後で怒られても知らないよ

 大変だった日中と楽しい夜が過ぎ、翌日には早くもみんなで下山することになった。

 この村のなかにも春の隊商に参加する人たちがいるということで、僕とスタイラー一家だけではなく竜人族の人たちも混ざって、最東端の村へと向かう。

 そして、三日ほどの旅はどこまでも順調で、なんの問題もなく最東端の村にたどり着くことができた。


 僕は、ミストラルの村を出たときには「今度こそはひとり旅を!」と目論もくろんでいたけど。こうして、旅の途中で出会った人たちと一緒に行動するのも良いよね。

 寄り道したり騒動に巻き込まれたりで、当初予定していた旅の日数は過ぎてしまっているけど、仕方がない。


 竜峰最東端の村。つまり、アームアード王国の王都を出て最初にたどり着く竜峰の村には、既に多くの村から隊商に参加する人たちが到着していた。見知った顔もあって、道中のことなんかを話していたら、王都へと行くついでということでスタイラー一家も加えてくれることになった。


「それじゃあ、エルネア。今まで色々とありがとう」

「エルネアのおかげで命拾いをしたぜ」

「竜人族のみなさんも、ここまで本当にありがとうございました」

「妹のためにこんなお土産まで。みなさん、本当にありがとうございました」


 隊商の第一陣と一緒に、スタイラー一家はそのまま旅を続けるということで、別れの挨拶を交わす。


「エルネアは一緒に行かないのかい?」

「はい。ちょっと寄るところがあるんで」


 別れの握手を交わしていると、イワフさんが聞いてきた。


「残念だな。妹に君を紹介したかったのだが」

「妹さんは副都に住んでるんだっけ?」

「ああ。暇ができたら、是非会いに来てくれ」

「はい。産まれたら子供の顔を見に行くね」


 ヨーゼンさんとアッシュさんとも握手を交わす。

 ほんの数日しか一緒にいなかったけど、スタイラー一家の四兄弟とはとても仲良くなっていた。

 先の騒乱の際、王都に竜人族や竜族を導いた竜王が僕だと知った後も、彼らは特別扱いするようなことはなく、気さくに接してくれたので有難い。これが冒険者の懐の深さというやつなのかな。


「ところで、ここから寄るところってどこがあるんだ?」


 最後に握手を交わしたアクイルさんに聞かれて、困ってしまう。

 最東端の村から王都までは、もう一本道なんだよね。それなのに寄り道をするということは、逆戻りすると思われたのかな。


「ええっと。どうも帰路の日程が遅れている僕を心配する人たちがいるみたいで……」


 あはは、と少し乾いた笑いを浮かべる。

 そんな僕を見て、首を傾げる周りの人たち。

 なぜそんな反応になるんだ、と竜人族の誰かが口にしたとき。

 村の上空を、巨大な影が通り過ぎた。


「暴君だぁっ」

「ぎゃぁっ!」


 真っ赤な影は一度広場の上空を通り過ぎ、空の彼方かなたで大きく旋回をする。そして、こちらへと顔を向けた。

 上空から、恐ろしい咆哮が響く。


 竜人族の人たちの一部が顔面蒼白になり、慌てて建物のなかへと逃げていく。スタイラー一家の四人も、巨大な飛竜の影に恐怖し、一緒に逃げ惑う。


「うわああぁぁぁっっ」


 アクイルさんが上空を見つめ、絶望の悲鳴をあげていた。

 でも、僕や一部の竜人族の人は冷静だった。


 だって、暴君なんでしょ。つまり、レヴァリアということです。

 先の騒乱でレヴァリアのことに理解を深めた人は、もう紅蓮色の巨体を見ても恐れない。

 だけど、レヴァリアの最近の噂は聞いていても接したことのない人は大勢いて、その人たちにとっては、まだまだ恐怖の対象なんだよね。

 だから、そんな荒々しい咆哮をあげて威嚇をしちゃいけません。と、こちらへ向かって飛んでくるレヴァリアを心のなかで叱った。


『余計なお世話だっ』

「ぎいいいいやああああああぁぁぁぁ……!」


 レヴァリアは反抗心でもう一度咆哮をあげ、空に向かって炎の息吹いぶきまで吐いて降下してきた。そして、僕の前に荒々しく着地する。


 ……ん?

 誰の悲鳴かな?


 逃げる人は逃げ、気配を隠している。慣れている人は僕から距離をとりつつも、レヴァリアの勇ましい姿を冷静に見ている。こんな状況で、今更悲鳴だなんて……


 ふと手元を見たら、握手をしたままだったアクイルさんがあわを吹いて気絶していた。


 僕のせいか!


 ごめんなさい……


 空のレヴァリアに気を取られていたので、アクイルさんの手を離すことを忘れていたよ。

 着地したレヴァリアは呆れた瞳で、僕の足下で気絶しているアクイルさんを見ていた。


「エルネア様っ」


 そして、レヴァリアから飛び降りてくるお胸様!

 いや、違う。ライラだ。


 ライラは身軽に着地すると、僕に飛びついてきた。


「さあ、二人で逃げますわ」

「いやいや、駆け落ちなんてしたら大変なことになるからね?」


 どうやら、心配で僕の様子を見に来たのはレヴァリアだけじゃなかったみたい。

 抱きついてきたライラを受け止めて、逃げ隠れしている人に「安心ですよ」と大声で教えてあげる。すると、建物などから竜人族の人たちが出てきた。


「あんな風に現れたら、みんな驚くからね?」

「ごめんなさいですわ」

『ふんっ』


 しゅん、と反省するライラは悪くない。レヴァリアが悪いだけだよ。


「す、すげぇ……」


 アッシュさんたちも、恐る恐る隠れていた場所から出てきた。そして、村の広場に着地したレヴァリアを見上げて驚嘆きょうたんする。


「俺たちは去年の飛竜狩りにも参加していたんだ。これが、あの炎帝えんていか」


 ヨーゼンさんも、遠巻きながらレヴァリアを見上げていた。

 そうか、人族の間では炎帝って言われてるんだよね。


「炎帝さえも、エルネアは使役するんだね。恐れ入った」

「イワフさん、誤解があります。使役してるんじゃないですよ。家族の一員なんです」


 使役、という言葉に一瞬、レヴァリアが不愉快な気配を見せた。僕は、レヴァリアも大切な家族なんだと強調しておこう。


「はっはっはっ。竜族を家族なんて言うのは、さすがにエルネアくらいだな」


 レヴァリアに慣れていた竜人族が笑う。だけど、アッシュさんたちは興味津々でレヴァリアを見るものの、決して近づいてくる気配はない。

 僕はライラを一旦離し、気絶してしまったアクイルさんをヨーゼンさんの元へと連れて行く。そして、結局は僕の方が先に出発しそうなので、お別れの挨拶をした。


「では、また平地で会いましょうね!」


 そう言って、ライラと共にレヴァリアの背中に飛び乗る。レヴァリアは最後にもう一度咆哮をあげて、竜人族やスタイラー一家を驚かせた後に、空に舞い上がる。

 一瞬で村が遠のいていく。


「スレイグスタ様が心配なさっていました」

「うん、ごめんね。影竜っていう古代種の竜族の巣に間違えて入っちゃったんだ」

『影竜の巣だと?』

「うん。レヴァリアも知らなかった? 東の、あの山の向こうに影竜の巣の入り口があるんだよ」


 竜峰の空を支配するレヴァリアでさえも、影竜の存在には気づいてなかったんだね。

 久々にライラとレヴァリアに会って、空の散歩。というわけじゃないけど、影竜の住処に繋がっている洞穴まで飛んだ。

 まあ、空から見たって、特に変わった地上の景色ではないんだけど。


 そして東へ飛んだついでに、猩猩しょうじょうの巣の様子を見よう、ということになって。もう少しだけ足を延ばし、未だに炎の地獄を形成する山間部へと飛んでもらう。

 うずを巻く炎は相変わらずの気勢で、視界に入るだけで恐ろしくなってくる。空気を低く震わせる炎の轟は、遠く離れた空の上まで届いた。

 猩猩の巣は、地竜たちが今でも監視をしてくれている。でも、特に変わった変化はないらしい。

 このまま、あと数年。猩猩は全てを喰い尽くすと、また竜脈に遁甲してどこかの地域に行ってしまうらしい。


 猩猩の巣を確認したあとは、のんびりとした空の散歩になった。


「アシェル様が近々、帰られるそうですわ」

「そうなんだね。今回は随分と長い間滞在していたから、そろそろ帰らなきゃいけないんだろうね」

「きっとアシェル様の旦那様は寂しい思いをしていますわ」

「お嫁さんと娘が長期間家出してるんだしね」

「エルネア様も、いつまでも帰ってこないと寂しいですわ」

「ごめんね」


 初春、と言うにはまだ冷たい空の風。僕とライラは抱き合ってお互いの体温で温もりながら、レヴァリアの背中の上で楽しいひと時を過ごした。


「そういえば、リームとフィオは?」

『耳長族の小娘と森で遊んでいる』

「なるほど。平和だね」

「昨日は鶏竜の巣で大騒動でしたわ」

「そうなの? 鶏竜たちの方には行かなかったからなぁ。今度、またみんなで遊びに行こうね!」

「私はエルネア様と二人だけでお出かけしたいですわ」

「ふふ。今の抜け駆けが見つかったら、ライラはまたお仕置きが待ってるね」

「報告するにゃん」

「はわわっ。ニーミア様、どうかご勘弁を……」

「ニーミア、おはよう」

「おはようにゃん。気づいたら空の上にゃん。そして、ライラと駆け落ち中にゃ? ルイセイネお姉ちゃんに報告にゃん」

「ニーミア様、お許しをぉっ」


 僕の懐から顔を出したニーミアに泣きつくライラ。じゃあ、おやつで買収されるにゃん、なんて言うニーミアに、ライラは手荷物のなかから必死におやつを探し出そうとしていた。

 でも、おやつは持ってきてなかったらしい。残念です。


 そんなこんなで、結局は夕暮れ近くまでライラと楽しんだ。レヴァリアも不満を口にすることなく、竜峰を西に飛んだり北に飛んだり。

 雪が溶けて、春を迎える竜峰の眩しい風景はとても美しかった。

 そして、日暮れ前にまた最東端の村へと戻って来た。


「今日はもう遅いですわ。仕方ありませんので、私もここでお泊まりしますわ」

「大丈夫なの?」

「だ、大丈夫ですわっ」


 本当なのでしょうか。ライラの目が泳いでます。

 でもまあ、ライラらしい抜け駆けだよね。

 レヴァリアも残るということで、この日は隊商第二陣で残っていた竜人族の人たちと一緒に、楽しい夜を過ごした。


 ちなみに、スタイラー一家は僕たちが飛び去ったあとに、第一陣と一緒に出発したらしい。


「ニーミア、お母さんがそろそろ帰るらしいよ」

「お別れの挨拶に行きたいにゃん」

「ニーミア様はお帰りにならないのですか?」

「ライラお姉ちゃんが酷いことを言うにゃん」


 しゅん、とれ耳をさらに垂らして悲しそうになったニーミアを、ライラは慌てて抱き寄せた。そして、お胸様の谷間に沈めて必死に謝る。


 う、うらやましいですよ。


「にゃんのお役目は、エルネアお兄ちゃんの監視にゃん。だから、まだ帰らないにゃん」

「プリシアちゃんと遊ぶっていう使命もあるからね」

「にゃん」

「でも、アシェルさんも帰る前にニーミアには会っておきたいだろうし。明日はレヴァリアにお願いして、竜の森に行こうか」

「エルネア様は旅をされなくて良いのですか?」

「うん。ここまで来れば、自力で下山できたって言っても良いんじゃないかな?」


 最東端から王都までの最後の道のりは、危険といえばもう魔獣の脅威くらいしかない。だけど、ここから先の魔獣とは、竜の森に住み着いた魔獣たちを通じて知り合いになっちゃったんだよね。だから、難しい行程はもう残っていない。


「絶対に最後まで歩き通さなきゃ満足しない、なんて考えもないし、ここはニーミアのために竜の森に行こうか」

「ありがとうにゃん」


 結局、当初の予定からは色々と変更になっちゃった。でも、僕は竜峰を歩き通すことができた。

 これは自信になるね。

 王都に戻って、同級生徒に会ったときにも、胸を張って言える。竜峰を旅したんだよって。


 たくさん話したあと、竜人族の人に与えてもらった部屋で、僕とライラとニーミアは仲良く眠りについた。

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