お散歩
僕とミストラルさんは、手を繋いだまま古木の森を歩く。
ああ、胸が張り裂けそうだよ。きっと顔とか真っ赤なんじゃないかな。
恥ずかしいやら緊張やら。興奮もしているよ。
僕はどうして、ミストラルさんと二人で古木の森で散歩しているのかな。
ミストラルさんは手を繋いで緊張とかしないのかな。
何を思っているのかな。
僕の桃色の思考を余所に、ミストラルさんは僕の手を引いてどんどん古木の森の奥深くへと向かっていく。
ミストラルさんは怒らせると怖いけど、本当は優しいお姉ちゃんのようだ。
何だかんだと言いつつ、僕の心配をしてくれるし、世話を焼いてくれる。
さっき怒っていたのも、僕を心配してなんだよね。
ミストラルさんがもしもお嫁さんになってくれたら、僕は幸せだろうなぁ。
ミストラルさんと毎日手を繋いで、仲良く森の中を散歩して……
僕は桃色お花畑な思考で散歩を楽しんだ。
でもね、よく考えたら森に入ってからひと言もミストラルさんと話していないよ。
あれれ。
僕が悲しい現実に気づき始めた頃、ようやくミストラルさんは足を止めた。
大きな倒木に腰を下ろし、僕を隣りに座るように促す。
「し、失礼します」
「ふふふ、何を緊張しているのですか」
僕のぎこちない動きに、微笑むミストラルさん。
「そ、そりゃあ、こんな美人さんと二人だけで森の中を散歩だなんて、緊張しますよ」
「あら、エルネア君はなかなか口がうまいのね」
言いながら、ミストラルさんは飲み物の準備をしてくれる。
「あうあう。ごめんなさい。調子に乗っちゃいました」
どうやら桃色お花畑思考が抜けきっていなかったらしい。僕はとんでもないことを口走っちゃったよ。
ミストラルさんから水の入った容器を受け取りながら、顔を真っ赤にする僕。
そんな僕に、可愛いですね、と言って頭を撫でてくれるミストラルさん。
余計に緊張しちゃって、体が固まっちゃう。
水の入った容器を持ったまま固まっている僕に構うことなく、ミストラルさんは頭を撫で続ける。
「エルネア君の髪はふわふわで柔らかいですね」
あうあう。ミストラルさん、どうしたんだろう。困惑する僕。
「ええっと。翁が言っていた縁談の件。少し考えてみました」
そうしていると、ミストラルさんは唐突に話題を変えてきた。
「はい」
緊張が走る僕。
お断りなのかな。そうなのかな。そうだよね。だって僕はなんの取り柄もない人族で、ミストラルさんは竜姫の称号を持つ竜人族だもんね。
釣り合わないし、僕には資格なんてないよね。
僕の桃色お花畑思考は、急激にどす黒く変色して腐っていった。
「わたしは」
ごくり、と唾を飲み込む僕。
「わたしは、別にいいのではないかと思います」
何がいいんだろう。
スレイグスタ老の言うことなんて気にしなくていいってことなのかな。
それって、縁談話し自体を無かったことにしましょうということかな。
暗く沈んでいく僕の心。
縁談の話が出た時、ミストラルさんは本当に困っていたよね。迷惑だったんだよね。
僕は気づいていたけど、少しだけ夢も見ていたんだ。
もしかしたら、この人と僕は結婚できるのかなって。
でも、自分が努力もしていない事で幸福なんて手に入れられないよね。
お嫁さんいっぱいのリステアだって、自分から行動していっての結果なんだし。
「エルネア君はどう思いますか」
ミストラルさんは視線の落ちた僕を覗き込んで、聞いてきた。
「僕は……」
僕とミストラルさんとは釣り合わない。
僕だけの気持ちじゃどうしようもない。
ミストラルさんの気持ちも大切だよね。
結婚は一方的な片思いだけで出来るような簡単なことじゃないんだ。
僕とミストラルさんとの関係。スレイグスタ老が勝手に組んだ縁談。僕にとっては嬉しい限りのお話だったけど、ミストラルさんには迷惑なこと。
なんの努力もしていない僕。
こんなの、答えはわかり切っているじゃないか。
僕は意を決して、倒木の上に立ち上がり。
叫んだ。
「僕はミストラルさんと釣り合うような男になります。どんな努力もします。だから、結婚がしたい!!」
したいんだ。ミストラルさんと結婚。
努力をしていないのなら、努力する機会をください。きっと竜姫のミストラルさんと釣り合えるような立派な男になります。
スレイグスタ老がお世話心で勝手に組んだ縁談だとしても、与えられた機会をものにしたい!
……やらかしてしまった。叫んで、恥ずかしさと気まずさで僕は固まってしまった。
ミストラルさんは、大きく目を見開いて驚いていた。
そしてミストラルさんも倒木の上に立ち上がる。
「ええっと。はい、お願いします」
そう言って、僕の手を握ってくれた。
「ええええぇぇぇっっ!!」
驚く僕。
「な、なんでそんなに驚くんです」
驚いた僕に驚いて後ずさるミストラルさん。
「だ、だって」
僕は顔を真っ赤にしながら、今思っていたことをミストラルさんに語った。
恥ずかしかったけど、スレイグスタ老の様に心を読んでくれるわけじゃないから、ちゃんと口に出さないと想いは伝わらないもんね。
「なるほど、わたしは誤解を与えてしまったのですね」
苦笑するミストラルさん。
「わたしは、このまま縁談の話しを進めても良いのでは、という意味で言ったのです。エルネア君さえ良ければですが」
「あ、僕が勘違いしちゃったんですね」
「いえ、わたしの言い方が悪かったです」
お互いに謝罪をし、二人で恥ずかしくなって目を伏せた。
ええっと、これって。
縁談話は良い方向へと向かったってことだよね。
ミストラルさんも前向きってことだよね。
僕の胸は、この日一番の高鳴りをみせた。
顔だけじゃなくて、耳も手も全身が真っ赤になっているんじゃないかな。
「す、座りましょうか」
ミストラルさんの提案に、座り直す僕とミストラルさん。
急に喉の渇きを覚え、水を一気飲みしてしまったよ。
「じつは翁から縁談話が出た時、すごく困惑したんです。翁は突然、何を言いだすんだろうって。だって、わたしだけではなくて、エルネア君まで巻き込んで迷惑をかけているから」
ミストラルさんも水を飲む。
「きっとエルネア君は迷惑がっているだろうなと。わたしは竜人族だし、年増だし。鈍器を振り回すような危険な女で、可愛らしさなんてエルネア君の一欠片ほどもないし。会ったばかりのこんな女といきなり縁談話なんて、わたし以上に困っているだろうな、と」
ミストラルさんも語ってくれた。
「なるほど、僕と同じように思っていたんですね」
「そうですね」
苦笑す僕とミストラルさん。
「でも、エルネア君さえ良かったら、この縁談話を進めてもいいのかなと悩みに悩んで……」
そうだったのか。
古木の森に入って無口だったのは、自分から縁談話のことを口に出すか悩んでいたんだね。
そりゃあ勇気がいるよね。さっき僕も物凄く勇気が必要だったから、わかる。
「ごめんなさい。本当は男の僕がこういうことは切り出さないといけませんでしたね」
「いいえ、これは翁の身内で、年上でもあるわたしが切り出すべきことですよ」
首を横に振るミストラルさん。
「と、とにかく。エルネア君も前向きでよかったです」
言って顔を真っ赤にするミストラルさん。
普段は美人さんだけど、恥ずかしがっている姿はとても可愛かった。
「というか、僕はもう結婚を申し込んだので、後はミストラルさんの最終的な決断次第です」
なんか気分が高揚しすぎて、普段なら絶対言わないような事を口走ってますよ、僕。
「おやまあ。でも、努力をしなきゃいけないのでしょう、いろいろと」
意地悪そうに言うミストラルさんに、僕は慌てた。
そうだった、努力してミストラルさんに相応しい男になるって誓ったんだ。
「それでは、わたしの最後の決断は、エルネア君の努力を見てからですね」
「そ、そんなぁ」
ふふふ、と微笑むミストラルさん。
「それでは、まずはわたしに相応しくなる第一歩として」
一拍おいて。
「お互いに敬語はやめますか」
うんうんと自分で頷くミストラルさん。
「わ、わかりました」
「ん?」
「お、おう、わかったぜ」
「ふふふ、エルネアはそんな口調じゃないでしょう」
ミストラルさん、いや、ミストラルはまだまだ顔が真っ赤な僕の台詞に吹き出す。
「むう、急に切り替えるのは難しいよ」
ふて腐れる僕に、ミストラルは近づく。
「まずはお互いの歩み寄りを記念して」
言って。
ミストラルは、僕と一瞬だけ唇を合わせた。
ふああああああぁぁ!?
舞い上がる僕の心は、溶けて霧散してしまいそうになった。
なんだ。今何が起きたの。
一瞬だったからわからなかったよ。
「心の準備ができてなかったぁぁ。のでもう一回!」
僕は今の再現を所望します。心に焼き付けておくために、もう一度お願いします。
一瞬だけではわかりません、もう少し長めでお願いします。
しかし、切望も虚しく、ミストラルはくるりと僕に背を向けると、散歩を再開しだした。
「あ、待って」
慌てて後を追う僕。
そうしたら、ちゃんと止まって待ってくれて、手を繋いでくれた。
ミストラルは既に先程までの恥ずかしそうな仕草は見せず、凛とした立ち姿に戻っていた。
やっぱり美人さんだな。
僕なんかよりもずっと大人びた雰囲気が似合っていた。
僕はいつか、この人に相応しい男になれるのかな。
というか、なれないとミストラルと結婚できないんだよね。
頑張れ、僕。負けるな僕。
明るい未来は約束されている!
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