反逆のカディス

 見上げるほどの長身。瞳の奥に光る深緑色。陶器のような白い肌と、白銀色の長い髪。

 最上級の戦闘法衣を纏い、何者よりも濃い魔力を放つ。

 そして、腰には見慣れた魔剣。

 いびつねじり曲がった漆黒の長剣は、魔王の象徴。


 魂霊こんれい


 魔族の真の支配者が、その資質を認めた者だけに下賜かしするあかし


 では、この魔族こそが……!


「なんだ。カディスきょうじゃないか。なぜお前が魂霊の座なんかを持っているんだ?」


 えっ!?


 アステルが、いま何か言ったような……?


「魂霊の座は、魔王が所持する魔剣だぞ? 深緑の魔王の嫡子ちゃくしだからといって、勝手にそれを帯びて良いものじゃないぞ?」


 魔王の嫡子?


 魂霊の座を帯びているけど、魔王じゃない?


 どういうこと?


 身構えたまま。

 僕とライラは、意味不明なアステルの言葉に困惑する。

 メジーナさんはそもそも状況が把握できていない様子で、こちらも薙刀を構えたまま動かない。それでも刃の先をカディスと呼ばれた魔族に向けているあたり、強い意志を持つ戦巫女だと思える。


 僕も、メジーナさんに遅れを取っている場合ではないね!


「アステル、どういうこと?」


 僕はカディスの話には返答をせずに、アステルに問い掛ける。

 これはいったいどういう状況なのか。

 なぜ、深緑の魔王の嫡子であるカディスが魂霊の座を腰に帯びて、僕たちを追って来たのか。

 この場面で僕たちの前にカディスが現れたということは、傀儡の王の居城を襲撃していた魔族の軍勢のなかに、カディスが居た可能性が極めて高い。


 深緑の魔王の命令で、傀儡の王を討ちに来た魔族の軍勢?

 カディスは、その軍を率いる魔将軍?

 ううん、違うような気がする。

 カディスが腰に帯びている魂霊の座の存在を考えると……


 僕とアステルの会話に割り込んで、カディスが自ら言う。


「父王は、耄碌もうろくした。かつて傀儡公爵に受けた屈辱から立ち直ることもなく、魔王としての誇りと矜持も忘れた者など、魔族の国を支配する者としては相応しくない。よって、俺が父王の代わりに立ったのだ」

「それって、つまり!?」


 カディスは、誇るわけでもなくただ平然と、魂霊の座に手を伸ばす。


「俺は、父王を討ち、目障りな傀儡公爵を排除するために挙兵した。そして、今。傀儡公爵はこの俺の剣の前に倒れた」

「なっ!?」

「傀儡公爵は、口ほどにもなかった。あの程度の者に遅れを取ったなど、魔王でありながら父王も情けない」

「っ!!」


 僕たちは絶句してしまう。

 傀儡の王が、カディスに討たれた!?

 十万もの魔族の大軍を操り、魔王の攻勢をも退けた傀儡の王エリンベルが?


 それだけではない。

 カディスが腰に帯びている魂霊の座は、まさに本物の魔剣だ。

 その最上位の魔剣を所持しながら呪いを受けていないということは、つまり魔族の真の支配者に認められているということを意味する。

 そして、カディスは父である深緑の魔王を、その手で討った?


 いったい、カディスという魔族はどれほどに強いのか。

 いや、間違いなく他の魔族が足もとにも及ばないほどに強いんだろうね。

 深緑の魔王も、巨人の魔王や妖精魔王と並ぶ大魔族であったことは間違いない。その大魔族たる魔王を討ち倒せるだけの実力を、カディスは持っているということだ。


「……それで。魔王や傀儡の王を倒せるほどの貴方が、僕にどんな用事なのかな?」


 正直に言うと、未だに実感が湧いてこない。

 ほんの数日前まで。傀儡の王とは、巨人の魔王が支配する魔都で会っていた。

 周りを好き勝手に巻き込んで、自分だけが楽しめる人形劇を繰り広げていた傀儡の王。迷惑極まりない存在で、大神殿に秘蔵されていたグリヴァストの薙刀を奪った困り者だけど。

 少女のような容姿と性格が相まって、憎みたくても憎めないような魔族だった。

 その魔族が、このカディスに既に討ち取られているだなんて……


 信じられない。信じたくない。という想いが今でも強い。

 でも、カディスが見せる絶対的な強者の気配と、その実力を裏付ける魂霊の座の存在が、僕の淡い願望を打ち砕く。


 カディスは、武器を手に身構えている僕たちに臆した様子もなく、むしろ余裕を示すような優雅な動きで、僕に向かって手を差し伸べた。


「太公エルネア・イース。貴様を我が臣下へと迎えたい」

「えっ!?」

「父であり魔王であったヨグアデスと、この国に災いをもたらしていた傀儡公爵は俺が討った。しかし、長い時代をヨグアデスの治世で無駄に送ったこの国は、脆弱ぜいじゃく極まりない。そして、未だにヨグアデスに忠誠を誓う臣下や領主どもが存在している。それら全てを打ち滅ぼし、俺が築く新たな時代の腹心として、貴様を迎え入れよう」


 カディスの言葉に、絶句する僕。


 この魔族は、いったい何を勝手に言っているのかな!?

 僕が、カディスの家来になる?

 この国に残っている反乱分子を全て力で排除して、カディスが支配する国の腹心に僕がなる?


「いやいやいや、絶対にお断りだからね?」


 あまりに突飛とっぴなカディスの言葉に、僕は全力の否定を返した。


「僕が『太公』だって、知っているんだね? まだ称号を受けて間もないはずなのにね。……で。僕の称号を知っているということは、僕のことも色々と知っているはずだよね?」


 僕は、魔王には絶対になりたくない。だからといって、どこかの魔王の配下にもなりたくはない。

 現時点で僕が巨人の魔王の配下じゃない時点で、それはカディスにも伝わっているはずだ。

 それに、僕が支配権を持つ竜王の都は、深緑の魔王が支配していたこの国の、遥か東の東。巨人の魔王が支配する国内の北東端だ。その僕に、東の支配地を捨てて、この地の新たな魔王の配下になれだなんて、絶対にあり得ないよね!

 それをわかっていて、カディスは言っているのかな?


 僕の拒絶に、カディスは目に見えて落胆する。


「やはり、貴様は一筋縄にはいかないか。まあ、そうだろうと俺も確信はしていた」

「それじゃあ、提案さえしなければ良いのに?」


 という僕の疑問には、アステルが背後でため息を吐きながら返す。


「馬鹿竜王め。大公のお前の方が勝手にこの国に来たんだ。そこで都合悪く騒動を起こしていたカディス卿からすれば、お前が何の目的でこの国に来たのかはわからないとしても、一応は声を掛けておいた方が良いに決まっているじゃないか」

「ああ、そうだね!」


 魔族の国で余計な騒動を避けるために、僕は魔族の真の支配者が授けてくれた称号を素直に受け取って、庇護を受けているわけだからね。

 その僕が、何かの用事で国内に現れて、そこがまさに騒乱の只中ただなかだったとしたら、統治者としては気を配らなきゃいけないよね。

 手強い相手には、そうして細心の注意を払っておかないと、後々で文句を言われたり罠に嵌められたりする。それが、魔族の恐ろしい社会だ。

 それで、カディスは僕たちを追ってきた。そして、駄目で元々とわかっていても、取り敢えずは家臣に誘ってみたってことかな?

 僕が配下になれば、新魔王にはくでも付くのだろうか?


 でも、僕はカディスの提案を絶対拒否の姿勢で断った。

 カディスだって、僕が先日に大公の称号を授かったことを既に知っているくらいだ。僕の性格や立ち位置くらいは十分に理解しているんだろうね。僕の拒絶に、怒りも困惑も見せない。

 その代わりに、これまで容赦なく放たれていた魔力を更に濃くし、僕を真正面から見据えてきた。


「太公エルネア・イース。臣下になるのであれば善し。でなければ……」


 握り締めた右手に、真っ赤に燃えたぎる魔剣が召喚される。


「俺の名をとどろかせるためのかてとしてくれよう」

「ななななっ!!?」


 なんて喧嘩っ早い魔族なんだ!

 言う事を聞かない相手は、排除する。

 まさに魔族の、魔王らしい自分勝手極まりない思考に、僕たちは息を呑む。


 カディスは、父である深緑の魔王さえ、魔王の資格無し、と討つほどの非情な魔族だ。しかも、あの傀儡の王さえも討ち、傀儡のお城は焼け落とされていた。

 自分の意に沿わない者、邪魔な存在、反逆の意思を示す魔族は、全て滅ぼす。そうして己の力を支配される魔族に示し、魔王として君臨する。

 これが、新たに魂霊の座を授かった大魔族の、魔王としての素質なんだ!


 でも、僕たちがカディスの都合に合わせる必要なんてない!

 迷惑な干渉は拒絶して、相手の勝手な都合になんて振り回されないよ?


「太公の僕に手を出すという意味を知っていての暴挙かな?」

「暴挙? 貴様を討てば、何も問題はない。俺が大公よりも強く、恐ろしく、偉大な魔王であるという証明になるだけだ」

「勝つ気満々だね?」


 カディスの握った真っ赤に滾る魔剣から、魔力と瘴気しょうきと炎が吹き上がってくる。

 魔剣からの熱だけで、僕たちは全身に汗をかく。

 周囲の樹々が、熱を受け止めきれずに炎をあげて燃え始めた。


「太公エルネア・イース。及び公爵アステル。死して、俺の築く時代のいしずえとなれ!!」


 カディスは全てを薙ぎ払うように、真っ赤な魔剣を振るった。


「ニーミア!」

「にゃっ!」


 視界の全てが灼熱色に染まる中で、僕たちは咄嗟とっさに動く!


 ニーミアが一瞬で巨大化すると、僕たちを鷲掴みにして一気に空へと舞い上がる。

 背中に乗っている暇なんてない。

 全ては、まばたきよりも短い瞬間で起きた。


 上空に上がった僕たち。その眼下は、一瞬で炎の海と化していた。

 樹海が燃え、山が燃え。

 地上から立ち昇る熱波で空の雲は消滅し、代わりに黒い煙が空を覆うように眼下から迫ってくる。


「ニーミア、ここは一旦逃げよう!」

「にゃん。帰るにゃん?」

「傀儡の王が討たれた以上は……」


 僕たちは、傀儡の王からグリヴァストの薙刀を返却してもらうために、この地を訪れただけ。

 でもその傀儡の王は、カディスによって既に討たれたという。では、もうこの国には用事はない?


 ……ううん。


 グリヴァストの薙刀を、カディスは所持していなかった。

 ということは、グリヴァストの薙刀は現在もこの国の何処どこか、もしかすると、カディスの配下の誰かの手に有るのかもしれない。

 そして僕は、グリヴァストの薙刀を持ち帰らないといけない。

 巨人の魔王に言われているに、何よりも大神殿に迷惑をかけたままなんて、人族てしてあり得ないからね!


 ということは?


「とにかく、カディスの追撃が届かない場所まで移動しよう」


 傀儡の王のお城から、この山岳地帯まで。そこそこの距離はあったはずだ。しかも、追っ手を振り払う速度で僕たちは飛んできた。

 だけど、カディスは難なく僕たちに追いついてきた。

 そう考えると、生半可な距離や速度では、また同じ結果になるだろうね?


「南に行けば、賢老魔王の支配する国になるんだっけ? そっちの方に飛んでもらえるかな?」


 レヴァリアは、きっとこの異変にすぐ気付くはずだ。

 連絡を取る手段がないけど、きっと大丈夫だよね?

 レヴァリアの翼なら、魔族の追撃なんてものともしないし、僕たちと一時的に逸れたとしても、きっと探し出してくれるはずだ。


 僕たちは、燃え盛る大地を後にして、飛び去った。

 カディスは、一撃目を放った後は追撃もせずに、炎の海の中に配下の魔族たちと共にたたずみ、飛び去るニーミアの姿を視線だけで追っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る