帰り着くまでが男旅です

 最辺境にある竜王の都まで遠征軍が到達したことによって、魔王クシャリラが支配していた国土は完全に巨人の魔王が占領したことになった。

 そして、それにともない、竜王の都も正式に巨人の魔王の国の一部という扱いになった。


 巨人の魔王が治める国のなかに僕が支配権を持つ都があり、僕の名代みょうだいとしてメドゥリアさんが実行運営している、ということになるらしい。

 支配者が変わることによって身分の保証に不安を覚えていたメドゥリアさんだったけど、僕に代わって竜王の都を支えてきた手腕が認められて、無事に爵位しゃくいを守ることができたみたい。

 それでも、今のところは暫定処置みたいだけどね。

 正式な授爵じゅしゃくは、もう少し情勢が落ち着いてからになるらしい。


「男爵位の貴族を配下に持つエルネア君の身分は、いったいどんな扱いなんだろうね?」

「ルイララはなにを言っているのかな? ぼ、僕は竜王であり、それ以上でもそれ以下でもないんだからね!」


 なんてやり取りが、ルイララとの間であったとか、なかったとか。


 それと、巨人の魔王の国の一部に編入されたことにより、竜王の都にも少数ながら正式な守備部隊が配置されることになった。

 名目上は、目と鼻の先にある竜峰への警戒、ということにはなっているけど。実質的には、良からぬたくらみをする魔族から、竜王の都を守るための備えだ。

 この辺に、巨人の魔王の配慮はいりょが深く感じられるよね。

 今度会ったら、きちんとお礼を言おう。


 現在も、僕から全権を委任されているメドゥリアさんと、遠征軍に従軍していた政府高官との間で、いろんな取り決めや変更点が話し合われている。

 そんななか、父親連合の面々は都内で長旅の疲れを癒していた。


今朝方けさがた、こちらの大神殿に寄らせていただきましたが、とても立派な建物でした。まさか、魔族の国にあれほどの神殿が建立こんりゅうされていたとは驚きです」


 お散歩から帰ってきたルイセイネのお父さんは、終始興奮しっぱなしだ。


「これも全て、エルネア君のご威光の賜物たまものなのでしょう。敬虔けいけんな信者も多いように感じました」

「建設途中という行政府機関の建物を見てきたが、あれは儂の国のそれより立派だったぞ!」

「グスフェルスに乗って外壁をぐるりと見て回ったが、わしの国のどの城塞都市よりも立派であった」


 二人の王様も、街中まちなかり出しては自分の国と比較して、色々と意見を述べあっている。


「だがなぁ、エルネアよ。奴隷身分があるというのはどうなんだ?」


 人族として至極真っ当な意見を口にしたのは、父さんだ。

 僕は誤解を生まないように、丁寧ていねいに魔族の社会の仕組みを伝える。

 そして、一方的な善意だけで社会の仕組みを変えれば、逆に大きな災いを生む可能性があること。奴隷制度は確かに存在するけど、奴隷の人たちが無為にしいたげられないようにと、魔族のメドゥリアさんたちが中心となって活動していることなどを伝えて、理解してもらう。


「エルネア君の意向が強く反映した都市か。もしかすると、この都市を経由すれば、竜峰と魔族の交流に役立つかもそれないね」

「アスクレスさん、それはいい考えですね!」


 巨人の魔王が竜峰との関係をいくら良くしようとしても、魔族と竜峰に住む者たちとのみぞはなかなか埋まらない。

 そこへ竜王の都が重要な役目を担えるのなら、それは僕も嬉しいことだ。

 まあ、その辺は実行運営するメドゥリアさんたちとの協議も必要で、すぐにでも、というわけにはいかないけどね。


 こうして、父親連合の面々をもてなしながら、数日を過ごした。






「エルネア、そろそろ父さんたちの帰る準備を」

「うん」


 ミストラルにうながされて、僕は父親連合の帰り支度を始めることになった。

 ちょうど遠征軍も本国へと引き返す頃合いだったようで、急に竜王の都は慌ただしくなる。


「それで、貴方は父さんたちをどうやって故郷へ送り届けるつもり?」

「それはねぇ……」


 ミストラルの質問に、僕は先ず大広場へと足を向けた。


「ねえねえ、アシェルさん」

「私がおすを嫌っていることを知っていて、お馬鹿なことを言うつもりじゃないだろうね?」

「うっ……」


 まあ、わかっていたけどね。


 次に、自由気ままに空を飛び回るレヴァリアを呼ぶ。


『貴様ごと食い殺してくれる』

「まだなにも言っていないのに!」


 やれやれ、かんのいい空の支配者ですね。


 仕方なく、プリシアちゃんとアレスちゃんと遊ぶニーミアを捕まえた。


「んにゃん。お母さんに怒られるにゃん」

「こんなところにまで、手が回っているとは!」


 竜王の都から人族の国へ戻るには、竜峰をまたがないといけない。

 行きはニーミアにアシェルさんの影響がなかったので問題なかったんだけど、帰りの手段がなくなっちゃった。


 どうしよう、とここにきて頭を悩ませていると、ウォルが妙案を出してくれた。


「君は竜峰同盟の盟主で、すぐ東には竜峰の山嶺さんれいが広がっているよね。それなら、もう答えは転がっているんじゃないかな?」

「そうだ! ありがとう、ウォル」


 僕は早速ニーミアを連れて、竜峰へと飛び立った。


「んんっと、おいもさんを掘りに行くの?」

「っ!?」

「いもいも」

「っ!!」


 ついでに、幼女まで連れてきちゃった!


 当たり前のように、大きくなったニーミアの背中に騎乗して僕についてきたのは、プリシアちゃんとアレスちゃんだ。


「お芋さん掘りは、もう少し寒くなってからね。今日は、飛竜狩りです!」

「おにくおにく」

「いやいや、食べるためじゃないからね、アレスちゃん」


 僕は仕方なく、プリシアちゃんとアレスちゃんを抱き寄せる。


「変態さんにゃん」

「いいえ、違います。ちびっ子が落ちないようにしているだけだからね?」

「お兄ちゃんは変態さん?」

「プリシアちゃん、変な言葉を覚えたらお母さんに怒られるからね?」

「はい!」


 なんて言葉を交わしている間に、もう竜峰についちゃった。

 ニーミアに飛行高度を落としてもらい、ゆっくりと竜峰を回遊する。


 プリシアちゃんはニーミアと空の散歩ができるだけで楽しいのか、ふんふんと鼻歌交じりに景色を眺めている。

 アレスちゃんも、プリシアちゃんの鼻歌に合わせて身体を揺らしながら、風を感じていた。

 そして僕は、どこかに暇そうな飛竜か翼竜でもいないかと、目をらして探す。


「こういうときにフィオがいたら、楽ちんなんだけどね」

「会いに行くにゃん?」

「ううん、遠いから今日はいいかな」


 ニーミアの飛行速度ならあっという間に会いに行けるんだろうけどね。ただし、フィオリーナにお願いすると、竜峰全土から暇な竜族が集まってきちゃう!


 その後もしばらく竜峰の空を飛び回りながら、飛竜か翼竜を探す。

 だけど、こういうときに限って暇そうな竜族が見つからない。

 もしかしたら、魔族の国が近い場所だから、竜族もあまり近寄らないのかな? そう思って、ニーミアにもう少し奥まで飛んでもらった。

 すると、翼を持つ竜族は見つからなかったけど、地上を行く竜族のむれを発見した。


「こんにちは!」

『ふむ、雪竜ゆきりゅうに騎乗するわっぱか。汝は人族の竜王であるな?』

「はい、はじめまして。八大竜王の、エルネア・イースと言います」


 どうやら、初めて会う地竜の群だったみたい。

 一番大きな地竜が群のかしらみたいだね。温厚そうな瞳で、僕たちの接近にも寛容かんように認めてくれた。


「ちょっと質問なんですけど。この辺に、暇を持て余しているような飛竜か翼竜っていませんか?」

『ふぅむ、翼を持つ種を探しているのだな。それならば……』


 聞けば、ここからもう少し奥へ行くと、飛竜が好むような絶壁の谷があるらしい。

 地竜はあまり近づかない場所だけど、そこになら飛竜が巣を作っている可能性がある、と教えてもらう。


「ありがとうございます!」

『なぁに、お安い御用だ。地上の者に用があるときには、また声をかけておくれ』

「はい、そのときは是非ぜひお願いします」


 お礼を言って飛び去ろうとした、そのときだった。めすの地竜に呼び止められたのは。


『そういやね』


 いかにも世間話が好きそうな、おばちゃん気質の地竜は、見送る頭や別れを告げた僕たちに構うことなく、勝手にしゃべりだす。


『前に隣の群の奥さんから聞いたのよ。なんでも、ここ最近この辺で、人族と地竜が連れ立って徘徊はいかいしているらしいわ』

「えっ!?」


 真っ先にフィレルとユグラ様の存在が思い浮かんだけど、あれは人族と翼竜だ。しかも、ユグラ様は竜族の間では有名だし、竜人族の付き人が三人一緒のはずだから、こちらは違うかな。

 次に、スラットンとドゥラネルの姿が頭を過ぎった。

 だけど、あの組み合わせがこんな場所にいるはずがないよね。

 それに。


「人族はひとりだけ? 他に誰か一緒だったりしませんでした?」

『人族ひとりと、地竜一体だけだったみたいよ? 人程度なら、隠れていてもすぐに見つけられるもの』

「そうですよね」


 この竜峰で、竜族から完全に身を隠せる者は早々いないはずだ。

 竜人族でさえ見つかってしまうからこそ、竜族の生息域に入らないようにしたりして、警戒するんだもんね。


『隣の奥さんも、別の群から聞いた話らしいし、正確じゃないかもしれないわ。でも、貴方には必要な情報じゃなくって?』

「かもしれません。人族と地竜かぁ。気をつけておきます、ありがとう」


 いったい、何者なんだろうね。

 勇者様ご一行は、たぶん竜峰の東側で頑張っているはずだ。だから、スラットンとドゥラネルだけが短期間で西側まで到達したとは考えにくい。

 フィレルとユグラ様にしたって、こっちに来るような用事はないだろうしね。

 僕は謎の徘徊者を気に留めつつ、教えてもらった絶壁の谷へと向かった。






「……で、エルネア。これはどういうことかしら?」

「ええっとね……。地竜さんに飛竜の生息場所を教えてもらったんだ!」

「それがどうして、こうなるのかしら?」

「うっ……」


 夕方。

 僕たちは、竜王の都へと帰ってきた。


 魔獣を引き連れて!


『いやっほーう』

『乗ってく? わしに乗って行く!?』

『わしは、わし。なんちゃって!』

『うひゃひゃひゃっ』


 竜王の都の上空が騒がしい。


 僕たちだけじゃなく、都に住む魔族や奴隷、帰路に就く前の遠征軍の兵士たちが、呆気あっけにとられたように頭上を見上げていた。


「あのね。飛竜はいなかったんだ。なんでも、夏の間はつがいになる相手を探して竜峰を飛び回っているんだって。代わりに、飛竜の留守に勝手に巣を利用していた大鷲おおわしの魔獣が絶壁の谷にいてね……」

「んんっと、お友達になったんだよ!」

「んにゃん」

「ともだちともだち」


 はい、この幼女たちが犯人です!


 もちろん、古代種の竜族であるニーミアが谷に飛来してきたときには、大鷲の魔獣たちも大混乱に陥っていたよ。

 だけど、そこは世界の全てがお友達のプリシアちゃんです。すったもんだの挙句あげくに、こうしてお友達になって、ついて来ちゃったんだ!


「ええっとね、飛竜は見つからなかったんだけど。代わりに、大鷲の魔獣たちが乗せて行ってくれるって!」


 良かったね! と父親連合の面々に笑いかけたら、思いっきり不満そうな顔を向けられた。


「妻は飛竜に騎乗したり地竜と共に楽しい旅だったそうな」

「妻たちはこのままずっと旅をしていたいほど、楽しい旅行だったそうな」


 き、気のせいですよ、お義父とうさんたち!

 いきなり魔族の国に連れて行かれたり、数十万の魔族たちと遠征したり、帰りが魔獣に騎乗だなんて、全て気のせいですよ!


 僕たちが当初に思っていた以上の、波乱万丈はらんばんじょうな男旅になってしまった。

 でも、これは絶対に忘れられない一生の思い出になるよね。と同意を求めたけど、父さんたちは誰も納得してくれなかった。

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