反省に正座はつきものです

「エルネア君、お座り!!」

「な、なんでですかぁ」

「お座り!!」

「はいぃぃっ」


 僕は、ふっくらと柔らかい苔の上に正座をする。

 僕の前に仁王立ちするミストラルさん。


 な、なんでいきなり正座させられるんだろう。


「くくく、災難であるな、エルネア」


 他人事のように、にやつくスレイグスタ老。

 僕の不幸を楽しんでいるよね、あれは。


 とにかく、僕は何かミストラルさんの機嫌を損なわせる様なことをしたのだろうか。

 ちょっと過去を振り返ってみる。


 僕は今日、三日ぶりに布団から出たんだ。

 というのも、夜営訓練での一件後、僕は極度に体調を崩して寝込んでしまっていたんだよね。


 夜営訓練は、魔剣使いが出たことと重傷者が出たことで、半日で中止になったんだ。

 それで遺跡から家に帰り着いた僕は、そのまま昏倒してしまった。


 意識はあったんだけど、物凄い倦怠感けんたいかんと全身の鈍い痛みで身動きが出来なくなっちゃったんだ。

 多分、竜気で一時的に身体能力を上げた弊害なんじゃないのかな。


 そうそう。翌日には、遺跡での事件は新聞になって王都中の騒ぎになっていたよ。

 僕の所には、事情聴取がしたいっていう国のお偉いさんが訪ねて来てた。でも僕は体調を崩していたから、母が後日改めて、と追い返していたのを朧げに知っている。


 そして今朝。


 体調が良くなった僕は、ひとつの不安材料を解消するために神殿に行ったんだ。

 これを解決しておかないと事情聴取も受けられないと、僕は寝込んでいた間ずっと焦っていたんだよね。


 僕は、王都を南北に通る大通りの南側にある大神殿へと向かい、ルイセイネのお見舞いをしに行った。


 ルイセイネが意識を取り戻しているかわからなかったけど、運良く目覚めたばかりだったらしい。目覚めた直後にお見舞いだなんてと少し躊躇いはあったけど、キーリがとりなしてくれて無事に会うことができた。

 ルイセイネのお見舞いも兼ねて、ひとつ協力してもらうことがあったんだよね。


 そう、鼻水万能薬のこと。


 僕は瀕死のルイセイネを助けるために、無我夢中でスレイグスタ老自慢の鼻水万能薬を使ったんだ。

 でも、世の中にこんなお手軽な万能薬なんて、じつは無いんだよね。あったとしても神殿秘蔵だったり、大貴族がやっと少量買えるような超高額品。

 そんな物を僕なんかが持っていたということが知られたら、大変なことになっちゃう。

 だから僕は、リステアにも嘘をついたんだ。

 心苦しかったよ。


 僕はみんなに、通りすがりの冒険者の人が、と話していた。

 黒甲冑の魔剣使いを倒したのも冒険者にしていたんだよね。

 それで、ルイセイネが傷を僕が治したって言う前に、口裏を合わせておきたかったんだ。


 僕はキーリに案内されて、ルイセイネが居る病室に行ったんだ。

 ルイセイネは寝台で上半身を起こしていたけど、まだ顔に血の気がなかったよ。


 こんなに弱っている女の子に、しかも目覚めたばかりなのに勝手な相談をする僕は、なんて卑怯なんだろうね。

 だけど、僕が躊躇いがちに口裏合わせのことを提案したら、ルイセイネは快く応じてくれた。


 なんて良いなんだろうね。


 ルイセイネっていつも口調が丁寧だし、優しいんだ。


 あ、でも口裏合わせのことと引き換えに、詳細を知りたいって言われたんだよ。


 困ったね。


 詳細ってことは、鼻水万能薬のことを教えなくちゃいけないんだよね。そうするとミストラルさんの事とかスレイグスタ老の事とかも言わないといけないかもしれない。


 詳細はちょっと待って、とルイセイネにごめんねをして。

 それから僕は、ルイセイネのお見舞いから更に足を伸ばして、この苔の広場に来たんだ。


 ううーん。それで、ミストラルさんが怒っている理由か。


 ここに来るのが久々だったから? 違うよね。だって遺跡に行く前に三日間はここに来られないよって、前もって伝えていたんだし。


 もしかして、無関係な人に鼻水万能薬を使ったことに怒っているのかな。あれって一応、古代種の竜族であるスレイグスタ老の物だしね。でも、これも違うような。だって使ったことに怒るんだったら、遺跡で会った時に怒られていそうだもの。


 ま、まま、まさか。ルイセイネの所にお見舞いに行ったことに怒っているのかな。

 嫉妬かな? 嫉妬とかしてくれるのかな、僕なんかに。

 あ、でも今朝のお見舞いのことなんて、まだ一言も話してないよね。というかここに来ていきなり正座だったし。


 ううむ、何だろう。


「ほうほうほう、随分と面白い事になっておるのだな。それと、ミストラルがおりながら、いきなり浮気とはなかなかにやりおる」

「えええっ、浮気って何を言ってるんですか」


 ああああ。またスレイグスタ老に心を読まれた。


 スレイグスタ老がにやにやしてる。


「へえぇ」


 はっ。ミストラルさんから殺気が……


 こ、こわいです。


「ち、違うんです。浮気じゃないんですよ。ほら、遺跡で倒れていた女の子。あの子のお見舞いに行ってきただけです。ほ、本当ですよ」


 慌てて言い訳をする僕を、冷たい眼差しで見下げるミストラルさん。


 怖い、怖すぎる。


 っていうか、僕との縁談話には不満そうだったのに、なんで怒っているんですか。


「後で詳しく聞かせてもらいましょうか」

「ななな、なんでも全て話します」


 僕の言葉に納得してくれたのか、ミストラルさんは殺気を引っ込めてくれた。


 ふううう。ミストラルさんの殺気って、本当に怖いよね。下半身がきゅんてなっちゃった。


「それはともかく、何で正座をさせられているのかわかりますか」


 ミストラルさんの言葉に、僕はやっぱり首を傾げた。


 さっきも考えてみたけど、こんな怒られ方をするような失態をしでかした覚えがないんだよね。


 僕の困惑した表情に、ミストラルさんは小さなため息を吐いて言う。


「貴方の竜脈の使い方は危険です」

「竜脈の使い方?」


 やれやれ、とミストラルさんは腕を胸の前で組む。


「まさか。おきな?」


 あまりにも薄い僕の反応に、ミストラルさんは怪訝な瞳でスレイグスタ老に向き直る。

 とぼけたように視線を外し、明後日の方角を向くスレイグスタ老。


「翁、そこへ直れ!」


 ミストラルさんがすごい剣幕でスレイグスタ老に迫る。


「まてまてまてまて」


 狼狽え焦るスレイグスタ老。


「そもそも、まだエルネアには実戦的な竜気の使い方も竜剣舞のことも言わない予定だったのだ。この間は汝が竜剣舞に気づいたからこそ、先を教えたのだ」


 前脚の指を隠すスレイグスタ老。

 うん、物凄く身の危険を感じているんだね。わかります。


「そもそも、竜脈を教えるのなら、その時に注意事項も教えるものです」

「ふははは、竜人族の常識を我に当てはめるでない」


 スレイグスタ老は威厳あるようなことを言ってるけど、目が完全に泳いでいるよ。


 それにしても、注意事項なんてあったんだね。全然知らなかったよ。


 ミストラルさんは小山のような巨体のスレイグスタ老の前まで行き、見上げた。


「エルネア君が壊れていたらどうするのです」


 ええっと。僕って下手したら廃人か何かになっていたのかな。

 ミストラルさんの言葉で、途端に怖くなった。


「ううむ、それはだな……」


 言い淀むスレイグスタ老。


「竜脈を知らない人族には、余計に注意を払って教えるべきです。良なる事がある影には、必ず負がある。それは自然の摂理ですよ、翁。翁がその事を教えないでどうするのです」

「うむむ、まさにその通りなり」


 スレイグスタ老は唸り、そして僕を見た。


「すまなんだ、エルネアよ。我のいい加減さで汝を危険に晒してしまったようだ」

「ええっと。そんな。僕はおじいちゃんには感謝しているし、気にしてないですよ」

「気にしなさい」


 苦笑いの僕に、ミストラルさんが怒る。


 ううう。だって……危険があったと言われても、何が危険だったのかもわからないんじゃあね。


「まったく、貴方たちは」


 ミストラルさんは困ったように僕とのスレイグスタ老を交互に見ていた。


「かかか、終わったことだ。良いではないか」


 スレイグスタ老は笑う。


 僕も今回はスレイグスタ老の考えで良いんだと思う。

 ミストラルさんが危惧する危険が、今回は何かあったんだろうね。でもそれはもう終わったことなんじゃないかな。

 竜脈のことで注意事項があるのなら、今から聞いて、これから注意していけばいいよね。


「おお、エルネアよ。汝はわかっておるではないか」


 どうやらスレイグスタ老も同じ考えらしい。


「こら、エルネア君。心を読まれ過ぎです。この間も注意したでしょう。それに、わたしにもわかるように言葉に出してくれないと、どんな会話が成立しているのかわかりません」


 やれやれ、といった雰囲気のミストラルさん。


 そんなこと言ったって、どうやったら心を読まれなくなるのかわからないよ。


「それはおいおい、ミストラルに教えてもらうのだな」

「はい。そうします」

「だから、心の声を会話に挟むな」


 ミストラルさんが大きくため息をついてます。

 落胆顏のミストラルさんも美しいね。


 僕は正座をしたまま、ミストラルさんを見た。

 というか、この正座は意味がないのだとミストラルさんは気付いているのだろうか。


 苔の層が厚くて、じつは正座をしていても脚は痛くないんだよね。

 痺れが来るくらいしか悪い点はないと思うのです。


「それでは」


 ミストラルさんは僕のもとへ再度やって来る。


「注意事項を説明がてら、散歩に行きましょう」


 言って僕の手を取り立ち上がらせるミストラルさん。

 怒っていたと思ったら、いきなりお散歩ですか。

 話しの展開について行けないよ。


「お散歩ですか」

「はい、そうです」

「ほほう、逢いびきとな」


 ミストラルさんはスレイグスタ老の野次を黙殺し、古木の森へと僕の手を引いて歩き始めた。

 ミストラルさんの手は鈍器を振り回している姿からは想像ではないほど繊細で、少し暖かかった。


 僕の胸の鼓動は急上昇。

 女の人と手を繋いだことなんてないから、緊張するよ。


 ミストラルさんと僕はスレイグスタ老の尻尾の先、霊樹がそびえ立つ方角の古木の森へと向かう。


「ミストラルよ、良きものを選んでやるのだぞ」

「はい、心得てます」


 森に入る直前、スレイグスタ老とミストラルさんは意味深な言葉を交わした。

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