燃える傀儡城

「い、いったい何が!?」


 混乱する僕たち。

 小さな湖のほとりに建つ立派なお城が、炎をあげて崩れていく。そして、燃え崩れるお城と湖畔こはんを包囲するように布陣する、魔族の大軍。


 どういう状況なのかな!?


 確認する暇もなく、魔族の大軍から空に上昇してくる部隊を見つける。


「魔族がこっちに来るにゃん?」

「くっ。そりゃあ、竜族が飛んできたら魔族だって警戒するよね?」


 でも、訳がわからないこの状況で、魔族の軍隊と戦うわけにはいかない。

 なにせ、ここは竜峰ではない。魔族から見れば、竜族や僕たちこそが異物なんだ。そこに僕たちの理屈を勝手に当てはめて、場を混乱させるような状況を生み出すわけにはいかないからね。


「レヴァリア、ここは一旦退くよ!」

『ええい、魔族如きに対して、我に尻尾を巻いて逃げろというのか!』

「違うよ。レヴァリアの実力を知っているから、戦っちゃ駄目だと言っているんだよ? だって、レヴァリアがその気になったら、魔族の大軍だって蹴散らしちゃうでしょ? でもそんなことをしたら、魔王が出てくる可能性があるからね!」

『ちっ』


 魔族の国で、魔族の大軍が動いている。そこに魔王の意志が働いていない訳がない。

 僕の指示に従い、レヴァリアが方向転換する。それでも大空に響き渡る咆哮を放ち、こちらへと急接近してくる魔族の飛行部隊へ牽制を入れた。

 空に上がった魔族の部隊が、レヴァリアの恐ろしい咆哮に悲鳴をあげる。隊列を乱し、なかには高度を落としてしまう者も現れる。それでも、軍隊らしくこちらへと迫る魔族の飛行部隊。


 レヴァリアとニーミアは、雲よりも高い位置まで上昇する。

 たとえ翼を持つ魔族であっても、雲の上までは追って来られない。

 レヴァリアは雲の上で旋回しながらもう一度咆哮を放つ。そして、状況のわからない戦場を後にして、飛び去る。

 ニーミアもレヴァリアの後を追って、燃え落ちるお城と湖のある深い山奥から遠ざかる。

 魔族の飛行部隊は、雲の上のレヴァリアとニーミアをそれでも執拗しつように追いかけてきたけど、速度でも優る竜族にはついて来られずに、途中で諦めて引き返していった。


「……ふう。なんとか諦めてくれたね?」


 僕はニーミアとレヴァリアに指示を出して、山岳地帯の深い森の奥に降りてもらう。

 レヴァリアが着地をすると、すぐにライラが走り寄ってきた。


「エルネア様!」

「よしよし。ライラ、不安だったんだね?」


 困った表情のライラを抱き寄せて、頭を撫でてあげる。

 ライラは、アステルやメジーナさんの視線に恥ずかしそうに俯きながらも、僕から離れようとはしない。

 大親友のレヴァリアの背中の上に乗ってはいても、ひとりだと不安になるよね。それが、意味不明の状況なら尚更だ。


「よし。それじゃあ、何が起きていたのかを整理しようか!」


 レヴァリアはライラを下すと、すぐに飛び立っていった。

 きっと、えさを探しに行ったに違いない。

 さすがのレヴァリアでも、単身で魔族の大軍に突撃をするようなことはしないはずだからね?

 ニーミアは小さくなると、僕の頭の上に登って寛ぐ。


「ええっと。ねえ、アステル。さっきのお城が傀儡の王の居城で間違いないんだよね?」


 僕たちは、アステルの案内を頼りにここまでやって来た。

 空からでも目印になりそうな景色を探し、そこからどの地方にいるのかを割り出して、目的地の方角を定めて飛んできたんだ。

 そして、アステルから事前に聞かされていた。

 傀儡の王の居城は、深い山と森の奥。小さな湖の湖畔に建っていると。

 近隣には領民たちが暮らす小さな都があり、領地内には数える程度の村や集落があるだけだと聞いていた。


 でも、アステルに言われた場所に一致するそのお城が、魔族の大軍に包囲されて燃え落ちていた。

 本当に、あれが傀儡の王の居城で間違いないのかな?

 深緑の魔王に攻められても、十万の魔族軍を操って撃退した傀儡の王。その居城が、陥落してしまった?

 それとも、似たような場所に間違えて来てしまい、僕たちが誤解しているだけかな?


 ……というか、魔族の大軍に包囲されて燃え落ちているお城の状況って、なんなのさ!?


 頭を抱える僕。

 アステルは僕に質問を振られて、不機嫌そうに頬を膨らませる。


「やっぱり、お前と一緒に行動するとろくな目に遭わない! わたしはもう帰る!」

「いやいや、アステル。機嫌を直してね? そして、僕たちにも状況を教えてほしいな?」

「わたしが知っているわけがないだろう! 知っていたら絶対にこんな場所には来ていないっ」

「たしかに……」


 アステルは、自分が起こした騒動には嬉々ききとして足を突っ込むけど、他者のくわだてや騒動は嫌うんだよね。まさに、自分勝手な猫のような性格だ。……まあ、それでも巨人の魔王や魔族の支配者に振り回されちゃうんだけどね?

 それはさて置き。


「念の為に聞くけど、やっぱりあそこが傀儡の王のお城だったんだよね?」


 ひとつずつ、疑問を解消していこう。

 僕は改めてアステルに質問する。


「そうだ。わたしがあの城を創ってやったんだから、間違えるはずがない。それを、あいつら! わたしの努力を水の泡にした奴らを許すものか! 馬鹿竜王、戻ってあいつらを皆殺しにしてこいっ」

「なんて残虐的な!? さすがにそれは無理だよ? というか、あの大軍は何処どこの軍隊だろうね?」

「ふんっ。盲目もうもく竜王め。軍旗ぐんきが見えなかったのか? あれは深緑の魔王配下の軍勢だったぞ?」

「軍旗が見えても、僕は深緑の魔王のことを知らないから、わからないよ?」


 というか、あの状況でアステルはちゃんと軍隊の正体を探っていたんだね。そういうところは、さすがは公爵なのかな?


「それで。深緑の魔王の軍旗はどういうものなの? それと。深緑の魔王の軍旗がかかげられていたってことは、傀儡の王は主君に攻撃されたってことかな!?」


 過去にも大軍を向けられたことのある傀儡の王だ。また何か問題を起こして、魔王に大軍を差し向けられたのかな?


「深緑の魔王の軍旗は、大樹と月と剣だ。ああ、勘違いするなよ? 大樹といっても、お前が想像した大樹ではないからな? あれは、森を象徴しているだけだ」

「ふむふむ? もしかして、深緑の魔王の『深緑』って、森に関係する力を表しているとか?」

「馬鹿竜王め。今更気づいたのか?」

「情報不足なんだから、仕方がないよね?」


 巨人の魔王は、正体が雲を突き破るほどの巨人だから。妖精魔王は、存在定義が妖精のようだから。

 魔王は、存在を示すかんむりで呼ばれる法則があるのかな?

 そう考えた時。「深緑しんりょく」が何を意味するのか。

 深緑といえば、森や大自然を思い浮かべるんだけど。どうやら、この地の魔王はそうした自然に関わる存在のようだね。


「それじゃあ、さっきのお城はやっぱり傀儡の王の居城で、何かしらの問題があって、君主である深緑の魔王に大軍を差し向けられて、お城を落とされたってことかな?」


 空から見ただけでも、湖とお城を包囲していた魔族の軍勢は数万規模だった。


「はわわっ。ですが、傀儡様公爵様は十万の魔族も操れるお方ですわ?」

「うん。ライラの言う通りだね。傀儡の王の能力を考えると、数万の大軍を差し向けても、過去の過ちの繰り返しになっちゃいそうだけど?」

「それじゃあ、何か対策をして攻めて来たとかじゃないかしら?」


 メジーナさんの考えに、むむむ、とうなる僕。


「ねえ、アステル。傀儡の王と前に大喧嘩した時には、どうやって勝ったの? 深緑の魔王が傀儡の王の能力を破る方法を見つけて復讐に来たとかって考えは合っているかな?」


 僕の質問に、アステルは考え込む。

 そして、鼻を鳴らして否定した。


「ふんっ。馬鹿竜王め。お前の考えは間違っているぞ。トリスが取った奇策がたまたまあいつに有効だっただけで、再利用なんてできない戦法だ。それに、深緑の魔王にあいつを討つだけの力は残っていない」

「えっ!? どういうこと?」


 深緑の魔王は過去に一度、傀儡の王に敗退している。

 自分勝手に暴れる傀儡の王をいましめようと、十万の大軍を差し向けた。だけど、その大軍は傀儡の王に操られて、より大きな騒動になってしまった。

 深緑の魔王は事態を収拾させるために、仕方なく自らの手で自国の軍隊を滅ぼしたんだよね?

 もしかすると、その時の損失から深緑の魔王は立ち直れていないのかもしれない?

 でもそうすると、今回の大軍の攻勢は何なのかな?

 アステルの説明と今回の事態の辻褄つじつまが合わなくて、混乱する僕たち。


「深緑の魔王は……。いや、でもあの軍旗は?」

「アステル、何か思い当たることがあるの?」


 アステルは何に気づいたのか。

 僕たちは固唾を呑んで、アステルの次の言葉を待つ。

 だけど、ニーミアの警戒の声で事態が一変してしまう。


「周囲に魔族の気配にゃん?」

「うん。もう追いつかれちゃったか」


 警戒はおこたっていなかった。

 だから、森の奥に潜んで僕たちを包囲するように迫る魔族の気配にも、すぐに気づいていた。


「ええっ、魔族!? 包囲されているの?」


 メジーナさんだけが、予想外といった感じで焦る。


「安心してください、メジーナさん。魔族ならこれくらいは普通なので、僕たちも遅れを取ったり油断はしていませんから」


 傀儡の王の居城があった場所からは、かなり離れた場所に身を隠したつもりだ。

 それでも、上級魔族であればこちらの位置を割り出して、追いかけてくることはできるはずだ。それが正規の兵士であれば、尚更だよね?


 魔族がどれほどに強いのか。僕たちは十分に理解している。

 戦いになれば、遅れは取らない。でも、その身体能力や知能は、人族などより遥かに優れているんだ。そんな相手に油断をしていたら、足元をすくわれるからね。


「逃げるにゃん?」

「ううん。ここは迎え討とう。どうせ、魔族の誰かから事情を聞かないと、今以上の詳しい状況はわからないからね?」

「生け捕りにゃん?」

「うん。殺生は禁止で! ライラ、大丈夫だね?」

「はいですわ!」


 僕に抱きついたままだったライラも、迫る危機に気を入れ直す。

 顕現したアレスちゃんから両手棍を貰うと、油断なく身構える。


「うわっ。魔族と戦闘? しかも、生け捕りって無理難題すぎないかな!?」


 メジーナさんも薙刀を手に身構えるけど、こちらは及び腰だ。

 メジーナさんの反応が、本来は正しい人族の姿だね。


「くっ。馬鹿竜王。ちゃんとわたしも護れ!」

「やれやれ。ニーミア、アステルの護衛を任せても良いかな?」

「お任せにゃん」


 ニーミアは、僕の頭の上からアステルの頭の上に飛び移る。


「メジーナさんも、無理はしないようにお願いします。危険だと感じたら、躊躇ためらいなくニーミアを頼ってくださいね?」

「むうっ。エルネア様とライラちゃんには余裕があるのに、特位戦巫女の私が足手纏いだなんてっ」

「足手纏いじゃないですよ? ただ、実力のわからない人との連携は難しいので、いざとなったら僕とライラで対応します」


 くやしそうに、眉間にしわを寄せるメジーナさん。それでも一歩退いて、アステルの傍に立つ。

 そうして僕たちが臨戦体勢を整えている間にも、魔族の包囲網は縮まっていく。

 そして深い森の奥から、屈強な魔族が姿を現した。


「太公エルネア・イースとお見受けする。どうか、我らに助成して頂きたい」

「えっ!?」


 見慣れてしまった漆黒の禍々まがまがしい魔剣を腰に帯びた、屈強な魔族。その魔族の思わぬ言葉に、僕は驚いた。

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