父を討つ炎

 僕たちは、国境を越えて避難した。

 カディスがどういう方法で僕たちを追っているのかわからない。そんな状況で中途半端に移動だけしても、また追いつかれて騒動になるだけだからね。


 では、東に飛んで巨人の魔王の領国に入るか。それとも、南に向かって賢老魔王の領国に入った方が良いのか。そう考えた時に、僕は南を選択した。

 傀儡の王の領土は、深緑の魔王と賢老魔王の国境くにさかいにある。だから、南に飛べばすぐに賢老魔王の領国に入れる。

 カディスがどれだけ強かったとしても、他国へとは簡単には入ってこられないはずだからね。


 ニーミアは、国境を守る要塞や城塞都市の上空を飛び去り、あっという間に賢老魔王の領国内に入った。

 そして、辺境の山奥へと降りる。


「ここまで来れば、カディスも追ってこないよね?」

「馬鹿竜王! 阿呆竜王! 迷惑竜王!」


 僕と一緒にニーミアに掴まれていたアステルが、ずっと不平不満の声をあげています。

 どうやら騒動に巻き込んだ僕に、大変なお怒り状態らしい。

 でも、僕たちだって巻き込まれた被害者側だからね?


「にゃん。アステルお姉ちゃん、落ち着いにゃん?」


 僕たちを降ろして小さくなったニーミアが、アステルの周りを可愛く飛ぶ。

 アステルはぷんすかと怒りながらも、可愛いニーミアを抱き寄せて、もふもふを堪能たんのうする。

 その間に、僕とライラとメジーナさんは、休憩の準備に入った。

 焚き火を起こして、食べ物や飲み物を準備する。

 もう、夜もとっぷりとけて、空には満点の星々が輝いていた。


「大変なことになりましたわ?」

「あれが、魔王の実力……」


 困った様子のライラ。

 メジーナさんは、カディスの圧倒的な魔力と周囲一帯を炎の海に変えた大魔法に怯えていた。

 僕はライラから任されたお鍋をゆっくりと掻き回しながら、メジーナさんの言葉に首を傾げた。


「うーん。確かにあの魔法は凄かったけど……」


 いくら周囲が燃えやすい樹海の樹々に覆われていたとはいえ、あの炎の魔法は脅威だ。あれだけの広範囲を一瞬で炎の海に変えられたら、接近して戦う戦術の僕やライラは、苦戦を強いられるだろうね。


 でも、と思ってしまう。


「魂霊の座を所持していたのに、なんで抜かなかったんだろうね?」


 所有者だから、知っています。

 最上級の魔剣「魂霊の座」は、恐るべき威力を持っている。

 抜剣するだけで恐ろしい瘴気を放ち、触れただけで魂を砕く。

 僕はともかく、ライラやメジーナさんやアステルに魂霊の座が向けられていたら、戦いになる以前の問題になっていた可能性だってある。

 でも、カディスはその圧倒的な威力の魂霊の座ではなく、炎の魔剣を召喚して使用した。


 もちろん、僕のように「魂霊の座には頼らない」という戦い方を選んだだけ、とも考えられるけど。

 でも、カディスが本気で僕たちを排除しようと思ったのなら、使用しても良かったはずだ。

 だけど、カディスは魂霊の座を抜かなかった。


 なぜ……?


 こちらの実力を過小評価していた?

 僕のことを「大公」だと認識していたのに?

 ニーミアの存在や、レヴァリアのことを知っていたのに?

 魂霊の座を抜かずとも、こちらの戦力を上回る実力を持っていると、カディスは判断していたのかな?

 それとも、何か抜けない理由があった?

 まだ使い慣れていないとか。

 もしくは……?


 カディスの取った戦略の違和感に僕が首を傾げていると、ようやく機嫌が治ったアステルがニーミアを抱いたままお鍋の前にやって来た。


「ふんっ。生意気な奴だったな。傀儡の王と深緑の魔王を倒したくらいで良い気になるとはな」

「そうだ。アステル?」

「却下だっ。誰が貴様の質問なんか聞くものか!」

「ひどいっ。まだ何も言っていないのに!?」

「はわわっ。猫公爵様、エルネア様をお助けくださいですわ」

「助けてにゃん?」

「猫公爵様、助けてーっ」


 ライラに飲み物を渡されて、メジーナさんに食べ物を取ってもらう。そしてニーミアのふわふわの尻尾が揺れると、アステルは僕から鋭い視線を逸らした。

 そうですか。誘惑に負けたんですね?


「ねえねえ、アステル。アステルはどう思う? 傀儡の王と深緑の魔王は本当にカディスに倒されたのかな?」


 アステルの機嫌を伺いながら、僕は最初から思い浮かべていて疑問を口にした。


「僕たちが聞いていたお話では、傀儡の王は十万の魔族軍でさえ操るような実力を持っているんだよね? それに、魔王だってそう簡単には負けないと思うんだけど?」


 これまでに何度か、僕たちは傀儡の王の実力の片鱗を体験してきた。

 迷惑極まる魔法。細い糸状の魔力を自由自在に繰り出して、からめ取った相手をまさに「操り人形」として支配する魔法。

 それだけでなく、本物そっくりの傀儡を造り、相手をだます。


 深緑の魔王だって、巨人の魔王や妖精魔王と並ぶ正真正銘の「魔王」だ。

 たとえ相手が実の息子だったとしても、そう簡単に倒されるような存在ではないような気がするよね?


 僕の質問に、メジーナさんから貰った食べ物をニーミアと分け合いながら、渋々とアステルが答えてくれた。


「傀儡の王の方は知らん。だが、深緑の魔王にとってカディスの得意とする魔法は天敵となり得るからな。むしろ、カディスはその為にあの魔法を極めたと言っても良いくらいだ」

「カディスの魔法って、炎系ってこと?」


 そうだ、と頷くアステル。

 逆に、メジーナさんは首を傾げて僕を見る。なので、僕は魔族について知っていることを話す。


「魔族の使う魔法は、炎を生み出して燃やしたり、爆発させたり、石のつぶてを飛ばしたり、他にもいろんな自然現象で攻撃してきますよね?」

「ふむふむ。エルネア先生、続けてください」

「先生……良い響きですね! では、問題です、メジーナ生徒。魔族の使う魔法って、家系や部族によって系統分けされているでしょうか?」

「えーっと? 同じ小鬼でも、炎系だったり風系だったりするから? もしかして、魔族は好みの系統の魔法を使う?」

「正解です。巨人の魔王は雷系を好んで使うし、アステルの親友の黒猫シェリアーは爆発系を使うよね。まあ、鬼種なんかは部族間で統一した魔法を好んだりするから一概には言えないけど。それでも、魔族は家系や部族によって魔法の系統分けがされているわけじゃなくて、個々の好みで使い分けられていると僕は思うんだ」


 大体合っている、と頷くアステル。


「それじゃあ。……猫公爵様の言葉の通りなら、さっきの恐ろしい魔族は自分の父親を倒すために、自分の魔法を選んで鍛えてきたってことかな?」

「そうだね。カディスは最初から深緑の魔王を倒す為に魔法の系統を選んで研鑽けんさんを積み重ねてきたんだね」

「エルネア様、怖いですわ。自分のお父様を殺す魔法を鍛え続けたなんて」

「そうだね。僕たちには考えも及ばないほど怖い思考だよ。カディスは本当に恐ろしい魔族だよね。魔族だとしても、ちょっと行き過ぎた性格じゃないかな?」


 カディスは、父である深緑の魔王を良くは思っていない様子だった。

 傀儡の王に辛酸しんさんめさせられた深緑の魔王を、明らかに見下していた。魔王位を簒奪さんだつするくらいに。


「アステル。深緑の魔王やカディスのことを、もう少し詳しく教えてくれないかな?」


 カディスは、深緑の魔王に反旗をひるがえした。そして魔王を討ち、傀儡の王を倒した。

 そこに運悪く僕たちが現れたから、声を掛けてきたんだよね?

 僕に、配下になれと。

 もちろん、僕は絶対にお断りの立場です。

 でも、カディスが傀儡の王を討った時に手に入れているはずのグリヴァストの薙刀を回収しないと、巨人の魔王に怒られて、大神殿にも大迷惑を掛けたままになっちゃうからね。

 だからどうしても、僕たちはカディスともう一度接触しないといけない。

 その時のために、僕たちはもう少し深緑の魔王やカディスのこと、そしてあの国の情勢を知っておいた方が良いよね。


「よし、貸しだ。貸しは倍にして返してもらうぞ?」

「うん、良いよ!」

「はわわっ。エルネア様が安請け合いしていますわっ」

「ライラちゃん、大丈夫だよ。その時は私たちも全力で協力するから!」

「メジーナさんも勢いで乗ってきた!? 良いのかなぁ、そんなに勝手に決めて?」

「あら、大丈夫ですよ? こう見えても、私はここに来ていない流れ星の代弁者ですからね?」

「本当かなぁ?」


 まあ、それはともかくとして。

 僕たちはアステルに借りを作って、質問に答えてもらう。

 アステルは僕に貸しを作れたことが嬉しいのか、少しだけ機嫌を良くしながら教えてくれた。


「元々、傀儡の王のあの馬鹿お嬢と深緑の魔王が争ったのは二百年以上も前だ」

「最近のお話だと思っていたよ!」

「魔族の寿命を考えると今代こんだいのお話ですけど、人族から見れば何世代も前の大昔のお話ですね?」


 傀儡の王の大迷惑な振る舞いにごうやした深緑の魔王が、討伐軍を編成した。十万の大軍を率いて迫った深緑の魔王。だけど逆に十万の魔族軍を操られて、深緑の魔王は手を焼くことになる。

 結局は、操られた十万の自軍を魔王自らが滅ぼして、その騒乱は収まった。

 だけど、公爵ひとりに手を焼き、十万もの魔族を失う結果となった深緑の魔王の支配力は、その後急速におとろえていった。


 深緑の魔王の嫡子であるカディスは、その騒乱の後に生まれたと話すアステル。

 だから、カディスは最初から弱った魔王と衰退する国を見ていて、父を見下していた。


「ふんっ。愚かな息子だな。老いぼれた深緑の魔王を討った程度で自惚うぬぼれるなんぞ、程度が知れている」

「アステルは、カディスの名前を口にしていたよね。ということは、恐れていないってことだよね?」

「あんな奴。お前だって最初から呼び捨てだろう? 所詮しょせんはその程度の魔族だ。まだ傀儡の王を相手にしていた方が面倒だ」

「でもカディスは、年老いて弱っていたとはいえ、魔王を倒しているんだよ? それに、傀儡の王だって……」

「馬鹿竜王め。言っただろう。カディスの魔法は深緑の魔王と戦う場合に相性の良いものなんだ。森を操るから『深緑』。それを燃やすカディスの炎の魔法は、老いぼれた深緑の魔王の枝をよく燃やしただろうな」

「そういう意味なんだね!」


 ようやく、深緑の魔王の力を知った。

 そういえば、深緑の魔王の領国に入ってから、ずっと深い森や樹海だらけだった気がする。

 深緑の魔王は、森や樹々を操る魔法を得意としていたんだ。だから、樹々を燃やし尽くす炎の魔法をカディスは鍛え上げた。


 炎の魔法を好む魔族は大勢存在する。

 見た目が派手だし、威力も圧倒的だからね。

 でも、並の魔族程度の炎の魔法では、魔王位までのぼり詰めた大魔族には通用しない。

 なにせ、自分の魔法の弱点が炎だなんて、それは自然を操る深緑の魔王自身が誰よりも深く知っていたはずだからね。だから、対策も万全だったはずた。

 カディスは、その深緑の魔王を討ち破る炎の魔法を、ずっと鍛え続けていたんだ。


 将来、父を討つために……


 そして、カディスは本当に深緑の魔王を炎の魔法で討った。


 恐ろしい執念しゅうねんと、実父をも殺すカディスの冷酷さに、僕たちは震える。

 これが、魔王の座を手にする魔族の、魔族たる資質なのかな?

 目的のためには、何者をも利用し、排除する。

 逆に言うと、これだけの覚悟と実力を示さないと、魔族の真の支配者には認められない。


「そうだよね。忘れたり勘違いしちゃいけないんだ。魔族って、本当はこういう種族だよね。魔王に選ばれるためなら、国を滅ぼして民さえも虐殺する。クシャリラが去った後の国土は本当に荒廃していたよね」


 巨人の魔王が迅速に挙兵してクシャリラの元領土を実効支配していなければ、今頃はもっと荒廃が進んでいたに違いない。

 その巨人の魔王だって、刃向かう者、邪魔な者には容赦をしなかった。

 禍根かこんは全て根絶やしにして、魔王としての圧倒的な支配力を全ての魔族たちに見せつけて、クシャリラの元領土を完全に掌握したんだ。


 そして現在。

 カディスもまた、自分の支配力を国内の魔族たちに示そうとしていた。

 魔王を討っただけでは足らない。傀儡の王を倒しただけでは示せない。

 今でも深緑の魔王に忠誠を誓う魔族たちに自分の実力と支配力と恐ろしさを見せつけて、国を掌握しようとしている。

 そこに僕たちの存在も利用しようとした。従うなら善し。逆らうのなら、倒して自分の名声をさらにとどろかせるかてとする。


 それだけじゃないかもしれないね。

 ここで自分の実力を国外にも示しておかないと、国境を接する巨人の魔王や賢老魔王が手を出してくるかもしれない。

 新参の魔王が、最古参の魔王と渡り合えるのか。

 はっきり言って、無理だよね。

 カディスだって、それは熟知しているはずだ。だから、利用できる者は利用し、邪魔者は早急さっきゅうに排除して、国内を完全支配しようとしているんだね。


「エルネア様」


 アステルから貰った情報を元に僕が考えを色々と口にしていると、ライラが不安そうに僕の服のすそを引っ張ってきた。


「カディスのことも気になりますが。その……。傀儡公爵様のことが悲しいですわ?」

「うん、そうだね……」


 僕は、カディスのことに気を向け続けていた。

 でも、忘れてはいけない。

 カディスは、深緑の魔王を討ったように、傀儡の王も討ち倒したんだ。

 大迷惑な存在だったとはいえ、傀儡の王とも親交を深めつつあった僕たち。その傀儡の王が討たれて、悲しいのは僕も一緒だよ?


 目を閉じれば今でも、燃え落ちる傀儡のお城の情景がまぶたの裏に鮮明に映る。

 あの、騒がしくも愛らしい傀儡の王エリンベリルが、カディスに討たれた。

 グリヴァストの薙刀を返却してほしかったら、取りに来てね。と陽気に微笑んで去ったエリンお嬢ちゃん。

 なのに、いざ傀儡のお城を訪れようとしたら、既に討たれていただなんて……


 正直にいうと、カディスに意識を強制的に向けることによって、悲しい現実から目を逸らしていたんだ。

 意外と僕は、傀儡の王の死に悲しみを受けていたようだね。

 現実逃避をして、傀儡の王の身に起きた悲劇の確認を後回しにしようとしていたのかもしれない。

 でも、やっぱり現実には目をむけるべきなんだね……


「それじゃあ、アステル。こっちも知っている限り教えてほしい。カディスの魔法は、深緑の魔王の天敵であることはわかったよ。カディスは炎の魔法で、深緑の魔王の魔法を打ち破って倒したんだね。それじゃあ、十万の魔族軍を操るような傀儡の王を、カディスはどうやって倒したのかな?」


 同じ炎の魔法が、傀儡の王にも通用した?

 それとも、深緑の魔王から奪取した魂霊の座を、傀儡の王には使用した?


 僕がアステルに質問した時だった。

 がさり、背後の深い茂みが揺れる。


「ふふ。ふふふふ」


 咄嗟とっさに身構える僕たち。

 一瞬前まで、気配を感じなかった!?


「誰だっ!」


 警戒に叫ぶ僕。

 すると、焚き火が照らす灯りの奥、深い夜闇の中から、ひとりの凛々りりしい女性が姿を現した。

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