傀儡のお城は何処ですか?

 僕たちの知らない場所でも、歴史は動いている。

 アレムガル王国という人族の国の情勢と聖女様のお話を聞いて、これまで以上に世界というものを広く感じた。

 アームアード王国の勇者やヨルテニトス王国の竜騎士、そこにつむががれてきた歴史と伝説が僕のなかに存在するように、メジーナさんや人族の文化圏の国々にも色々な物語があるんだ。


 トリス君が言っていた。

 神殿宗教の総本山である神殿都市は、数年前に魔族の大侵攻を受けた。

 巫女王様は魔王ユベリオラと相打ちになり、神殿都市の聖女様は魔将軍ゼリオスを見事に討ち取ったという。


 アレムガル王国の聖女様。

 そして、神殿都市の聖女様。


 アレムガル王国の聖女様は、堕ちた後の厄災をうれいて、自ら命を絶った。

 では、神殿都市の聖女様のその後はどうなったんだろうね?


「はわわっ。エルネア様、寂しかったですわ」


 太陽が西の大地の先に沈み、夜営をしようと地上に降りたら。

 ライラが慌てたようにこちらに駆け寄ってきて、僕に強く抱きついてきた。

 どうやら、ライラはレヴァリアの背中の上から、僕たちが話し込んでいる様子をずっと見ていたみたいだ。それで、自分だけが仲間外れのような感じを受けちゃったようだね。


「よしよし、ライラ。大丈夫だよ。僕たちが話していたことを教えてあげるね?」


 ニーミアとレヴァリアは、深い渓谷に降りた。

 人気ひとけのあるような場所だと、ここは魔族の住む領域だから、何が起きるかわからないからね。

 近くの小川から水を汲み、焚き火を起こして夜営の準備をしながら、ライラにニーミアの上で聞いたメジーナさんのお話を語ってあげる。

 ライラは本当に寂しかったのか、僕からひと時も離れようとしない。メジーナさんはそれを微笑ましく見守り、アステルはわざとらしいため息を吐いていた。


「アレムガル王国の聖女様にお会いしたかったですわ」

「そうだね。でも、十年前というと僕もまだ軟弱者で、リステアたちにさえ出会う前だからなぁ」

「わ、わたくしは……」


 はわわっ。と小さくなったライラの肩を抱き寄せた。


「アレムガル王国の聖女様には会えなかったけど、神殿都市の聖女様にならきっと会えるよ。そして、きっと仲良くなれると思うんだ?」

「はいですわ! エルネア様でしたら、仲良くなれますわ」

「ライラもね?」


 遠征先でも、アステルがいれば食材には困らない。何でも創り出せるからね。

 というか、僕たちが夜営地で準備を進めている間に、アステルがこの地に巨大なお屋敷を創り出そうとして、ひと悶着もんちゃくあったのは気のせいです。


「うんうん。きっとエルネア様たちは聖女に会えて、仲良くなれるわよ!」


 メジーナさんも僕たちの会話に加わって、笑ってくれた。

 ただし、メジーナさんの笑顔には少しだけ影があったような気がした。


 知らない土地での夜営とは思えない豪華な食事を摂り、僕たちは順番で警戒をしながら眠りに着く。

 そして翌日になると、また出発するためにニーミアとレヴァリアの背中の上に別れて乗せてもらう。

 ライラは、昨日あれだけ寂しがったというのに、迷うことなくレヴァレアの背中に乗った。

 メジーナさんはニーミアの背中の上。


「それじゃあ、アステルはレヴァリアの……」

「お前は馬鹿かっ。あんな恐ろしい飛竜の背中になんか乗れるかっ」

「ええーっ。レヴァリアの乗り心地も最高なのにな?」


 アステルは、逃げるようにニーミアの背中によじ登り、自分で腰に体毛を巻く。

 それを見て、僕は笑ってしまう。


「どうせ逃げるなら、僕たちの手から逃げるために山の中とかに走って行けば良いのに?」

「馬鹿竜王め。知らない土地で貴様たちとはぐれたら、わたしが大変だろうっ!」

「言われてみると?」


 ある意味で素直なアステルの行動を笑いながら、僕は今日もニーミアの背中の上に乗せてもらう。


「ライラ、ごめんね? 休憩の時はまたいっぱい話そうね?」

「はいですわ!」

『ふんっ。貴様なんぞ、もう乗せるものか』

「うわっ。ライラよりもレヴァちゃんの方が先にねちゃった!?」

『レヴァちゃん言うなっ!』


 レヴァリアは咆哮を放つと、大小四枚の翼を羽ばたかせて荒々しく飛び立つ。

 ニーミアも僕を乗せると優雅に飛翔して、レヴァリアを追う。

 メジーナさんは、一瞬で遠くなる地上の景色に見入りながら、瞳を輝かせていた。


「すごい体験ですよね。まさか、空の旅をこうして何度も経験できるなんて。帰ったら、みんなに自慢しちゃおう!」

「もう既に、何人も体験した後ですけどね?」


 北の海へお魚釣りへ行ったり。竜王の都や魔王城へ行ったり。

 流れ星さまたちと一緒に、短期間で色々な場所に行ったよね。

 僕たちにとっても新鮮な体験だったけど、流れ星さまたちにとっては、僕たち以上に貴重な体験になったのかな?


 魔族の真の支配者の側近である鮮やかな赤い衣装の幼女が流れ星さまご一行を僕たちに預けていった理由は、もしかするとこういう体験を積ませるためだったのかも。と勝手に思ってしまう。

 だって、巨人の魔王や魔族の支配者などは、自由気ままに振る舞っているように見えて、実はずっと未来まで先読みして、自分たちが有利な状況になるように絶えず画策しているからね。


 てもそう考えると……?

 つまり、流れ星さまたちの経験や成長が、今後の魔族の国の情勢に大きく関わってくるってことを意味するのかな?

 それとも、流れ星さまたちを通して、僕たちに更なる何かをくわだてている?

 そして、それはどちらであっても、きっと神族に関わる事なんじゃないかな?


 何やら活発化してる神族の動き。

 特に、ベリサリア帝国の動きは不穏だ。

 ベリサリア帝国の西に在るカルマール神国がアレムガル王国を攻撃したのだって、元をただせばベリサリア帝国の侵略の圧力があったからだ。

 巨人の魔王だけでなく、魔族の支配者も神族の動きを気にして、トリス君たちに情勢偵察を命じている。


「むむう。神族にはあまり関わるなって言われているけど、気になるなぁ」

「気になっても、首を突っ込んだら駄目にゃん?」

「そうだね。戦争に加担するわけにはいかないよ。でも、いざという時のために備えは必要だからね」


 ベリサリア帝国や神族の支配する地域は、魔族の国々の更に南にある。

 僕たちの住む禁領や活動範囲の竜峰北部からは遠い場所だから、直接的な影響はないかもしれない。

 でも、あの艶武神えんぶしんテユや謎の多い帝が支配するベリサリア帝国が、素直に東進侵略だけを第一目標にし続けるだろうか?

 もしかしたら、竜の森の南に広がる湖や、竜峰の南部を侵略してくるかもしれない。

 僕たちは、そうした神族の不穏な動きに対応できるように、いろんな備えをしておかなきゃけいないかもしれないね。


 でも、その前に!

 僕は傀儡の王から、グリヴァストの造った最高傑作の薙刀なぎなたを取り戻さなきゃ行けません!


「ねえねえ、アステル。傀儡の王の住んでいる場所を知っているよね?」

「ど阿呆竜王め。今更そんなことを聞くのか?」

「はっはっはっ。そうです! 今更聞いてみました! 僕たちって、実は傀儡の王の領地の大凡おおよその場所は聞いていたんだけど、正確なことは何も知らないんだよね?」

「貴様は、本当にお馬鹿だなっ!」

「いやいや。だからこうして、アステルを連れてきたんじゃないか」

「いい迷惑だっ」


 傀儡の王の領地は、中央の国を支配する賢老魔王と、その北を支配する深緑の魔王との国境付近に在るんだよね? と僕が聞くと、不満そうではあるけど、アステルが教えてくれた。


「あいつは、正確には深緑の魔王の国の領主だ。だから、目指すなら深緑の魔王の国の方角で間違いない」

「ほうほう?」

「ふむふむ?」


 僕を真似して、メジーナさんが頷く。

 でも、この顔は実は何もわかっていない顔ですね?

 僕は補足として、魔族の国の特殊な社会形態を説明する。


「もう知っているとは思うんですが。魔族の国を支配する魔王の上には、真の支配者が存在します。そして、始祖族と呼ばれるアステルような特別な魔族は、その支配者から直接領地と爵位を授かるんですよ」


 魔族の支配者に従わなければ、たとえ絶大な魔力と特殊な能力を持つ始祖族であっても、殺される。

 だから始祖族は、アステルであっても素直に爵位と領地を受け取るんだ。

 そして、領地を授かって土地を管理する立場になれば、その領地を支配する国の魔王の配下となる。


「アステルは、巨人の魔王の配下だよね?」

「ふんっ。なりたくてなったわけじゃない。仕方なくだ」

「でも、巨人の魔王の配下で良かったでしょ? クシャリラの国に領地を貰っていたら、きっと今頃は大変な状況になっていたと思うよ?」


 クシャリラとは? とメジーナんさに聞かれて、妖精魔王のことですよ、と答えたら、メジーナさんは慌てて自分の口を塞いでいた。

 上位の魔族は、他者に気安く名前を口にされることを嫌うからね。

 メジーナさんも、それくらいは知っている。


「魔王の名前を平気で口にするエルネア様が、実は一番恐ろしいのでは?」

「メジーナさん、なんてことを言うのかな!? 大丈夫ですよ。クシャリラと僕は同盟関係ですし、きっとクシャリラよりも恐ろしいシャルロットも僕は呼び捨てですから!」

「……魔王と同盟関係!? やっぱり、エルネア様が一番恐ろしいですね!」

「そんな馬鹿な!?」


 さすがの僕でも、魔族の真の支配者と側近の名前は口にしませんからね?

 それはともかくとして。


「話を戻しましょう。それで、アステル。傀儡の王の領地は、こっちの方角で良いんだよね?」


 僕が確認を入れると、アステルは険しい表情で僕を見た。

 そして、力強く言う!


「知らん!」

「えっ!?」


 目が点になる僕とメジーナさん。

 それを見て、アステルは思いっきりため息を吐いた。


「馬鹿馬鹿竜王め。わたしだって空の旅は初めてなんだ。空から景色を見下ろして、いま自分がどの地域のどこの空を飛んでいるかなんてわかるかっ」

「い、言われてみると? あー。僕たちも、慣れるまでは竜峰の空を飛んでいてもどの辺りだとかはわからなかったからね?」

「んにゃん」


 確かに、アステルの言う通りだね!


 地上を旅していれば、街道に沿って街や村や都があり、自分たちがどの地域をどこへ向かって旅しているのかを色々な情報から知ることができる。

 でも、空を高速で移動していると、眼下の景色はあっという間に流れて過ぎ去ってしまう。

 それに、山の形や曲がりくねった街道、空から見下ろす街や村の景色なんて見たこともないんだから、上空から確認してもそれが何て名前の場所かはわからない。


「盲点だったね!」

「大馬鹿竜王めっ」

「僕への罵倒ばとうが酷くなっていくよ……」

「よしよし、エルネア様。ライラちゃんの代わりに私が慰めてあげますね?」

「にゃん。ライラお姉ちゃんがレヴァリアの上からこっちを見て、悲しそうにしているにゃん?」

「ライラが嫉妬しちゃうから、メジーナさん、大丈夫ですよ? それに、僕はいつだって前向きなんです!」


 ニーミア、と声を掛ける僕。


「空からでもわかる、目印になるような建物や風景を探すんだ! そこから現在地をアステルに割り出してもらって、方角を決めてもらおう!」

「結局他人任せじゃないかっ」

「ううん、違うよ。アステルを信じて頼っているんだよ?」

「意味は一緒だっ」


 ぷんすかと怒るアステル。

 僕とメジーナさんは、猫の性格をしているアステルの機嫌を取るように、ニーミアの背中の上で必死に構ってあげた。

 そのおかげか、アステルはニーミアが見つけた珍しい断崖だんがいの景色をもとに、傀儡の王の領地を示してくれる。


「奴の領地はそれほど広くはない。空からなら、領地に入ればすぐに傀儡の城が見えるはずだ」

「傀儡の城かぁ。どんなお城なんだろうね? プリシアちゃんがいたら、絶対に喜んでいただろうね?」


 なんて、気楽に思っていた時期が僕たちにもありました。

 だけど……


 更に二日かけて、僕たちは魔族の国を横断した。

 そして、深い森と湖が美しい、傀儡の王の領地へと入った時。

 僕たちは見た。


「傀儡の城が……も、燃えている!?」


 魔族の大軍に襲撃され、燃え落ちていく傀儡の城。

 僕たちは空から惨劇を目撃して、息を呑んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る