試練の答え

 いったい、僕たちはどんな試練を受けさせられるのか!

 緊張に身体を強張こわばらせる僕とユフィーリアとニーナに、ディオッドラルド様はえる。


「我はこれより汝らに攻撃をする。汝らは我の攻撃を上手くかわしながら影打を探しだし、見事抜いてみせよ!」

「うっ!」


 僕は間違いなく、露骨にあせりの表情を浮かべたはずだ。

 何故なぜなら……


「もしも影打がこの洞窟にないのだとしたら、ディオッドラルド様の攻撃を躱すだけでなくて、どうにかして洞窟の外に出ないといけないですよね?」


 だけど、巨躯きょくのディオッドラルド様は来た道を塞ぐようなかたちで僕たちの前に存在していた。

 はたして、僕たちはディオッドラルド様をやり過ごして洞窟から抜け出せるのかな?

 竜気の使用を禁止された状態で……


『さあ、悩んでいる暇はないぞ。我の試練を受けよ!』


 咆哮を放ち、ディオッドラルド様は前脚を上げる。そして、容赦なく僕たちの頭上に降り下ろしてきた!


「ユフィ、ニーナ、避けて!」

「「きゃあっ!」」


 咄嗟に、横方向に跳躍する僕たち。

 僕は右側へ。ユフィーリアとニーナは左側へ。


『背後の溶岩には気をつけることだ。我であれば溶岩の熱にも耐えられるが、汝らであれば骨まで残らず溶かされるであろうな!』


 空振りに終わった前脚を、今度は薙ぎ払うように振るう。

 僕は更に右へと逃げる。でも、もうそれ以上は右には移動できない。

 広い空間とはいえ、地下で動き回るのには制限がある。

 地下空間のはしを示す壁際まで追い詰められて、焦る僕。

 次にまたディオッドラルド様がこちらに攻撃してきたら……!


「「エルネア君!!」」


 嫌な予感は的中してしまった!

 ディオッドラルド様は、ユフィーリアとニーナには見向きもせずに、僕へと追撃をかけてきた!

 ディオッドラルド様が、凶暴な口を開けて襲いかかる。ずらりと並んだ牙が、一瞬で僕の眼前に迫った!


「くうっ」


 今度は左に逃げて、間一髪でディオッドラルド様の攻撃を躱す僕。でも、選択肢のない回避なんてディオッドラルド様にはお見通しだったらしく、息つく間もなく今度は前脚からの攻撃が迫る!


「汝らの心意気に我も感銘かんめいを受けた。であれば、我も竜術の使用を禁じて汝らに挑もう。しかし、竜術を使わぬからといってあなどるでないぞ? ほれ、油断しておれば汝らは我によってぺしゃんこになってしまうぞ!」


 言われずとも、油断なんてしていない。それどころか、僕はディオッドラルド様の攻撃を必死に避けていた。

 間一髪で前脚の攻撃を躱したと思ったら、次は牙が迫る。

 ディオッドラルド様は、僕だけに狙いを定めて攻撃を仕掛けてくる。

 僕は、背後の溶岩の川と右側を塞ぐ地下空間の壁の狭間で、正面に迫るディオッドラルド様の攻撃をなんとか回避する。


 だけど、無闇に逃げ回っているわけじゃない!


 ディオッドラルド様が僕に意識を向けて、その僕は地下空間の右側の僅かな空間だけを利用して攻撃を回避する。

 そうすれば、ディオッドラルド様の意識の外にいる左側のユフィーリアとニーナは、ディオッドラルド様と洞窟の間に生まれた隙間を掻い潜って、外に出られるはずだ!


 こちらの攻防を不安そうに見守るユフィーリアとニーナだけど、僕が指示なんて出す必要もなく、自分たちの役割を理解していた。

 気配を殺して、そっとディオッドラルド様の脇を抜けて、洞窟に戻ろうと移動していく。


『甘いぞ、瓜二つの人の子よ!』

「「きゃあっ!! 見つかったわ!」」


 振り返ることなく尻尾を振るうディオッドラルド様。たった一撃で、ユフィーリアとニーナの動きを止めてしまう。

 二人は、薙ぎ払われた尻尾の攻撃を避けるために、結局もとの位置まで後退してしまった。


『我の隙を抜けて、ここから脱出しようとでも思ったか? だが、それは間違いであるぞ!』


 ディオッドラルド様は改めて洞窟を塞ぐように構えると、僕たちに言った。


『汝らが無事に影打を見つけ、抜くことができるか。それとも、我の試練の前に屈服するか。汝らにはそれ以外の選択肢はないと知れ』

「っ!」


 ディオッドラルド様の攻撃が容赦なく僕に襲いかかる。

 竜術を使わないといっても、相手は全種族中最強の竜族だ。鋭く尖った牙が僕を噛み潰そうと一瞬で迫るのを、間一髪で避ける。

 僅かな時間の攻防だけで、僕の息は限界まで乱れていた。


 これが、竜気の使用を禁止された今の僕の実力なんだ。

 ディオッドラルド様のあからさま手加減の攻撃をなんとか躱すのがやっとで、反撃さえできない。一瞬でも気を抜けば、僕は木っ葉のように弾かれて瀕死の重傷を負うだろうね。


 改めて、自分の弱さを実感してしまう。

 竜気ありきの戦い方。アレスちゃんに頼った戦略。

 今後、竜気や霊樹の加護を受けられないような場面が訪れたとき。僕は未熟なまま敗北してしまうかもしれない。

 そして今まさに、追い詰められていた!


 何度かの攻撃から必死に逃げているうちに、僕は再び地下空間の端にまで追いやられてしまう。

 右肩側は壁が遮り、背後には溶岩の川が迫る。

 ディオッドラルド様は僕を逃がさないとばかりに身構えて、最後の一撃を放とうと、こちらの動きを見定めるように眼光を光らせていた。


 ディオッドラルド様の死角ではユフィーリアとニーナが隙を窺っているけど、それを老練な竜族が見逃すはずもない。

 ユフィーリアとニーナが動けば、必ず迎撃されるだろうね。

 でも、このままだと僕がディオッドラルド様の最後の一撃を受けて負けてしまう!

 じりじりとした溶岩の熱を感じる背中だけでなく、全身に汗を流す僕。


 あれ……?


 ユフィーリアとニーナも、僕の絶体絶命の状態を感じ取っていて、どうにかして事態を挽回しようと身構える。


『さあ、汝はこの状況をどう乗り越える? 我があと一撃を放てば、汝は押し潰されるか壁に叩きつけられて戦闘不能になるだろう。それとも、決死の覚悟で背後の溶岩の川へ飛び込んでみるか?』


 溶岩の川に飛び込んだら、それこそ重傷どころか骨まで残らずに溶けちゃうよ!


 もう、猶予ゆうよは残されていない。

 それなのに、僕たちは影打を抜くどころか、影打その物さえ見つけられていない……


 あれ?


 僅かな違和感が連続で僕を襲った。

 その正体を見定めようと、僕はディオッドラルド様の油断のない気配を慎重に探りながら、必死に思考を巡らせた。


「もしかして?」


 僕たちは、大きな間違いを最初から犯していたのかもしれない!


 僕の意識の変化を感じ取ったのか、ディオッドラルド様は最後の一撃を放つ前に問いかけた。


『絶体絶命の状況でありながら、汝はどのような未来を見る?』


 かつて伝説の戦いに身を置いた老練なる地竜に真っ直ぐに見据みすえられた僕は、乱れた息を整えながら対峙する。

 そして、違和感の正体を叫んだ!


「ディオッドラルド様は言いましたよね! 竜気に頼らない試練中の僕たちに感銘を受けたから、自分も竜術を使用しないと!」

如何いかにも!』


 気高く咆哮を放つディオッドラルド様。

 空振で地下空間の全てが揺れる。僕の背後でも、溶岩の川や湖が激しく波立って、溶岩の塊がねた。


 今にも噴火しそうな溶岩の動きに、ユフィーリアとニーナが悲鳴をあげた。そして、灼熱の溶岩から逃げるように、地下空間の入口の方向、即ち、ディオッドラルド様の近くへと移動する。

 ディオッドラルド様は、近づいてきたユフィーリアとニーナの動きを警戒しつつも、僕から視線を動かさない。


『言うがいい。汝のひらめきを!』


 ディオッドラルド様が咆哮を放つたびに地下空間は揺れて、溶岩が暴れる。

 だけど、僕は気づいていた!


「ディオッドラルド様は、ひとつ嘘をついています! ディオッドラルド様は僕たちに試練を課してから今に至るまで、ううん、それどころか僕たちがここに辿り着いた瞬間からずっと、竜術を使っていますね!」


 ぐるるっ、と喉の奥を低く慣らすディオッドラルド様。


「僕は、竜神さまの御遣いである以前に、竜峰の八大竜王です。だから、僕は竜族とも深い親交があり、竜族の誇りや矜持きょうじについても理解しています。そのうえで問わせていただきます! ディオッドラルド様は僕たちに嘘をついて試練を課している今の状況をじませんか?」


 ディオッドラルド様は、溶岩のようにたぎり輝く瞳で僕を鋭く睨む。


『ほほう、我が情けなくも嘘をついていると? では、その嘘とはなんだ?』


 誇り高き竜族を嘘つきとさげすみながら、答えが間違っていたならば、容赦はしない。と、これまでになく激しい咆哮をあげるディオッドラルド様。

 だけど、僕は脅しに屈することなく、真正面に対峙したまま答えを口にした。


「ディオッドラルド様は僕たちに幻惑の竜術を掛けましたよね? ユフィーリアとニーナには溶岩の湖に浮かぶ島に刺さった影打を見せて、僕とニーミアには見せませんでした」

『確かに、我は汝らがこの場に現れた際に幻惑の術を掛けた。しかし、今はもう何も見えてはいまい? 汝らは既に何も見てはいないだろう? であれば、汝の今の言は何を意味する?」


 僕は、背後を指差した。

 真っ赤に滾る溶岩の川と湖を!


「いいえ、それは嘘です! 僕たちは現在進行形で幻惑を見せられています。そして、大切な物の姿を見失っています!」


 確信を持って、断言した。


「僕たちの背後には、溶岩なんて存在していない! そして、影打はこの地下空間の先に確かに刺さっているはずです!」


 その根拠は? となおも余裕の気配で問い返すディオッドラルド様に、僕は首を横に振って答えた。


「熱です。僕やユフィやニーナの真後ろに流れているはずの、溶岩の川。触れるもの全てを溶かす灼熱しゃくねつの溶岩が間近に流れているというのに、身を焼くほどの熱は感じません!」


 そうなんだ!

 確かに、地下空間はとても暑い。

 ただ立っているだけでも汗は噴き出てくるし、背後からの熱波も感じている。

 だけど、それは真後ろの溶岩の影響じゃないんだ!

 本当に間近なところで溶岩の川が流れていたり湖が在るのだとしたら、この程度の暑さじゃないはずだよね!


「ディオッドラルド様は、今もなお僕たちに溶岩の幻惑を見せ続けています!」


 それと同時に、僕たちの視界から最も大切な物の姿を消してしまっているんだ!


「ユフィとニーナが見た影打は、けっして幻じゃなかったんだ。ユフィとニーナの方が真実を見ていて、僕とニーミアの方が幻惑の術で影打の姿を見失っていた。違いますか?」


 僕の揺るぎない自信の視線を受けとめるディオッドラルド様は、低いの怒鳴りさえ止めてじっとこちらを見返すばかり。


「この試練がお互いに竜気、竜術を使わないという制約のもとで行われているのだとしたら。……ディオッドラルド様の方が、試練の失格者です!!」


 ディオッドラルド様が嘘をついているのであれば、試練の定義が根底から崩れ去る!

 竜術を使用しながら僕たちと対峙するディオッドラルド様は、試練を課す者としての資格を失っているんだ!!

 そう叫ぶ僕に、ディオッドラルド様は身動きひとつせずに鋭い視線を向けるばかり。

 じっと、高い位置から僕を睨みつけるディオッドラルド様。

 でも、威圧の籠った視線なんて僕には通用しませんからね?

 腐龍の王と戦ったディオッドラルド様であれば知っているはずの、竜の森の守護竜。そのスレイグスタ老の本気の視線の方が、断然に迫力があるからね。

 スレイグスタ老の視線と圧力に慣れている僕にちは、たとえ老練な竜族の脅しだって通用しない。


 全く動じない僕に、ついにディオッドラルド様の方が折れた。


『かかかっ。よもや、我の間違いを見抜いて試験を突破するとはな!』


 そして、豪快に笑うディオッドラルド様。

 咆哮が地下空間を震わせる。

 でも、もう僕たちの背後の溶岩の川や湖は反応しなかった。


『いかにも! 我は汝らに幻惑の術を掛け続けていた。であれば、汝が言う通り。誓いを守らなかった我の方が失格者であるな!』


 滾った溶岩のように輝いていた瞳から、熱が失われる。それと同時に、僕たちの背後に存在していた溶岩の川と湖が一瞬で消え去った。


『ようも、切羽詰まった状況で我の嘘を見破った。褒めてやろう』


 しかし、とディオッドラルド様は自身の敗北を認めながらも、僕たちに言う。


『我からのひとつめの試練を、汝はその聡明な思考で見事に突破した。だが、それでも影打は抜けぬぞ。知らずに来たのであれば、教えておいてやろう。汝らの背後で封印されている影打を抜くためには、両手で同時に二本一対の影打の柄を持ち、同じ力、同じ速さで抜かねばならん! あの竜の祭壇の家主であるアイリーであっても右と左の手の力は違い、動かす速さにも差異が生じて抜くことのできなかった影打を、汝らが抜けるか?」


 ディオッドラルド様の最後の脅しを受けて、ユフィーリアとニーナが自信に満ちた笑みを浮かべた。

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