裏切りの剣

「はい。あんたはこれを切って。そっち、もうちょっと丁寧ていねい出汁だしをとって。火が弱い。しっかり焼きなさい。ついでに、主さまの前に焚き火をお願い」


 どうやら、褐色肌の耳長族の人たちは家族みたい。僕と最初に出会ったナザリアさんは、セジムさんと夫婦。その下に、兄のアゼイランさんと妹のアユラさんがいた。

 四人で、桃色髪の不思議な少女に仕えているみたいだね。

 そして主婦のナザリアさんが主導して、夕食を作っていた。


 ううーん。でもこれって、料理をしていると言うのかな?

 ナザリアさんが指示をする相手。それは、夫のセジムさんや二人の子供たちじゃない。

 四人それぞれが召喚した精霊さんに指示を出して、一気に料理を進めていた。


 顕現けんげんした精霊さんは全員が、大人の姿をしていた。

 ナザリアさんとアユラさんは火と土の男性の精霊を呼び出していた。

 どうも、近場にあった竃は土の精霊さんの作品らしい。その竃で火を起こしたり、僕と不思議な少女の前に暖をとるための焚き火を灯したのは火の精霊さん。

 セジムさんとアゼイランさんは女性の精霊を召喚していた。風の精霊さんが食材を切り、水の精霊さんが鍋の管理。

 ナザリアさんは最初こそ下ごしらえに動いていたけど、今では全て、精霊さんに料理をやらせていた。


 僕は少女と二人で、せわしなく動くナザリアさんと精霊さんたちを見つめていた。


 僕って、このままここに居てもいいのかな?

 横に座っている少女は、聞かなくても高貴な人物だってわかる。そんな人の隣で、料理が出来上がるのを待つだけだなんて。

 でも、お肉を提供したのは僕だから、ご相伴そうばんに預かるくらいの権利はあるのかな。


 それでも、手持ち無沙汰な状況が申し訳なく思う。

 だけど、あまり気にしなくても良いのかな。

 毒草や下手物や食べられない魚を捕ってきたナザリアさん以外の耳長族の三人は、採集してきた物の前で小さくなって反省している。

 隣の少女は、上機嫌に鼻歌を唄いながら、料理ができるのを楽しそうに待っていた。


「さあ、できた」


 そして、夜闇が支配し始めた頃。

 美味しそうな匂いとともに、素敵な食べ物が目の前に並べられた。

 兎肉の煮込み。兎肉の串焼き。ナザリアさんたちが所有していた山菜を使った盛り合わせ。平べったいパン。

 どれも一品一品の量は少なかったけど、とても美味しそうに見える。

 思えばここ何日間か。

 人工的な味の付いた食べ物を口にしていなかったよ。


 僕と隣の少女には、他の人たちよりも多めに料理が盛られた。

 食卓の格差にぶうぶうと文句を言うセジムさんとアゼイランさんの頭に、ナザリアさんの拳が容赦なく振り下ろされる。

 ううむ。この家族も母が強いらしいです。


 みんなで焚き火を囲み、いただきます、と夕食を食べ始める。

 少し辛味のある煮込みが美味しい。串焼きは塩味で、素朴だけどお腹いっぱい食べたくなるね。


 精霊さんたちは、調理が終わるとすぐに消えてしまっていた。

 耳長族の四人家族。僕と不思議な少女は笑顔で夕食を平らげた。

 そして、食後のお茶をのんびりと飲んでいると、そういえば、とセジムさんが口を開いた。


「ところで主さま。隣の少年は誰ですか?」

「……さあ?」


 愛くるしい瞳で僕を見つめる少女が、そういえば誰でしょう、と僕を見つめる。

 今更ですか、と僕の方が肩を落とす。


「ああ、その子はね」


 状況を説明してくれたのは、ナザリアさんだった。

 ナザリアさんも、今晩の食料を求めて狩りをしようとしていたらしい。そこで僕を見つけて、色々あって連れてきた。と説明してくれたおかげで、僕は楽ができました。


「エルネア・イースと言います」

「儂は四護星しごせいたい』のセジム。ナザリアの夫だ」

「俺は四護星『けん』のアゼイラン。もう知っていると思うが、俺の方が兄だ」

「私は四護星『じゅつ』のアユラよ。私たちは家族なの」

「これまでの様子や口ぶりから、家族だと思っていました」

「おお、エルネアは素晴らしい洞察力の持ち主だ」

「……いや、誰でもわかると思いますよ」


 セジルさんの納得顏に、全員で笑う。


「ええっと。それで……」


 僕は、まだ名乗っていない隣の少女を見た。

 少女はひざを抱えて可愛らしく座ったまま、僕を見つめ返す。


「ミシェイラ。竜王エルネア、よろしくね」

「……おかしいな。竜王だと名乗った覚えはないんだけど?」

「ふふふ。聞いていた通り、可愛い子」

「ううーん。ミシェイラちゃんの方が僕よりも年下に見えるから、子供扱いされると変な気持ち」

「気にしないで」


 言ってミシェイラちゃんは、手を伸ばして僕の頭を撫でた。

 ほんわりと、頭だけじゃなくて身体の奥底から温まる感じがする。

 不思議です。子供扱いされても嫌な気分にはならないよ。


「ナザリアさんたちは、ミシェイラちゃんの護衛かなにかですか?」

「そんなところだな。とはいえ、護衛対象というよりも、もう家族の一員みたいなものだ」

「そりゃあ、そうさ。父さん。千年以上も一緒に旅をしているんだ。家族だよ」

「うーん。アゼイランとは家族になりたくないの」

「ミ、ミシェイラさまっ」

「ふふふ、冗談よ」


 なごやかにやり取りをする様子を見て、ああ、この人たちは本当の家族なんだな、とよくわかった。


「ところで、ミシェイラちゃんはどんな種族なのかな? それに、しごせいってなに?」

「そんなことよりも、エルネアがどうやって竜王になったか知りたいわ」

「アユラ、良いところを突いた。どうやってあの巨人の魔王と知り合った?」

「北の海の様子はどうだっただろうか」

「わたしは、どうやって空間跳躍を会得したのか知りたい」


 ぐぬぬ。

 質問したつもりが、逆に質問攻めにあってしまいました。


 僕には言えない秘密がいっぱいあるし、どうやって話をしていこう、と困惑する。

 ナザリアさんたちは僕の困惑なんて御構いなしで、ぐいぐいと僕の身の上話に食いついてきた。

 ミシェイラちゃんは、相変わらず僕の隣に大人しく座って、可愛い笑みを浮かべてみんなの様子を見ていた。


 久々に、賑やかな夜になった。

 お茶請ちゃうけは残念ながらなかったけど、お茶を片手に眠くなるまで話し込む。


 ナザリアさんたちは、世界中を旅して回っているらしい。

 褐色肌の耳長族は、大陸の南側に多く集落を持つのだとか。

 そして旅を続け、とある事情でこの地域を訪れた。とある事情がなんなのかとか、込み入ったことは聞いちゃいけない。それが冒険者の暗黙の了解だ。

 まあ、僕は冒険者じゃないんだけどね。


 話して分かったことは、ナザリアさんたちはずっと昔からミシェイラちゃんに仕えてきた家族らしい。

 つまり、ミシェイラちゃんはこう見えて、千歳以上の年齢ということになるね。そして、ナザリアさんたちも。

 敵わない、と直感で悟るわけです。

 若輩じゃくはいの僕が体験してきた苦難程度なんて、この人たちはとっくの昔に何度となく乗り越えてきているんだ。

 そして、ミシェイラちゃんはこの禁領に入ることを許されている人物のうちのひとりらしい。

 共同管理者、ではないんだね。


「許可なんてなくても、勝手に入って勝手に休むの」


 と豪語していた辺りから察するに、巨人の魔王とかスレイグスタ老とか、そういったたぐいと同等かそれ以上の存在なんだろうね。


 世界は広く、恐ろしいです。


 そして夜も更けていき。そろそろ寝ようかとおひらきになる。

 夜間の警備は、毒毒三昧という情けない成果をあげたセジムさんが担当することになった。

 僕はお言葉に甘えて、手頃な廃墟の建物に入って眠ることにする。

 どれくらい昔の廃墟なのかわからないけど、壁があって風さえしのげれば快適に寝られます。

 廃墟の片隅で、僕は眠りについた。






「おはようございます」


 そして翌朝。

 僕が目覚めると、すでに耳長族の四人は目を覚ましていた。

 そして、なぜか朝から少し、お疲れ気味。

 朝からなにをしていたんですか……


「エルネア、悪いけど主さまを起こしてきて」

「えっ。僕がですか?」


 ナザリアさんに「行け」と言われると、なぜか逆らえません。怖いときの母さんみたい。


 ミシェイラちゃんの寝所を教えてもらい、仕方なく向かう。

 ミシェイラちゃんは僕と同じように、手頃な廃墟で毛布にくるまって寝ていた。


 あら?

 昨日見た背中の羽が無いように思える。

 毛布に丸まったミシェイラちゃんの背中は、僕たちと同じような背中の輪郭をしていた。


「ミシェイラちゃん、朝ですよー。早く起きないと、ナザリアさんに怒られるよ」

「ううん。もうちょっと。まだ眠いの」


 むずむずと毛布のなかに顔を埋めるミシェイラちゃん。


「早く起きないと、朝ごはんがなくなっちゃうよー」


 朝ごはん、という単語に、ミシェイラちゃんがぴくんと反応を示した。

 どんだけ食糧難だったんですか……


「食事は大切なの」


 眠たそうにまぶたこすりながら、それでも起きあがるミシェイラちゃん。

 ふわふわな桃色の髪が、寝癖で大変なことになっていますよ。


 ミシェイラちゃんは大きくあくびをして、飛び跳ねている髪を手櫛で整えながら、毛布から抜け出す。


 やっぱり、背中の羽が消えていた。


「ミシェイラちゃん、背中の羽は?」

「ん? 見たいの?」


 ミシェイラちゃんが僕に向かって手を伸ばす。

 手を繋いで欲しいということらしい。

 ミシェイラちゃんの手を取って、みんなの場所に戻る途中。

 ふわり、とミシェイラちゃんの背中に半透明の羽が四枚現れた。


「出し入れ自由なの。寝ている時に出してると、寝返りできないから」

「ああ、なるほど」


 なんて便利な羽でしょう。

 羽は、まだ眠たそうなミシェイラちゃんに同調して、へなっていた。

 垂れた羽が、なぜかプリシアちゃんの垂れ耳を連想させて、可愛く見える。


「ナザリア、ごはんー」


 そして、手を繋いでみんなのところに戻ると、ミシェイラちゃんが食べ物を要求した。


「は? 有るわけないじゃないですか。昨夜の贅沢で、食料は尽きました」

「……ほへ?」


 目が点になるミシェイラちゃん。


「で、でも……。エルネアが、ごはんあるって……」

「ご、ごめんなさい。起こすために嘘をつきました」


 うるうると大きな瞳をうるませて僕を見上げるミシェイラちゃん。

 ああ、なんという罪悪感なんでしょう!

 少女の無垢むくな瞳に射抜かれて、僕の良心が悲鳴をあげた。


「き、今日も獲物を狩ってきますから、朝ごはんは我慢してください! 今夜は満腹になるまでお肉をご馳走しますから!!」

「お野菜が食べたいの」

「採ってきましょう!」

「果物も食べたいの」

「お任せあれ!」

「竜の肉が食べたいの」

「……いえ、それだけはご勘弁を」


 僕はミシェイラちゃんの罠にかかったかもしれない。

 涙ぐむミシェイラちゃんの迫力に負けて、たくさんの要求を呑んでしまいました。

 夕食は豪華になることがわかったミシェイラちゃんの顔に、ようやく可愛い笑みが浮かぶ。


「どうやら、エルネアが主さまの罠にかかったらしい」


 ぼそりとセジムさんがこぼした言葉を、僕の耳は聞き逃しませんでしたよ!

 でも、約束をしてしまったからね。

 今日はどうやら、食料探しに奔走ほんそうしなきゃいけないみたい。


 狩りは得意です。竜峰でも、竜人族の人たちと競っていたからね。

 山菜や果物は……。知らない土地だけど、セジムさんのような失敗はしないだけの知識は持っています。ミストラルに、竜の森や竜峰でみっちりと仕込まれているからね。

 とはいえ、ここにアレスちゃんが来てくれると、とても助かるんだけどなあ。

 そういえば、アレスちゃんは息災だろうか。

 最近、全然顔を合わせてないよ。


 霊樹の木刀伝いにアレスちゃんの気配を探ろうとしたとき。


「そうか。今日は忙しくなるのか。では、その前に用事を済ませよう」


 にやり、とナザリアさんが意地悪そうな笑みを浮かべて僕を見つめた。


 嫌な予感がする。


「僕に用事ですか?」

「そう。君に用事だ」

「戻ってからじゃ駄目な感じ?」

「さすがに駄目だね。こちらが負担に耐えきれない」


 どういうこと?

 さっきまでの和やかな雰囲気はどこえやら。

 ナザリアさんだけじゃなく、他の耳長族の三人も含みのある瞳で僕を見つめていた。


 するり、とミシェイラちゃんの手が僕の掌から抜ける。


「竜王エルネア・イース。あたしに貴方の存在を証明してみせなさい」


 そして、ふふふと微笑んだミシェイラちゃんの笑顔は、そこはかとなく恐ろしいものに見えた。


「ど、どうして……。僕をだましていた?」

「違うの。仕方がないの」


 ミシェイラちゃんは僕の傍を離れて、ナザリアさんたちのもとへと歩いていく。


 僕は愚かだったのかな?

 出会って間もない人にほいほいとついて来た僕は馬鹿だったのかな?


 でも……


 今や僕と対峙した四人の褐色肌の耳長族と謎の少女。その誰からも、敵意のようなものは感じない。

 感じ取れないようにしているのかな?

 違うよね。

 僕は今、何者かわからないけど、計り知れない者に試されようとしているんだ。


 ごくり、と唾を飲み込む。

 いつ以来だろう。

 竜の祭壇での一件。アイリーさんのときとは違う。

 あのときよりも、もっと大きな意志に呑み込まれた感じがする。

 そう。まるで、初めてスレイグスタ老と出逢ったときのよう。

 世界の超越者が、僕の本質を見極めようとしている。


「とは言ってもね。一宿一飯いっしゅくいっぱんを共にした間柄だ。それに、わたしたちが直接手をつけちゃ、見極める前に終わるだろう」


 ナザリアさんの言葉に反論できない。

 確かに、僕ではこの五人の誰にも敵わないだろうね。


「と、いうことでさ」


 言ってナザリアさんが手をかざした。

 濃密な気配が辺り一面に充満し始め、緑と金色の光の粒が乱舞する。


「そんな……」


 ナザリアさんの力に導かれ、空間が揺らぐ。

 乱舞する光の粒が収束し、人の輪郭を浮かびあがらせる。そして顕現した存在に、僕は目を大きく見開いて愕然がくぜんとした。


「この、霊樹の精霊に相手をしてもらうとしよう」


 対峙するナザリアさんたちと僕の間に現れたのは、紛れもなくアレスさんだった!


 黄金色に輝くアレスさんの瞳が、僕を見据える。

 いつものような妖艶ようえんさは微塵もなく、冷たい感情が吹雪ふぶきとなって僕の心に吹きすさぶ。


 アレスさんは僕を見ても表情を変えることなく、無造作に右手を動かした。

 手には、一本の木の枝が握られていた。

 木の枝は、アレスさんの精霊力によって形を変える。そして、ひと振りの剣へと変貌した。


「そういう訳だ。エルネアよ、覚悟せよ」


 アレスさんの抑揚よくようのない言葉からは、感情が読み取れない。

 アレスさんは手にした剣の切っ先を僕へと向ける。

 僕は突然の出来事に、茫然ぼうぜんとしてしまって動けない。


「さあ、早く構えなさい、エルネア。君がやる気を出さなくても、この霊樹の精霊は君を襲う。なにせ、わたしの使役下にあるのだから」


 腰にさしたままの霊樹の木刀を通して、アレスさんとの繋がりを感じ取れない。

 ナザリアさんの言葉は本当だ。

 一心同体とも思っていた存在のアレスさんを奪われ、動揺で視界が揺れた。

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