因果応報?

「いやぁ、とても刺激的な旅でしたね!」

「エルネアよ。次にわしの国を訪れた際には、たっぷりともてなしてやろう」

「あははっ、ヨルテニトス王国に行く予定って、あったかなぁ……?」


 ヨルテニトス王国の王様が、にこやかに微笑ほほえんでいる。

 気のせいかな、笑顔が張り付いているように見えます。


「エルネアよ、このまま王宮に来なさい。旅のお礼をしよう」

「いえいえ、王様はお忙しいでしょうし、僕にはお構いなく!」


 アームアード王国の王様も、僕に向かって満面の笑みを浮かべていた。

 こちらも、なぜか目が笑っていません。


 僕はシャルロットに微笑まれたときと同じくらいの危機を感じて、王様たちの提案を丁重に受け流す。


 父親連合は大鷲の魔獣に騎乗して、三日かけて竜峰を横断した。

 それはもう、男旅をくくる素敵な浪漫飛行ろまんひこうでした!


 異様に陽気な大鷲の魔獣たちは、一羽につきひとりを乗せてくれた。

 そして、竜峰の空を舞った。


「あああああぁぁぁっっ!」

「ひゃああぁぁ……!!」


 目を閉じれば、今でも父親連合の悲鳴を思い起こせる。


 大鷲の魔獣はとても自由奔放で、誰も制御できなかった。

 思い立ったように、いきなり飛行経路を外れるのは当たり前。急降下に急上昇。終いには、背中に父親連合を乗せているというのに、獲物を狩り始めたり、喧嘩を始めたり。

 その度に、父さんたちは瞳に涙を浮かべて悲鳴をあげていたっけ。


 更に!

 竜峰の空を飛んでいるんだ。

 魔物を捕食しようとする竜族に襲撃されないわけなんてないよね!


 飛竜に襲撃されること三度。翼竜に奇襲されたこともあるし、夜に地竜の夜襲も受けました。

 まあ、その辺は僕たちが出張でばって、陽気な大鷲の魔獣たちを保護したことで無事に乗り切れたんだけどね。


 そんなこんなで、最後の旅を満喫まんきつした父親連合の面々は、アームアード王国の王都西部に再建されつつある砦兼関所へと、先ほどたどり着いたばかり。


 砦を守備していた兵士さんや施行中の職人さんたちは、魔獣の大鷲に騎乗して王様たちが帰還したことに、とても驚いていたっけ。


「魔族の世界と、竜峰を視察してきた」


 と、アームアード王国の王様が威厳たっぷりに兵士の人たちに説明していたけど、僕たちは知っています。ほんの少し前まで、乙女おとめみたいな悲鳴をあげていたことを!


 そうそう、ちなみにだけど。

 僕たちはニーミアに騎乗して、父親連合の空の旅を見守っていました。

 もちろん、邪魔をしないように、雲の上からね。

 それと、レヴァリアは魔獣ごときと一緒には飛べない、なんてわがままを言って、先に帰っちゃった。


 なにはともあれ、男旅はこれでほぼ終了したかな?


「陛下、これよりは我らがお供いたします」


 王様たちの帰還が伝わったのか、西の砦に竜騎士の人たちがやってきた。

 関係者や王妃さまたちには、男旅の終わりがアームアード王国の王都だとだけは伝えていたので、迎えが待機していたみたいだね。


「陛下、別れが寂しいですわ」

「おお、ライラよ。儂も寂しいぞ。どうだ、このままヨルテニトス王国へ来ぬか?」

「はわわっ、行きたいのですが……」


 別れをしんでいるのは、ヨルテニトス王国の王様とライラだ。

 ライラはちらりと、僕を見る。そして、王様と抱き合って別れを告げた。


「エルネアよ。ライラを悲しませるでないぞ?」

「はい!」


 すると、ヨルテニトス王国の王様だけじゃなくて、他の父親連合の面々からも声が飛んできた。


「ユフィとニーナだけではなく、セフィーナもとはのう。三人をよろしく頼む。ああ、それと。また後日でもよい。セレイアにも挨拶あいさつに来なさい」

「もう少し落ち着いたら、必ずお伺いさせていただきます」


 セレイアさまは、セフィーナさんの実母だね。

 セフィーナさん自身が「まだ挨拶は早い」と言っていたので、彼女の準備が整い次第、挨拶に行こうと思っています。


「お前は、ミストラルさんやルイセイネさんから、もう少しつつしみを学びなさい。それと、魔王陛下にお酒のお土産のお礼を、お前からもう一度言っておいてくれよ?」

「父さん、僕の性格は父さんに似たんじゃないかなと、最近思うんだ」


 ちょっとばかり、僕は騒動を起こす体質だということくらいは自覚しています。ただし、どんな騒動になっても大胆な行動に出られるのは、スレイグスタ老や計り知れない者たちに慣れ親しんで心が強くなったからじゃなくて、もともと父さんから受け継いだ性格なんじゃないかと思うんだよね。

 普通、ただの人族が、魔王の中の魔王とうたわれる人と気軽にお酒なんてみ交わさないよね?

 僕の指摘に、周りの人たちも納得したように頷いていた。


「エルネア君、娘の制御は大変だろうが、頑張りなさい。応援しているからね?」

「父さん?」


 娘のミストラルに睨まれて苦笑いを浮かべているのは、アスクレスさんだ。

 アスクレスさんも、コーネリアさんの尻に敷かれているからね。

 僕とアスクレスさんは同じ想いで強く握手を交わす。

 このあと、アスクレスさんはまた竜峰に引き返すわけだけど、僕たちとはここでお別れの予定だ。


「娘だけでも大変でしょうに。まさか、マドリーヌ様まで」

「ははは、これからはもっと真面目にお祈りをしなきゃいけませんね」


 ルイセイネのお父さんは、僕の家族にマドリーヌ様が加わったことに驚いていた。

 そのマドリーヌ様は、本当はここで僕たちと一旦別れて、奪還した錫杖しゃくじょうをヨルテニトス王国の大神殿へと戻すために祖国へ戻る予定だったんだけど……


「今ここでエルネア君と別れたら、私だけ美味しい思いができない予感がします!」

「なに、その美味しい思いって!?」


 マドリーヌ様のことだ。ここで強引に帰らせちゃったら、絶対に無断で神殿を抜け出して、自力で戻って来るに違いない。

 騒ぎを起こされるくらいなら、ちゃんと送り届けた方がいいよね。

 それに、家族に迎えると決めた以上は、不誠実なことなんてできないし。


 ということで、後日にマドリーヌ様を送り届ける予定が立っちゃった。

 ああ、今はヨルテニトス王国に行きたくないなぁ。王様のおもてなしが怖いです。


 僕だけじゃなくて、同行してくれた家族のみんなも父親との別れを惜しむ。

 会いに行こうと思えばいつでも行けるし、悲しい別れじゃない。だけど、やっぱり肉親と離れるときは少し寂しいよね。


「それじゃあ、男旅はこれにて終了だね。また来年の夏に期待しておいてくださいね!」


 来年も、楽しい旅を提供します。と僕が提案したら、父親連合の面々は顔を引きつらせて乾いた笑いを発していた。


「皆の方々、先ずは王宮へ参ろうか。わしらも解散の前に、最後のさかずきを交わすとしよう」


 別れを済ませて、父親連合の面々は砦を抜けて、王都内へと去って行く。

 なんだかんだと言いつつも、去り行く男たちの背中は充実感に満たされて、楽しそうだった。


「それじゃあ、僕はリステアたちの様子を見てこようかな!」


 ニーミアは、みんなと一緒に帰るよね? それじゃあ、僕は徒歩で追いかけよう。と、元気よく竜峰に足を向ける僕。

 そんな僕の腕を、恐ろしい腕力で掴む者が!


「エルネア?」

「は、はい?」


 振り返ると、ミストラルが素敵な笑みを浮かべていた。

 もちろん、僕の腕を離さないように掴んでいるのは、ミストラルです。

 僕が竜気を全力で解放させても、この手は絶対に振りほどけないと思うね。


 僕は、ミストラルの素敵な笑みに、微笑みで返す。


 うむ、嫌な予感しかありません。

 というか、これは完全に次なる騒動の気配だよね!


「貴方が勇者たちの心配をするのはわかるけど。もっと他に、心配しなきゃいけないことがあるでしょう?」

「な、なんのことかなぁ……?」


 どうすれば、ミストラルの魔手からのがれらるんだろう。と、父さんたちみたいに乾いた笑いを出しながら、全力で思考を回す。だけど、僕の逃亡を阻止すべく、更なる拘束の手が。それと、お胸様が!


「エルネア君、逃がしませんからね?」

「エルネア君だけ逃げるなんて、許さないわ」

「エルネア君だけ関われないのは、ずるいわ」

「エルネア様、どうかわたくしと一緒に!」

「あれは、家長であるエルネア君が責任を持って処理すべきよね」

「ふっふっふっ。エルネア君、逃がしませんからね? 私がヨルテニトスに戻るのは、このあとです」


 みんなが何を言っているのか。

 そう。それは、少し前にさかのぼる。

 バルトノワールが巻き起こした騒乱をしずめて、禁領にあるお屋敷へと戻ったときのことだね。


「んんっと、もう帰るの? プリシアはメイに会いたいよ?」

「プリシアちゃん、君も帰りましょうね?」


 なにせ、この騒動の発端はプリシアちゃんなんですから!


 砦でこちらの様子を見守っていた人たちに見送られながら、僕とプリシアちゃんは強制的にニーミアの背中に乗せられた。

 そして、拒むこともできないまま、家族全員で竜峰の空へと戻る。


 あっという間に、アームアード王国の王都が小さくなっていく。

 随分と復興の進んだ街並みは、区画整理も行き届いて、素敵な外観になりつつある。

 でも、この壮観な景色を俯瞰ふかんできるのも、空を飛べるニーミアのおかげだね。


「んにゃん」


 ニーミアは、本当に頑張り屋さんだ。

 僕たちのために、いつも飛んでくれる。

 怖がっていた闘いも少しずつ克服していき、もうアシェルさんに引けを取らないくらいの立派な雪竜に成長したんじゃないかな?


「そんなにおだてても、進路は変更しないにゃん」

「くうっ」


 僕の目論見もくろみは、ニーミアによって見事に打ち破られた。


「ううーん。僕が行っても、役には立たないと思うんだけどなぁ。それよりも、あれはルイセイネとマドリーヌ様が適任なんじゃない?」


 なんて僕の悲痛な叫びは黙殺され、ニーミアは禁領へ向けて非情に飛び続ける。


 ああ、帰りたくありません。

 よもや、禁領のお屋敷に帰りたくないと思う日が来るだなんて!


「あのね、プリシアは帰ったらみんなと遊びたいの」

「あそぼうあそぼう」


 元凶であるプリシアちゃんは、羊種ひつじしゅ獣人族じゅうじんぞくであり、北の地に住む者たちの宗主そうしゅであるメイと、さっきまで遊びたいなんて言っていたのに、もう気分が変わったのか、禁領に帰ったらなにをして遊びたいかと、アレスちゃんと楽しそうに相談していた。


 誰かーっ!

 この幼女にも、反省を促せてくださーい!


 だけど、僕の想いとは裏腹に、誰もプリシアちゃんを責めたりはしない。

 それはなぜかって?

 帰り着けばわかります……


「誰に説明してるにゃん?」

「いいんだよ、ニーミア。放っておいてちょうだい。僕は今、心の声と向き合っているんだから」

「現実逃避にゃん」


 どうか、戻ったら騒動が収束していますように。あれは、一過性いっかせいの騒ぎでした、と笑って流すことができますように。

 僕は、昼間で見えないお月様に願う。


 僕の願いは、女神様に届いたのか。

 それは、禁領のお屋敷に到着した時点で判明した。


「おお、みなさま。おかえりなさい!」

「プリシア様、俺たちはあれから毎日、お祈りを欠かしていませんぞ!」

「あぁ、お祈りって素晴らしいわ」

「心が洗われるようだ」

「私たちは今まで、いったいなにをしてきたのでしようか」


 お屋敷の中庭に着地したニーミアや僕たちを出迎えたのは、大勢の耳長族だった。

 全員が、きらきらとした瞳でプリシアちゃんを見つめている。


「んんっと、お祈りは大切ですからね?」


 はい! と、元気のいい返事が耳長族たちから返ってくる。


「さあ、エルネア君。頑張ってくださいね?」

「ルイセイネ……。お手伝いしてくれるんだよね?」

「あらあらまあまあ、わたくしでお役に立てるでしょうか」

「というか、この場ではルイセイネとマドリーヌ様にしか頼れませんから!」


 そう。全ての発端は、プリシアちゃんにある。


 故郷を失い、部族のおさと引き離され、自分たちの行いを強く反省するように促されていた、禁領に残った耳長族たち。

 心のり所をなくした者たちは、禁領で途方とほうれていた。


 そんな彼らに救いの手を差し伸べたのは、禁領でお留守番をしていたプリシアちゃんだったという。


「んんっとね。女神様にお祈りをすると、救われるんですよ? んんっとね、はらいたまえ、きよめたまえ……?」


 いつも、ルイセイネのお祈りやとなことばを興味津々に見ていたプリシアちゃん。

 宗教がどういったものであるかなんて、きっと深くは理解していないと思う。だけど、女神様をあがたてまつるということの本質はなんとなく理解していたようで、心の拠り所をなくして不安を抱えていた耳長族たちに、心を安らかにする方法を教えたみたい。


 でも、それはあくまでも幼い子供の見よう見まねであり、厳密な指導ではなかった。

 そうして。

 僕たちが禁領に戻ってくると、謎の新興宗教しんこうしゅうきょうが耳長族たちの間に広まっていたんだ!


「巫女様じゃないと、正しいお祈りの仕方なんかは指導できないよ?」

「あらあらまあまあ、敬虔けいけんな信者でありますエルネア君でも、問題はないかと思いますよ?」

「ううっ、ルイセイネがいじめるよ」

「ふふふ、冗談です」


 謎の新興宗教にはまってしまった耳長族たちを放置しておくわけにはいかない。ということで、前に戻ってきたときに、僕たちは耳長族の人たちをお屋敷に住まわせることに決めた。

 共同生活をしながら、正しい神殿宗教を教えなきゃいけないからね。


 ただし、無条件で住まわせるのもどうかということになり。耳長族の人たちは、お屋敷を管理する仕事に就くことになった。

 お掃除をしたり、お客さんが来たらおもてなしをしたり。


「ああ、やはり俺たちの祈りは届いたのだ」

「まさか、こんなに早く効果が出るだなんて」

「住む場所、食べる物。それだけではなく、こんなにやりがいのある仕事を頂けるとは」

「全ては、プリシア様のご指導の賜物たまものです!」


 なぜか、女神様ではなくプリシアちゃんをおがむ耳長族たちを見て、僕たちは苦笑するのだった。

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