来年に向けて

「……という試練だったんだよ?」

「にゃんは途中から寝ていたにゃん」

「ニーミアのまさかの告白に、僕は今更に驚いているよ!?」

「はい、そこ。きちんと反省しなさい」

「ミストが怒っているわ。でも、ちゃんと影打を取ってきたわ」

「ミストが怒っているわ。でも、ちゃんと海の幸を貰ってきたわ」


 何をしているのかと問われたならば、答えるしかありませんね!

 そうです。

 いつものように、反省の正座をさせられているのです!


 過酷な試練を乗り越えた僕たち。

 まあ、最後に火山が大噴火したり、竜峰の最北端に来たついでだからと北の海に立ち寄って、そこでまた北の海の支配者との邂逅かいこうがあったりしたわけだけど。


 よく考えると……

 なんで、反省なのかな!?


 火山の噴火は、僕たちじゃなくてディオッドラルド様のせいだよね?

 火山の地下で愉快に地響きを鳴らしたせいで、火山活動に火が付いて大噴火しちゃったんだ。

 それに、北の海の支配者と会っただけで、問題は起こしていませんよ?

 いや、まあ。北の海の支配者と会って無事に帰還しているだけでなく、お土産まで貰ってきている時点で、ある意味では問題なのかな?

 それでも、僕たちは見事に目的を達したわけだし、僕たちが中心となった問題も起こしていません。

 それなのに、反省とは?


「たんなる嫌がらせにゃん?」

「ニーミアの暴露に、僕たちは更なる驚きを隠せないよ!?」


 ニーミアの発言を受けて、腕組みをしたまま僕たちを睨んでいたミストラルが吹き出した。周りのルイセイネや他のみんなも、一斉に笑い出す。


「ひどいわ、セフィーナ!」

「ひどいわ、マドリーヌ!」

「ちょ、ちょっと! なんで私なのよっ」

「むきぃっ、なんで私なのですかっ」


 ぷんすかと頬を膨らませて、セフィーナに襲いかかるユフィーリア。ニーナは、マドリーヌに襲いかかっていた。

 うむ、日常風景ですね。


「やれやれだね。帰ってきたらいつも正座をさせられているせいか、なんの疑いもなく反省の正座をしちゃっていたよ?」

「エルネア君、それはそれで問題ですよ?」

「そ、そうかな?」


 条件反射というか、それこそ日常といいますか……

 なにはともあれ、今回は反省の正座はしなくても良いんだよね?

 ということで、姿勢を戻す僕。

 すると、すぐにちびっ子たちが僕の膝の上に乗ってきた。


「ほうこくほうこく」

「んんっと、プリシアも北の海のお母さんに会いたいよ?」

「お、お母さんて……。リディアナさんが聞いたら悲しんじゃうよ? というか、アレスちゃん。報告って?」

「はわわっ。エルネア様、影打を見せてほしいですわ」

「そうだったね。言葉で報告はしたけど、現物を出していなかったね」


 抜け駆けをしてライラまでもが僕の膝の上に乗ってきたものだから、僕の膝の上は窮屈きゅうくつになっていますよ!

 いつものようにミストラルとルイセイネに引きがされるライラに笑いながら、僕はアレスちゃんが謎の空間から出してくれた影打を受け取った。

 ずっしりと重い、竜奉剣の影打。


「本当に錆びているわね?」

「形は竜奉剣と全く同じですが、まと雰囲気ふんいきが違いますね?」

「神聖な気配が弱いですわ?」


 ミストラル、ルイセイネ、ライラの言葉に頷く僕。


「そうなんだよね。朽ち果ててはいないけど、錆びちゃっているんだ。それに、竜奉剣と比べると神聖な気配も薄いし、何よりも重いような?」


 真打しんうちと全く同じ製法で同じように造られながら、僅かに劣っていたために影打とされた二本の大剣。でも、改めて確認してみると、真打である竜奉剣とは色々と大きく違う。

 僕たちが浮かべた疑問に答えを示してくれたのは、アイリーさんだった。


「簡単な話だわね。竜奉剣も、宝玉を外せば影打と同じ重量になって神聖さもなくなっちゃうわよ? それに、影打は錆びている分だけ造られた当初から重量が変化しちゃっていても変ではないわ」

「つまり、竜奉剣との違いは、宝玉の有無が一番に影響しているってことですね?」


 言われてみると、そうだよね。

 白剣だって、スレイグスタ老の牙から彫られただけの初期の状態と、神楽かぐらの白剣として宝玉や装飾が加えられた現在の状態では、色々と大きく違っている。

 竜奉剣は、真打として宝玉が嵌められたり装飾されたりしたことで、影打とは全く違う宝剣に仕上がったんだね。


「錆びは、そうね……」


 錆びついた影打を手に持ってじっくりと見ていたミストラルが、提案してくれる。


「竜人族の刀剣鍛治師に任せてみてはどうかしら?」

「もしかして、白剣を磨いてくれた人?」

「そうよ。竜人族で一番の刀剣鍛治師ね。でも、磨き直しても竜奉剣のような金色にはなりそうにないわね?」


 錆びの奥を覗いても、金色の輝きはない。だから、僕も薄々とは感じていた。

 影打は、黄金色ではないんだね。

 それとも、これも宝玉の有無で変わってくるのかな?


「ミストさんの提案に賛成いたします。竜人族の方々の宝物になるのですから、竜人族の刀剣鍛治師様に磨き直してもらうことは正しいでしょう」

「はわわっ。ですが、それだけでは竜峰の宝物であっても、竜神様の御遣いのわたくしたちの関わりが薄いですわ?」

「そこは、ほら。僕たちが宝玉や装飾を担えば良いんだよ!」

「エルネア様、素敵なお考えですわっ」

「はい、ライラ。エルネアから離れなさい」

「ライラさん、エルネア君に抱きついていけませんよ?」

「はわわわっ」


 僕をめつつ、ちゃっかりと抱きつく。というライラの二度目の抜け駆けは、あえなく阻止されました。

 残念です。


「ところでさ。竜人族の刀剣鍛治師様に依頼するってことは、近いうちに僕たちは竜人族の人たちと再会できるってことかな?」


 僕たちは現在、竜神さまの御遣いになったことで、周囲の者たちから距離を置いている。

 でも、僕たちの噂から来る騒ぎが収まれば、竜人族だけでなく人族のみんなの前にも戻りたいと思っていた。

 そういう状況のなかで、影打の磨き直しを竜人族の刀剣鍛治師に依頼するということは、人族との関係を戻す前に、竜人族の人たちとの交流を再開するってことだよね?


「そうね。影打を新たな竜峰の宝物とするなら、引き渡す竜人族とは必ず接触することになるのだし。これからはもう雪の季節だから厳しいけれど、春先になれば竜峰に戻りましょうか?」

「やったー! それじゃあ、春先に影打の磨き直しを依頼して、夏頃に開催される竜人族の戦士の試練頃までには準備を終わらせたいね?」

「エルネア君、まさか竜人族の戦士の試練の報酬として竜峰の宝物をお出しする気ですか?」

「違うよ、ルイセイネ。大切な竜峰の宝物を、新人の竜人族の戦士には渡せないよ? でも、戦士の試練には竜峰の各地から戦士候補だけではなくて練達の戦士たちも集まってくるよね? その人たちに披露すれば、竜峰の宝物がきちんと竜峰中に広がると思うんだ」

「エルネア様、素敵なお考えですわ!」


 ライラの三度目の試みも、残念ながら阻止されました。

 悲しいね。


「ふふふ、良い考えだわね。それなら君たちの準備が間に合うように、わたしも応援しちゃおうかしら?」


 アイリーさんはそう言うと、竜の祭壇の奥から幾つかの宝玉を持ってきてくれた。


「アイリーさん、それって!?」

「ご明察通りだわよ。これは、竜の墓所で寿命を迎えた竜族たちの忘形見わすれがたみだわね」


 アイリーさんのてのひらの上に乗った大小五つの宝玉は、きらきらと薄く輝いていた。

 でも、普通の宝玉じゃないことくらいは、僕たちにもわかる。

 むしろ、この気配はよく知るものだ。


「……これって、竜宝玉ですよね!」


 驚いて、つい声が大きくなっちゃった。

 すると、僕の声を耳にしたユフィーリアとニーナとセフィーナとマドリーヌも駆け寄ってきて、アイリーさんが持ってきた竜宝玉を覗き込む。


「もしかして、影打用の宝玉を竜宝玉にするんですか? でも、それって?」


 大丈夫なのかな? と僕の家族の全員で首を傾げる。

 だって、竜宝玉って、竜族の想いの結晶なんだよね?

 様々な想いを残して死に至った竜族が、その魂の輝きを最後にのこす。

 ミストラルが内包している竜宝玉も、はるか昔に名をせた流星竜りゅうせいりゅうという古代種の竜族の魂の結晶だよね。


 ちなみに、僕が内包する竜の王の竜宝玉は特殊なんだ。竜の王は、完全に死んだわけじゃない。もともと肉体を持たない竜の王は、竜宝玉の中で今でも命の炎を灯しているんだよね。ただし、現世に顕現するためには、特別な場所で特別な方法を取らなきゃいけない。

 まあ、その特別な場所が竜の祭壇なんだけどね。

 それはともかくとして。


「影打に、竜宝玉を? それは大丈夫なのかしら?」


 竜宝玉をまつ竜廟りゅうびょうを守護する一族のミストラルが疑問を口にする。

 誰よりも竜宝玉のことを知っているから、色々な不安や懸念を抱いているんだろうね。

 アイリーさんは、ミストラルの疑問に笑顔で答えた。


「安心しちゃって良いわよ? 竜宝玉とはいっても、これらは本当に弱い物だから」

「と言うと?」

「ミストちゃんやエルネアちゃんが内包する竜宝玉や竜廟などに安置されている竜宝玉は、特別に強い思念が宿っていたり、他よりも強い竜族の魂の結晶なのよ。でも、これらは違うわ。竜の墓所で静かに息を引き取った竜族は、これまでに数え切れないほどの数になるわよね? そうすると、稀に弱いながらも竜宝玉を遺しちゃう竜が現れちゃうのよ。これらは、そうした弱々よわよわな竜宝玉よ」


 ころころと、掌の上で竜宝玉を転がしながら、アイリーさんは続ける。


「竜宝玉とはいっても、特別な思念が残っているわけじゃないし、特殊な能力が宿っているわけでもないわ。ミストちゃんや竜廟の竜宝玉とは違って、放っておけば次第に内包する力も薄まっていって、ただの丸い石に変化しちゃうような物なの。だから、君たちが懸念しているようなものはないわよ?」


 僕たちの懸念とは、つまり竜族の魂の扱いだ。

 竜宝玉は、竜族の魂の結晶。想いが宿った物、という認識を持っているから、竜宝玉は「竜族そのもの」と捉えている。

 だから、竜宝玉も安易な扱いはできない。

 竜族が遺した想いを軽んじて、僕たちの都合で利用ても良いのかな? という懸念を、アイリーさんは一蹴してしまう。


「たまに竜の墓所を歩いて、こうした竜宝玉を回収しているの。でもね。回収した後は竜の祭壇に安置しているのだけど、さっき言ったように時間が経てばただの丸い石になっちゃうのよね。これらもそう。竜族だって、竜宝玉を遺そうと思って死んだわけじゃないわ。だから、気楽に使ってちょうだいな。むしろ、竜神様の御遣いの君たちの役に立てたのなら本望じゃないかしらね?」


 アイリーさんは、全く気にしていない様子だね。

 竜の墓所で回収した竜宝玉は、僕たちが知っている竜宝玉とは別物であり、生前の竜族が特別な想いや能力を残そうとした宝玉ではない。

 本当に偶然が重なって生まれた産物であり、むしろ再利用しないと勿体もったいないと、僕たちの背中を押してくれる。


「ほら、ユフィちゃんやニーナちゃんだって、霊樹の宝玉を再利用しちゃっているでしょ? あれと一緒よ。霊樹の特別な力が宿った本物は、きちんとを出して育つわ。でも、自然の成り行きとして落とされた種には命も想いも宿ってないわよね」

「言われてみると、そうですね」


 竜の森の奥には、スレイグスタ老が口にしなかった霊樹の種が幾つも落ちている。

 だけど、それらの種から芽が出て、霊樹ちゃんのように大きく育った霊樹はないよね。

 竜宝玉も一緒みたいだ。

 特別な竜が特別な想いや魂の輝きを残すと、唯一無二の輝く竜宝玉になる。だけど、無意識的に遺された残滓ざんしは、竜宝玉でありながら真の竜宝玉ではない。


「この竜宝玉に、君たちが新たな想いを吹き込むと良いわ。そうすれば、それこそ竜神様の御遣いとの関わりになるのじゃないかしら?」

「それじゃあ、お言葉に甘えて。でも、使わせてもらうのなら、ちゃんと感謝の想いは伝えないとね?」


 僕の言葉の意図を理解したみんなが、一斉に動き出す。

 竜宝玉に、新たな役割を担ってもらう。

 だから、この竜宝玉を遺してくれた竜族に感謝の想いを込めて、奉納の舞を納めよう。


 この日。

 僕たちは、竜峰の未来を担うことになる竜宝玉のために、心を込めて奉納の舞を舞った。

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