地竜 ディオッドラルド
洞窟に足を踏み入れた僕たちを最初に待ち構えていたのは、奥から吹き抜けてきた熱風だった。
「うわわっ、冬だとは思えない暑さだね」
僕たちは慌てて防寒着を脱ぐ。
ニーミアも、ユフィーリアのお胸様に埋まっていたら暑くなると判断したのか、飛び出してきて今度はニーナの頭の上に飛び移った。
「まさか、洞窟内がこんなに暑いとは思わなかったわ」
「きっと、奥に流れているという溶岩の川のせいだわ」
ユフィーリアとニーナは薄着になると、大胆に胸もとを開く。
とっても目のやり場に困るね!
「防寒着はアレスちゃんに収納してもらっておくことにして。ユフィ、ニーナ、慎重に進もうね」
「「了解だわ」」
熱の籠った風が、洞窟の奥からもわりと吹き出してくる。そのせいか、洞窟全体が熱を持っていて、竜峰は冬だというのに、すぐに汗ばんできた。
僕たちは汗を
「……それにしても、何もない単純な洞窟だね? この奥に、本当に影打は有るのかな?」
僕だけでなく、ユフィーリアとニーナも首を傾げてしまう。
だって、竜奉剣の影打が遺されている重要な場所には全然見えないんだもん!
洞窟は天然の横穴だけど、地面は重量のある何者かが何度も踏み固めて慣らしたような形跡がある。そこには何者かの確かな意志が感じられるんだけど、肝心の「何者か」の気配が何処にもない。
それどころか、洞窟は大きく開けたまま奥へと一本道で続くだけで、侵入者を惑わすような複雑な分岐路も罠もないんだ。
だから、慎重に進む、と気を引き締めても、結局僕たちは単純に洞窟の奥へと進むだけ。
それでも、奥へ進むほど外からの光は失われていき、暗闇が周囲に広がり始めた。
「
「火を起こすわ」
「松明を準備するわ」
竜気の使用を禁止されているからね。瞳に竜気を宿して暗闇を見通すこともできない。
なので、最初から松明や簡易照明具の準備はしてきた。
ユフィーリアとニーナが連携して、松明に炎を
周囲が明るくなると、洞窟の先は緩やかに曲がりながら下方へと下っていく様子が確認できた。
洞窟内は何処までも広く、ユフィーリア、僕、ニーナ、と三人横並びで歩いても十分な幅があった。
「この広さなら、大きな竜族でも自由に動けるよね?」
「でも、その肝心の竜が何処にもいないわ」
「でも、その肝心の竜の気配がどこにもないわ」
「もしかしたら、洞窟はずっと奥まで続いていて、その最奥に守護竜が待ち構えているかもしれないよ! 火山の奥深くに潜む竜族だから、もしかしたら炎属性の恐ろしい地竜かもしれないね!? 僕たちが近づいたら突然襲ってきて、逃げ場のない僕たちは……わわっ、どうしよう!?」
「エルネア君の妄想が爆発しているわ」
「エルネア君の妄想が暴走しているわ」
「熱に当てられておかしくなったにゃん?」
「き、気のせいだよ?」
あまりに単調な行程に、つい色々と考えすぎてしまうよね。
だけど、僕の妄想、というか
急勾配の火山表面の岩場とは違い、洞窟を下っていく坂道は緩やかだ。それが延々と一本道で続いていて、僕たちは並んで降りていた。
すると、徐々に洞窟の奥が赤く明るみ出してきた。
「あの光は……。確認するまでもないよね?」
「暑くてたまらないわ」
「間違いなく、溶岩の川があるわ」
ニーナが断定するように言った。そして、それは正しかった。
暑さに耐えながら更に坂道を下っていった僕たちを待ち構えていたのは、どろどろの溶岩が流れる真っ赤な川だった!
ずっと続いていた洞窟の終わりを示すかのように、最後に広い空間が現れる。そして、広い空間の先には、溶岩が流れていた。
「うわぁっ! あの溶岩に触れたら、僕たちなんて簡単に溶けちゃうよね!?」
「エルネア君、気をつけて。近づいちゃ駄目よ?」
「エルネア君、気をつけて。触れちゃ駄目よ?」
「ユフィとニーナもね?」
ニーミアは暑さに弱いので、既にニーナの頭の上で伸びてしまっています。
真夏よりも暑い気温に、全身から汗が吹き出す。
地響きのような低音を
溶岩には触れたくもないし、近づきたくもないよね!
だけど、僕たちはまだ目的の物を見つけられていない。
そう。竜奉剣の影打だ。
「やっぱり、影打はこの洞窟にはないのかな?」
「他の洞窟があるのかしら?」
「他の火山があるのかしら?」
ここまで来たけど、
だけど、やはり影打どころか岩と溶岩以外は何も見つからない。
諦めて、来た道を戻ろうとした時だった。
「有ったわ!」
「見つけたわ!」
「えっ!?」
ユフィーリアとニーナの声に、僕は驚いて振り返る。
そして、二人が指差す方角を見つめた。
双子王女様が揃って指を刺す方角。それは、広い地下空間を流れる溶岩の川が行き着く先にあった、溶岩の湖だった。
「どこに……?」
溶岩の川や湖が放つ真っ赤な輝きを凝視しているだけで瞳が乾燥していき、熱さに痛みが走る。
それでも、僕は目を
だけど、僕には何も見えない。
「ユフィ、ニーナ、僕には溶岩の湖以外は何も見えないよ?」
「にゃんも見えないにゃん?」
どれだけ意識を集中させて見つめても、溶岩の湖以外は何も見えない。ニーミアも見えないと言う。
でも、ユフィーリアとニーナにははっきりと見えているようだった。
「エルネア君、それはおかしいわ。だって、溶岩の湖の中央の島に竜奉剣と同じものが見えているじゃない?」
「ニーミア、それは変だわ。だって、真っ赤な湖の中央の島に竜奉剣と瓜二つの大剣が刺さっているじゃない?」
「えええっ!?」
「んにゃ?」
そんな馬鹿な!?
僕だけでなく、ニーミアまで見落としていただなんて? と、改めて目を凝らして溶岩の湖を見る。
でも、やっぱり何も見えない!?
竜奉剣の影打どころか、中央にあるという島さえもね!
「な、なんでユフィとニーナにははっきりと見えていて、僕とニーミアには見えないのかな!?」
困惑する僕たち。
ユフィーリアとニーナだけに見えている、なんてことは有り得るのかな?
僕たちの注意力不足なだけ?
それとも……?
『くくくっ、
「っ!?」
唐突だった。
僕たち全員が、洞窟の奥に流れる溶岩の川と、その更に奥に溜まった溶岩の湖に意識と視線を向けていた。
そのすぐ背後から、竜族の低い
慌てて振り返る僕たち。
そして、絶句した。
『小さき人の子らよ。我に驚いたか?』
そう僕たちに竜心を送ってきた竜が、真後ろに存在していた!
「そんなっ! 全然気づきませんでしたよ!?」
でも、愉快そうな竜とは違い、僕たちは驚きと同時に強い危機感を覚えていた。
もしも、この竜が悪意を持って僕たちの背後から襲い掛かっていたとしたら……!
『ふむ、汝の
「それでも、ニーミアはちゃんと気づいていたんだし、僕たちは真後ろから声を掛けられるまで気づきませんでした…」
僕たちを見下ろす竜に害意がないのは本当みたいだね。
大きな地竜だった。
僕たちが下ってきた洞窟の幅と高さを埋めるほどの巨体。
全身を、溶岩のように真っ赤に輝く鱗で覆う。
まさに、この洞窟の
地竜は低く唸りながら竜心を届ける。
『気づかなかったか。それは
「えええーっ!!」
どうだ驚いたか? と聞くディオッドラルド様に、僕たちは素直に頷く。
ただし、地竜隊だとか、ディオッドラルド様の名前や名称は初めて聞いたよね?
『くくく、よい反応だな』
満足そうに赤い瞳を閉じるディオッドラルド様。
どうやら、竜神さまの御遣いである僕たちに自分の能力を披露できて、本当に嬉しいみたいだね。
ところで、この洞窟に潜んでいたディオッドラルド様が、なんで僕たちのことを知っているんだろう?
気前の良さそうなディオッドラルド様に甘えて、素直に質問してみた。
すると、やはり簡単に答えを教えてくれた。
『難しいことではない。単純である。我も竜の祭壇で舞う汝らを鑑賞した数多の老竜の一体であるからな』
「そうだったんですね!」
ディオッドラルド様も、死火山の山頂で僕たちが披露した奉納の舞を見てくれていたんだ。
でも、そこで疑問が浮かんでくる。
「たとえ地竜の足でも、竜の祭壇からこの火山までは結構な距離があると思うんですけど? 帰って来るのが早すぎじゃないですか? それに、ディオッドラルド様が気軽にこの洞窟を離れたりするということは、やっぱりここには影打はないのかな?」
ニーミアだったからこそ、移動には時間が掛からなかったんどよね。
でも、空を飛べない地竜が、雪の積もった過酷な竜峰をそう簡単移動できるとは思えない。たとえ奉納の舞を舞ったのが数日前だったとしてもね。
だけど、僕の疑問をディオッドラルドは一笑に付した。
『言ったであろう。我はあの腐龍の王との戦いに身を投じた経験を持つ。であれば、竜峰の移動くらいは容易いものだ』
「凄いですね!」
素直に賞賛する僕に機嫌を良くするディオッドラルド様。
「これが、腐龍の王と戦った竜族の実力なんですね! それに比べたら、気配さえ読み取れずに背後を取られた僕たちはまだまだです」
肩を
『竜神様の御遣いとて、万能ではなかろう? だからこそ、汝らは敢えて竜気を抑えて活動することで、新たな境地を目指しているのではないのか?』
「それもわかるんですか!? 全てを見透かされているような感じです」
『ふはははっ! 相手の状況を適切に読み取り、そこから真実を導き出すことは、戦場では何より大切であろう? 汝らは竜神様の御遣いでありながら、奉納の舞を我らに披露しておるときから竜気を抑えておった』
何よりも、とディオッドラルド様は喉を振るわせながら豪快に笑う。
『我が盟友、サーシュラルアーより汝らのことを聞いておったからな!』
「それって、洞察能力以前の話しじゃないですか!」
僕の突っ込みに、上機嫌に笑うディオッドラルド様。咆哮に似た笑い声が地下空間に響くたびに、溶岩の川や湖が波立ち、地面が揺れる。
「噴火しそうで怖いわ」
「溶岩が吹き出しそうで怖いわ」
抱き合って震えるユフィーリアとニーナを、ティオッドラルド様は赤い瞳で見下ろす。
『安心するがよい。この火山はもう何百年も休眠しておる。我が暴れようが、汝らの心配するようなこと起こらぬよ』
しかし、とこれまで温厚だった気配を一変させて、ディオッドラルド様は僕たちに鋭い視線を向けた。
『今後、この火山が噴火するようなことが起きれば、汝らが欲している影打は溶岩に飲まれて永遠に失われるだろう』
「えっ!?」
それはつまり……!
「やっぱり、この火山の何処かに竜奉剣の影打は有るんですね!?」
僕の確信を裏付けるかのように、ディオッドラルド様はにやりと笑みを浮かべる。
と同時に、竜気を爆発させて言った。
『では、汝らにはこれより試練を受けてもらおうか!!』
ディオッドラルド様の咆哮が、火山全体を震わせるように響き渡った。
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