お土産は何ですか

「エルネア!」

「おおい、エルネア君っ」

「竜王、無事かー?」

「山は無事かー?」


 もう少しで野営をしていた場所に戻りそうになった頃。入口の方から大勢の人たちが押し寄せてきた。

 携帯用の照明を片手に、先頭で走ってくるのはアクイルさん。彼の後ろからは、屈強な戦士風の人たちが何人もついてきていた。


「みんな。僕たちはみんな無事だよ!」


 合流して、無事を確かめ合うスタイラー一家の面々。僕は、駆けてきた人たちに頭を下げた。

 見知った顔が幾つもある。アクイルさんの後ろからやって来た人たちは、全員が竜人族の戦士だった。


「心配をおかけしました。でも、どうしてみんなが?」

「いやなに。山の中腹で煙が上がっているように見えてな。それで山火事かと思って慌てて来てみれば、そいつが洞穴の前で火を起こしていたんだ」

「エルネアが近くに竜人族の村があると言っていたから。ああやって煙を上げれば誰かに気づいてもらえるかと思ってね」


 無事を確かめ合い、僕や駆けつけてくれた竜人族の人たちに頭を下げながら、アクイルさんが補足してくれた。

 なるほど、こういう機転が効く行動は、まさに一流の冒険者だね。


「まあ、お前さんの危機には間に合わなかったようだがな」

「いやいや、竜峰の危機には間に合ったと思うぜ?」

「違いない。山がひとつ無くならずに済んだ」


 と言って、竜人族の人たちは爆笑した。

 スタイラー一家は、会話のどこに笑う場所があったのかと首を捻っていたけど、僕はなにも言うまい。

 なんて評価なんだ……!


 なにはともあれ、全員が無事でよかった。

 アッシュさんたちも大きな傷を負っていないことを確認すると、とりあえず移動しようということになった。

 洞穴にこのまま滞在することはできない。ということで、駆けつけてくれた竜人族の村へと移動することにする。

 でも、近くといっても徒歩だと大変じゃないかな? という心配は不要だった。


 魔族がアームアード王国の王都に侵攻した際に、竜人族は変身した姿を人族に晒していた。翼があったり尻尾があったり、うろこがあったり。

 僕の意思で晒してもらったわけだけど、結果的にそれは人族に受け入れられたみたい。

 洞穴から出ると、竜人族の戦士たちは全員が翼を生やした。そして、スタイラー一家を抱えて一斉に飛び立つ。

 アクイルさんとアッシュさんが悲鳴をあげたけど、それは竜人族の姿を恐れたんじゃなくて、空に連れて行かれたことに驚いたんだよね。


 僕は洞穴から出ると、アレスちゃんと分離した。そして、大きくなったニーミアの背中に飛び乗る。


 巨大化したニーミアを見て、ヨーゼンさんとイワフさんが悲鳴をあげていた。


 徒歩では一日以上かかる旅路も、空を使えばあっという間。竜人族の村は遠いわけじゃなくて、たどり着くまでの道並みが険しいから時間がかかるだけなんだよね。

 アクイルさんの狼煙のろしにすぐさま反応して来られたのも、竜人族の人たちが全員翼持ちだったからだ。

 そういう部族なのかもしれない。


 久々の空の旅は瞬く間で、遊覧する暇もなく村へとたどり着く。


 スタイラー一家は初めての空の旅に興奮気味だったけど、集まってきた村人に丁寧にお礼を言っていた。

 お礼に自分たちの持つ金品などを差し出そうとしていたけど、竜人族の人たちは笑って断っていた。


「気にするな。竜峰では困っていれば助け合う、それが普通だ」

「そうだそうだ。それに、俺たちゃ金品にはあんまり興味がねえのさ」

「感謝なら、竜王にな」


 竜人族の人たちは口々にそう言って、スタイラー一家の苦労を労う。


「それで、あそこでなにが起きたのかを聞かせてもらえるだろうか、エルネア君よ」


 村の部族長がやって来たので、説明しなきゃいけないね。


 僕とスタイラー一家は、村のなかでも一番大きな建物へと導かれた。

 ここは、部族長の家兼旅人の宿泊場所みたい。


 出されたお茶でほっとひと息ついた後に、坑道の奥で起きたことを説明していく。


「影竜か、よく無事で戻ってこられたね」

「さすがは八大竜王だ。恐れ入った」


 建物には、僕とスタイラー一家の四人、そして部族長。それだけではなくて、僕たちの話を聞きたいと多くの村人が押し寄せた。そして、誰もが僕の名前を口に出し、竜王だとか盟主だとか言うもので、アッシュさんたちは高貴な人でも見るかのような視線を僕に向けるようになっていた。


 いやいや、僕は確かに竜王だけど、聖人や勇者じゃないですからね。そんな視線は恥ずかしいだけです。


「まさか、あそこを見つけて誰かが入るとは思っていなくてね。迷惑をかけてしまった」

「と言いますと?」

「あそこは百年ほど前までは、儂らの村が管理する鉱山だったのだよ」


 やはり、あそこは竜人族の人たちが利用していたんだね。

 お茶菓子を食べながら、部族長さんの話に耳を傾ける。

 僕の膝の上ではアレスちゃんがもぐもぐとお芋を食べていて、頭の上ではニーミアがお菓子を食べています。

 食べかすが……


「しかしね。ある時、鉱山に入った者が戻ってこなくなった。何事かと周囲の村の戦士にも協力してもらい、大捜索を行ったのだ。だが、その戦士たちも戻ってこなくてね。それで、あそこには未知の危険があるとして、入り口を隠したのだよ」

「未知の危険とは、影竜だったんですね?」

「そのようだね。だが、生還者が誰ひとりとしていなかった当時では、全くわからなかったよ」

「影竜は成竜になるまであと五十年くらいは、まだあそこで眠るそうです」

「そうか。教えてくれてありがとうね。儂らも、これを機にもう少し注意をしようと思う」

「僕たちみたいに、知らずに迷い込んだら危険ですからね」

「一応、不察知の竜術は掛けておいたのだがね」


 部族長さんは、洞穴に案内したというアレスちゃんをちらりと見た。


 霊樹の精霊であるアレスちゃんには、竜人族の竜術も通用しなかったみたいだね。

 そして、アレスちゃんの立場を代弁するなら、彼女は入り口付近なら安全だとして僕たちを案内したんだ。僕は、ああいった状況で水晶石や洞穴の奥になんて興味を示さないと理解している。そしてアレスちゃんは、このなかでは僕とニーミアにしか興味を示さないので、案内したスタイラー一家がもしもよこしまな心を持ったとしても、知らんぷりだったに違いない。

 ただ、魔獣に追われて坑道の奥に進んでしまったことは想定外だっただろうけどね。


「竜峰を進む道からも大きく離れている。あそこを見つけられる者は居ないと油断していたようだね。今回の事件は、儂らの怠慢たいまんのせいでもある。人族の冒険者よ。そして竜王エルネアよ、心からお詫びを申し上げる」

「いえいえ、謝らないでください。助けに来てもらったし、こんなおもてなしまで受けていますし」

「そうです。竜人族の部族長様。我々が未熟だったのです。お詫びをしなければならないのはこちらの方で」


 ヨーゼンさんを筆頭に、残りの三人も深々と頭を下げた。


「お腹すいたにゃん」

「すいたすいた」

「いやいや、君たち。今もお菓子とお芋を頬張っている最中じゃないか」

「おやつとご飯は別腹にゃん」

「べつばらべつばら」

「やれやれ……」


 プリシアちゃんといい、君たちといい。場の空気を読みましょう。

 無邪気なニーミアとアレスちゃんの要求に、お詫びを言い合っていた人たちから笑いが起きた。


 むむむ。空気を読まないふりをして、場の雰囲気を変える作戦だったのかな!?

 恐るべし、幼女組。


 でも、お腹が空いたのは事実で、竜人族の人たちの心遣いでご相伴に預かることになった。

 気づけば、もう夕方だ。


 今晩はこの村に泊まらせてもらうことになり、部族長の家で夕食になった。

 お肉や野菜料理が並び、ちょっとした宴会になる。

 例年よりも遅い冬の雪解けのせいで、まだ旅人が行き交うこともあまりないみたい。それで、久々の客人になった僕たちは、大いに歓迎された。


「坑道の水晶石が光ってたんですけど、あそこはやっぱり光属性の鉱山なんですか?」

「おお、そうだぞ。昔は上質の光の玉石がよく出たものさ」

「昔は、この村の特産といえば、光属性の玉石だったからね。今では特産もなく、獣の皮や肉で生計を立てているよ」

「おお、そうだ」


 部族長の息子だという髭の人が立ち上がり、奥へと引っ込んでいった。

 なにかな、と様子をうかがっていると、大きな皮の巾着きんちゃくを持って戻ってきた。そして、別の場所で竜人族の人とお酒を酌み交わしていたヨーゼンさんたちも呼び寄せて、巾着の中身を床にばら撒く。


「うおうっ、すげぇっ!」


 アッシュさんが驚くのも無理はない。

 巾着のなかから転がり出たのは、大小様々な大きさの宝石だった。


「こんなに大きな玉石なんて、見たことないね」

「光属性の玉石か。これ全部でいったいどれだけの価値になるか……」


 イワフさんとヨーゼンさんが、ごくりと喉を鳴らして唾を飲み込んだ。


「今回、あんたらには随分な迷惑をかけちまったからな。このなかで欲しいものがあったら、好きなだけ持って行ってくれ」


「「「「ええええっ!」」」」


 スタイラー一家は揃って大きな声をあげた。

 その声に、何事かと周りで飲んでいた人たちが集まってくる。


「ぐはははっ。気にするな。この程度、鉱山が復活すれば幾らでも取れる。五十年? それくらい、竜人族にはあっという間さ」

「いや、しかし……」

「迷惑をかけたのは俺たちの方だし……」


 四人は困り顔で眉根を寄せて、そして一斉に僕を見た。


「いやいや、僕を見てもなにも解決しないですからね?」

「エルネア。ずっと気になっていたんだ。というか、言わせてほしい」

「はい。なんでしょうか?」


 イワフさんたちの真剣な表情に、つい身構えてしまう。


「君は、竜人族から竜王と言われているね?」

「影竜相手に、自ら名乗ったのを聞いたぞ」

「そ、そうですね」

「そして、その子猫のような竜」

「俺は見たぞ。王都でそれと同じ巨大な竜をな」

「君はもしかして……?」


 ごくり、と僕も唾を飲み込んだ。


「破壊王にゃん」

「おうとこわしたね」

「東でもお城を消したにゃん」

「けしたけした」


 お肉を頬張りながら、アレスちゃんとニーミアが酷いことを言った!

 そして、建物内に笑いが響く。


「聞いた話によると、魔族の国で二つほど国を滅ぼしたそうじゃないか」

「えええっ、話に尾ひれがついてないかな、その噂!」

「嫁のひとりに魔王がいるんだろう?」

「きょ、巨人の魔王だというのは本当か?」

「黒竜との縁談が進んでいると聞いたぞ」

「おい待て。俺はエルネアが魔王になると聞いたぞ?」

「こらこらこらっ。みんな、そんな嘘の噂に流されちゃ駄目だよっ」


 誰だっ。こんなへんてこな噂を流しているのは!


 変な噂話や、僕でさえ聞いたこともないような評価を口にする竜人族の人たちに、スタイラー一家の四人はぽかんとほうけていた。


「彼らの言うことを信じちゃ駄目だからね! 僕は破壊王でも魔王でもありません。お嫁さん候補は確かに五人いるけど、巨人の魔王となんて絶対に結婚しないからね。お断りです!」

「じゃ、じゃあ、本当の君は……」

「影竜に名乗った通り。八大竜王という称号を受け継いだ、竜峰同盟の盟主、かな。あっ。竜峰同盟っていうのは、竜峰に住む竜族たちの同盟のことだよ」

「竜族の同盟を取りまとめる竜王?」

「そうなるのかな?」

「そして、竜人族からこれほど慕われている……」

「色々とあって、人族の僕でも仲良くなれちゃったんだ」

「つまり、アームアード王国の危機の際に竜峰の者たちを指揮し、導いた少年とは……」

「ぼ、僕のことになるのかな……?」


 あははは、と照れくさくて頭を掻いてしまう。そんな僕を見ても、四人は深く頭を下げた。


 なんでさ!?


「俺たちは、とんでもない人に助けられたんだな」

「そうか、エルネアが王都で噂になっていた少年だったのか」

「道理で、小さいのに俺たちよりすげぇ気配だと思ったんだよ」

「妹にはお土産を準備することができなかったけど、エルネアに助けてもらったなんて、帰ったら自慢できるね」

「えええっ、そんなことが自慢になるの!?」

「ははは。竜王に助けられて被害なしなんざ、自慢になるぜ」

「いやいや、被害ってなんでしょうかね!?」

「おおっと、口が滑った」

「おい、気をつけろ。村が消し飛ぶぞ」

「いやいやいや、消しとばしませんからね?」

「エルネア君よ、娘を差し出そう。それで気を静めておくれ」

「おっちゃん。ニライアとは俺が結婚するんだ、よしてくれぇっ」


 なんだ、この村は!

 陽気で口の軽い人ばかりです。

 僕を出汁だしに、ぎゃあぎゃあとまた騒ぎ始めた竜人族の人たちの勢いに、僕やスタイラー一家は呆気にとられた。


「そんで、妹がどうしたって?」


 部族長の子供の髭の人が、ヨーゼンさんの手に持つ杯にお酒を注ぎながら聞いてきた。


「ああ、そうなんです。実は……」


 ヨーゼンさんは豪快にお酒をあおりながら、僕に話したように妹さんのことを話す。


「おお、子供か。それはめでたいじゃないか。それならなおのこと、手ぶらじゃ帰れんだろう。遠慮をするな。さあ、好きなやつを持って帰れ」


 未だに床にばら撒かれていた玉石を指し示す髭の人。


「エルネア君も遠慮するな。白剣の宝玉ほどではないが、加護用で持っていれば役に立つぞ。売っても良い。平地じゃそれなりの金になるだろう」

「いえ、僕は大丈夫ですよ。お構いなく。それよりも、アクイルさんたちはもらって良いんじゃないですか?」

「いや、しかし」

「俺たちはこんな物を受け取れるようなことはしていないよ」

「なあに、気にするな。俺たちは出会えた。それだけで物を贈るには十分な理由になる。それに、可愛い妹と生まれてくる子供のためだろうよ?」

「そうですよ。子供のために貰ったらどうですか?」

「そう言うエルネアも、遠慮なんかするんじゃねえよ」


 これが良いか? それともこっちが良いか? なんて言いながら、髭の人は淡い満月色の玉石や色とりどりの宝石を僕やイワフさんたちに勧める。

 その強引さに負けたのか、スタイラー一家は遠慮しがちに小さな玉石を一個ずつ手に取った。


「なんだ、そんなもんで本当に良いのか? そんで、エルネアはどれが欲しい?」

「やっぱり僕も選ばなきゃいけないんだね」


 まいったな、とため息をつき、僕はひとつの玉石を手に取った。


「うえええっっ、でけえよっ」


 アッシュさんが悲鳴をあげた。

 それもそのはず。僕が選んだのは、床に転がる玉石のなかでも一番大きなもの。小さな子供の拳くらいはありそうな綺麗な玉石だった。


「はははっ。さすがだ。遠慮がねえな」

「だって、どれでもいいんでしょう?」

「ああ、どれでも良かった。五十年経てば、また取れるからな。問題ないよ」


 こういうときに、竜人族には遠慮は無用だ。彼らに裏表なんてない。どれでも良いと言うのなら、本当にどれでも良いんだよね。

 僕が選んだ玉石に、宴会の場がより一層盛り上がった。

 僕は繁々しげしげてのひらに沈む玉石を眺めて。


「はい、あげます」


 と言って、隣に座っていたアクイルさんの手に強引に握らせた。


「はいっ!?」


 頓狂とんきょうな声をあげるアクイルさん。


「それは、僕から産まれてくる子供への祝福です。受け取ってくださいね!」

「えええっ、なんでだ?」

「だって、みんなが選んだのは、竜峰に入って命がけの冒険をした報酬だよね。命辛々助かったおかげで、竜人族の人たちと親交が持てた。それは、竜人族からのご褒美。それで、僕からの分はその玉石だね」

「いや、でもこれは君がいま……」

「良いんですよ。僕には必要ない。だから、あげます。じゃないと、妹さんへのお土産がないでしょう?」

「ははは。エルネアらしい良い判断だ。俺たち竜人族も、エルネアの考えを支持する。さあ、持って帰れ」

「でも、あんまり言いふらすなよー」

「今回だけは、特別なんだからねっ」

「まぁ、お前さん方が帰って竜峰の厳しさを伝えてくれや。そうすれば今回のような事件が減る。それに対する前払いの報酬とでも思って納得しな」

「そうだね。セフィーナ王女だけじゃあ大変だろうし、実際に死に目にあった人が竜峰の厳しさを伝えたら説得力が出ると思うし」


 スタイラー一家は、人族のなかでは一流の冒険者として名前が売れているらしい。その彼らが九死に一生を得たと話してくれれば、より一層に竜峰への認識が深まるんじゃないのかな。

 王族と冒険者が口を揃えて危険だと言う竜峰。それで無謀な人が更に減ってくれることを願うよ。


 アッシュさんたちは思わぬところでお宝を手に入れて、困惑していた。だけど、僕や竜人族の人たちはそんな些細なことなんて問題にもしない。

 僕たちは、夜遅くまで騒ぎあった。

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