を着せられた。


 スラットンは、僕が着替えるたびに笑っていた。


 似合ってないんですね。

 仕方ないじゃないか。僕は礼服が似合うような気品なんて持っていないんだよ。

 小市民ですよ。


 リステアと、着替えを手伝ってくれている使用人の人たちは真面目に僕を相手にしてくれていたけど、セリース様を含む勇者様の愉快な仲間たちはくすくすと笑い合っていた。


 酷いよ。スラットンだけじゃなく、セリース様たちも僕を笑っている。


 着替えるたびに暗くなる僕を余所に、服選びは半日にも及んだ。

 もしかして、僕は着せ替え人形として弄ばれているんじゃないのかな、と真面目に思い始めた頃。ようやくリステアが納得する服が決まった。


 ええっと、リステア。君はいったいどれだけ多くの服を持っているんですか。

 多分、百着は着たと思うんだよね。

 服の多さがそのまま生活の豊かさを物語っていて、僕は自分の普段の生活との違いに大いに衝撃を受けたよ。


 服が決まると、使用人の人たちが服の裾を折り曲げ、寸法を僕に合わせていく。

 僕はリステアよりも大分と背が低いので、たっぷりと裾を切ることになるんだろうね。


 僕は自分の背の低さに悲しくなった。


「エルネア君、お疲れ様でした」


 寸法取りが終わり、裁縫するということで再度服を脱いで自分の普段着に着替え終わると、セリース様が飲み物を持ってやって来た。


「疲れました」


 僕は飲み物を受け取りつつ、がっくりと肩を落とす。

 本当に疲れたよ。

 修行よりも疲れた。

 こんなことなら、やっぱりお茶会になんか参加せずに苔の広場で修行していた方が良かったよ。


 恨んでやる。

 僕をお茶会に招待した謎の人物を、僕は恨んでやるんだからね。


 お茶会でその人にあったら、恨み言をいっぱい言うんだ。

 そうしないと割りに合わないよ。


 僕はお茶会での目標を見つけ、違う意味でやる気を沸かせ始めていた。


「エルネアっち、お疲れ様。最後の服はぼくも似合っていると思ったよ」


 現れたな、ぼくっ娘ネイミー。


 疲れてへとへとな僕をからかうように、栗鼠りすみたいにちょろちょろと動き回る。

 僕のところに来たり、リステアのところに行ったり。うろちょろする姿が可愛らしい。


 ネイミーは、勇者様御一行の中で癒し担当だろうね。

 可愛い系を好むリステアのお嫁さんの中でも、ネイミーは小動物みたいで可愛かった。


「ぼくもお茶会には参加するんだよっ。当日のエルネアっちに期待大だね」

「何を期待しているのさ」

「お前の阿保な失敗を期待しているんだよ」

「ち、違うよ。ぼくはエルネアっちの格好良い姿に期待してるんだよっ」

「うそつけ、お前もさっき笑っていただろう」


 スラットンの悪口に、ネイミーは両手を挙げて抗議する。


「スラットン、酷いこと言わないの」

「痛えっ、つなって」


 そしてクリーシオに拳骨を落とされるスラットン。


 緩い!

 緩過ぎですよ、クリーシオ。もっと思いっきり殴るんだ。


 僕もスラットンを叩きに行きたかったけど、疲れてしまっていて動きたくない。


「大変だったな。お疲れさん。でもこれで、今度のお茶会には間に合うな」

「服選びがこんなに大変だなんて、思ってもみなかったよ」

「ははは、エルネアはまだ良い方さ。女性陣なんて服選びが始まると一日潰れるんだぞ」

「そうですよ、私たちの間で服の色などが重なり合わないように調整するのは、大変なんですよ」

「うへへ、それは大変そうだ」


 セリース様たちも沢山の服を持っているんだろうね。その中で他の人と被らないようにしながらの服選びは大変そうだ。

 着せ替え人形を体験した今の僕には、女性陣の大変さを身をもって感じ取っていた。


「服はこっちで仕上げておく。当日は、お前は最初にここに寄ってから着替えて、全員で会場に行こう」

「うん、みんなで行けるのは心強いよ。当日はよろしくね」


 僕は当日の軽い打ち合わせをして、この日は帰宅することにした。

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