囮と囮
「アッシュとエルネアの話を合わせると、つまりこちら側の坑道は出口には繋がっていないということか」
「動き回ってきたが、それらしき道は見当たらなかったな。途中で干からびた人の死骸が幾つか転がっていただけだ」
「ということは、脱出するにはあの広場をもう一度通らないといけないわけだな?」
「でも、あの広場には
むむむ、と
僕とイワフさんが、ヨーゼンさんと合流してほどなく。アッシュさんも別の方角から合流してきた。
ヨーゼンさんは、こういう場合は動かずに様子を見るらしい。アッシュさんが動き回る性格を熟知していて、お互いに動き回るよりも片方が待つ方が遭遇の確率が高いと、これまでの経験で知っていた。二人が合流できれば、そのあとにイワフさんやアクイルさんを探す考えだったみたい。
「竜族ってだけでも手に負えないのに、それ以上の強敵か」
「しかも、気配が全く感知できないみたいだね」
アッシュさんとイワフさんが、お互いに通ってきた道の
「アクイルの方は無事なんだな?」
「はい。出口の方に駆けて来たので、彼にはひとりで野営場所に戻ってもらいました」
「そんじゃあ、最悪あいつだけでも助かってくれれば……」
「いやいや、アッシュさん。なにを言ってるんですか。僕は全然諦めてないですからね。必ずみんなを無事に外へと連れ出してみせます」
こんな場所で男四人、仲良く肩を並べて死にたいなんて、絶対思いません。僕には、ミストラルたちとの甘い生活が待っているんだ!
「不純な思考にゃん」
「いやいや、不純であろうとなんだろうと、僕はみんなの待つ場所に戻りたいんだよ」
「騒動に巻き込まれたから、ミストお姉ちゃんからお仕置きにゃん」
「ぐぬぬ、これは巻き込まれたんじゃないよ……」
僕の頭の上で寛ぐニーミアに三人の視線が向けられた。そして、なにか色々と言いたそうな顔を僕に向けるけど、今は詳しく説明している場面じゃない。
「それじゃあ、打てる手を考えましょう。僕としては、こちらが
「むりにゃん。広場の闇自体が影竜の体みたいなものにゃん。大きくなれる空間がないにゃん」
「ということは、広場に入るのは影竜の身体のなかに入るようなものなんだね」
「エルネアの申し出は有難いが、君に負担を全部押し付けて俺たちだけ脱出するのはどうだろうな?」
「俺たちにもなにかできることはないか?」
「そうだね。ここは全員で力を合わせて脱出をしようじゃないか」
と言われても、とても困ります。
正直に言うと、僕だって自分自身をどうにかするのがやっとなんだ。
スタイラー一家は、一流の冒険者らしい。でも、その実力を見ることができないほど、出会ってから彼らは活躍していない。
竜峰がそれだけ危険な場所なのだと、他者を通じて思い知らされる。
だけど、そうだよね。
竜人族の人たちだって、隣村に行くのでさえも苦労するような土地なんだ。戦士や旅慣れした竜人族でなきゃ、やはり竜峰では行動できない。
スタイラー一家を見ていて、改めて思い知らされた。
そして、僕は包み隠さずに、三人に現状を伝えた。
三人の実力では、申し訳ないけど役に立たない。僕とニーミアでさえ、古代種の竜族相手に戦ったことなんてない。
ニーミアの実力を知っている。暴君と呼ばれた竜峰の空の覇者でさえも、子供のニーミアには及ばない。そして、影竜はそんな実力を持つ古代種の竜族で、もしかすると成竜かもしれないんだ。
スタイラー一家は、アームアード王国の王都で起きた騒乱の際に、魔族相手に奮戦したらしい。
そのときに見ているよね。竜族と竜人族の圧倒的な戦闘力を。そして、それさえも
僕の説得に、
「アッシュさんたちが弱いわけじゃないんです。ただ、今回は相手が悪かったんです。そして、みんなには竜族と竜峰に対する知識と経験がた足らなかったんですよ」
「では、エルネアならその知識と経験があるというわけか。そして、恐ろしい竜族と相対できる程の実力と度胸も」
ヨーゼンさんの言葉に、力強く頷く。
「はい。なにせ僕の師匠は、そんじょそこらの古代種の竜族とは違いますからね。それに一年間竜峰で暮らしてきて、最高峰の実力を持つ竜や竜人族と出会ってきました。魔王とも知り合いだし、精霊の親分みたいな人も知ってるし……。あれ? 僕の知り合いって普通の人がいないような……?」
「それは仕方ないにゃん」
最初は、三人に不安を与えないように胸を張って言ったけど、後半は言葉に出していて、なにか違うような違和感を覚えました。
三人も、後半の言葉が理解できなかったようで、ぽかーんと口を開けて放心していた。
「と、とにかく。僕とニーミアが影竜の注意を惹きつけている間に、三人は脱出してください」
「それで、エルネアは本当に大丈夫なんだな?」
「エルネアもきちんと脱出するんだね?」
「もちろんです。自己犠牲の精神なんて持ってないですからね」
今度こそは胸を張って、自信を持って言う。
「では、それでいかせてもらおう。ただし、もしもエルネア自身が危険になり、俺たちが足手まといだと思ったときには、遠慮なく切り捨ててくれ」
「大丈夫です。いざとなれば山ごと吹き飛ばしちゃいますから……ああ、でもそうすると、またみんなにこっぴどく怒られちゃうんだろうな……。それだけは嫌だな……。魔王とか呼び出したら、大きな借りになっちゃうよね。絶対にこき使われるよね……」
最悪の事態を想像してみて、張った胸が萎縮していく。
いけない。
スタイラー一家の運命は、僕にかかっているんだ。僕がどんっ、と自信を持って動かなきゃ、三人が不安で動けないじゃないか。
現に、三人が僕の方を見て顔を引きつらせている。彼らの心配を取り除くためにも、僕は何事にも動じないような態度を取らなきゃいけない。
「それじゃあ、早速行動に移りましょう」
言って僕は、広場へと続く坑道を力強く歩き出す。背後では、遅れて三人が後に続き追いかけてきた。
少し進むと、作戦会議をしていた場所では淡く発光していた水晶石が、真っ黒になる。
「この先は、すぐに例の広場だ」
「出口方面の坑道の方角は把握できてますね?」
「ああ、教えてもらった方に走って、そのあとは頑張って横穴を探すよ」
「それでは、行きます!」
僕は三人を残し、暗い坑道を進む。
するとヨーゼンさんの言葉通り、すぐに広場らしき開けた空間へと出た。
周囲に気を配り、慎重に歩みを進める。
頭の上では、ニーミアが僕の死角を補うように目を配らせている。身体の内側からも、緊張したアレスちゃんの気配が伝わってきていた。
ニーミアは、影竜が怒っていると言っていた。なにに対して怒っているのかは今のところ不明だけど、一瞬でも反応が遅れてしまえば、僕やニーミアだって死んでしまう。そんな状況に、白剣と霊樹の木刀を握る手にも力が入る。
大きな岩を迂回し、出口のある横穴とは少し違う方角へと足を向けた。
その時。
ぞわり、と頭上から嫌な気配を感じ、空間跳躍で回避する。そして白剣を構え、振り返る。
闇のなかに、尚暗い影を落として影竜の顔がそこにはあった。
「なにに対して怒っているのかな?」
意思疎通ができるかわからないけど、一応口に出してみる。だけど、影竜は苛ついた瞳で僕を睨んだだけで、また闇に溶けた。
全身にねっとりと纏わり付くような闇が、気持ち悪い。この気配こそが唯一の影竜の気配なのかもしれない。
竜宝玉とアレスちゃんの力を最大限まで開放し、警戒する。
どくり、どくり、と胸の鼓動なのか竜宝玉の脈動なのかわからない、内側から身体を揺らす振動を感じる。
なにもしていないというのに、段々と息が上がってきた。
「んにゃっ」
ニーミアの警戒と同時に、背後から危険が迫る。
僕はまたも、短距離の空間跳躍を発動させて回避する。そして立っていた場所を確認すると、そこにはまたもや影竜の顔があった。
だけど、今度は逃げてばかりじゃない。
飛んだ先で影竜の実体を確認すると、もう一度空間跳躍をする。そして、影竜の顔近くへと飛んだ。
霊樹の木刀を一閃させる。
剣先が影竜の顔に当たった。
だけど、黒い霧でも
「このっ!」
もう一度、霊樹の木刀を振るう。竜気の乗った一撃だったけど、闇をかき混ぜただけで影竜には効いていない。
影竜は反撃されたことで、今度は間髪置かずに攻撃してきた。
闇を割き、地面を這うような重い気配を察知し、飛び退く。
目の前を、無音で巨大な竜の手が通り過ぎた。
鋭利な爪がぬるりと闇色に輝いていた。
僕も負けじと反撃する。霊樹の木刀を振るい、実体を現した箇所へと攻撃を繰り出す。だけど、
でも、これでいい。
今の僕の役目は、影竜の注意を惹くこと。
影竜が僕に意識を向けたと確認したアッシュさんたちが、横穴から出てきた気配を感じ取る。
三人は暗闇のなか、出口があると思われる方角に全力疾走をする。
三人の気配を探りながら、僕も周囲に気を配る。
今度は、正面から不気味な気配を感じた。
そして、初めて目にする。闇が揺れ、その隙間に生じた影が竜の頭部へと変化した。
影竜の頭部は、僕めがけて襲いかかってきた。
「危ない!」
僕の叫び。それと同時に、背後で轟音が轟く。足下に振動が伝わってくる。
「くそうっ。こっちが
目の前で形取られた影竜の頭部。それは、僕を惹きつけるための罠だった。
囮役の僕が囮に惑わされて、こちらの本命を攻撃されてしまった!
影竜は、走る三人の気配をしっかりと捉えていて、こちらに攻撃するのと同時に三人にも攻撃を加えてきた。
「みんな、大丈夫っ!?」
「おうよっ!」
闇に向かって叫ぶと、闇の奥から返事が飛ぶ。
この辺は、流石に一流の冒険者。何度も危機を乗り越えてきただけはある。影竜の不意打ちを
「このうっ」
僕が囮として役に立たないのなら、彼らの護衛に徹するべきだ。
僕も三人が向かう方角へと走り出しながら、手当たり次第に周囲へと
出鱈目に竜気を錬成しているせいで、無様な形や低威力の竜槍が射出される。
質よりも量だ。どこから現れるかわからない影竜に対し、威嚇するように竜槍を乱射していく。そして、走る。
すると、そこでようやく、影竜と思われる者の苛ついた意志を僕の竜心が捉えた。
物理的な効果はなくても、どうやら精神を揺するくらいにはなったらしい。
影竜が、こちらに攻撃を仕掛けてきた。
左右から重々しい気配を感じ、飛び退く。すると今度は頭上からも気配を感じ、再び回避行動をとる。
「くそっ。行き止まりだ」
「焦らず横穴を探せっ!」
「こっちだ!」
闇の奥から三人の声が届く。イワフさんが横穴を見つけたらしい。
残りの二人の気配がイワフさんの声の方角へと駆け寄り、三人が揃って移動を開始させた。
正確な方角と距離がわかれば、僕はすぐに追いつける。
小刻みな空間跳躍から、一気に飛距離を伸ばす。そして、一瞬で僕も横穴へとたどり着いた。
逃げるが勝ちだ!
全力で横穴を走り、三人に追いつこうとする。
だけど、僕たちの走る先には思わぬ障害が立ち塞がっていた。
「これは……!」
「そんな馬鹿な……」
「こんなもの、卑怯じゃないか……」
もう少し思考を
横穴に入ることはできたとはいえ、そこはまだ闇のなか。そして、この闇は影竜の体の一部と言って良いものなんだ。
僕たちが立ち止まった先。あと少しで光る水晶石の坑道に出られるという所に。
坑道を塞ぐように、影竜の巨大な手が待ち構えていた。
ぐるる、と不気味な唸り声に振り返る。
「なるほど。身体の大きさも変幻自在というわけなんだね……」
背後には、影竜の顔があった。
しゃあっ、とニーミアが
「我の寝所を騒がす愚か者どもよ。死をもって
人の言葉を口にした巨大な影竜の頭部に、三人が小さく悲鳴をあげた。
小さなニーミアと巨大な影竜じゃあ、受ける印象は全然違うらしい。
影竜が、底の見えない気配で威圧しているのも、原因かもしれない。
だけど、竜の威圧は僕には通用しない。
スレイグスタ老と比べちゃうからね。
「ごめんなさい。寝ているところを騒がせたのは謝ります」
「謝罪は受け入れぬ。愚かなる者には死を」
威圧に屈しない僕とニーミアに不快感を示し、睨む影竜。
やっぱり、まともな交渉や意思疎通はできないようだね。
ここでようやく結論に達した僕は、いくら威圧しても意味がない、と強い視線を返しながら、白剣の切っ先を影竜の頭部に向ける。霊樹の木刀の
「僕たちは望んでここへと足を踏み入れたわけじゃないです。それでも許さないと言うのなら、死にたくないし抵抗するしかないですけど?」
今まで抑えていた、白剣へと流れる竜気を解放した。
十分な竜気を受け取り、白剣が存在感を増していく。そして、
「な、なんだ……その巨大な宝玉は……?」
アッシュさんが霊樹の宝玉に気づき、目を丸くする。
アッシュさんの視線を釘付けにした宝玉は尚も発光を増し、次第に小さな火花を発し始めた。
「古代種の竜族の影竜よ。貴方ならこの剣の性能と、宝玉の威力を理解できるでしょう」
僕と影竜の視線が交差する。
「僕は竜の森の守護竜の弟子であり、竜峰同盟の盟主。八大竜王エルネア・イース。竜殺しの剣と魔王の宝玉を持つ僕と戦うか? 僕と戦うということは、竜峰と魔族、そして数多の古の竜たちと戦うことと等しいことだと知れ」
今度はこちらが威嚇するように言葉を発する。
低く静かに出した言葉は、暗闇の坑道にゆっくりと染み込んでいく。
無言で睨み合う僕と影竜。
影竜が少しでも不穏な動きを見せれば、僕は直ちに全力で動く。
この場で嵐の竜術を発動させてもいい。
死ぬくらいなら嵐と
危険極まりない場所で
「さあ、どうする?」
戦うのなら、生き延びるためにはなんでもするけど?
古代種の竜族なら、僕の思考くらい読めるよね。なら、僕の覚悟も読み取れるはずだ。
白剣の鍔に埋め込まれた霊樹の宝玉は、睨み合いの間にも青さを増していく。そして、放たれた雷が坑道の壁や天井、地面を舐めるように這っていく。
霊樹の木刀も、その存在を大きく示す。
神秘の生命力を脈動させ、気配を膨らませていく。
「黒竜のリリィを喚ぶにゃん。闇は黒竜も得意にゃん」
「そうだね。リリィを喚ぶのもひとつの手だね。リリィは僕の影の匂いを覚えているから、竜脈に乗ってすぐに駆けつけるよ」
「黒竜をも
影竜の瞳が暗く光る。だけどそこには、こちらが保有する手札に対しての苛立ちで、威嚇の色が薄まっていた。
「無用な争いは望んでいません。僕たちは貴方の寝所を脅かすつもりはないですよ。ここで貴方が寝ていると知っていれば、誰も近づかないでしょう?」
「我はここを
「はい。八大竜王の名にかけて、誓いましょう。偉大なる古代種の竜族の影竜よ」
僕や竜人族、そして竜族は、影竜に敬意を表し寝所には踏み入らない。それで、手打ちになった。
どれくらい睨み合っていたのかわからない。
だけど、影竜は僕との交渉に応じて、先を塞ぐ手を消した。
「行くがよい。そして二度と、ここへは踏み入るな」
影竜の頭部は闇に浮いたままだったけど、どうやらお許しが出たらしい。
「みんな、行きましょうか」
白剣は抜き放ったままで、三人に振り返る。
「あ、ああ……」
いつの間にか、三人は腰が砕けて座り込んでしまっていた。
無理もない。古代種の竜族に威嚇されて平気なのって、僕と家族のみんなくらいだよね。
僕はなんとか三人を立ち上がらせると、影竜の手が消えた坑道の先へと歩き出す。
影竜は僕たちをじっと睨んでいたけど、襲ってくる様子はなかった。
そして、ふらふらした足取りの三人と一緒に、水晶石が淡く光る場所へと戻る。その後は休憩を挟みながら、野営場所の洞穴の入り口を目指した。
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