鉱山の支配者
緩やかに下る長い直線を、空間跳躍で一気に走り抜ける。そして突き当たりの角を曲がり、坑道の先へと進む。
今度はニーミアがいるので、道に迷うことはない。
ニーミアの案内に導かれて、先の広場へと急ぐ。
「危険にゃん」
すると突然、ニーミアの警告が飛んだ。同化したアレスちゃんも警戒しているのか、体の内側から緊張が伝わってくる。
僕も周囲の変化に気付き、一旦足を止めた。
少し後ろで淡く光を発光している水晶石。それが、視線の先では光を失っていた。それどころか、光を吸収するような闇色に染まっている。
水晶石は地質に属性があると、その属性の影響を受けるらしい。光る水晶石がある場所だと、光属性の玉石が採れるかもしれないとアッシュさんは言っていた。
では、闇色に変化した水晶石が意味するものとは。
「もしかして、この辺は闇属性の玉石があるのかな?」
「うう、わからないにゃん」
「この変化になにか意味があるのかな?」
「この先は真っ暗にゃん」
「なぜだろう。竜気を宿した瞳でも、先が見えないね」
「にゃんもあんまり見えないにゃん」
洞穴の入り口の部分からは随分と奥に、そして地下へと降りてきている。ひとつの鉱脈に複数の属性が宿っていたりするのかは、専門家ではないのでわからない。だけど、この先が普通の暗闇ではないことだけは
竜気を宿していれば、光源のない闇でもある程度は見渡せる。それなのに、闇色に染まる水晶石の先が示す坑道の闇は、僕やニーミアでも見通せない。
困ったな。基本的に、竜気を宿した瞳なら暗闇は問題ない。だから、携帯用の照明は持ってきていないんだよね。
「広場はこの先なんだよね? 慎重にいこう」
急ぎ駆けることを止めて、一歩一歩慎重に進む。残りの三人を早く救出しなきゃという気持ちはあるけど、慌てて自分が危険に陥ったら意味がない。
白剣と霊樹の木刀をしっかりと握りしめ、見通しの悪い闇へと足を踏み入れた。
しっとりとした霧のような肌触りを感じる闇に気持ち悪さを感じつつ進むと、ニーミアの言うように広い空間に出た。
闇は、手を伸ばして白剣を
足を止めて、周囲の気配を深く探る。
相変わらずニーミアとアレスちゃんは警戒心を剥き出しにしているけど、周囲からは危険な気配を感じない。
遠くで、ヨーゼンさんとアッシュさん、そしてイワフさんの気配を感じるくらい。アクイルさんは、僕から言われた通りに野営地まで戻っているのか、気配が遠のいていた。
ヨーゼンさんとイワフさんの気配は動いていない。どこかに隠れているのかな。アッシュさんだけは動いていたけど、こちらに近づいてくるような感じではない。
まずは、動いていないヨーゼンさんとイワフさんと合流しよう。怪我をしていたら大変だしね。
ということで、暗闇の広場を慎重に進む。
やはり、広場で間違いない。
岩場を踏みしめる足音が、遠くで反響している。この感じだと、ニーミアが元の姿に戻っても大丈夫なくらいはあるんじゃないのかな。
ただし、これまでの坑道とは違い、足場が悪い。今までは人工的に掘られていたせいか、足場もしっかりとしていた。だけど広場に入ると、自然剥き出しの感じで隆起が激しい場所があったり、突然穴があったりして、地面にも気を使って歩かないと転けてしまいそう。
そして、広場を少し進んだ先で、地面に転がった物体を見てぎょっとする。
「鮫の魔獣だ……」
死骸だった。
尻尾と頭の部分だけが残った鮫の魔獣の死骸が、不気味な体液を撒き散らして落ちていた。
「魔獣が死んでるね」
「ここで戦おうとしたにゃん。そしたら、急に魔獣が死んだにゃん」
「死因は不明? 胴体の部分が無くなっているように見えるけど?」
「みんなを護るので必死で、にゃんは見えなかったにゃん」
「そうなんだね。原因はわからないけど、突然魔獣が胴体の部分を失って死んだんだね。ということは、この魔獣を一瞬で
鮫の魔獣は、空中に飛び出ても素早い身のこなしをしていた。なにせ、僕の連撃も避けるくらいに。それが一瞬にして、しかもニーミアになにが起きたのかさえ察知されないほどの手腕で殺された。
この暗闇に、ただ者ではないなにかが潜んでいる可能性が高い。
でも、僕たちや離れた場所のスタイラー一家以外で、危険な気配は感じないんだよね。
ニーミアとアレスちゃんが警戒している以上は、どこかに危険が潜んでいるのは確かなんだけど。
魔獣の死骸を
周囲の気配も油断なく探りながら、まずは距離的に一番近いイワフさんの元へと向かう。
ぞくり。
突然、背後から身の毛のよだつ恐ろしい気配を感じ、とっさに空間跳躍を発動させた。
「んにゃあっ!」
ニーミアも悲鳴をあげた。
跳び
「っ!?」
思わぬ風景に、言葉を飲み込む。
深い闇のなかで。
闇よりも濃い影をした、巨大な竜の顔が浮かんでいた。
闇に浮かぶ影。闇と影、どちらが主なのかは不明だけど、少なくとも闇に浮かんだ竜の頭部は、影そのものだった。
黒い影で
「危険にゃん。
僕の頭の上で「しゃあっ!」と猫のように身を構え、ニーミアが珍しく叫ぶ。
「影竜!?」
「古代種にゃんっ」
「うわっ!」
ニーミアの言葉を聞き、問答無用で逃げに入る。先の見通せない暗闇では、空間跳躍は使いにくい。全力で走る!
影竜の頭部は、すうっと闇のなかへと消えた。
と思った瞬間!
側面から死の気配を感じ、慌てて回避する。
「二頭!?」
「違うにゃん。影竜は闇と影そのものにゃん」
「ど、どういう意味かな?」
逃げながら、ニーミアに聞く。だけど、ニーミアは逃げ走る僕の頭の上で上下に激しく揺れて、上手く話せない様子だ。
仕方なく、闇のなかを逃げる。
またもや、ぞくりと悪寒が走った。緊急回避する。直前まで僕がいた場所に、影竜の巨大な口があった。
そんな馬鹿な! と叫びたい。
すぐ側に影竜の巨大な顔があるのに、全く気配を感じない。
影竜は三度目の襲撃が不発に終わり、憎らしく僕を睨みながら闇に消えた。
『にげてにげて』
アレスちゃんの言葉に従い、全力で逃げる。
すると突然、闇の先に横穴が姿を現す。急いで横穴に逃げ込む。だけどなぜか、危険な感じが消え去らない!
横穴に入っても、僕は全力で走った。走りながら、ちらりと後ろを振り向く。
影が追ってきているような気配がした。ぞわぞわと、背中に気持ち悪い感じが
「にゃあっ!」
ニーミアが背後に向かって鳴く。すると、迫っていた嫌な気配が白い灰になって空中に散った。
闇と影そのもの、か。
ニーミアの灰の竜術は、気配まで灰に変えるようなものじゃない。つまり、影のような気配そのものが影竜なのかもしれない。
とにかく、逃げる。
走って走って、絶対に安全と思えるくらい走り続ける。突き当たりを曲がり、斜面を下り、道なりにとことん進む。
なるほど。みんなが全力で走り、逃げ惑っていた理由がわかったよ。姿が見えない敵。だけど、背後からは不気味な気配が迫ってくる。これは、死に物狂いで必死に逃げるしかない!
逃げて逃げて、そして逃げて。
息が切れ始めた頃、続く道の先に人の気配が近づいてきた。
「誰だっ!」
緊迫した声が先から響いてきた。
「僕です。エルネアです!」
「エルネアか……」
ほっとする気配が伝わってくる。
「イワフさん、大丈夫ですか?」
運よくと言うべきなのかな。僕が逃げた先には、イワフさんが居た。だけど、イワフさんは腹部を抑えてうずくまっていた。
「お腹を負傷したんですか?」
「あ、ああ。魔獣の最初の襲撃でね。大したことはないんだけど」
野営地付近で見た血の跡は、イワフさんだったんだ。
イワフさんの傍に
イワフさんの二枚目の顔が無残に歪んでいたけど、傷が癒えると落ち着いた様子に戻った。
「貴重な秘薬なんだろう? 助かったよ」
「いえ、困った時にはお互い様です」
いつの間にか、背後から迫ってきていた不気味な影の気配は消えていた。
良かった。ここまでは追ってこないみたい。
僕もほっと胸を撫で下ろす。そして、改めて先ほどの混乱を振り返る。
「影竜か。ニーミア、古代種って言ってたけど、やっぱり危険なのかな?」
襲われておいて危険じゃないとは言えないだろうけど、一応聞いてみる。
「影竜は悪い竜にゃん」
「古代種の竜族なのに、悪い竜がいるの?」
「お勤めしない暴れん坊にゃん。逃げるにゃん」
お勤めとは、つまりスレイグスタ老やアシェルさんのようなお役目のことだろうね。どうやら、古代種の竜族にも色々といるらしい。
「でも、古代種なら会話はできないのかな?」
「人の言葉は
「こちらの言うことは聞いてくれない?」
「にゃあ。怒っていたにゃん。だから難しいにゃん」
むむむ、と唸る僕。
古代種の竜族ということは、普通の竜族よりも更に知的で高位の存在だよね。だけど、なぜか怒っていて、話が通じない。元々お勤めをしないような悪い竜だと言うし、友好的にとはいかないようだね。
「古代種の竜族? お勤め?」
イワフさんが、僕とニーミアの会話の断片で混乱していた。
そして、興味深そうにニーミアを見る。
「この子猫だと思えた子は、もしかして……?」
「はい、ニーミアも古代種の竜族の子供ですよ。古代種の竜族は人の言葉を喋れるんです」
と軽く説明したら、イワフさんは限界まで目を見開いて驚いた。
「存在を隠していてごめなさい。無用な騒ぎは起こしたくなかったので」
「いや……。では、君は……」
ニーミアから僕に視線を移し、尚も驚いた表情のイワフさんの傷を、もう一度確かめる。
スレイグスタ老の鼻水は、外傷には万能だね。傷口はきっちりと治っているよ。
驚いたまま固まるイワフさんに、あれこれとここで説明している余裕はない。なので、彼の手をとって立ち上がらせる。
「とにかく、残りの人たちと合流しましょう。脱出計画はそれからです」
来た道を戻ろうとは思えなかった。なので、このまま先へと進むことにする。
微かに空気の流れを感じる。
なんとなく、この穴は他の人の場所に繋がっているような気がするんだよね。
僕はイワフさんと手を繋いで、慎重に歩みを再開させた。
少し進むと、また薄っすらと坑道の水晶石が光り出す場所に出た。
「もしかして、この辺の鉱脈は基本的には光属性を含んでいるけど、あの影竜の影響が及ぶ場所は水晶が暗くなるのかな?」
「可能性はあるにゃん」
ニーミアは正体が露見したことで、もう気兼ねなく喋っている。だけど、後ろからついてくるイワフさんは目が点のままだ。
仕方がないよね。竜の子供というだけでも珍しいのに、人の言葉を話すんだからね。イワフさんの驚きは理解できる。
……
次に近い気配は、ヨーゼンさんかな。と探りを入れながら、近づけるような道を探す。
存在を認識したというのに、影竜の気配は全く感じ取れない。
ただ幸いなことに、曲がりくねった坑道はどうやらヨーゼンさんの方に繋がっているみたい。徐々に、ヨーゼンさんのもとへと近づいているのがわかる。
広場から入った横道は、洞穴の入口から続く来た道とは違う。だけど、こちらも人工的に掘られた感じで、足場がしっかりしている。そして、壁や天井から見える水晶石は星の瞬きのように輝いていた。
光属性の影響を受けた水晶石は、僕たちをヨーゼンさんが待つ場所まで導いてくれた。
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