春を呼び込む舞

 緊張してきたよ。


 審判をしている教官から、僕の名前が呼ばれる。

 対戦相手は誰だろう、と耳を澄ませていると、次にキジルムが呼ばれた。


 なんということでしょう。

 よりにもよって、対戦相手はキジルムか。


 キジルムは元々体格にも恵まれていたし、リステアや教官の指導のもと、この一年間でとても強くなっていた。

 そして最近では、同級生徒の仲間たちと一緒に冒険者組合に加入して、既に幾つかの冒険をやり遂げている。

 そんな人が、僕の相手なのか。


 キジルムは、こちらとは対照的に、対戦相手が僕と知って少し消沈していた。

 そりゃあそうか。だって、僕は今でも学校では阿呆の子、変態妄想のエルネアなんだもんね。


「おい、キジルム」


 試合場に向かおうとするキジルムを、リステアが呼び止める。


「なんだ」


 あ、キジルムはちょっと不機嫌ぽい。


 せっかくのお披露目の場だというのに、対戦相手が僕だから実力を出せないと思って、苛々しているのかな。

 冒険者で一旗揚げようという野心的な思いがあるんだから、本当ならこの場は、絶好の自分の力を主張できる場所なんだよね。


 両親だけじゃなくて、校区内の大勢の人が詰めかけているんだ。

 ここで実力を見せれば両親も安心するし、子供を自慢できるもんね。

 それに、この日のことが近所伝いに広まっていけば、いずれは冒険者仲間の内にも広がって、実力を認められるようになるんだね。


 なのに、対戦相手が僕。


 キジルムの心境は僕にもよくわかるよ。


 でもね。今日は僕の両親も、そしてルイセイネの両親も見に来ているんだ。

 だから、僕はここで全力を出しますよ。

 下手なことをして両親を不安にさせたくないし、ひ弱だと思われたらルイセイネの両親への心象が悪くなるからね。


「キジルム、どんな相手であれ、油断をしないことだな。俺だったらこの試合、全力を出すぞ」

「油断はしない。ただなぁ」


 と言って、僕を見るキジルム。


「あ、全力でお願いするね。僕も本気で行くから」


 と言ったら、周りからくすくすと笑い声が起きた。

 でも、リステアと勇者様御一行は、誰ひとりとして笑っていなかったよ。


「俺も相手がエルネアなら、全力を出すな」


 スラットンが。


「私もエルネア君が相手なら、最初から吹き飛ばしを使うかしら」


 セリース様が。


「ぼくも侮らない方が良いと思うんだっ」


 ネイミーが。


「呪術で相手はしたくないかしら」

「エルネア君はルイセイネとお使いに行くくらいですよ」

「頼りない人は指名されないんだよー」


 とクリーシオ、キーリ、イネアが。


 僕と特に親しい人たちが口をそろえて言うものだから、キジルムは片眉を上げで驚いていた。


「あらあらまあまあ、エルネア君は愛されていますね」


 そしてルイセイネは、僕に一本の直剣を差し出してくれた。

 あ、僕がいつもジルドさんから借りていた直剣だ。

 いつのまに借り受けてきてたんだろうね。


「ありがとうね。頑張ってくるよ」


 言って僕は、ルイセイネから直剣を受け取り、左腰にさした。

 これで霊樹の木刀との二刀流だね。


「それがお前の武器か」


 キジルムが、借り受けた直剣を見ている。


「ううん、僕は二刀流なんだ。だからこの木刀の方も使うよ」

「二刀流?」


 キジルムはさらに驚く。

 仕方ないよね。僕が二刀持っている姿なんてみんなに見せたことはないし、片方なんて見た目は粗末な木刀なんだからね。


「おい、早く来い!」


 試合場で教官が叫ぶ。

 急がないと。控え場所で悠長に話している場合じゃなかったね。

 行こう、とキジルムを僕は促し、二人で移動する。

 そして指定場所に移り、宣言を始める。


 最初に威勢の良い声を揚げたのはキジルムだった。


「俺は、冒険者になって成功してみせる! そしていずれは、勇者のリステアを越えてみせる!」


 キジルムは、抜き放った片手直剣の剣先をリステアに向けて、宣言した。


 どっと会場が沸き立つ。

 冒険者で成功する、というだけでも凄い宣言なのに、リステアを超えるとまで言ったキジルムに、修練場に詰め掛けた大勢の人々が歓声をあげた。


 次は、僕の番か。

 僕は歓声が収まるのを待つ。


 そして、収まるのを待って、静かに宣言した。


「僕は、竜峰を目指します」


 ざわり、と会場にざわめきが広がる。


「お、お前……」


 相対するキジルムが目を見開いて、驚愕していた。


 竜峰を目指す。なんて無謀なことは、冒険者だろうと、きっと今のリステアだろうとやらないようなことなんだ。


 西に見渡す限りに広がる竜峰。すぐ近くにあるのに、人族の侵入を受け入れない、厳しい世界。

 竜族が跋扈ばっこし、竜人族が支配する険しい山々には、人族は余程のことでもない限り入らない。

 入っても、待つのは死なんだ。


「エルネア……」


 母さんが震える声で僕の名前を呼んだ。

 隣では、父さんが口を大きく開けて驚いていた。


「父さん、母さん」


 僕は微笑む。


「僕は竜峰に行かなくちゃいけないんだ。でも安心して。絶対に帰ってくるから」


 きっと両親には気休めにしか聞こえなかったかもしれない。ううん、気休めにもならなかったかも。

 だから、僕はここで実証するんだ。竜峰に向かうだけの力があることを。


 僕は両腰の剣を抜き放った。

 右手にはジルドさんから借りた直剣。左手には霊樹の木刀。


 そして、竜気を練り上げ、全身にくまなく行き渡らせる。


「そんなっ!」


 セリース様が声をあげた。

 僕の竜気に気づいちゃったんだね。


 気づかれたなら、もう遠慮はしない。一気に竜気を解放する。

 僕の内側に宿る竜宝玉が、荒ぶる力を全身に送ってくる。


 ルイセイネになら見えているんだろうね。

 僕は濃い竜気に包まれた。


 今回は霊樹の精霊のアレスとの融合は無し。

 それでも、今の僕ならキジルムには勝てる自信があった。


 僕の気配が変わったことを、キジルムは察していた。

 冒険者で一旗あげようという野心は伊達じゃないね。


 僕は満たされた竜気を纏い、剣を構えた。


 今まで見たことのない、ううん、見せたことのない僕の雰囲気に、審判役の教官も驚いている。

 ちらり、と僕が教官を見たら、思い出したかのように始まりの合図を出した。


 キジルムには、既に油断はなかった。

 真剣な表情で僕と相対する。


 先に仕掛けたのは、僕だった。


 流れる動きでキジルムの間合いに入り込み、剣戟を繰り出す。

 だけど、キジルムも実力者だ。僕の剣を正確に受けて反撃しようとしてくる。


 ごめんね。


 僕は心の中でキジルムに謝った。


 キジルムにとって、今日のこの試合は自分の力を誇示する場所だったんだと思う。

 でも、それは僕も一緒なんだよ。

 僕はこの場で力を見せないといけない。

 冒険者で成功する、リステアさえも越えてみせると宣言したキジルムを倒して、僕は少しでも両親を安心させてあげないといけないんだ。


 最初の一撃は切っ掛けだった。

 僕はそこから、竜剣舞の流れへとキジルムを誘い込んだ。


 乱舞する剣戟、流れ滑る僕の動きに、キジルムは防戦一方になる。


 反撃の糸間も与えない。

 流れる動きでの連続した斬撃、手数こそが竜剣舞の舞なんだ。


 キジルムは差し詰め、舞い踊る僕の共演者だった。


 僕の舞に翻弄され続けるキジルム。

 必死に反撃しようとするけど、僕がそれを許さない。


 僕は確かな手応えを感じていた。


 僕は今まで、ジルドさん、ルイセイネ、そしてミストラルという格上の相手とばかり手合わせをしてきた。

 もちろん、全く歯が立たないんだけど、負けるからこそ得られるものは多い。

 何が悪手だったのか。どこの反応が遅れたのか。どう対応すれば良かったのか。

 負ける度に、僕はみんなから指導を受けてきたんだ。

 そしてなによりも、みんなは格下の僕でも手加減せずに相手をしてくれた。だから僕はいつも極限の戦いを強いられ、鍛えられてきたんだ。


 申し訳ないけど、キジルムは苔の広場に集う人たちよりも遥かに格下だった。

 僕には、キジルムの一挙手一投足がわかる。

 動きが読める。


 竜気で強化された僕の全てが、キジルムの動きを全て捉えていた。

 ううん、もしかしたら今の僕なら、竜気なしの竜剣舞でもキジルムには勝てたかもしれない。そう思えるくらいには、僕はどうやら成長していたみたいだよ。


 僕は最後に、キジルムの片手直剣を天高く突き上げ。


 そして、体勢を崩したキジルムの背後に空間跳躍で飛んで、彼の背中に剣を突きつけた。


 勝負あり、だね。


 見ていた人たちは、最後の僕の動きは見えなかっただろうね。なにせ高速移動じゃなくて、瞬間移動だからね。


 負けを認め、肩で荒く息を吐き、座り込んだキジルム。

 僕は息さえ乱すことはなかった。


 いつの間にか、修練場は静まり返っていたみたい。僕は試合に集中していたから気づかなかったよ。

 だけど、勝敗が着いた今、一気に歓声が沸き起こった。


 母さんは両手を口に当て、涙目で驚いている。

 父さんは最初よりももっと大きく口と目を開いて驚愕していた。


「大丈夫?」


 僕は座り込んでいるキジルムに手を差し伸べる。


「あ、ああ」


 キジルムは僕の手を取って立ち上がる。


 すると修練場に詰め掛けた人たちから、盛大な拍手が起きた。

 呆気にとられる僕とキジルム。


「凄いな、エルネアっ」

「嘘だろおいっ、最後のは何だよっ!?」


 リステアとスラットンが駆け寄ってきた。

 続けて他の同級生徒たちもやって来て、僕たちを取り囲む。


「うわわっ」


 みんなにもみくちゃにされて、僕は悲鳴をあげた。


「あらあらまあまあ、エルネア君、本気を出しちゃったんですね」

「もしかして、ルイセイネは知っていたのかしら?」

「はい、もちろん」

「んだよ、あの戦い方は」

「綺麗な舞に見えたわ」


 もっぱら僕が賞賛されている状況だったけど、キジルムはそれに不貞腐れることはなかった。

 むしろみんなと一緒になって、僕を賞賛してくれた。


あなどっていた。まさかお前がこれほど強かったとはな。もう変態妄想のエルネアとは言えないな。これからは、踊り子エルネアちゃんだ」


 キジルムの言葉に、みんながどっと笑う。


「おい、お前たち。次も試合があるんだぞ。さっさと引け」


 審判役の教官が呆れて僕たちを追い払った。


 控え場所に戻った後も次々に試合が進む中、僕はみんなの質問攻めにあっていた。

 どこで剣術を習ったのか、誰が師匠なのか、毎日の瞑想はなんだったのか。

 そして何故、竜峰を目指すのか。

 どれもこれもまともに答えられるような質問じゃなくて、僕はとてもとても困ったよ。


 だけど、本日最後の試合、リステア対スラットンの順番が来て、ようやくみんなの意識は僕から離れた。


 本日の大一番。

 この組み合わせだけは、みんなの切望から、くじ引きじゃない方法で最初に決定されていた。

 僕たちだけじゃなくて、修練場に集った全員が見たいと思うよね。勇者のリステア対、相棒のスラットンの真剣勝負を。


「俺は魔族の暗躍を阻止する! ついでにキジルムに追い越されないように頑張る」


 リステアの宣言に、歓声と笑いが同時に起きた。


 王国内での魔族の暗躍は、もう耳のいい人の間では噂になっているんだ。

 そして、それを阻止すると宣言した勇者に、誰もが期待をした。

 最後のはリステアらしい面白い嫌味だね。

 キジルムも僕に負けた後だし、赤面して恥ずかしがっていたよ。


「おれは……」


 スラットンは声を張り上げる。


「クリーシオとの間に子供を五人作る!!」

「阿呆かぁぁぁぁっっ!」


 スラットンのお馬鹿宣言に、クリーシオは思いっきり杖を投げつけていた。


 修練場はこの上ないほどの笑いに包まれた。


「なな、なんて馬鹿なのかしら」


 クリーシオは首まで真っ赤にして恥ずかしがっていたよ。

 だけど、お笑いの宣言とは違い、リステアとスラットンの試合は激烈を極めた。


 呪術と聖剣の力を封印したリステアは、剣術だけでスラットンとやり合う。

 剣術だけなら、リステアとスラットンは互角なんだ。


 何十合という激しい打ち合いに、僕たちは歓声をあげて応援した。

 もちろんリステアをね!

 そして、一撃必殺の技をお互いに繰り出し、最後はリステアが勝利した。


 この日一番の歓声が沸き起こった。


 僕たちは、今度はリステアとスラットンに駆け寄り、試合を大いに賞賛して、お披露目と宣言の儀式は無事に終了した。

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