ユフィーリアとニーナ

 人には必ず、き手利き足というものがある。まれに両利きの人もいるみたいだけど、私生活において、はしを持つ手、筆を持つ手、蹴り出す足、咄嗟とっさに出る手というのはあって、必ずと言っていいほど右手と左手は違う役割を持っている。

 そのせいか、右手と左手は器用さだけでなくて握力あくりょくなども違ってくるよね。


 剣の達人であっても、その両手の違いを考慮して、利き手には攻撃に適した重い長剣、もう片手には防御に適した軽めの短い剣を持つ、というように役割を持たせていたりする。

 かくいう僕も、白剣は必ず右手に持って、霊樹の木刀や霊樹の精霊剣、又は魂霊こんれいは左手に持つ。

 白剣と霊樹の木刀や精霊剣は、重さが違う。

 そのせいか、僕も人の例に漏れずに右手と左手では握力は違う。


 では、右と左で違う握力、違う役割を担っている両手で、僕は果たして、同じ力を込めて同じ速度で影打を抜けるのか。


 あの、竜の祭壇を長年守護してきたアイリーさんであっても、その条件を満たせずに影打を抜くことができなかったらしい。

 アイリーさんこそが、影打と全く同じ性質、同じ長さ、同じ重量の竜奉剣を誰よりも長く握り続けてきた人だ。でも、そのアイリーさんでさえ両手の加減に失敗したんだよね?

 それなのに、僕が成功できる?


 ううん、断言できる。

 僕では絶対に影打を抜くことはできない!


 影打を抜く条件は、ディオッドラルド様にい言われる以前に、出発前からアイリーさんに言われていたよね。

 そのアイリーさんが、何故かユフィーリアとニーナの同行だけは許してくれた。


 つまり、そういうことなんだ。


 アイリーさんでも僕でも、影打は抜けない。

 どれだけ繊細に力や速さを調整しても、必ず利き手ともう片手には差異が生じてしまって、失敗してしまう。

 長年、影打がこうして誰にも抜けなかった理由は、それ以外にない。


 だけどね。

 ここに、いるんだ。


 同じ力、同じ速さで、全く同時に動ける二人が!


「余裕の試練だわ」

「簡単な試練だわ」


 ふふんっ、と完璧に揃った仕草で、全く同じように確信の笑みを浮かべるのは、双子の王女様。

 そう、ユフィーリアとニーナ。


 ディオッドラルド様には、二人の区別がついているのかな?

 絶対に見分けられていないはずだよね!

 未だに、僕の家族以外はユフィーリアとニーナを区別することはできない。

 禁領で共に生活している耳長族どころか、精霊たちだってユフィーリアとニーナを見分けられないんだからね。

 まあ、プリシアちゃんのように内股の黒子ほくろの有無で見分ける、という隠された判別方法はあるんだけど、それはごく一部の人じゃないと無理だからね!


『よもや、瓜二つの人の子が影打の試練に望むと?』


 ユフィーリアとニーナの自信満々な笑みを見返して、ディオッドラルド様が喉を鳴らす。


「僕だけが『竜神さまの御遣い』ではないんですよ? 僕の家族全員で『竜神さまの御遣い』なんだから、ユフィとニーナにも資格はあるはずです。そして、この試験は最初からユフィとニーナのために課せられた試練だったと僕は思っていますよ?」

「エルネア君の言う通りだわ。だって、竜奉剣を使っているのは私とニーナだもの」

「エルネア君の言う通りだわ。だって、竜奉剣の影打なら私とユフィ姉様の問題だもの」


 手を繋いだユフィーリアとニーナが、楽しそうにくるくると回る。

 どちらがユフィーリアで、どっちがニーナなのか。

 瓜二つの双子王女様に目を回すディオッドラルド様。


「さあ、それじゃあ」

「影打を抜くわ」


 と言って、楽しそうな足取りのまま、ユフィーリアとニーナが動く。


 火山の地下に存在していた、大きな空間。

 ディオッドラルド様の幻惑の竜術が解けて、僕たちの背後で唸りをあげていた溶岩の川と湖は消失していた。

 そして、存在を消されていた影打が、今や僕たちの前に姿を現していた!

 地下空間の中心、その地面に、二本一対の大剣が交差するように刺さっていた。


 ユフィーリアとニーナは、軽い足取りで影打に近寄る。

 固唾かたずを飲んで見守る僕と、二人の淀みない全く同じ動きに驚嘆しているディオッドラルド様。

 見守る僕たちを他所よそに、ユフィーリアとニーナはお互いに合図も目配らせもすることなく、全く同時に影打に手をかけた。

 ユフィーリアが一本の影打の柄を両手で持ち。ニーナがもう一本の影打の柄を両手で持つ。


「ユフィと」

「ニーナの」

「「影打抜剣!!」


 そして、声と動きを揃えて、全く同時に影打を抜き放った!


『っ!!』


 ディオッドラルド様は、絶句する。

 だけど、僕は当然の結果だとして驚きもしないよ?

 きっと、竜の祭壇で僕たちの帰りを待つ家族のみんなだけじゃなくて、アイリーさんもこの結果を確信していたはずだ。


 深々と地面に刺さっていた二本一対の大剣が、双子のユフィーリアとニーナによって引き抜かれた。

 ユフィーリアとニーナはお互いに一本ずつの影打を両手で持って、高々と掲げる。


 だけど……


 誇らしげに影打を掲げたユフィーリアとニーナが、同時に首を傾げた。


「「エルネア君」」

「な、何かな?」


 二人から同時に名前を呼ばれて、僕は顔を引き攣らせる。

 何故なら、と僕の視線も、ユフィーリアとニーナと同じように、掲げられた影打に釘付けになっていた。


「影打が……」

びているわ……」

「や、やっぱりかーっ!!」


 僕たちの見間違いではなかった。

 簡単そうで極限に難しい試練の果てに封印を解かれた、竜奉剣の影打。

 だけど、その影打は錆びて鉄錆色に変色してしまっていた!


「そんな……」


 今度は僕たちが絶句してしまう。

 竜奉剣の代わりとして選定した宝物が、まさか錆びてしまっていただなんて……


『無理もない。影打は我が守護を担うよりも以前からここに封印されていたのだ。そして、ここはまさに火山の地下。ある時は溶岩に飲まれ、ある時は火山より吹き荒ぶ熱波に晒され続けていたのだからな』


 ディオッドラルド様の言葉通りだよね。

 幻惑の術が解かれて、地下空間からは溶岩の川と湖は消失した。

 だけど未だに、僕たは全身から汗が吹き出すほどの気温のなかで、熱風を感じている。

 それはつまり、地下空間のもっと奥には本当の溶岩の川があるということを意味しているんだよね。

 そして、この火山は休止していない。時には噴火することもあったはずだ。そうすれば、火山の地下から溢れ出した灼熱の溶岩が、ここに刺さっていた影打を何度も飲み込んだはずだよね。

 それでも、溶岩石に埋もれたり、朽ち果てなかったのは、強固な封印のおかげだったかもしれない。


「だけど、これは流石に……?」


 ユフィーリアとニーナが、抜いた影打を僕のところまで持ってきてくれた。それで、改めてしっかりと確認してみるけど、やはり柄の先から剣先まで完全に錆びてしまっていた。

 それと、別のことにも気づく。


「竜奉剣の影打とはいっても、装飾や宝玉は付いていないんだね?」


 そうなんだ。

 影打は、剣身だけでなく、柄やつばまで竜奉剣と全く同じように造られていた。だけど、鍔には宝玉がはまっていないし、美しい装飾も施されていない。それどころか、黄金色に輝いていた竜奉剣とは違い、影打は鉄錆色だった。


 まさか、影打がこんな状態だっただなんてね?

 予想外の結末に困惑する僕。

 その僕を、ユフィーリアとニーナのお胸様が襲ったのはその時だった!


「うっぷ! ユフィ? ニーナ!?」

「エルネア君、勘違いをしちゃ駄目だわ?」

「エルネア君、思い違いをしちゃ駄目だわ?」

「影打は影打よ。だから、竜奉剣と全く同じじゃなくていいわ」

「錆びているとか、装飾や宝玉がないなんて、些細ささいな問題だわ」

「「だって、これから影打を新しい宝物にすることが、私たちの役割なのだもの」」


 お胸様の中で窒息しそうになっていた僕は、二人の言葉で正気に戻る!


「そうだね。それを忘れちゃいけないよね! ……そろそろ息がっ」


 ユフィーリアとニーナのお胸様の間からなんとか顔を出して、二人に笑いかける。

 ユフィーリアとニーナも、嬉しそうに微笑んでくれていた。


『くくくっ。はははははっ! 愉快。愉快であるぞ、竜神様の御遣いたちよ!!』


 すると、事の成り行きを見守っていたディオッドラルド様が、大笑いを始めた。


『このような愉快で爽快そうかいな結末が訪れようとは。誰も成し得ぬであろうと思っていた試練を克服するだけでなく、思わぬ結末にも前を向くか。先代より、魂が燃え尽きるまでの暇潰しにと受け継いだ役目ではあったが、よもやこれほど素晴らしい終幕を迎えるとは思わなかったぞ! 天晴あっぱれである、人の子らよ。我は汝らを讃えよう。いち竜族として、我は竜神様の御遣いの偉業を褒め称えよう!』


 心底嬉しそうに、四肢と尻尾を地面に打ち鳴らして感情を表すディオッドラルド様。

 巨躯のディオッドラルド様が足を踏み鳴らすたびに地面が揺れるせいで、僕たちは立っているだけで精一杯になる。


「わわわっ」

「「きゃぁっ」」

「ううっぷ」


 そして、三人で抱き合っていると、またもやユフィーリアとニーナのお胸様に沈んでしまう僕。


『わはははははっ。これで、歴代の老竜たちが余生の暇つぶしにと受け継いできた役目が終わったな。我はこれより死に至るまで、この地で汝らの偉業を語り継いでいくとしよう!』


 竜奉剣の影打を守護する役目は、竜の墓所を訪れた老竜たちの暇つぶしでした!

 なんて真実はともかくとして!!


 愉快な感情のままに四肢や尻尾を打ち鳴らすディオッドラルド様。そのせいで、三人寄り添って立っているだけで精一杯になるほど、地下空間が激しく揺れている。

 そして……

 ごごごごっ、と何処からともなく不吉なとどろきが地下空間全体に響き始めた。


「ユフィ、ニーナ?」

「「エルネア君?」」


 ま、まさか……!?


 ディオッドラルド様、鎮まってください!

 じゃないと!!


 叫ぼうとした僕。

 だけど、ユフィーリアとニーナのお胸様に沈んだ僕は、まともに叫ぶことさえできなかった。

 代わりに、ユフィーリアとニーナの悲鳴が響く!


「きゃあっ、溶岩だわっ」

「きゃっあっ、噴火だわ」



 えええええぇぇぇぇーっ!!


 やっぱりか!

 この地鳴りと轟は、火山活動のしらせなんだね!?


『ぬうっ。年甲斐もなくはしゃぎ過ぎたようであるな。ここはいずれ溶岩に飲まれ、山は火を吹くであろうな』


 いやいやいや、呑気のんきに言っている場合じゃないですよ!

 ああ、そうですか。ディオッドラルド様は溶岩程度の熱は耐えられるんでしたね。

 だけど、僕たちは溶岩に飲まれたら解けちゃいますからねっ!


「ニーナ、逃げるわ」

「ユフィ姉様、逃げるわ」

「うっぷ。でも、急がないと……!」


 地下空間の更に奥。そこから、不気味な轟と熱波が近づいてきている気配を強く感じる。


「ディオッドラルド様!」

『言われずとも、承知しておる。試練を達成した汝らへの我からの報酬だ。我に乗れ!』


 竜気の使用を禁止している今の僕たちでは、火山の地下から抜け出す前に、噴き上がってきた溶岩に飲み込まれちゃう。

 本当に絶体絶命の危機なら、竜気の仕様もいとわない。でも、頼れる手段が残されているのなら、自分に課した試練は継続させておきたいよね?

 という我儘わがままで、僕たちはディオッドラルド様の言葉に甘える。


 慌ててディオッドラルド様の背中に乗る僕たち。

 ディオッドラルド様は僕たちを乗せると、猛然もうぜんと走り始めた。

 地下空間を抜け出し、長い洞窟を駆け上がっていく。


「エルネア君、地下空間が溶岩に沈んだわっ」

「エルネア君、溶岩が迫ってきているわっ」

「ディオッドラルド様っ!」

『案ずるな。我が汝らを無事に外まで送り届けてやろう』


 更に加速するディオッドラルド様。

 巨躯のディオッドラルド様が地を駆る響きなのか、噴火直前の火山の轟なのか、洞窟というよりも火山全体が鳴動する。

 それでも、さすがは腐龍の王との激戦を走り抜けた地竜だった。

 僕たちを乗せたディオッドラルド様は、地下の奥深くから湧き上がってきた溶岩に追いつかれることなく、外に出る。そして、そのままの勢いで火山を駆け下る!


 エルネア君、とユフィーリアとニーナに同時に名前を呼ばれた僕は、ディオッドラルド様の背中の上で背後を振り返った。


 竜峰の雪景色のなかで異質さを誇っていた岩場剥き出しの火山が、真っ赤な炎をあげて噴火し始めたのは、その時だった!

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