用法、用量を守って使いましょう

 ミストラルに手を引かれて森のお散歩を続ける僕。


 ううむ。ミストラル、なんて呼び捨てはなんか慣れないよ。だけど心の中でもこうしていないと、口に出して名前を呼んだ時についつい「ミストラルさん」て言っちゃいそうなんだよね。


 さん付けで呼んじゃうと、まだまだ二人に距離がありそうだし、せっかく親しくなったのにまた離れていってしまいそうだよ。


 なので、ここは頑張って呼び捨てでいくんだ。


「さて、エルネア」

「はい、ミストラルさん」

「ん?」


 はああぁぁっ。

 速攻「さん」付けしちゃったよ。

 なんて情けない僕。


「え、えっと。なんだい、ミストラル」

「ふふふ、その口調は偽物ね」

「ぐうう、つい焦っちゃって」


 僕の変な口調に、ミストラルは微笑む。


「気を取り直して。エルネア」

「はい」


 浮ついていた僕の心は、ミストラルの少し真面目な口調に緊張する。


「竜脈のことについて、少し話しましょうか」

「そういえば、何か注意事項があったんだよね」

「はい」


 そうだったよ。忘れてた。

 僕は散歩がてら、ミストラルから竜脈のことをもう少し詳しく聞かなくちゃいけなかったんだ。


「竜脈の扱いには慣れましたか」


 ミストラルの質問に、僕は首を捻った。


「どうなんだろう。最初の頃よりかは、ずっと簡単に竜脈を感じられるようにはなったけど」

「簡単に、なのね。本来は竜人族でも修行をしてやっと感じ取れるようになるものなんだけど」


 あ、そういえばスレイグスタ老も最初にそんなことを言っていたね。


「エルネアは人族には珍しく、素質があったのね」


 ミストラルにそう言われると、僕も結構特別な存在なんじゃないかって思ってしまうよ。


「でもね、エルネア。だからこそ、貴方は竜脈の扱いをもっと慎重にならなければいけないの」


 古木の森の中を歩きながらだったけど、ミストラルは真面目な表情で僕に振り返った。


「そんなに危険だったの?」

「危険、なのかしら。今のエルネアにとっては」


 ミストラルは繋いでいた手に少しだけ力を入れる。ミストラルの手はやっぱり暖かくて柔らかくて良いね。


「エルネア。人はお酒を飲むとどうなるかわかる?」


 おや。なんか話が飛んだような。


「ううんと、酔っ払うね」

「そうね。そして酔った人は更にお酒を飲みたがる。そして人によっては中毒になるわ。では次の質問。呪術士や巫女が力を使い果たすと、どうなるかわかる?」

「えっと。学校の座学で習ったよ。一時的に凄い衰弱状態になったり、人によっては何日も寝込むんだよね」

「そう」


 妖魔を倒した後、呪力を使い果たしたリステアが何日も寝込んだことを思い出す。

 それにしても、今の二つの質問にはどんな繋がりがあるのかな。


「呪術師は呪力じゅりょくと呼ばれるものを、巫女は法力ほうりょくと呼ばれるものを持ってるわ。それと同じように、竜族や竜人族は竜力りゅうりょくというものを持っている」


 ミストラルの話しを頷きながら聞く僕。


「呪力、法力、竜力は、言ってみれば超常的な術を使うための目に見えない力のみなもとのこと、というのはわかるかしら」

「えっと、竜気と何が違うのかな」


 僕の疑問に、ミストラルはきちんと教えてくれる。優しいね。


「竜気とは、体内で流れる竜脈のことと思えばいいわ。竜力とは、その流れる竜脈をどれだけ体内に蓄えられるか、という力かしら」


 なるほど、蓄える力か。僕は今まで、竜脈から汲み取った竜気はすぐに力に変えていたから、蓄える、という概念が頭になかったよ。


 そうすると、呪力も法力も、呪術や法術を使うために体内に蓄えた力、ということになるんだね。


 僕の納得した様子に、ミストラルは続きを話す。


「翁のような古代種の竜は、竜力が計り知れない。次いで竜族。これも老齢の竜になると竜人族は足元にも及ばないほどの力になるわ。竜人族は、まあ普通。ただし、呪術士や巫女に個人差があるように、わたしたちにも個人差はあるわ」

「へええ、そうなんだね」


 竜脈は修行しないと竜人族でも感じられないと言っていたけど、竜力は竜人族なら誰でも桁違いに持っているものだと思っていたよ。


「それでね、エルネア」


 ミストラルは一旦足を止め、真剣な表情で僕を見つめた。


「普通、人族は竜力を持ってないわ」

「えっ」


 ミストラルの思わぬ発言に、僕は驚く。


 じゃあ、僕は竜脈を体内に溜められないってことかな。


「そう、貴方は体内に竜脈の力を溜め込むことができない」


 僕の驚きを察し、言うミストラル。


「そしてだからこそ、ここからが重要なの」


 ミストラルは空いていた僕のもう片方の手を取って、より一層真剣な眼差しで話し出した。


「竜力のない人族の貴方は、竜脈から汲み取った力を直ぐに竜気へと変換して使っていた。さて、最初にお酒の話しをしたわね」

「うん」

「貴方は今、お酒を飲んでいる状態に近い。目の前に、手にすることのできるお酒、つまり竜脈があり、そこから際限なく汲み取り、飲んでいる。飲めば飲むほど、つまり汲み取れば汲み取るほど竜脈を求め、中毒症状を起こしかけているのよ」

「ええっ、そうだったんですか」


 全く自覚のなかったことに、僕は驚愕した。僕はてっきり、必要な時に必要な分だけ汲み取っていたと思ってたよ。


 でも、言われてみるとそうかもしれない。僕は遺跡で魔剣使いが現れた時、最初は慎重に力を使っていたはずなのに、後半は有りったけの量を汲み取って湯水のように使っていたかも。


「そして次。呪力や法力が枯渇した人のことを聞いたわね」

「う、うん」


 これまでの話しの流れから、何かすごく嫌な予感がしてきたよ。


「呪力や法力が枯渇すれば、体調を崩す。それは竜族や竜人族も同じこと。竜力が枯渇すれば、わたしたちも体調を崩し、寝込む事もあるわ」

「力の種類は違うけど、陥る症状は一緒ってことだね」

「そう。そして。貴方には竜力がない」

「う、うん。そうだね」


 僕は冷や汗をかいていた。

 ミストラルは一泊置き。


「つまり貴方は、汲み取った竜脈の力を体内に蓄えられないので、竜力の補充と枯渇という二つの事を短期間の内に繰り返し行っていたということよ」


 僕は、絶句した。


 僕は手に入れることができるからと思って安易に竜脈を汲み取り、竜気に変えて使っていたよ。

 でも、汲み取った竜脈をその都度使い切ることで、その時点で僕は竜力の枯渇、という状態になっていたんだね。

 もともと持っていない力なんだから、そうなるのか。


 そうすると、遺跡から帰ってきた時に倒れて寝込んだのは、力の枯渇で身体が衰弱していたからなんだね。


「まだ小さな力だったから、今回は良かったのよ。でもこれが大きな力で長時間、ということになると命の危険もあったわ」


 心配そうに僕を見つめるミストラル。


 衰弱状態からさらに無理をすれば、命に関わるってことだよね。

 稀に呪術士が無理をしすぎて死んでしまった、という新聞の記事を見ることがあるもの。


遺跡にミストラルが来てくれたのも、竜脈の乱用で僕が危険になることを察したスレイグスタ老の気遣いだったんだね。


 僕は事の大きさに震えていた。

 そしてミストラルは、そんな僕をそっと抱きしめてくれた。


「これからは無茶はしないでね」

「うん」


 でも、そうすると気になることがあるよ。


「じゃあなんで、スレイグスタ老は僕に竜脈のことを教えてくれたのかな」


 スレイグスタ老は、もちろん僕の竜力のことを知っていたんだよね。なのになぜ、危険とわかっていて教えたんだろうか。


「それは」


 ミストラルは僕を優しく抱きしめたまま、教えてくれた。


「竜脈を感じること、汲み取る力。そして竜気へと変換する能力が、竜剣舞には必須だからかしら。翁は、貴方に竜剣舞を授けたかった。その為に必要なことを教えたのよ」

「でも、僕は竜力が無いから危険なんだよね」

「そう。だから、まず最初に瞑想を教えたのよ」


 僕は触れ合うほどすぐ傍のミストラルの顔を見上げた。


「お酒と一緒よ。お酒は、最初は慣れなくてすぐに酔ってしまうけど、慣れてくると少しずつ平気になってくる。翁は、貴方に瞑想をさせて竜脈を感じ取らせて、慣れさせようとしたの」


 うん、と頷く僕。


「そうして慣れてきたら、今度は竜気へと錬成し使用することを覚えさせた」

「でも、竜力が無いから枯渇と補充を繰り返して危険じゃないの?」

「そうね、だからほんの少しずつ使わせて、やっぱりこれも慣れさせようとしたのよ」

「えっと、それって慣れるものなんですか」


 衰弱というものに慣れってあるのかな。


「うーん、何というか」


 説明に困ったような表情になるミストラル。


 ミストラルが小首を傾げたので、僕の顔に彼女の髪が触れた。銀に近い金髪はさらさらと細く繊細で、とても良い匂いがしたよ。


「エルネアは竜脈を錬成して竜気に変える時、体内で循環させるような事を習ったでしょう」

「うん、まずは竜脈の力を体内で循環して竜気にしろって習ったよ」

「そう。そこが重要なのよ。体内で循環させることによって、身体と心に竜気のことを認識させる。そうすると、本能がそれに慣れようとして、無かったものを創ろうとする」

「つまり、最初は無かった竜力を、後から創るってことか」

「大変良くできました」


 ミストラルは微笑んで、僕の頭を撫でてくれた。

 女の子がよく、頭を撫でられると嬉しいって言うけど、男だって嬉しいんだね。

 ミストラルに頭を撫でられると、ほんわかとした気分になるよ。


「竜力が身体の内側に生まれれば、溜めることが出来るようになるわ。そうすれば、使用するたびに枯渇、という危険な状況がなくなる」

「うん、そうだね」


 瞑想修行には、こんなに深い理由があったのか。僕はてっきり、竜脈を感じとることが一番重要だと思っていたよ。


「はい、それでは問題です」

「うっ、問題は苦手です」

「ふふふ、間違えたらお仕置き。さて、今までの話から、注意事項はなんでしょうか、まとめなさい」


 まとめ問題か。すごく苦手ですよ。


「ええっと。つまり……今の僕の状態だと、竜気を錬成して使うことはすぐに枯渇状態になって危険。衰弱して、下手をすると命の危険もある。竜脈を汲み取れるからといって、無闇やたらと汲み取っては駄目。まずは瞑想修行をして、竜力を身体の内側に宿すってことかな」

「はい。大変良くできました」


 僕の答えに、ミストラルは満足そうに微笑んだ。


 僕はちょっと竜脈や竜気の事を簡単に考え過ぎていたんだね。だから今朝、ミストラルに怒られたんだ。反省。


「良くできたなら、ご褒美が欲しいよ」


 僕は要求します。あれです。あれが欲しいです。

 しかし、ミストラルは僕の煩悩を察して冷たい目線で見下ろしてきた。


「わたしの唇は、安くないのです」


 ぎゃふん。期待したのに悲しいな。


 落ち込む僕を見て、くすくすと笑うミストラル。


「ほら、ご褒美ではないけど、もうすぐ目的地に着くわよ」


 ミストラルは僕を抱擁から解放し、古木の森の先を指差した。


 指差す方を見る僕。

 指し示す先には、古木の森の先に巨大な霊樹の幹が見えていた。


 いつの間にか、僕とミストラルは霊樹の側まで来ていたんだね。

 あまりにも巨大すぎて、幹が太すぎて、言われるまで風景の一部としてでしか認識できていなかったよ。


「霊樹が目的地なの?」

「ええ、そこで探し物です」

「探し物? 何か無くしたの?」

「ふふふ、そうではなくて。ちょっとね」


 意味ありげなミストラルの言葉。

 そういえば、散歩に出かけるときにもミストラルとスレイグスタ老は意味深な会話をしていたね。


 なんだろう。はぐらかされている気がするよ。


 僕の思いを他所に、ミストラルはまた僕の手を取って歩き始めた。

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