グリヴァストの薙刀
水色の長い髪。深い青色の、宝石のような瞳。紫の唇。そして、象牙のような白く滑らかな肌。
茂みを美しい
「誰……?」
見たことのない人物の登場に、困惑する僕たち。
だけど、ひとつだけ見覚えのある物が女性の手には握られていた。
「それは、グリヴァストの薙刀! なぜ、貴女が!?」
巨人の魔王が支配する魔都の大神殿に秘蔵されていた、グリヴァストの数々の
傀儡の王は僕たちに対して、返却してほしかったら取り返しに来るように伝えていた。
でも、その傀儡の王は、僕たちが訪問した時には既に、深緑の魔王の嫡子であり、王位を簒奪したカディスによって討たれていた。
では、グリヴァストの薙刀を持つこの女性は……!
「お前はっ!」
しゃーっ、と猫のような
「おや?
「ええい、
「あっ」
僕が静止するよりも速く、アステルが魔法を放つ。
アステルが
不意の魔法攻撃に、女性は反応できない。結果、全身に爆雷を受ける。
爆雷の威力は、女性だけでなくその周囲も無慈悲に巻き込んで、激しく放電した。
「アステル! まだ何の情報も聞き出せていないのに!」
グリヴァストの薙刀を所持していたということは、まず間違いなくカディスの手先だ。
僕たちが傀儡の王の居城を訪問してきた。その傀儡の王が持っていた薙刀と僕たちの関係性に目を着けたカディスが、追っ手に
では、なぜカディスはそうまでして僕たちを追ってきたのか。
女性から、何かしらの情報を探る必要があった。
なのに、アステルが暴走して先制攻撃を仕掛けちゃった!
慌ててアステルを取り押さえる僕とライラ。
だけど、もう遅い。
アステルの放った爆雷は容赦なく全てを呑み込み……
「ふふふ。相変わらずの低級魔法。この程度で私に傷を与えられるとでも?」
「ちっ」
露骨に舌打ちをするアステルと、爆雷の
「そんな、まさか!?」
絶句する僕。
「あれだけ激しい爆雷の魔法だったのに……周囲の茂みにもあんまり被害は出ていないだなんて! アステル、本当に普通の魔法は弱いんだね?」
「黙れ、馬鹿竜王っ! 貴様も死んでしまえっ」
「いやいや、僕は死にたくないからね?」
アステルの魔法が極弱で良かったね。……いや、どれだけ弱くても、相手に向かって問答無用で攻撃をしたら、駄目だよね?
僕だって、いきなり攻撃されたら怒るだろう。
だから、女性も……
「ふふふ。ふふふふ」
だけど、いきなりアステルの攻撃を受けた女性は、それでも
むしろ、大人な対応で僕たちに話しかけてきた。
「それでは、大公様。そろそろ雌猫など殺して、こちら側についていただけませんでしょうか?」
「何を言っているのかな? アステルは僕たちの味方で、貴女は敵だよね?」
少なくとも、僕たちをこうして追ってきた女性はカディスの配下で、カディスは僕たちを殺そうとした。そんな相手とアステルを比べたら、迷いなくアステルを取るよね!
僕の返答に、困ったようにため息を吐く女性。
でも、心がこもっていない。
僕が女性の意に従わなかった。だから表面的に失望したような仕草をとっただけ。そんなふうに見える。
現に、女性は
「大公様。お考え直しください。その雌猫は貴方様にとって有益ではありません。むしろ、排除すべき害虫。いえ、害猫です。さあ、さっさと雌猫を殺して、こちらへ。それとも、私がお手伝いいたしましょうか?」
「むーっ。むーっ! むむーっ!!」
僕とライラに取り押さえられているアステルが、何か
危ない危ない。
アステルを今自由にしてしまうと、女性に猫のように飛びかかって、収拾のつかない騒動になりそうだよね。
女性は、敵だ。でも、今ここで争いたくはない。
だって、ここは既に賢老魔王の支配する国の中だから、この場で騒動を巻き起こしたら、今度は賢老魔王に迷惑をかけてしまう。それだけならまだしも、賢老魔王自身が乗り出してきたら、それこそ収拾がつかない大騒動に発展してしまう。
だから、僕はなるべく穏便に事を済ませたかった。
でも、こちらの事情や困る状況を
そして、女性もまさに魔族だった。
「ふふふ。どのような事情で汚らしい雌猫と共に行動しているのかはわかりませんが。それでも、大公様たちの目的は、この薙刀でございましょう?」
「うっ!」
やはり、こちらの目的を見破られていた!
女性は僕たちに誇示するように、態とらしく薙刀を構える。
グリヴァストの薙刀は、魔族用に造られた物ではない。
グリヴァストが神殿宗教の信徒であったことから、薙刀は戦巫女用に造られた。
そして、普通の魔族は神殿宗教の信徒ではないから、譲られなかった。
その薙刀を構える女性。
「エルネア様、ここは戦巫女の私が」
メジーナさんが、一歩前に出る。
「事情は、イザベルたちから聞いています。あの薙刀は、魔族にとっても神殿宗教にとっても大切な
僕とライラは、二人掛かりでアステルを取り押さえている。そうしないと、アステルが暴れ回りそうだからね。
そうなると、薙刀を構えて態とらしく挑発してくる女性と向き合えるのは、メジーナさんだけになってしまう。
女性は、僕たちの前へ一歩踏み出したメジーナさんを興味深く見つめる。
そして、口の端を上げた。
「戦巫女、と言いましたね? ふふふ。そうですか。では、こういたしましょうか。もしも貴方が私に勝てたなら、この薙刀を返却しましょう。ですが、私が買った場合は」
「エルネア様は、素直に貴方に渡します!」
「メジーナさん!?」
こらこらこらっ。勝手に僕の運命を決めないでくださいっ。
やはりこの人、乗りと勢いだけで暴走する人だ!
「はわわわっ。エルネア様?」
「うっ。ライラ、困ったよね? でも、ここはメジーナさんに任せてみよう」
メジーナさんの実力を過信しているわけでも、女性の実力を過小評価しているわけでもない。
でも、少し気になることがあるんだ。
だから、その気になる違和感の正体が判明するまで、少しだけメジーナさんに頑張ってもらおう。
「メジーナさん、気をつけてくださいね?」
「はい。特位戦巫女として、薙刀を粗末に扱う者を見過ごすことなどできませんから!」
メジーナさんも、愛用の薙刀を構える。
そうして、メジーナさんと女性の戦いが始まった!
最初に仕掛けたのは、メジーナさん!
薙刀を前方に低く構えて、女性へ突進する。
迎え撃つ女性。グリヴァストの薙刀を無造作に振い、魔法を放つ!
風系の魔法が鋭利な刃になって、メジーナさんを襲う。だけど、メジーナさんは突進しながら準備していた法術「
女性の足もとに、三日月の輝きと影が生まれる。
呪縛法術「
でも、上位の魔族には法術もあまり通用しない。
拘束されたと思った女性だけど、すぐに動きを見せる。横合いから迫るメジーナさんを迎え撃つように、手にしたグリヴァストの薙刀を振るう。
陶器が割れるような音が夜闇に響き、三日月の輝きと影が消滅した。
ぶつかり合う、薙刀と薙刀。
メジーナさんも、間髪置かずに
「す、すごい!」
「はわわっ。法術の速度が、マドリーヌ様以上ですわっ」
そう。
メジーナさんの連続した法術の使用は、二重奉納を得意とするマドリーヌか、それ以上の速さを示していた。
これが、特位巫女としてのメジーナさんの実力なんだ。そして、こうした実力の持ち主が大勢、今は流れ星として禁領のお屋敷に滞在している。
いったい、メジーナさんや流れ星さまたちは、どれだけの鍛錬と実践経験を積んでこれほどの実力を手に入れたんだろうね。
でも、どれだけ熟達した薙刀術でも、最速の法術でも、相手が上級魔族になると通用しない。
メジーナさんが、まさに二重奉納かと思えるほどの速度で、呪縛法術と攻撃法術を繰り出す。
でも、それを女性は軽くいなして、反撃の魔法を放つ。
手にしたグリヴァストの薙刀を扱えるだけの技量は、女性にはないようだ。それでも、魔法だけでメジーナさんを圧倒していく。
「くっ。これが、上級魔族! でも、負けません! あの方と共に戦うためには、私たちも弱いままではいけないのだからっ!!」
メジーナさんが、更に加速した。
法術を
多種多様な法術を駆使することで、女性の反応を少しでも遅らせる。そうして出来た
女性には、法術は殆ど通用しない。それでも、多様な法術に後手後手の対応になり、押され始めた。
このままメジーナさんが押し切れば、女性を倒すことはできなくても、勝負の行方が見えるかもしれない!
そう、僕だけでなくライラも思った時だった。
メジーナさんの連続斬りを受け流した女性が、にやり、と不適な笑みを浮かべた。
「メジーナさん!」
咄嗟に叫ぶ僕。
メジーナさんも、女性の怪しい動きの気配に気づいたようだ。
連撃の手を止めて、間合いを取ろうとする。
でも、女性はそのメジーナさんの動きを待ってはくれない!
グリヴァストの薙刀を大きく振りかぶる女性。
長物の間合いは、間合いを取ろうとするメジーナさんを今でも射程に捉えていた。
「ふふ。ふふふ」
そして、女性は笑みを浮かべたまま、グリヴァストの薙刀を全力で振り下ろした!
「あああっ!」
叫ぶ僕!
夜闇の遥か先へと飛んでいく、グリヴァストの薙刀!
「……へ?」
どういうこと?
メジーナさんも足を止めて、遠くへと飛んでいったグリヴァストの薙刀を呆然と見送っていた。
「い、いったい何が……?」
女性の意味不明の行動に困惑する僕たち。
すると、僕の拘束をようやく振り
「馬鹿竜王めっ。あの人形は、傀儡の王の側近だ!」
「ななっ! なんですとーっ!?」
「ええい、阿呆竜王。間抜け竜王っ。それを私が親切に教えてやろうと思ったのに、口を封じるなんて!」
「なななななっ!」
なんてこった!
僕はようやく、最初に感じていた違和感の正体に気づく。
「そういうことかっ。さっきカディスに会っていたんだから、アステルの存在も露見していたはずなのに。女性……というか、人形さんはアステルをここで見て初めて知ったような口振りだったよね? それに、僕のことを大公様って言っていたし。何よりも、アステルと最初から仲が悪い!」
「仲が悪いは余計だっ」
「あ
ようやく理解できた。
女性は傀儡の王の人形だから、アステルを捨てて傀儡の王側に付けと言っていたんだね?
それなのに、僕は女性をカディスの配下と思い込んでいて、つまりカディスの部下になれと女性の言葉を誤解して読み取ってしまっていた。
アステルは最初から、女性の正体を知っていた。でも、僕とライラが動きと口を押さえていて、伝えられなかったんだ。
「ごめんね、アステル?」
「許すものかっ」
「ふふ。ふふふふ」
僕とライラは、アステルに必死に謝る。
それを見て、女性が面白そうに微笑んだ。
「今回も、大変に楽しい人形劇でございました」
「むむむ?」
女性のこれまでの声音が急に変わって、聞き覚えのある幼い声が代わりに溢れて、僕とライラは振り返る。
この幼い声と笑い方は……?
女性が、一歩退がる。
それとは逆に、夜闇の奥から少女が姿を現した。
「エ、エリンお嬢ちゃん!?」
「ふふふ。お嬢ちゃんと言わないでくださいませ?」
そう。僕たちの前に姿を現したのは、
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